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第三十五話 師匠と弟子

 タンショウの背中に乗っていた老人は、ありがとうのう、と一言告げ背中から大理石の床に降り立った。


 見た目にはかなり小柄な人物だ。ヒカルの師という彼は、魔法の使い手というだけあってか、その身は紫色のローブに包まれている。


 頭にはフードも被せているが、ここの神官のように目深にはしていないので表情はしっかり掴むことができた。歳相応の皺が顔に刻まれており、豊かな顎鬚を蓄えていた。

 毛髪の色は完全に抜けているがかなり綺麗な白であった。


 そして右手には尖端が渦巻状の木製の杖を握りしめられ、それを床に付けながら姿勢を維持している。

 ただ腰が弱いという感じではない。その証拠に背中はピンと張るように伸ばされていた。

 

「てかなんてあんたがスガモの爺さんと一緒なんだ?」

 疑問に思ったのか、ミルクが相棒に問う。

 するとタンショウが身振り手振りで応えた。

 どうやら皆が神殿に向かったあと、件の店の者に起こされ、慌てて後を追おうとしてたところで、神殿に行くつもりならわしも連れてってくれんか、と声を掛けられたらしい。


「しかしのう。爺さんもよくタンショウが神殿にいくとわかったのう」


「ふむ。わしには特別な目があるからのう。……というかお主も爺ぃじゃろうが。爺ぃに爺さん呼ばわりはされたくないもんじゃのう」


 スガモはギロリとゼンカイを睨みつけ文句を突きつける。


「な! なんじゃと! えぇいわしの心は永遠の10代じゃ! お主みたいなショボくれた爺さんとは違うわい!」

 しかしゼンカイはムキになってスガモの爺さんに噛み付いた。

 だが、いくら若いと思おうが彼が爺さんなのに代わりはないだろう。


「ふん。じゃったらわしの心は常に9歳じゃ」


「ならわしは8歳じゃ!」

「7歳!」

「6歳!」

 

 顔を突きつけ合わせ歯をむき出しにする二人の爺さん。

 なんとも不毛な争いである。


「はいはいお爺ちゃんはどっちかというと知能は3歳以下なんだからムキにならないの」

 ミャウはゼンカイを抱きかかえ、スガモから距離を離した。

 するとミルクがつかつかとミャウに近づき、ゼンカイの事をミャウの手から取り上げ抱きしめる。


「勝手にゼンカイ様の事を抱くな!」


「あらそう。じゃあお爺ちゃんは宜しくね」


「言われなくてもあたしがしっかり――」


 そう言ってミルクがゼンカイを掻き抱く。

 因みにゼンカイの顔は既に青くなり始めている。ちょうどいい具合に頸動脈が締め付けられているからだ。


「師匠もそんなことでムキにならないでくださいよ」

 ヒカルがスガモの横に立ち、窘めるようにいった。


 すると、ふん、と一つ鼻を鳴らした後、スガモはヒカルに顔を向ける。


「ところで転職はどうじゃった?」


「はい! おかげで三次職のウォーロックになる事が出来ました!」


 ヒカルは得意な顔で応え、鼻息を荒くさせた。


「ウォーロックか。まぁそんなところじゃろうな」

 顎鬚を擦りながら、スガモが言う。その表情には予想通りといった感情が見て取れた。


「ウォーロックでも十分凄いとは思うけどね」


 ミャウが口の片側だけで笑みを見せると、スカモがミャウを振り返った。


「ふむ。だがわしの弟子というからにはそれぐらいは最低条件なのじゃよお嬢ちゃん」


 ヒカルの師匠が発した言葉に彼女は肩をすくめてみせる。


「流石スペルマスターは言うことが違うわね」


 その言葉からは皮肉等といった雰囲気は感じさせず、実際に凄い人物である事を強調してるようであった。


 そしてそのミャウの言葉に、ほっほっほ、とスガモが得意気な高笑いを見せる。


「こんな爺さんがそんなに凄いのかのう」

 ゼンカイはまじまじとスペルマスターを見やりながら言う。信じられないといった具合だ。


「いいかげん失礼よ。その気になればお爺ちゃんぐらい簡単にのしちゃえるような方なんだから」


「ま。わしは優しいからそんなことはせんがのう」

 白髭をさすりながらそう述べ。


「まぁとはいえ、わしにこんな口の聞き方をするものは久しぶりじゃがな」

とどこか楽しそうな表情をみせる。


「で、ヒカルよ。この者達と何の話をしてたんじゃ?」


「え? あ、いや、その――」

 

 口ごもるヒカルにスガモの眼が光る。


「ふむ。ヒカルよもっとしっかり顔をむけんか」

 嗄れた声だが腹の奥から押し出された力強い声質でもあった。有無を言わさぬ迫力をも感じさせる。


「は、はい!」

 ヒカルは背筋をピンと伸ばし師匠へと顔を向けた。そしてスガモはヒカルの少し小さめの瞳を凝視し、数秒ほどの間をおき、成る程のう、と言葉を紡げた。


「全く心に油断があるからそうなるんじゃ。やっぱりお前はまだまだじゃのう」


「し、しかし師匠!」

「言い訳はいらんわい。どうせ買い物を頼んだ時にでも引っかかったのじゃろう。お前ときおり小さな女の子をみては危ない目をしとったからのう」


 そんなヒカルに、うわぁ、といった軽蔑の視線をミャウが送る。


「べ、別に僕はそんな変な意味でみてたわけじゃないからな! ちょ、ちょっと愛らしいなとか、そ、そういう感覚で――」


 必死に言い訳するヒカルだが、逆に見苦しい。


「しかしよくそんな事がわかるのう」

 ゼンカイが不思議そうな顔つきで述べ腕を組む。


「ゼンカイ様。スガモ様は心を読める読心眼をお持ちで有名なのですよ」

 ミルクが優しくゼンカイに教えると、ほぅ、とゼンカイは目を見張った。


「そうね。さっきも言ってた特別な眼というのがソレよ。タンショウ君のこともそれできっとわかったのね」


「まぁそやつは一人おろおろしてたからのう。どうしたのかとなんとなく覗いてみたら判っちゃったのじゃ」


 スガモの応えを耳にし、タンショウが照れくさそうに頭を掻いた。


「全く図体だけはでかいくせにそれぐらいでおたおたするなんて情けないねぇ」

 ゼンカイに対してとは打って変わったミルクの厳しい言葉が、タンショウへと注がれる。


「……ふむ。しかしこれは調度良い機会かもしれんのう」

 スガモは髭を右手で揺らしながら、何かを思いついたように口にし、ヒカルへと顔を向ける。


「ヒカルよ、しばらくわしから離れてこの方たちと行動を共にさせてもらえ」


「え! えぇえぇええ!?」


 これにはミャウも驚いたようで、頭に生えた猫耳を天井へと伸ばした。


「ヒカルじゃ便りにならんかのう?」


 ミャウの態度をみて、スガモが疑問を投げかける。が、ミャウは両手を振りながら偉大なる魔導師に言葉を返す。


「逆ですよ! 私達じゃレベルが違いすぎるし只でさえこのメンバーでもお爺ちゃんとのレベル差は激しいんです。これ以上レベルの高いのが増えても――」


「なぁに。こやつは確かにレベルだけは高いがわしの後ろを金魚のフンみたいに付いてくるしか脳がないような奴じゃ。むしろ仲間と一緒に旅をするのも経験として必要じゃ」


 しかしミャウは、と言っても――、と戸惑いの色を隠せない。


「それにのう。その爺さんの事は特に心配はないじゃろう。これはわしの感じゃがのう。今からギルドに向かうといい。そうすればきっと今後の進展に繋がるじゃろう。ヒカルも役に立つはずじゃ」


 こうして結局スガモの師匠が強く推してくるものだから、ミャウも断る事が出来ず、一旦ヒカルとも行動を共にすることを承諾した。


「まっ! 結局はこうなる運命だったんだよ」

 神殿から出る直前、得意気に言い放つヒカルの姿が妙に感に触ったが、

「調子に乗るな!」

と師匠に頭を小突かれる姿を目にし少しは皆の心もすっとした。そして――。


「こやつのいうことなど気にせんと、ガンガンこき使ってやりなさい」


 続けて発せられた師匠の言葉に、そんなぁ、と泣きそうな顔になるヒカル。


「爺さんでも少しは役に立つものだのう」

 別れ際ゼンカイが毒づくと、

「役立たずの爺さんがいたのでは他の者も可愛そうじゃからのう」

と負けじとスガモも口を返す。


 そんな二人の姿にやれやれとミャウがため息を吐きながらも、改めてヒカルの師匠に別れを告げ、全員でギルドへと向かうのだった。


 そして一行がギルドに到着すると、朝方まで一緒だったアネゴが彼等を出迎えた。

 早速神殿で聞いた話を思い出し、何か仕事が入ってない? とミャウが問いかける。


「えぇ。確かにそう言われてみれば丁度あなた達にぴったりの仕事が来たかも」


 そう言ってアネゴが一枚の依頼書をカウンターに置く。

 ミャウはその依頼書を手に取り後ろの皆とともに内容に目を通した。

 そしてそこに書いてある依頼内容は【とある公女の護衛】との事であった――。

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