第六十六話 王女様に忍び寄るは?
「退屈なのじゃ~~~~~~!!!!」
幌馬車の中に響き渡るその声に、ジンはやれやれとため息を吐いた。
目の前では王女という身分にありながら、退屈じゃ、退屈じゃ、と床を転げまわるエルミールの姿。
くるくる巻いたロール髪なみに回転しまくっている。
ジンはそれを眺めながら、このまま馬車を飛び出して地面を転げ、目的地まで行ってしまえば楽なのに、等と思ってるが、彼の立場を考えれば、王女一人転がしたまま黙ってるわけにはいかないだろう。
「エルミール王女。お気持ちは判りますがしばしの辛抱です。我慢してください」
「じゃったらお前が何か面白いことせぇ!」
上半身を起こし指を突きつけてくる王女に、ジンの蟀谷がピクピクと波打つ。
そうこの王女。実はかなりのわがまま王女であった。
今から2時間程前。冒険者一行は王女を含めた護衛隊と山賊を退治するための隊とに分かれた。
それから少しの間、ジンと王女は専用の馬車に乗り込み、山賊を退治しにいった隊を待っていたのだが――。
10分もすると、いつもの様に王女のわがままぶりが発揮され退屈じゃ、退屈じゃ、と喚き始めたのである。
それがあまりに煩く、結果王女もそれを望んだので、他の皆と合流し幌馬車に移ったのであった。
この王女、当初は身分をごまかすという名目があったのと、少しでも大人しくしていて貰おうと、勇者ヒロシが何かあった時に駆けつけてくれるかもしれないと告げておいたのもあって、何とか頑張って大人しくしていたのだが。
結局は山賊の襲撃の時にも当然勇者が現れることもなく(そもそも勇者が知らない)その鬱憤が溜まっていた為か、いざ正体がバレるともはや問答無用。下手したらいつもの数十倍はわがままな始末である。
「面白いことと言われても。剣術でも披露いたしましょうか?」
「そんなツマランもの見ても仕方ないんじゃ! お主、わらわにどれだけ仕えておるのじゃ! 全く使えないのじゃ!」
ジンは顔を伏せ、奥歯をギリギリと噛んだ。
「プ、プリンセス様。もうすぐきっとマイハニーもカムバックしてくると思います。あとすこしの辛抱ですYO」
「おお出っ歯。お主、わらわをちょっと楽しませるのじゃ」
「ホワット! ま、またですかYO!」
マンサはその見た目の奇抜さから、先程から王女の玩具と化していた。最初は彼の話し方ひとつとってもケタケタと笑っていたが、段々と面白いことを言え! 等の無茶ぶりをされるようになってきている。
「そうじゃ! 出っ歯! お主今度から語尾にはざますと付けるのじゃ! きっと面白いのじゃ! さぁ! 言うのじゃ!」
「ざ……ざます」
「もっと大声で言うのじゃ! 自己紹介するのじゃ!」
「ミ、ミーはマンサ・アカーシヤざます!」
「あはははははは! 面白いのじゃ~、愉快なのじゃ~、よし! マンサ! お主は今後ざます以外使っては駄目なのじゃ! この命を破ったら死刑じゃ!」
「えぇええぇえぇええええ! ざます!」
王女、笑い転げる。その姿を冷ややかな目で見ているジン。
「全くどうせなら、勇者とでも結婚してくれれば少しは落ち着くかもしれないんだが……」
誰にも聞こえないような囁き声でジンがひとりごちた。確かに勇者は数多くの武勇伝を誇り人気もある。名実共に婿としてこれほど最適なものもいないだろう。
とは言え、肝心の本人の気持ちがどうなのかというのもあるが。
「しかし、外はタンショウ一人で大丈夫なのかい?」
マゾンが誰にともなく言った。
「大丈夫だろう。彼のチートという能力を考えれば守りという点ではこれほど適した者はいない」
ジンがマゾンへと応える。現在馬車の外には護衛兼見張りとしてタンショウが一人立っている。
彼の言うようにあらゆる攻撃の95%無効化は壁として最適だろう。最初の襲撃のような弓による射撃がなされたとしてもその強靭な身体と盾で防ぎきるはずだ。
「とはいえ、休みなくってわけにもいかないから、もう少ししたらムカイ達が変わってやってくれるかい?」
ジンの申し出にムカイ達三人が、任せな! と声を上げた。
「ま、特に心配はないと思うがね。やる気ならとっくに来ててもおかしくないだろうし――」
その時、何かを打ち鳴らす甲高い音が外から響き渡った。瞬時にジンの、いや、皆の顔つきがかわる。
「タンショウの合図だ!」
「出るぞ! 姫様はここでお待ちください!」
「わ、判ったのじゃ!」
ジンと他の冒険者達は装備を固め、馬車の外に飛び出した。そして目の前の光景に目を見張る。
「馬鹿な! なんでこんな近くまで!」
飛び出した一行の目の前では、タンショウが必死に魔物の襲撃を防ごうと盾を構え堪えている。
「しかも、こいつら……オークかよ!」
ジンがその魔物の姿をみやり叫んだ。その言葉に、こ、これがオークか、と他の皆が口々に呟く。
オークは言うならば二本足で歩く豚のバケモノだ。体長は180㎝~200㎝程度で元が豚だけあって恰幅が良い。
知能は人ほど高くないにしても種族間では独自の言語で意志の精通をし、集団で行動する。膂力に優れ、好戦的で特に人間に大しては獰猛であり、魔物としての危険度も高いとされている。
「お前らオークは初めてかよ。まぁ仕方ないか。王都や主要な都市周辺では大分駆逐されてたからな……」
だが、だからこそ、その顔に不可解という文字が浮かぶ。オークが山賊の命令を聞くとは思えないし、そもそもこの辺に本来オークは出ない。
「とにかく、タンショウの援護だ! 数が多い! 全員あまりバラけるな!」
ここは、メンバーの中で尤もレベルの高いジンが指揮を取りみなに支持した。
そしてジンが速攻でタンショウのカバーに入る。オークは全部で八体いた。だが一体特に気になる物がおり、ソレが今タンショウに斧を振り下ろし、他にも二体のオークがタンショウに攻撃を加えていた。
盾ではカバーしきれていない。彼でなければとっくに死に至っていただろう。
「うぉらぁあぁ!」
ジンはタンショウの横でメイスを振るうオークに先ず斬りかかった。
オークはその身に鉄板で作られた鎧を身にまとっているが構うこと無く鎧ごと斬り裂く。
そのオークは、完全に意識がタンショウに向いていた為、ジンの攻撃には対応しきれなかったようだ。
彼の振るったバスタードソードの刃はオークの腹の半分ほどまで斬りつけ、そこで動きを止めた。それだけでも十分に致命傷といえる傷で、事実ジンが刃を抜いた後、そのオークは人と同じ赤い血を地面に垂らしながら傾倒した。そしてそのまま動くことは無かった。
だがジンの表情は芳しくなかった。とはいえ逡巡してる暇はない。
「タンショウ! お前は抜けて馬車の前に付け! いいか! 絶対にオークを姫様に近づけるなよ! 絶対にだ! 他の皆もだ!」
ジンが叫びあげると、皆から同意の声が響いた。とはいえ、あまり余裕は感じられない。
タンショウが抜けそこにジンが代わり瞬時にもう一体のオークを斬り殺す。ここまでは良かった。だがタンショウが正面で攻撃を受けていたソレは簡単にはいかなかった。
「グゥオオオオォオオ!」
目の前のオークが咆哮し、両手で戦斧を振るった。
その一撃に、ここに来て初めてジンは寒気を覚えた。
避けなければ死ぬ! 咄嗟にジンは後ろに飛び跳ねた。戦斧の一撃で大地が割れ、その衝撃でジンの立つ後ろにまで亀裂が及んだ。
「な、なんだこいつ。普通のオークじゃない」
ジンは狼狽した表情でそのオークを見る。
体格等はジンの知っているオークと変わらない、だが毛の色が紫に近く、それがジンが感じていた違和感の正体でもあった。
と、同時に他のオークに関する事にも気がついたようで、皆に再び叫び上げる。
「気をつけろ! このオーク達レベルがたけぇ!」
そう、最初に斬り殺したオークも、もし並みのレベルであったなら一刀両断に斬り伏せるぐらいの事はジンなら出来たはずであった。
だが斬りつけた感触に明らかな違和感があったのである。とはいえ、それでもジンの敵ではなかったのだが……このオークを除いては。
「レベル50はありそうだな。畜生めぇ」
奥歯を噛み締めジンが面前の化け物を睨めつける。
するとオークが嫌らしく口元を歪め、その斧を再び振り下ろしてきた。
「クッ! だけどそんな大振りいくらレベルが高いったってあたるかよ!」
ジンは右足を前に踏み込ませ、距離を詰めながらその攻撃を躱した。背後から飛び散った土塊があたってくるが気にしてはいられない。
腰で構えた剣を思いっきり振る。刃が毛を刈り肉を裂く。だが浅い、これではとても致命傷を与えるまでには至っていないだろう。
「グォオン!」
叫びあげ、オークが肘でジンの顔面を殴りつける。太く固いそれは、鋼鉄のハンマーで殴るのとなんら変わらない威力を持つ。
「ぐはっ!」
ジンの身が軽々と吹き飛び背中から地面に叩きつけられた。思わず呻き声がもれる。
だがそれで終わりではない。オークがドスドス、と地面を揺らしながらジンとの距離を詰めてくる。
そして倒れているジンにとどめと言わんばかりにその斧を叩きつけてきた。
だが、ジンは咄嗟に横に回転し、ソレを躱す。
続いて仰向けの状態から思いっきり身体を起こし、その勢いのまま前方に転がって距離を離し立ち上がった。
唸り声を上げながらジンを振り返るオークを彼が見つめ、息を整えながら顎を拭った。
その時だ――。
「す、すまねぇジン!」
ムカイの言葉が背中に突き刺さる。何を言ってるんだ? とジンがチラリと彼等をみやった。ムカイ達三人はオークを一体相手にしていた。いや一体しか相手にしていなかった。
「まさか!」
ジンが更に瞳を尖らせた。そしてマンサとマゾンのコンビにも目を向ける。が、彼等の相手にしているのも一体……。
「な、何なのじゃ! 無礼者! わらわを誰と心得ておる! は、放せ! 放すのじゃ、きゃぁあぁ!」
そして、直後、幌馬車の中から響きわたるは、エルミール王女の絹を裂くような悲鳴であった――。




