第一一〇話 アルカトライズへ
「ば、馬鹿な……俺達が、こん、な、爺ぃ、ひとり、に――お前は一体なにもの……」
「何者? 別にわしはそこらにいるような只の爺さんじゃよ」
ウェアウルフの最後の問いかけにゼンカイが答えると、そのままパタリと地面に伏し、そして二度と動く事はなかった。
「全く。口ほどにも無い奴らじゃのう」
ゼンカイは己の肩を揉み、首をコキコキとならしながら、誰にともなく呟く。
一度に五体のウェアウルフを相手にしたゼンカイだったが、彼が言うように、すでにこの程度の相手はゼンカイの敵ではなかった。
何せ戦闘中、ゼンカイはスキルの一つも使うこと無く、入れ歯で殴るという単純な攻撃を、しかも其々一撃ずつ喰らわしただけで、勝利を収めたのだ。
それでいてゼンカイの身体にはかすり傷一つ付いていない。
やはりこのゼンカイ。最初の頃に比べると相当に実力がアップしているようだ。
戦いも終わり、ゼンカイが顔を皆の方へ向けると、全員しっかりと眠っている。気づいた様子は無い。
「さて。それじゃあ片付けておくとするかのう」
言ってゼンカイは、ウェアウルフの亡骸を皆が目を覚まさぬよう気を使いながら、次々と森の前まで運び、中へと放り込んでいった。
そして、パンパンと両手を払うように叩き、満足そうに再び見張りへと戻っていく。
「お爺ちゃんおはよう。昨日はなんともなかった?」
太陽が昇り皆が目覚め、ゼンカイにミャウが近づき異常が無かったか確認を取ってくる。が――。
「うむ。特に変わったことはないのじゃよ。平和なものじゃったわい」
ゼンカイはまるで何事も無かったかのように笑顔でそう返すのだった。
ブルームの言っていたように、アルカトライズまでの道はかなり険しかった。ゴツゴツした岩場が多く、足場は決して良くはない。
正直道というには無理のあるものである。
「これは中々大変じゃのう。ヨイちゃん大丈夫かい?」
「は、はい。な、何とか……」
ヨイは昨晩眠った事で、疲れは大分マシになったようだが、それでもやはり息は荒い。
とはいえ、この厳しい道程でまで背負ってもらうなど、甘い事も言っていられないだろう。
「ねぇ。アルカトライズの人間って、いつもこんな道を乗り越えていってるの?」
「うん? いや、ちゃうで。アルカトライズを出てすぐの隧道を抜けるルートもあるからのう。そっちの方が遥かに楽や」
ブルームはまるで当たり前のように言いのけるが。
「だったら、あたし達もその道を行けばいいんじゃなかったのかい?」
ミルクが背後から問いかける。
「アホかい。そんなところ通ったらすぐ誰かに見つかってまうやろ。そっちの道には見張りもいるしのう。やからわざわざこっちの道を選んだんや」
確かにそうよね……、とミャウが呟き、ミルクは罰が悪そうな顔をした。ブルームの言ってることは尤もな事である。
「まぁ、とは言え、もうすぐやで。このペースでいけば昼ごろには付けるやろ」
ブルームの言葉に皆の表情が少しだけ緩んだ。到着の目処が立てば気持ち的にも大分楽になる。
そしてそこからは皆もあまり体力を消費しないようにと、口数少なく脚を動かし続ける。
「見えたで」
ブルームの言うように、太陽が中天を超えたあたりでアルカトライズの街が見えてきた……らしいのだが。
「え? どれ?」
「街なんて見えないけどねぇ」
「むぅ。このゼンカイの目を持ってしても、何も映らぬのじゃ」
ミャウ、ミルク、ゼンカイの三人はブルームの指さした方向を目を凝らしてみるが、確かにせいぜい見えるのは巨大な岩の塊ぐらいであるが……。
「だからアレや。あの岩の中に街がある」
えぇ! と三人が驚きの声を上げた。ちなみにヨイは疲れからかそんな余裕も無さそうだ。
「まぁ正確には、あの岩に見えるものやがな。魔法で構築されとるからそうみえるだけや。天井も外からは岩で覆われとるようにしか見えへんけど、中からだとガラスみたいに透明で、陽の光も入る」
「なんか意外と凄い造りしてるのね」
ミャウはポカーンとした表情でそう述べる。
「それで、あそこにはどうやって入るんだい? まさか正面からってわけではないんだろ?」
「当たり前や。まぁそこはわいの後をしっかりついてきて貰うとして……」
そこまで言って、ブルームがアイテムボックスから四つ、腕輪を取り出した。
「全員これ嵌めといてや」
ブルームから一人一人手渡されるが、なんじゃこれは? とゼンカイが疑問符混じりの言葉を言い、他の皆も同じように疑問に持つ。
「それは隠蔽の腕輪や。それ嵌めておけばここから先の結界に引っかからへん」
「え? でも私達のレベルだったら大丈夫なんじゃないの?」
ミャウは、あの王との話を思い出したように目線を上にし、問いかける。
「あれは尤もらしくさせる為に言うただけや。第一レベル30超えや40超えがおるのに、結界が反応しないなんて事があるかい」
また騙されてたのね、とミャウが顔を眇め腕を組む。
「嘘も方便てやっちゃ」
「でも、レベル40超えって誰のことだい? あたしとミャウは30超えだしゼンカイ様は……実力は40超えは間違いないですが」
そう言ってミルクはヨイを見やった。まさか? という思いも表情に出てるが、ヨイも首を左右に振り否定を示す。が、そのまま彼女の視線はブルームに向けられ――。
「わいや。わいはレベル41やからのう」
あっさりとブルームが言う。
その応えに、はぁ!? とミャウの声。
「あんたが41!? でもジョブはハンターって言ってたよね? あれって二次職でしょ?」
「あぁそれも嘘や。実際のジョブは三次職の【トリックスター】やからな。まぁ相手から覗かれないようスキル使っとるから、誰も気づかへんやったろうが」
ミャウが一人口をパクパクさせてる中、なんで隠しとったんじゃ? とゼンカイが問う。
「情報集めの時なんかは、わいみたいにアルカトライズ出身でレベル高いと警戒されたりするからのう。それに弱いと思わせておいた方が楽な場合もある。まぁこの辺の考え方はアルカトライズならではっちゅうとこやがな。基本、人を信用しない街やったしのう」
ブルームはあっけらかんと言ってのけたが、口にした理由以外にも色々考えている事があるのだろう。
そしてこういった事を平気でやってのけるブルームの存在そのものが、アルカトライズという場所は一筋縄ではいかない地であるという事の証明でもあった。
「さて。無駄話もここまでや。腕輪嵌めたならとっとといくで。時間が勿体無いからのう」
そう言ってブルームは軽快に歩き出した。
その促しに、ま、待ってください、とヨイが従い、残った面々も、やれやれと言った表情を浮かべながらも先を急いだ。
岩場を下り、そこから更に岩壁の影に身を隠すようにしながら、ブルームはアルカトライズの街があるという巨岩を眺めていた。
「一体どこから入るの?」
「ここから更に迂回して裏の方から川が繋がっとる。下水としてな。そこを潜って進入するんや」
下水という言葉にミャウの表情が若干歪んだ。が、不満を言ったりはしない。冒険者であればこの程度の事で文句など言っていられないのである。
「ついてきぃ」
視界の範囲に特に厄介そうなものや人がいないことを確認したブルームが飛び出し、これまでとは一変した素早い身のこなしで移動していく。他の面々はそれに付いて行くのがやっとであった。
「ここや」
ブルームの言うように、目の前にはアルカトライズとつながってると思われる川があった。水の色はかなり濁っており、潜るにはそれなりの覚悟が必要となるだろう。
「ヨイちゃんいけるかい?」
「は、はい、な、なんとか……」
顔が引きつっている為、強がりなのは見て取れたが、かといって嫌だと言える状況でも無いであろう。
「ヨイちゃんは私が何とかしてあげる。魔法剣でバブルフィルムを付けれるから、色はどうしてもアレだけど、濡れなくて済むし」
「で、でも、もうしわけ、な、ないです!」
「あたしらの事は気にしなくてもいいよ。こういうのは慣れてる」
「わしも大丈夫じゃよ。昔、肥溜めに落ちたことに比べれば大したことないわい!」
ゼンカイは少しでも気が紛れればと言ったのだろうが、ミャウの表情は明らかに引きつっている。
「それじゃあヨイちゃんの事は任せるで。ほな、いこっか」
言うが早いかブルームが川の中へと飛び込んだ。
それにミルクとゼンカイが続き、最後に魔法剣の力で泡の膜を身にまとったヨイと、最後にミャウが飛び込み――一行はアルカトライズへと向かうのだった。




