第五十九話 油断
「……随分とあっさりと見逃したものじゃのう」
プルームがゲスイに向かってそう述べる。
確かに彼は横を通り過ぎる二人を眺めていたぐらいで特に手出しはしなかった。
するとゲスイはくくっと不気味に笑い、
「俺の目的はぁ、お前だぁ。それになぁ。この先は一本道さぁ。お前を殺ってからでもぉ、追いつくのは容易ぃぃい。そしてお前の言うようにぃ、頭が待ち受けているぅ。あいつらが勝てるとは思わないさぁあ」
「随分とあの二人をなめとるんやのう。言うておくが、ラオンって王子様は強いでぇ。それにあの爺さんだってトリッパーやし妙な力を持っとる。レベルが低いからって甘く見てたら偉い目あうで?」
「……なめてるのはどっちかなぁあぁ。それに言ったろぅう? 俺がぁあ お前をあっさり倒せばそれですぐに追いかけるのさぁあ。そして既に勝負は決まってるぅぅ」
何やと? とプルームが直立したまま返した。するとゲスイが勢い良く右手を突き出し【発動】! と声を上げる。
その瞬間、プルームの周囲、壁や床、天井にまで無数の魔法陣が現れそして消えた。
「くくっ。これで準備完了ぉお。お前はもう終わりだぁあぁ」
その言葉にプルームは無言で返す。
「どうしたぁあ? 悔しくて言葉も出ないってかぁあぁ?」
「……なる程な。全てが魔導トラップってわけかい」
表情も変えず、プルームが淡々とした口調で述べた。
「くくぅうう。そのとおりだぁあぁ。お前ぇえ、ここに来るまでで俺のトラップは大したことないと思ってたろぅうう。特に魔導トラップは使いこなすのが難しいぃい。どうしても若干の魔力の漏出が起きてしまうからなぁあ。事前に混ぜておいた魔導トラップからもそれはあったはずだぁあ。てめぇはそれに気付き、全て解除してきたのだろうぅう?」
そこまで言って、ケケケケッと癇に障る笑い声を上げる。
「だがなぁあ。それらは全てブラフだぁあ。だからこそお前は俺が本気で仕掛けたトラップに気付けなかったぁああ。俺が本気を出せばぁあ。仕掛けたトラップの痕跡を跡形もなく消すことぐらいわけもないのさぁあ。そして案の定お前はぁあ。みすみすトラップの檻に脚を踏み入れやがったぁあ」
「……なんや。わいを騙すためだけに、あんな玩具を仕掛けまくったのかい。暇なやっちゃのう」
「クケケッ、なんとでも言えぇぇ。俺はなぁぁ、俺の目の前でお前が無様に散るのを見たくて仕方なかったんだぁあぁ。あの一件で邪魔されてからずっとなぁあ」
「なんとまぁ根暗なやっちゃのう。おまんアレじゃろ? ギルドにも友達おらへんやろ?」
「だ、黙れぇえ! 友達ぐらいいるぅううわぁああ!」
どうやら図星のようだ。地団駄を踏むようにするその姿を見るに相当に頭に血が上ってる。
「ふ、ふん。まぁあいいぃい。お前はぁあもう終わりだぁあ。現に何の手立ても打てずぅぅ、黙ってることしか出来ないようだからなぁあ。当然だぁあ。少しでも動けばトラップが発動するぅう。だがなぁあ、ソレ以外にも俺が一言発せばぁあ、トラップは発動するぅうう」
「……ほんまかいな。これは参った。降参や降参。この状況じゃどうしようもないわ。のう? あいつらの情報も渡すし協力もするで? 見逃してくれんか?」
突如命乞いをしはじめるプルームに、ゲスイは肩を震わせた。
「命乞いとはぁあ、情けないぞプルームぅうう。だがなぁあ、判ってる判ってるぞおぉ。そうやって油断させる気だろぅう? だけどなぁあ、お前の手口は判ってるんだよぉお。だから絶対に容赦はしなぃいぃ。お前はここで死ぬんだぁあぁ」
ゲスイは歪めた唇を震わせ、勝ち誇った笑みを見せる。
「……頼むでぇ。わいも死にとうないんや。そうや。それならわいがおまんの友達になったるわ。強がっててもどうせ友達おらへんのやろ?」
「殺すぅう! お前殺すうぅう! 絶対にバラバラのぐちゃぐちゃにしてころすぅううう! 死ねぇええ【デストラップ】!」
ゲスイがそう叫びあげた瞬間、プルームの足元が弾け天井が崩れ無数の矢弾と槍が壁から飛び出し、地面を電撃が駆け抜け、左右の天井から豪炎が吐出され、風の刃が宙を舞った。
轟音が空間内を支配し、凄まじいまでの光景がゲスイの目の前で繰り広げられた。彼はそれをみながら愉快そうにグヘヘッと気色悪い笑い声を上げた。
そして全てのトラップが発動し終えた後、その場には何も残っていなかった。そう肉片一つさえ。
「ケケッ、ちょっとばかりぃいい、やりすぎたかなぁああ。あの鬱陶しい髪の毛一本残らなかったぜぇぇええ。ケケッケッッケェエエ! ざまあああぁあみろおおおおお!」
ゲスイは両手を左右に広げ、天井に向かって快感と喜びを織り交ぜた頭声を発した。
表情もどこか嬉々としており、念願の思い叶ったという気持ちがありありと表れている。
が、彼が我を忘れて喜びの音を鳴らしているその時、ドス、ドス、という響きがその背中から発せられた。
ゲスイの動きがピタリと止まる。そして首だけを巡らせ、己が背中を確認した。
そこには二本の矢が突き刺さっていた。
あまりの事に思わず彼が目を見張る。
「全く気色悪いやっちゃ。やっぱりおまんと友だちになるのはやめや。話も合いそうにないしのう」
言ってプルームが穴の中から姿を現した。入ってきた方のではない。ゼンカイ達が先を急いで抜けていった横穴からである。
「ば、馬鹿なぁあ、どうしてぇえ、そんなところにぃい」
ゲスイは驚愕の色が隠せないでいる。肩を小刻みに震わせ、なぜ死んだはずのプルームがそこにいるのか理解できないでいる。
が、プルームから発せられた矢は容赦なく再度その背中に数本突き刺さった。
プルームの右手には腕に固定させるタイプのクロスボウが装着されている。
「これはのう。中々の優れもんでなぁ。矢は小さいが、自動で矢が補充されるんや」
「そ、そんなことはぁあ、どうでもっぉおお、いいぃいい」
「何やつまらん男やのう。あぁ、何故わいが無事やったか? かい。別に難しいことやあらへんで。前もって噛んでおいた【ダミーガム】のおかげや」
「だ、ダミーぃい、ガムぅう、だ、とぉお?」
「そうや。この魔道具はなぁ。噛んだ者と同じ姿の人形を創りだすんや。ぱっと見にはさっぱり見分けが掴んほど精巧な物をなぁ」
グゥ、と呻き、ゲスイが膝をつく。
「おお、おお、大分効いとるみたいやのう? まぁ安心せい。只の麻痺毒や。まぁしばらく自由には動けへんやろうがな」
プルームはそう言って口角を吊り上げた。
「ち、ちっくしょうぅう。だがぁ、なぜだぁ、お前にぃい、そんな人形を仕込む暇なんてえぇえ」
「あったで。おまんがにぶいだけや。あんた、あの爺さんと王子が走り抜けた時一瞬注意がそれたやろ? そんときに人形と入れ替わって天井に張り付いたんや。そしておまんがわいの人形に意識を向けたあと奥に引っ込んどいたいうわけや」
「……こ、え、はぁあ、声は正面から聞こえてたぁあ、後ろにいたなら背後からぁあ」
「これや」
言ってプルームが懐から水晶を取り出して見せた。
「おまんかてこれぐらい知っとるやろ? 相手に声を届ける為の魔道具や。これを人形に仕込んどいたわけや」
そう言ってプルームはニカッと白い歯を覗かせる。
「さて。ほな、今度はわいから質問や。おまんらのボスに付いて知っとる事を話してもらおうかのう」
「ボ、ボスというとぉぉ、エ、エビス様のことかぁ?」
「ちゃうわ。そんなんギルドのボスぐらいわいかて調べがついとる。聞きたいのはもっと上の方や」
「……上の方だとぉぉ? そ、そんなのは知らないぃい」
プルームはゲスイの顔をのぞき込んだ。そしてじっとその眼をみる。が、数秒眺めた後その表情を一変させ立ち上がった。
「ま、そりゃそうか。おまんみたいなもんが、そんなところまで知っとるわきゃないわなぁ。となると、やっぱアレに聞いて見るほかないかのう」
最後の部分は囁くように言いながら、プルームはもはや彼に興味なしといった様相で歩き出す。
「ま、まてぇえ、プルームぅう」
「なんや?」
背中を向けたまま、ゲスイに問い返す。
「お、俺とぉおお、組まないかぁああ? 俺は考えをぉお、改めるぅう、お前とならぁあ、いい仕事が出来そうだぁあ」
「……それは無理やなぁ。お前とは性格が合わん」
言ってプルームは再び脚を進める。
「そうかぁあ残念だあぁ」
ゲスイはそう言いながらも顔はニヤけていた。生きてさえいればいずれ復讐は果たせると思ってるのかもしれない。
だが――。
「じゃがのう。おまんみたいなもんに今後も付け狙われるのは面倒や。言うてなかったがのう。その背中に刺さってる矢は爆破の魔法が込められた魔道具や」
その声が耳に届いた瞬間、ゲスイの目が見開く。
「ま、待てぇえ、頼むぅう、もう――」
「そういうわけやから。ほな、さいなら」
言ってプルームがパチンっと指を鳴らした瞬間、劈くような爆発音がプルームの背中に届いた。
だが彼は一顧だにする事無く、冷淡な表情を浮かばせ、来た道を引き返していくのだった――。




