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【第1話】運命の番と、虐げられた献身

※本作品は「アルファポリス」様にも重複投稿しております。

「――君は、俺の番だ。名前を教えてほしい」

アクアクリスタ王国の王都。溢れかえる城下町の歓声の中、黒狼の獣人ディアブロスは、一人の少女の前に膝をついた。

漆黒の髪に金色の瞳、190センチを誇る頑強な体躯。公爵家の次男であり、若くして騎士団長を務める男の突然の求婚に、周囲の群衆は息を呑んだ。

視察の護衛中だというのに、彼の頭からは任務も、隣に立つ王太子の存在すらも吹き飛んでいた。

目の前に立つ少女――金髪に青い目、雪のように白い肌を持つエリスを見つめた瞬間、ディアブロスの魂が猛烈に昂ぶったのだ。

これぞ、獣人にのみ与えられる神の奇跡。「一生に一度の運命の番」。

エリスは驚いたように目を丸くしたが、すぐに可憐な笑みを浮かべて叔辞を述べた。

「光栄ですわ、騎士団長様。私はエリスと申します」

ディアブロスは今生で味わったことのない歓喜に打ち震えた。

その時、エリスの背後で、茶髪でおさげ髪の地味な妹――ロゼリアが困惑と諦めの混ざった瞳で自分たちを見つめていたことなど、彼の視界には1ミリも入っていなかった。

◇

それからのディアブロスは、まるで何かに憑りつかれたかのようだった。

毎日エリスのもとへ通い詰め、高価なドレスや宝石を贈り、甘い言葉を囁き続けた。

エリスがどれほど我が侭を言おうと、妹のロゼリアを「ブスで気味が悪い」と嘲笑して意地悪をしようと、ディアブロスの目にはすべて「愛くるしいおねだり」にしか映らなかった。視界全体に桃色のモヤがかかっているかのように、彼女の不誠実さや浅はかさは一切見えなかったのだ。

二人が婚約を結び、結婚式を間近に控えた頃――隣国との戦争が勃発した。

「待ってますわ、ディアブロス様……っ」

涙を流すエリスを愛おしく抱きしめ、ディアブロスは誓った。

「ああ、待っていてくれ。すぐに終わらせて帰ってくる。そうしたら、君を俺の妻に」

最前線に立ったディアブロスは鬼神の如き強さで敵をなぎ倒した。一刻も早くエリスのもとへ帰るためだけに。

しかし、敵将の捨て身の一撃が彼を襲う。

右目から肩にかけてを深く斬り裂かれ、死の淵を彷徨った。

一命を取り留め、見事に勝利を収めて帰国したディアブロス。

だが、彼を待っていたのは「祝福」ではなく、「絶望」だった。

美しい顔に走った醜い傷跡と、リハビリをしなければ動かない右肩。

噂を聞きつけたエリスは、あっさりと彼を捨てたのだ。傷を負い将来性を失った元・騎士団長など見向きもせず、街の富裕な領主の息子エリックのもとへと乗り換えたのだった。

◇

「……酒だ。酒を持ってこい!」

暗い部屋で、ディアブロスは酒に溺れた。

リハビリなどする気にもなれない。番に拒絶された獣人の心は、生きながら死んでいるようなものだった。

そんな廃人のような彼のもとに、毎日通い詰める者がいた。

エリスの妹――ロゼリアだった。

「ディアブロス様、そんなにお酒を飲んではお体に障ります。お召し上がりください、スープを作ってまいりました」

ソバカスのある顔を心配そうに歪め、かいがいしく世話を焼くロゼリア。

だが、番を失い自暴自棄になっていたディアブロスにとって、その献身すらも鬱陶しかった。

「……お前、俺のことが好きなのか?」

ディアブロスは掠れた声で、冷酷な嘲笑を浮かべた。

「だったら、妻にしてやるよ。……お前なんぞ、エリスの十分の一にも、百分の一にも満たない不細工だがな。愛することなど絶対にない。ただの『代わり』だ」

あまりにも残酷な侮辱。

普通なら泣いて走り去るはずの言葉に、ロゼリアは一瞬だけ傷ついたように瞳を揺らし――やがて静かに顔を赤く染め、小さく頷いたのだった。

「……はい。よろしくお願いいたします、ディアブロス様」

◇

二人の結婚生活は、地獄のような冷遇から始まった。

初夜のベッドで、ディアブロスは彼女の衣服を強引に引き裂いた。

「勘違いするな! お前はエリスの身代わりだ!」

吐き捨てるような言葉をぶつけ、乱暴に彼女を抱く。

ロゼリアは痛みに耐え、静かに涙を流しながらも、彼の背中にそっと手を回して受け入れた。

それからもディアブロスの態度は冷徹そのものだった。

だが、ロゼリアの愛は揺らがなかった。

彼女は毎日、嫌がるディアブロスを宥め、彼の右肩のリハビリに付き添った。獣人特有の驚異的な回復力と、彼女の不眠不休の献身により、ディアブロスの右肩は奇跡的に完治した。

再び戦場へと戻ったディアブロスは次々と功績を挙げ、ついに「王国将軍」の地位にまで上り詰めた。

すべてはロゼリアのおかげだった。ディアブロスの心の中にも、少なからず彼女への情が芽生え始めていた。

――だが、「番の呪縛」は終わっていなかったのだ。

ディアブロスが将軍という栄誉を手にしたと知るや否や、エリスが再び姿を現した。領主の息子との生活に飽きていた彼女は、色香を撒き散らしながらディアブロスにすり寄ってきた。

『ディアブロス様……本当は、私、貴方をお慕いしておりましたの。あの時は怪我をされた貴方を見るのが辛くて逃げてしまったけれど……今でも貴方が「番」ですわ』

番の言葉に、ディアブロスの脳裏は再び強烈な「桃色のモヤ」に支配された。

ロゼリアの献身も、共に歩んだ日々も、すべてが霧の向こうへと追いやられる。

「エリス……俺の番……」

こうしてディアブロスは、将軍であり既婚者である身でありながら、同じく既婚者であるエリスと密会を重ねるようになった。

――それが、自らを破滅へと導く「不倫の罪」だとも知らずに。

◇

事態は最悪の形で発覚した。

国王と審問会は、将軍という立場でありながら倫理を著しく乱した二人に対し、極めて重い刑罰を下した。

エリスはすべての財産を没収され、国境の貧困街への追放。

そしてディアブロスには――王国秘伝の『番消しの霊薬』の服用が命じられた。

獣人の「番の絆」を強制的に断ち切る劇薬。

飲む者に死以上の苦痛を与えると言われる禁忌の薬だ。

「嫌だ……! 番を……エリスを奪わないでくれっ!!」

審問所で縛り上げられ、絶叫するディアブロス。

口を無理やり開けられ、緑色に光る液体が喉奥へと流し込まれた。

「があああああああああっっっっ!!!!」

全身の血が煮えくり返るような激痛。頭骨が内側から破裂するかのような衝動。

心の奥底で、エリスと繋がっていた「絶対の絆」が、音を立ててズタズタに引き千切られていく。

激痛の中、ディアブロスの視界を覆っていた「あの桃色のモヤ」が、すうっと晴れていった。

(……え……?)

痛みに喘ぎながら目を開けたディアブロスの視界に、同じく拘束されているエリスの姿が映った。

そこにいたのは、愛おしい運命の少女ではなかった。

化粧が崩れ、口を極悪人にのように歪め、「あいつが私をそそのかしたのよ! 私は悪くないわ!」と金と保身のために叫び狂う、見苦しく浅はかな女の姿だった。

(なぜ……? 俺はなぜ、こんな醜悪な女のために……?)

それと同時に、薬の毒性が脳を突き抜け、過去の記憶が「本来の色彩」を取り戻してディアブロスの脳裏に怒濤のように流れ込んできた。

『お前などエリスの代わりだ!』と罵倒した時、ロゼリアがどれほど悲しそうな目で自分を見ていたか。

乱暴に抱いた夜、彼女が自分を恨むことなく、どれほど優しく包み込んでくれていたか。

動かない腕をさすりながら、『きっと良くなりますよ、ディアブロス様』と微笑んでいたロゼリアの温もり。

(あああ……っ! 俺は……俺は何ということを……っ!!)

番の狂気から解き放たれ、正気に戻ったディアブロスを襲ったのは、精神を焼き尽くすほどの絶望と後悔だった。

本当に自分を愛し、尊い人生を差し出してくれたのは――エリスではなく、妻であるロゼリアだったのだ。

◇

鞭打ちの刑を受け、血反吐を吐きながらも、ディアブロスは這うようにして屋敷へと帰った。

「ロゼリア……! ロゼリア……っ!!」

身体中の激痛などどうでもよかった。

ただロゼリアに逢いたい。膝をつき、地に額をこすりつけて謝罪したい。

「俺が愛しているのはお前だ」と、正気になったこの声で伝えたかった。

バタンと屋敷の重い扉を開ける。

しかし――屋敷の中は、不気味なほど静まり返っていた。

「ロゼリア……?」

荒い息を吐きながら寝室へと駆け込む。

そこには、きれいに整えられたベッドと、彼のリハビリのために彼女が毎日手入れしていた器具だけが残されていた。

クローゼットを開けると、彼女の質素な服は一着残らず消えている。

机の上には、一通の手紙と、婚姻指輪がぽつんと置かれていた。

手紙には、ただ短い一言だけが、彼女の丁寧な字で書かれていた。

『ディアブロス様。今までありがとうございました。

お怪我も治り、お姉様とお幸せになられることを陰ながらお祈りしております。

「代わり」の役目を終えましたので、私は去ります。どうぞ、お元気で』

「あ……あぁ……っ……」

指輪を固く握りしめ、ディアブロスはその場に崩れ落ちた。

「ロゼリアアアアアアアアアっっっ!!!!」

静まり返った屋敷に、絆を失い、真実の愛を自ら壊した男の、虚しい絶叫だけが響き渡っていた。

――だが、この時のディアブロスはまだ知らなかった。

ロゼリアが国境を越え、アクアクリスタ王国と親交の深い隣国『サルベール王国』へと身を寄せたことを。

そして、自分への未練を完全に断ち切り、二度と戻らない決意を抱いていることを……。

お読みいただきありがとうございます!

「番の呪縛」から覚め、初めて妻・ロゼリアの尊さに気づいたディアブロス。

しかし、彼女は国境を越え、隣国『サルベール王国』へと姿を消した後でした――。

すべてを失った男の遅すぎる後悔と、国を越えた泥臭い追撃劇がここから始まります!

「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひブックマーク登録や評価(★)で応援していただけると嬉しいです!

次回もよろしくお願いします!

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