第一〇八話 見破り
ブルームの自信にみちた発言により、な、なんやて! というダークエルフの慌てたような声が響き渡った。
勿論その声も、反響するように聞こえてくる物のため、そこから位置を探ることは出来ない。
「ブルーム。それって本当なの?」
ミャウが訝しげな顔でブルームに問いかける。だが、あぁ、と再びホウキ頭を揺らし。
「別にそんな難しいことやないで」
と言葉を連ねる。
「ダークエルフの使ってるこの技は、恐らく続けるにはそれ相応の魔力、もしくは体力を使うはずや。やから本来のダークエルフの目的は、この幻影相手に、スキルやら攻撃やらを連発させて疲弊させる事にある。でないと先に自分の方が参ってまうからや」
ブルームがそこまで言うと。
ということは……、とヨイが呟き。
「そうや。攻略は何もしない。これが手や。そうすれば相手の方から勝手に自滅するで」
その声に、成る程ね、とミャウが顎に指を添える。だが、ミルクはあまり納得していない様子であり。眉を顰めブルームに聞く。
「だけど、待っていたって相手は攻撃してくるだろう?」
「あぁ。でも問題はないわ。恐らくこのダークエルフは、今の技を発動中は、他に大した事は出来ん。出来るならとっくにやってるやろうしのう。更に撃ってくる矢は本体が一人である以上常に一つの筈や。だから避けるのもそう難しくは――」
「あっはっはっはっはああぁあ。アホや! こいつほんまもんのアホや!」
ダークエルフのその声に、ブルームの眉がピクリと動き、腕を横に振るい叫ぶ。
「なんや! わいのどこがアホいうねん!」
「フン。その考えかたがや! 何が攻撃が簡単に躱せるや! 偉そうに言うておいて、その程度の浅い作戦。ほんま、笑うないうほうが無理やねん!」
「なんやと……こんボケェ! じゃったらわれ! わいに攻撃当てれるもんなら当ててみぃや!」
言ってブルームが単身前に躍り出る。
「ちょ! ブルーム! 落ち着きなさいよ!」
「そ、そうです、ら、らしくないです!」
ミャウとヨイがそう呼びかけるも、構うこと無く、ブルームは幻影に囲まれた中央近くに立ち、やれるもんならやってみぃ! わいが全て見切ったるわ! と息を巻く。
「本当馬鹿なやっちゃ! そんなに死にたいなら、ウチがしっかりトドメさしたるわ!」
ダークエルフの声が響き渡り、周囲のダークエルフの照準がブルームに向けられた。
「さぁ! 覚悟しいや!」
その声が響くとほぼ同時に、四方八方から矢弾が射出されブルームへと襲いかかる。
「ふん! こんなん余裕や!」
そういいつつ、ブルームはその身を捻り回避行動を取るが――
「ブ、ブルームさん!」
ヨイの悲痛な叫びが霧の中に木霊した。
その視線の先には、何本もの矢をその身に受け、まるでハリネズミのようになってしまったブルームの姿。当然傷口からは多くの出血もみられる。
「そ、そんな! どういう事!」
ミャウが驚愕といった表情を浮かべ、ブルームと彼が躱した矢の軌道を追った。
するとブルームに突き刺さった矢は勿論の事、躱した矢弾も地面や、大木の上部に突き刺さっていた。
これはつまり放たれた矢が全て本物である事の証明であり、本体から発せられた矢以外は全て偽物というブルームの考えを根本から覆すものであった。
「ブ、ブルームさん!」
ヨイが慌てた様子で、怪我を負った彼に近づこうとした。だが、ブルームは右手を広げ、来るなと暗に示した。
ダークエルフの追撃で、彼女に危害が及ばないよう考慮したのだろう。
「爺さん。彼女の代わりに……」
そう言って、ブルームが指を軽く曲げ伸ばしし、ゼンカイを呼びつけた。
「大丈夫かのう?」
言われたとおりゼンカイが近づくが、追撃の様子は無い。
ただ、ふふん、という機嫌の良さそうな音色のみが響いていた。
ダークエルフの喜ぶ声である。
「爺さんち~と……」
ブルームはゼンカイの耳元で両手を筒にし、何かを耳打ちした。
「えぇかのう?」
その確認に、ゼンカイが顎を引く。
だが周囲の皆には、一体彼が何を考えているか知るよしもなかった。
「全く。何を考えてるか知らんけどなぁ。うちの攻撃をかわし切るのは不可能やで。今ので判ったやろ? うちの技は、見た目が幻影でも攻撃は本物なんや。まぁ覚悟決めるんやな。次の攻撃で皆纏めて片付けたるわ」
するとブルームが傷ついた身体を引きずるように腰を上げ、肩で息をしながら口を開く。
「い~や。その前に終わりや」
言って瞳を尖らせるとブルームが身体の向きを変え、視界に捉えたダークエルフ目掛け、現出させたブーメランを投げつけた。
その一方でゼンカイも同じようにブルームとは逆側のダークエルフ目掛けぜいはのスキルを発動させる。
が――双方の攻撃は見事ダークエルフの身体をすり抜けてしまった。
勿論、ダークエルフの姿も完全に消え去り、後には何も残っていない。
「プッ、ククッ、あかん! 駄目や! ほんまわらけるわ! どこ攻撃しとんねん! 格好つけて終わりや! とか言っておいて。うわぁ~、格好わる! かるく引くわ~」
愉快そうに笑うダークエルフの声が再び霧の中に木霊した。そして笑い声がやむと、はぁ、と声が紡ぎ。
「ま、所詮あんたらにウチの技を見切ることなんて不可能やったちゅう事や。判ったら素直に諦めて――」
「全くよう喋る口やのう」
ダークエルフの声を全て聞き届ける前に、ブルームが言葉を重ね、身体の向きを変え腕に装着されたクロスボウを向ける。
「え? ブルーム?」
その動きにミャウが反応し、疑問の声を発した。が、その直後。
数発の風切り音と共に、射出された矢が大樹の枝に向け突き進む。
だが、そこは一見すると枝以外何もないように思えたが……。
チッ! という舌打ち音が確かに皆の耳に届いた。そして僅かに枝の上の霧が揺れ動く。
「……まさかバレると思わんかったわ! でもソレぐらいでヤラれはせぇへん! 再度仕切りなおしや!」
「い~や。もうおまんは詰んどるで」
ブルームの声に、何!? とダークエルフの声が響き、そして霧をかき分けるシュルルルッ、という回転音。
「え? キャァアァアア!」
可愛らしい叫び声と共に、何かの落下音が全員の耳に届いた。
その瞬間にはブルームが走りだした。
そして戻ってきたブーメランを掴みつつ、霧の中倒れるダークエルフの側に駆け寄ると、クロスボウに装着された鏃を、その可愛らしい顔に突きつけた。
「ほらみぃ。終わったやろ?」
「それにしてもよく位置が判ったわね」
クロスボウをダークエルフに突きつけるブルームの姿を眺めながら、ミャウが不思議そうに口にした。
「別に難しいことやあらへん。てか、こいつがアホなだけや」
「な! ウチのどこがアホ言うねん!」
ダークエルフは納得がいかん! と言った調子で叫んだ。
「そうやな。例えば矢の仕掛けが甘いところがやな」
ブルームがそう語ると、ダークエルフの肩がビクッと震えた。
「し、仕掛け、で、ですか?」
ヨイがチョコンと小首を傾げる。
「そや。さっきまで見えてた幻影は、明らかに魔法によるものだったんやが、矢は本物やったからな。おかしいとは思ったんや。まぁほんもんいうても、魔力の篭った矢でもあったが、寧ろそれが決め手やった」
目の前のダークエルフへの意識は途切らす事無く。ブルームは更に種明かしを続ける。
「つまりや。あの弓矢は幻影の攻撃に見えるよう、あっちこっちに仕掛けられたクロスボウからの攻撃やったっちゅうこっちゃ。恐らくそれを魔力を使った遠隔操作で射っていたんやろ。だけどなぁ、仕掛けが甘すぎや」
右手のクロスボウは突きつけたまま、左手で額を押さえ、頭を振る。
「上からの攻撃はまだ良かったがのう。直線上の攻撃のはずが明らかに斜め上に向かって伸びておった。恐らくは仕掛けたクロスボウがばれないようにと地面に埋めたんやろ。全く爪の甘いやっちゃ」
ブルームの説明が的を射ていたのか、ダークエルフは悔しそうに唇を噛んだ。
「ということは、さっき自分から飛び出したのってもしかして……」
ミャウの何かを察したかのような言葉に、そや、とホウキ頭を揺らし。
「こいつの位置を知るためや。先にミャウは攻撃をうけ取るから、それも合わせて考慮してな。ちょっと挑発すれば、躊躇いもなく手の内見せてくれるから楽やったで」
「でも、あんなんで位置なんて判るのかい?」
「あぁ。あの攻撃は正確にわいの位置を狙ってきおった。その上遠隔操作でと言うなら、ターゲットと仕掛けた場所を正確に知る必要がある。そうなったらもうわいらより高い位置から俯瞰してるとしか考えられないからのう。飛んできた矢の方向と位置を考えて大体の当たりを付けたんや」
そこまで言った後、一度言葉を切り、首をコキコキとならしてから、まぁその後のことは見てもらった通りや、と付け加え、再度ダークエルフを見下す。
「なんや。急にだんまりかいな?」
褐色の顔を背けダークエルフはすっかり大人しくなってしまっている。だがそれは観念したというわけではなく、敵に対して何も話すことは無いという意志のあらわれだろう。
「なぁ? わいらはここを出て、アルカトライズに行きたいだけなんや。案内してくれるなら手荒い真似はせぇへんで?」
「……ウチをあまりなめんなや。どんな目にあっても仲間を裏切るような真似はせぇへん。例え殺されてもな!」
その瞬間クロスボウの矢が放たれ、その頬を掠めた。褐色の肌に赤い線が一本刻まれる。
「クッ! 殺すんやったら殺せや!」
冷酷な光をその眼に宿したブルームに、ダークエルフが言い放つ。
「ちょ! ブルームやり過ぎよ!」
「そうじゃ! こんな見事なおっぱいのオナゴを傷つけるのはわしが許さんのじゃ!」
二人の静止の声にブルームが深く息を吐き出し。
「全くあんさんら甘すぎやで。これからいくのは弱肉強食の暗黒街や。そんな生ぬるいこと言う取ったらすぐに殺されてまうで」
ブルームの言葉にミャウが口を噤み、むぅ、とゼンカイが唸った。ミルクに関しては真剣な表情ではあるが何も言おうとしない。
きっとブルームの言ってる意味を十分理解しているのだろう。
「ブ、ブルームさん」
ヨイが心配そうに言葉を投げかけた。例え甘いと思われても、彼が目の前のダークエルフを討つことに躊躇いがあるのだろう。
そして、そんなヨイの気持ちを知ってか知らずか――。
「……とは言え、ここで殺したりしたら、結局ここから出ることは叶わんしのう」
そう言ってブルームが突きつけていたクロスボウを引っ込める。
「ど、どういうつもりや! いうておくがそんな事をされても、ウチは何も協力せぇへんで!」
ダークエルフが眉間に皺を寄せ語気を強めた。それに、まぁそうやろうな、とブルームが返し。
「じゃから、奥の手でいかして貰うわ」
紡げられた言葉に、奥の手? と皆が疑問の声を上げ。そして、その直後――。
「ん!? うぅん! ぐ、ん、う、ぅん」
ダークエルフの小さな口にブルームが唇を重ねるのだった――。




