第一〇二話 入れ歯パンチ
「ブルーム。ちょっといいか?」
ホウキ頭をユラユラと揺らしながら、ブルームが歩いていると、後ろから声を掛けられた。
その声に振り返ると、そこにいたのはジンであった。
「なんや、あんさんか。どないしたん?」
「……あぁ。実はお前たちがエルミール王女の救出を命じられたと聞いてな」
「なんや。随分耳が早いのう」
ブルームが右手を差し上げそう言うと、ジンは真面目な表情で彼を見つめ。
「正直こんな事、頼めた義理ではないかもしれないが……俺も連れて行ってはもらえないか?」
そう、少し申し訳無さそうな感じを醸し出しながらも、真剣な眼差しで頼み込んでくる。
ブルームは顔を眇め、彼の顔をみやる。そして両手を後ろに回した後。
「それは駄目やな」
とキッパリ言い切った。
「そ、そんな、ブ、ブルームさん!」
握りしめた両手を上下に振りながら、ヨイが声を強めた。
ブルームがあまりにあっさり言いのけたので、あんまりだと思ったのかもしれない。
だが、ジンは瞳を伏せ、そうだよな、と力なく述べる。が――。
「言うておくが、別にあんさんが使いもんにならないからとかで言うとるわけやないで。第一わいはあんさんの実力は相当に高いと思うとる。あのレイドとかいう将軍は、レベル50以上の精鋭部隊を揃えたいうとったが、あんさんをその面子に揃えてないあたり、高が知れとるとさえ思う取る程や。四大勇者の件はただ相手が悪かっただけやしな」
その言葉にジンが顔を上げた。
「そう言ってもらえるのは有り難いが……だが、だとしたら何故――」
自分が同行するのは駄目なのか? と言いたげである。
「そりゃあんさんはあまりに執着が強すぎるからや。これまで護衛し続けていた姫が自分のせいで攫われたと悔やんどるし、失敗のことがまだ吹っ切れておらんやろ? だから王女救出にはむかんという判断や。特に、いざ王女を目の当たりにすると冷静な判断がとれんくなる可能性が高いからのう」
ブルームの話にジンは再び顔を伏せた。違うと反論はしなかった。自分の中でもきっと彼の言ってる可能性が否定出来ないのだろう。
「俺は情けないな。まるで図星を突かれたみたいで、何も言えん」
「……人間なんてそんなものやろ? 真に完璧な奴なんておりゃせんわ。それにこの作戦には加われなくても、あんさんにはあんさんで出来ることがある」
俺に? とジンが問う。
「そうや。ち~と耳貸してみぃ」
ブルームの発言にジンが耳を近づけた。そしてブルームが彼に何かを耳打ちする。
「!? 本当かそれは?」
「だからそれをあんさんに調べて欲しいんや。出来るかのう?」
ブルームの確認に、ジンが瞳を鋭くさせ。
「……判った。そういうことなら俺がどんな手を使ってでも調べてみせる」
そう決意を表明した。
「頼んだで」
言ってブルームが軽く手を振り、ジンと別れる。
そしてヨイと二人、通路を歩くブルームだが。
「あ、あの、ジ、ジンさんに、な、何を、は、はなされたの、で、ですか?」
ヨイの大きな瞳がブルームを見上げた。
「うん? あぁ、別に大したことあらへん。こっちの話や」
そう応え、ケタケタと笑うが。
「……ど、どうせ、わ、私は、の、のけものなんですね」
頬を膨らませ、プイッとヨイがそっぽを向く。
「うん? なんや怒っとるんかいな?」
「べ、別に、お、怒ってません」
と言いつつも顔を向けようとしない。
「……ヨイちゃん、クレープ食いたくないか?」
「…………」
ヨイ、だんまり。
「まだ食べた事なかったやろ? 王都のクレープは中々の味や。結構評判なんやで? どや! 食いとうなったやろ?」
「……ブ、ブルームさん、ず、ずるいです」
顔を向けヨイが眉を広げた。その顔にブルームがニカッとほほ笑み、そして二人は城を後にした。
「はぁ~なんか凄い開放感!」
城の外にでるなり、ミャウが大きく伸びをした。相当中では窮屈に感じていたのだろう。
「全くだね。あの息苦しい感じはなんとかしてほしいよ」
ミルクも後に続いて言う。が、ミャウは少し目を細めその横顔をみやり。
「でもミルクは結構際どい発言してたけどね」
そう言って意地悪な笑みを浮かべた。
「というかのう! なっとらんのじゃ! なんで王の周りにはあんなむさくるしい奴らばかりなんじゃい! 綺麗なおなごを大量に用意しておけば華やかじゃろうに!」
ゼンカイはあの場を、キャバクラか何かと勘違いしているようだ。
「ゼンカイ様にはあたしがいるではないですか」
ミルクがそう言って微笑む。
「もちろんミルクちゃんが綺麗じゃったのは救いじゃったがのう」
ゼンカイが笑いながら言うと、嬉しい! とミルクだ抱きついた。骨の異音は何時ものとおりである。
「ところでミルク。タンショウは良かったの?」
「あぁ。今回は同行しないわけだしね。ヒカルと一緒にスガモンのところで鍛えてもらってたほうが有意義だろうさ」
ミルクの言うように、タンショウはヒカルと共に暫くスガモンのところで厄介になる事になった。同じトリッパー同士修行に励めば、かなりの強化に繋がるかもしれない。
「ミャウ――」
一行がそんな話を繰り広げていると、後ろからミャウを呼ぶ声が響いた。
三人が振り返ると、そこには先程まで王と一緒だったレイド将軍の姿。
「なんなんだいあんた?」
なんの遠慮も無く、ミルクが瞳を尖らせるが。
「お前なんかに用はない。私はミャウに話があるのだ」
そう言ってその瞳をミャウに向けた。
「……私はもう話すことはありません」
ミャウは決意の色を瞳に宿し、レイドに言い放つ。
「ミャウ。そう無下にするな。私は反省したのだ。私が悪かった。だからまたこっちへ戻ってこい。丁度任せたい仕事もあったのだ」
その言葉に、はぁ? とミルクが顔を眇め。
「あんたさっきの話聞いてなかったのか? ミャウはあたし達と王女の救出に向かうんだよ。そんな仕事やってる暇があるわけないだろう?」
「黙れ。ウシ乳が。そんなものは私が言えばなんとでもなる」
その言葉に、牛――、とミルクの顔が強張った。
「ミャウ。今度からは私がもっと優しくしてやる。しっかり可愛がってやる。だからそんなへんてこな爺さんとなんて別れて私の下へ戻ってこい」
「変な爺さんとは随分な言い草じゃのう」
ゼンカイが腕を組み不機嫌を露わにした。
「……たとえ何度言われても、私の答えは一緒です。お断りです」
ミャウの言葉にレイドの蟀谷が波打つ。
「あんた男の癖にしつこいねぇ。振られたって判ってないのかい?」
ミルクが呆れたように言うと、黙れ! と叫び。
「ミャウ私の気持ちがわからないのか? 私のこの件だって……」
言ってレイドが自分の頬を擦る。
「私は不問にしてやったのだ。それもお前の為を思ってのことだ。判るだろ? なのにいったい何が不満だ? 地位か? だったら私がお前にそれなりの地位を保証してやる。どうだ? 冒険者なんかよりよっぽどいい暮らしが――」
「いい加減にしてください!」
ミャウが声を張り上げ叫んだ。将軍の肩が思わず跳ねる。
「もう、止めてください。私は決めたんです。過去とは決別するって。あなた、あんたの下を離れるって!」
耳をピンと張り、ミャウが再び叫び上げる。するとミルクが彼女の横に立ち、その肩を優しく包み込んだ。
「そういうわけだよ。もういい加減あきらめるんだね。正直見苦しすぎて見るにたえないよ」
ミルクが軽蔑の眼差しを将軍に向ける。
「そういう事じゃ。男ならきっぱり諦めるのも大事じゃぞ。大体そこまでくると正直キモいのじゃ」
この爺さんに言われるようでは将軍も終わりである。
「黙れ――」
レイドが拳を震わせながら小さくつぶやき。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れえぃいいぃいいい!」
そして三人に向け怒声をぶつけた。蟀谷にはクッキリと青筋が浮かびあがり、ピクピクと波打たせながら、ミャウを睨めつける。
「この身の程知らずが! 私が優しくしていれば調子にのりやがって! 私から離れる? 離れられるわけがないだろう! お前は私の物だ! 所有物だ! ペットだ! その貴様が、ご主人様に楯突こうなどとそもそもが間違いなのだ! それでも私に逆らうというならば、どうなるか判ってるだろうな! お前が二度と冒険者なんて名乗れなくするぐらいは勿論の事!」
怒りの形相で言葉を連ね、そして。
「貴様も! 貴様も!」
とゼンカイとミルクを交互に指さし。
「お前の仲間たちも全員冒険者の資格を剥奪してやる! それだけじゃない! この王国でまともに生きていけんようにしてくれる! いいのか? いいのかそれで?」
ギリギリと歯ぎしりしながら、唖然としてる一行を見回し、そして更に言葉を連ねた。
「どうだ貴様ら? それでもまだその猫を仲間というのか? 言っておくがこのメス猫にそんな価値はないぞ? よく聞け! こいつはついこの間まで私のモノを咥え、そして私の上で腰をふりよがり狂っていた獣だ! 汚れた獣だ! どうだ? それでもまだ仲間と言えるか? 言えないだろう! そんな獣のせいで冒険者として生きていけなくなるなど耐えられないだろう! だから私が引き取ってやる! 卑しいペットを管理し躾けるのは飼い主の義務だからな! わかったらとっとと――」
「せ~の」
ゼンカイが腰を屈め、そして、飛んだ。淀みなくレイド将軍にまで近づき、そして――。
「チョンわ!」
と声を上げ、入れ歯パンチをその顔に叩きこむ。
「ぐぼらぁあぁぁあぁあ!」
将軍はその一撃に吹き飛び、見事なまでにズザザ~っと地面を滑り転げていった――。




