第三十四話 忘れ去られていたトリッパー
鋼と鋼のぶつかり合う音が神殿内に響き渡る。
だがゼンカイの身は無事であった。
ミルクが間に割って入り、その斧でミャウの攻撃を受け止めたからである。
「どいてよ。これからお爺ちゃんのポルナレフを切り刻むんだがら」
その言葉にゼンカイ、思わず股間を両手で抑えた。
元気な息子の姿を再びその目にする前に切り落とされるわけにはいかないのだ。
「どかないわよ。てか……本気かい?」
ミルクはミャウに強い視線を重ね合わせ問いただす。が、ミャウは口角を吊り上げ――。
「これが冗談に見える?」
と反問する。
するとミルクも薄い笑みを浮かべ、あぁ見えるね、と応えた。
静まり返った神殿に刃と刃の擦り合う音だけがしばし響く。
だが――ふとミャウが力を緩め、刃を上げた。そして、くくっ、と笑い。
「そうよ。勿論冗談。ちょっと驚かせただけよ」
くるりと身体を反転させ剣を鞘に収めた。
「な、なんじゃそうじゃったのか。いやぁ流石にわしもびっくりしたぞい」
「でもね――」
ミャウは一言呟き、ゼンカイに向け首を回した後。
「流石に次はないからね」
冷血な瞳をゼンカイに向け、思いっきり釘を刺した。
この表情――恐らくマジである。
そしてゼンカイがその後、素直にミャウへ土下座してみせたのは言うまでもない。
「ゼンカイ様。例えミャウが本気で殺りにきたとしてもあたしが必ず守りますからね!」
ミルクがはっきりとした口調で述べるが、出来ればそんな事にはなってほしくないというのがゼンカイの本音である。
「やれやれ一時はどうなることかと思いましたよ」
神官が安堵の声を漏らした。
確かにこのような神聖な場所に爺さんのアレが転がった日には目も当てられない。
「それにしても結局ヒカルもお爺ちゃんとおなじ症状だったわけね」
「うむ。ミャウちゃんの危ない下……」
ゼンカイがみなまで言う前に、ミャウが死神のような視線を爺さんに向けてくるので、すぐにその口を塞いだ。
「そ、そんな。僕の、僕のジョナサンが……」
そんなやり取りをゼンカイとミャウが行ってる間、ヒカルは未だ目を虚ろにさせぶつぶつと恐らくは息子の名をつぶやき続けている。
というか、トリッパーの間では自分のアレに名前を付けるのが流行ってるのだろうか。なんとも謎である。
「まぁなっちゃったものは仕方ないわよね」
ミャウはまったくもって他人事な台詞を吐いた。
まぁ他人事なのは確かなのだが。
「そういう事じゃ。現実を受け止めてしっかり生きるのじゃよ」
言ってゼンカイは彼の肩を叩いた。
しかし、彼はキッとゼンカイを睨みつけ。
「お前! 責任取れ! そこまではっきり言ったんだから! 僕に対しての責任があるだろ!」
ヒカルは悔しそうな表情でしかも涙さえ流しながらゼンカイに訴えた。
しかし責任といっても何をどうとれというのか。
「わ、わしにそんな趣味はないぞい!」
おまけにこの爺さん。妙な感違いをしてやがる。
「何馬鹿な事を言ってんだか……」
「ぜ、ゼンカイ様はあたしのものだ! おまえになんざやらんぞ!」
ミャウは半ば呆れ顔で、ミルクは真剣な表情で会話に言を押し込んだ。
だがヒカルは一本釘が刺されたような顔になり、お前らは一体何を言ってるんだ? と不快そうに述べる。
「僕はこの症状を治すのにどうしたらいいか知りたいだけだ。言うだけ言っておいて何も知らされないのも気持ちが悪いだろう」
そう言って、再びどこぞから取り出したパンを咥え咀嚼を始めた。
「何じゃそういうことかい」
「まぁ確かによく考えたらそう思うのは当然か」
ゼンカイとアネゴが交互に言い、納得したように頷く。
「でも悪いけど私達まだ何も判ってないわよ。とりあえずアルカトライズに行けば何か判るかもぐらいかな」
「アルカトライズ?」
ヒカルは復唱するように反問する。
「えぇ。て、ヒカルはアルカトライズ知らないの? ほら――」
ミャウは簡単にその街の事をヒカルに伝える。すると、あぁ、と短い一言と共に得心がいったと言わんばかりに片眉が引き上がる。
「そういえばそんな街があるって聞いた事あるな。僕は行ったことはないけど」
「そうなんだ。じゃあいい機会だし行ってみたら? ヒカルなら一人でも別に行けるんじゃない?」
ヒカルに対するミャウの発言を聞き、ゼンカイが口を挟んだ。
「なんじゃ。こやつそんなに強いのかのう?」
「そうね。確か前あったときは二次職だったし、それで今日この神殿で転職を済ませたって事は三次職なのかな? レベルでいったらミルクより強いのかも――」
「こんなのがあたしより強いって? 納得行かないね」
ミルクは腰に手を添え不機嫌を露わにした。
「よ! よしてくれよ! 冗談じゃない! そ、そんな不良の多そうなところ! き、きっとあれだろ? オタク狩りとかいって裏の狭い路地に連れて行き、パンツ一丁にした挙句あいつら跳ねてみろとか言って帰りの電車賃まで奪っていくんだろ! そんな奴等の溢れてるところに一人で行くなんて冗談じゃない!」
ヒカルはまるでガマガエルのように大量の油汗を吹き出しながら、視点を明後日の方へ向け早口で一気に喋りあげた。
肩が小刻みに震え、若干顔も青い。どうやら何かのトラウマスイッチを押してしまったようだ。
「いや、まぁ確かにそういうならず者みたいのも多いだろうけど……」
そう言ってミャウは眉根を寄せる。
「大体君たち勘違いしてるようだけど、僕達魔法系のジョブを持つものは肉体的には超が突くほど脆弱なんだ。僕がたったひとりで出歩いたりしたらそれこそ半分程度のレベルの相手にもやられる可能性だってある! いややられる!」
随分と自信満々に口を開くが、言っている内容はなんとも情けない。
「だったら誰か護衛でも付ければいいじゃろう」
ゼンカイが軽く言い切るが、それにはヒカルもポンと手を打つ。
「そうだ! 君たちが僕の護衛をしてくれればいいんだ! そうだそうだ! 光栄に思い給え! なにせこの強力な魔法を使える僕が本来なら全く実力の吊り合わない君たちと一緒にそのアルカとライズに向かおうと言うんだ!」
ヒカルは皆の返事を待つこともなく、すっかり乗り気である。
だがミャウは肩をすくめ返事を返す。
「それは無理よ」
「はぁ1? なんでだね! 大体今の話の流れでいくと、この爺さんだってアルカトライズに行く必要があるはずだろう!」
ヒカルは同道の願いを断られた事で、ムキになりだした。
だがミャウは頭を振った後、右手をヒラリと振り上げその理由を話す。
「お爺ちゃんのレベルが圧倒的に足りないのよ。だから確かにいずれアルカトライズには行こうと思うけど今はまだ無理ね」
答えを聞き、ヒカルは一旦目をパチクリさせた後、爺さんへと目を向けた。
「なんだ。結局あんたが足を引っ張ってるんじゃないか」
「な、なんじゃと!」
ゼンカイが拳を突き上げプリプリと怒りだし、無礼な! とミルクもそれに追従する。
「ゼンカイ様は確かにまだ転職したばかりでレベルも低いが、実力でいったら同レベルの冒険者を軽く凌駕する程だ! お前こそ所詮は魔力が尽きたら何も出来ない木偶の坊ではないか!」
ミルクは指を突きつけ断言するが、魔法使い系の者にそれを言うのは少々酷にも思える。
だが、ヒカルはそれを言われても特に気にする様子はない。それどころか、ふふん、と得意気に鼻を鳴らしだす始末だ。
「確かに並の魔法使いならそうさ。でも僕には特別なチートがある!」
「と、特別なチートじゃと!」
ゼンカイがやはりかなり大袈裟に驚いてみせた。
「そう! 僕のチート能力は【|ブレッシングオブフード《食の恵み》】! 食べれば食べただけ魔力が増え続けるという正しく魔法使いになる為に生まれたような能力なのさ!」
ヒカルは掌で顔を隠すようにし、身体を斜めに向けながら得意気に言い切る。
このなんとなく格好を付けている感じが妙に腹ただしい。
「はぁ。そっか、だからずっと食べ続けているのね」
ミャウは、彼のその言葉で能力を把握したようだ。
「まぁね。僕が魔法使いとして生きていくには常に食べ続けなきゃいけないってことさ」
「食べない豚は只の豚じゃな」
「いやお爺ちゃん、それだと普通に只の豚じゃないの?」
二人共なかなか失礼な言い草である。
しかしヒカル。そんなやり取りの間もおにぎりを取り出し、しっかり栄養補給している。
「てか、だったらなおのことヒカルだけでも行けるんじゃないの?」
再びのミャウの問いに、ぐぬぅ、とヒカルは口ごもり。
「だから魔力があっても、別に身体能力が上がるわけじゃないんだよ。判ってないなぁ」
「そんなのヒカルがただヘタレなだけじゃない」
流石に女性にそこまで言われるのは痛いのか、ヒカル、胸を押さえ大袈裟に苦しい表情を見せだす。
「くっ! お前けっこう酷い奴だな! 全くあんなパンテ――」
ヒカルがみなまで言う前に、ミャウの瞳がキッと尖ったので彼もその口を噤み、こほんと一つ咳払いして気持ちを落ち着かせる。
「しかしあれだね。あの幼女にあったのは今いる中では僕とその爺さんだけなのかい?」
改めて今度はヒカルが三人に問う。
「いや、もう一人――あ!」
そこで漸くミャウが何かに気づいたように口を丸く開け広げた。
「……そういえばタンショウはどこに行ったんじゃミルクちゃん?」
ゼンカイも彼がいない事に気づいたのかミルクに確認する。が、彼女は苦笑いを浮かべ指でぽりぽり顎を掻く。
「どうやらあのお店に置いてきちゃったみたい……」
「なんと! 確かにそういえば店を出てからみてない気がしたのう」
「だったらはやく迎えにいってあげないと」
「あぁ大丈夫だよあいつは放っておいてもそのうち――」
三人がそんな事を話していると、神殿内に甲高くやかましい音が響き渡った。
それに反応した全員が音の方をみやると、神殿の入口でむすっとした顔のタンショウが立っていた。
両手で構えたタワーシールドを見るに恐らく、それをシンバルの如く叩き合わせたのだろう。
「おおタンショウ。丁度お主の噂をしていたところじゃぞい」
何の悪びれもなく話しかけるゼンカイだが、タンショウはぷいっとそっぽを向く。
どうやら置いてけぼりを喰らって気分を害しているらしい。
と、そこでミャウが眉をピクリと動かしタンショウの背中に乗るものを見つけた。
「ぬほほ。どうやら色々事情がおわりのようだが、おかげでわしも楽をさせてもらったよ」
「何じゃ? あの爺さんは?」
タンショウの背中に乗る人物をみてゼンカイが呟く。すると――。
「お、お師匠様!」
とヒカルがタンショウの背に乗って現れた人物に対し叫びあげた。




