第五十一話 其々の戦い
「お爺ちゃんは馬車の守りに向かって! こっちは私達でも大丈夫!」
戦いが始まった直後、まずミャウがゼンカイにそう告げた。
この戦い、山賊共と冒険者達との単純な総力戦などではない。相手からしてみればメインの目的は馬車から公女を攫うことにある。
だからこそ、敵の何人かは隙をみて馬車に向かおうとする可能性もある。
勿論それを妨害しつつ敵を打ち倒せればいいのだが、まだ気を失ったまま起き上がらない仲間たちのこともある。
馬車の近くにはムカイ達の姿もあるのだが、彼等も仲間の一人が動けない状態である。そうなるとやはり誰かが馬車の近くにいった方がよい。
その為、ミャウはゼンカイにその任を任せた形だ。
そしてミャウの視線はもう一人ジンの方にも向けられていた。彼もまた馬車の近くを護衛する一人だ。先ほどの発言はミャウも気に入らなかった様子だが、あの化物を一人で倒したその実力は確かである。
迫り来る山賊たちが横に広がった。護衛する馬車の前方で冒険者達が横に長い壁となっていたからだ。
「あんたはあたしがやってやるよ!」
そう叫んでミルクがリーダー格の漢と対峙した。その横には別の二人も付いている。一人はクロスボウを手に持ち、もう一人は棘付き鉄球を鎖に括りつけた武器であるモーニングスターを構えていた。
ミャウは隣側のミルクの様子を見て、援護にむかおうと一瞬爪先がそちらに向くが、直後、別の二人が左右から挟み込むようにして迫り来る。
一人はショートスピアを持ち、もう一人は頭の部分が鉄製のメイスを構えていた。
一方ミャウは一旦援護を諦め脚の向きを元に戻し、愛用のヴァルーンソードでそれを迎え撃とうとする。ただ付与は付いていなかった。新たに付ける様子も感じられない。
恐らく先ほどの戦いで魔力を使いすぎてしまったのだろう。
「付与はついてねぇぞ! ガンガンやれ! ただし殺さない程度にな」
ミルクに向けていた視線を一瞬だけ外し、リーダー格の男が仲間たちに言い放った。
ついでに嫌らしい笑みを浮かべている。
それは言われた手下も一緒だった。きっと邪な事でも考えているのだろう。
「あたしから目を逸らすなんていい度胸だな!」
一猛し、ミルクが右手の鎚を振り上げてから叩きつけた。だがその一撃は漢にはあたらず、地面に窪みを付けただけだった。
「くっ!」
ミルクの顔が苦痛に歪んだ。彼女の右脇腹にはクロスボウの矢が突き刺さっていた。丁度鎧の隙間を狙われた形である。
そして更に逆側からも鉄球がミルクの頭目掛け飛んでくる。だがソレはなんとか左手の斧を立てるようにして防いだ。固い金属音が辺りに響き渡る。巨大な刃を持つ戦斧は盾としても役立つようだ。
だがミルクの動きは最初の戦いに比べると若干鈍く感じられた。先ほどの巨人との戦いで使用したスキルはかなり体力の消耗するものである。
その疲れが動きのキレを悪くしてしまっているのだ。
あのような矢を簡単に喰らってしまったのもそこに原因があると見るべきだろう。
「へへっ、やっぱり大分疲れているようだな。あの化物まで倒した時は焦ったが、すぐに追い打ちに出てよかったぜ」
余裕の感じられる嫌らしい笑みを視界に収めながら、ミルクは脇腹に刺さった矢を自ら抜き地面に叩きつける。ダラリと鮮血が一筋、脇から腰にかけて滴るが、みたところ致命傷に至るような傷ではない。
漢をみやるその顔が変わった。口を結び、瞳を尖らせ、静かな怒りがその表情に滲み出ていた。
ミャウはミルクを気にするよう横目でチラッと確認した。三人に囲まれてる彼女を心配してるようだが、かと言って自身も助けにいく余裕はない。
ミャウは奥歯を噛み、その歯がゆさを滲ませながら、視線を左右に動かし、その敵を見た。
右側では漢が両手を広げるようにしてメイスを上下に揺らしている。
その対面にあたる位置では、もう一人の漢が左半身の構えで穂先をミャウに向けている。左足を前に出して身体を半身にし、左手を柄の前に添え右手で根本を掴む姿勢だ。
二人を見比べると槍を持った側の方が手慣れた感じがする。
「フンッ!」
まるで鼻から直接発したような声音と共に、槍の一撃がミャウの肩目掛け放たれる。
だがミャウは僅かに肩を後方に逸らすことで穂先を躱し、同時に大きく踏み込み距離を詰めた。
間合いにさえ入ってしまえば、ミャウの小剣の方が有利である。が、それもあくまで一対一の場合だ。
ミャウの動きに合わせるように、もう一人の漢が彼女との間合いを詰め、背後からその手に握られたメイスを振るってきたのだ。
威力よりも速さを重視したコンパクトな振りであった。狙われたのはその小さな頭である。
しかしミャウはいち早くそれを察知し、剣を背中を撚るようにしながら立て、攻撃から防御へと転じた。
ガキィン! という少し鈍めな音が波紋のように広がる。
だが連携はそこで途切れる事はなかった。間髪入れず槍の漢が、ミャウの腹部目掛けて二度目の突きを繰り出す。
突き抜ける風音。穂先が空を裂き、ミャウの身が宙を舞う。このまま挟み撃ちされた状態では分が悪いと思ったのだろう。
地を蹴り槍を躱したミャウは、メイスを構えた後ろの漢を飛び越すように、背中を反らして後方宙返りを決める。
だが着地際、一本の矢がその柔らかい太腿を貫いた。思わずミャウが歯噛みし片目を瞑る。
「てめぇ! 今相手してるのはあたしだろうがぁああ!」
片膝を突くミャウの向こう側からミルクの怒気の篭った声が轟いた。
ミャウが一瞥すると、ミルクの大斧がクロスボウを持った賊の半身を吹き飛ばしたところであった。
ミルクは元々が膂力に優れた人物だ。多少の疲れがあるとはいえ、それでもこの程度の相手ならまだ一撃で倒せる程の実力を有している。
おまけに相手の所為はミルクの逆鱗に触れるものでもあった。怒りがました事で、その身に渦まく闘気は寧ろ大きく膨れ上がっているようにも思える。
「ミャウちゃん! 大丈夫かのう!」
ふとゼンカイの気にかけた声がミャウの耳に届いた。
眉を落とし怪我を心配している様子が見て取れる。
「私は大丈夫! だから護衛に集中して!」
ミャウはそういいつつ、ジンの方もちらりとみやる。が、その眉を顰め、プルームの奴――、と声を漏らす。
ジンは裏切り者のプルームと戦いを繰り広げていた。
しかも一瞬目にしただけではあるが、楽な戦いではなさそうなのが見て取れた。
プルームのすばしっこさはミャウと同等かそれ以上のものである。その為、ジンは中々彼を捉えられずにいた。
ただプルームはプルームで、ミャウと同じような小剣を片手に戦っているが、ジン相手には決め手にかける感じである。
その様子を見る限り二人の実力は均衡してるともいえるだろう。
この勝負はそう簡単につきそうにない。
「お爺ちゃん頼んだわよ……」
祈るように呟いたあと、ミャウは太腿に突き刺さる矢に手を掛ける――が、すぐに思い直したようにその手を放した。
矢は思ったより深くその肉肌に差し込まれていたのだろう。このまま抜いては出血が酷くなる可能性が高い。
ミルクやタンショウと違ってミャウは筋肉の鎧に包まれたような身体つきはしていない。
だからこそ彼女はいつも敵の攻撃を躱す事に重点をおいているのだ。
戦士としては装備が軽装なのも、己の敏捷性を少しでも活かせるようにとの事なのだろう。
だが――ミャウの表情には悔しさが滲み出ていた。足に怪我を負うということは己にとって命ともいえる機動力を欠いてしまう事に繋がる。
にもかかわらず敵の狙いに気づかず、みすみす矢の一撃を喰らってしまった。この状況でそんな失態を犯してしまった自分が悔しくて仕方ないのだろう。
「ねぇちゃん。もうその脚じゃ俺たち二人相手なんて無理だろ? とっとと諦めて降参したらどうだい? そうすればアジトでその怪我を優しく治療してやるよ」
言って舌なめずりをする漢共の姿に、ミャウの耳の毛が逆立った。
虫唾が走るとは正しくこのことを言うのだろう。
「誰が……あんたらなんかに! 大体怪我をしたぐらいが丁度いいハンデよ! あんたらみたいな雑魚、例え片足がなくたって余裕なんだから!」
ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべていた二人は表情を一変させ、目付きを尖らし、額に太い血管を浮かびあがらす。
「いい度胸だねえちゃん。だったら徹底的にぶちのめして、身動き取れないようにした後、アジトに連れ返って仲間全員で傷めつけてやるよ。生きているのを後悔するぐらいたっぷりとな!」
下劣な言葉を口にし、二人の漢が再びミャウに襲いかかる。
その姿を決意の篭った表情でみやり。ミャウは腰を上げ剣を構えた。
タンショウの正面に二人の槍使いが必死に連続した突きを繰り出してきている。
だが、彼が両手に持つ盾は、その程度の攻撃ではビクともしない。そして盾と盾の隙間から敵を見据え、タンショウはまるで戦車のように、一歩、また一歩とその距離を詰めて行く。
これは一見するとタンショウの方が圧倒的有利に思えたのだが――その巨足が更に一歩踏み込んだその瞬間だった。
「キシャァアアァ!」
発狂でもしてるかのような奇声を上げ、槍使いの後ろから小さな漢が上空に飛び上がった。
どうやら槍使いの背後に潜み、奇襲するタイミングを見計らっていたらしい。
その両手に二本のダガーが光る。
完全に正面に気を取られていたタンショウは、その敵の奇襲に反応が遅れる。
「死ねやぁ!」
声を上げ、小さな漢はタンショウの頭目掛けて二本の刃を振り下ろした。
だが――甲高い音が響き渡り、直後半分に割れた刃が二本、地面に落ちた。
「ば、ばか、な」
タンショウの頭の上で驚愕の表情を浮かべる漢。そして左右から迫る二つの影。
「ぐぇ!」
シンバルでも叩くがごとく、タンショウが左右からその漢を挟み込んだ。潰された蛙の鳴き声に近いものがその口から漏れ、彼は地面に落下した。
「な、なんなんだこいつは!」
「化物め!」
残った槍の二人が思い思いの言葉を吐き出す。その姿を眺めながらもタンショウは軽く頭を擦った。
そう、相手からのダメージのほとんどを軽減させるチートを持つ彼にとっては、あの漢程度の攻撃など蚊にさされたのと大して変わらないのである――。
件の巨人との戦いにおいて身体の自由がきかなくなっていたことは、ここにきて二人にとって有利に働く事となった。
あの化物が倒れた事で、状態を完全に回復させたマゾンとマンサは、軽快な動きで敵の攻撃を躱し、受け、そして反撃していく。
二人の周りに集まった敵は五体。クロスボウや弓矢といった遠距離型のタイプが二人、手斧やフレイル、ショートソードといった装備をした近距離タイプが三人。
だが二人にとっては、この程度は物ともしない相手であった。
マゾンは一気に間合いを詰め、まず手斧を持った漢に対しハルバートを横に振るう。
だが、大振りなその攻撃はその相手にはあたらなかった。が、そのまま腰を回転させ得物ごと一回転させることで、背後にいたもう一体の脇腹を切り裂いたのだ。
切られた相手はそれ一発で絶命し、大地に血の跡を残した。
しかし大ぶりで身体が完全に流れたマゾンは、その隙だらけの背中を晒してしまう。
当然それをチャンスと見た漢は、引き笑いのような声を口から漏らしながら、飛び上がるように間合いを詰め、手斧をその肉肌に食い込ませた。
「くっ! 気持ちいいじゃねぇかこの野郎!」
だが、傷を負いながらも口角を吊り上げ、マゾンは楽しそうにその漢の首根っこを掴む。
「お返しだこの野郎!」
地響きでも起きたかのような叫び声を上げ、マゾンは大地に掴んだ漢を叩きつけた。ゴキリッ、という骨のズレた音がその首から奏でられた。その時点で漢の息の根は完全に止まっていたが、マゾンは倒れた漢の顔面、腹、足と合計三度その刃を振り下ろした。
「気持よかったかよこの野郎!」
ふぅふぅと荒い息を吐き出しながら、物言わぬ骸に言い放つ。
「オー……マッド、デンジャラス、ノークール」
マンサはマゾンの姿を一瞥し、そんな言葉を並べ立てた。
だが敵はまだ残っている。容赦のない一発が彼に向けられて射出された。
しかし、ふんっ、と一つ鼻を鳴らし、マンサは迫る矢を盾で弾き返す。
「スイート。スイート」
肩を竦め両手を差し上げながら、マンサが小馬鹿にしたように述べる。
「チッ! 変な頭してる分際で」
クロスボウをもった男のその言葉にマンサの蟀谷がピクリと波打つ。
「バッド。ユー……キル! ユー!」
興奮した口調で叫びあげると、マンサが自分を馬鹿にした者目掛け駆け出す。
「くっ! 正面からくるなんて馬鹿か!」
漢が目配せをすると、彼から少し離れた位置にいた弓矢を番えた漢がその指を放した。
そしてそれに合わせるように正面の漢もクロスボウを射つ。二本の矢が別々の方向からマンサに迫った。
だが彼はまず盾で正面の矢を受け止め、横に顔を向けることもなく、ミスリルソードでもう一方の矢を切り落とした。
「な! そんな!」
「【ダッシュニードル】!」
漢が驚きの声を上げるのと、マンサのスキルが発動するのはほぼ同時であった。
そしてその瞬間、マンサの身体が一気に加速し敵の心の蔵をその刃が貫いた。
「ゲ、ブォ――」
口からゴボゴボと多量の血を垂れ流し、その男は死んだ。吐出された鮮血がマンサの顔を赤く染める。
「ふん。ミーのゴージャスなフェイスが汚れちゃったじゃないかYO!」
そんな文句を口にしつつ、マンサはもたれかかっていた、漢の骸を地面に振り下ろす。
これで残った敵は二人。だが既に勝負は見えていた。
何故なら残りの二人からは完全に戦意が削げ落とされていたからである――。




