軽い気持ちの結果
「『あたしは男みたいなもんだから。これくらい普通』
そう言って、わたくしの婚約者と肩を組んだ騎士科の女生徒。
『そんな、睨まないでください。私が悪いのです』
そう涙ぐんで、わたくしの婚約者の胸にすがりついた淑女科の女生徒。
両方、まとめてプチッとやる方法はないでしょうか?」
学園のカフェテリアで、侯爵令嬢アリア様に相談されました。
「ああ。今流行のサバ女とブリ女ですね」
情報通を名乗る私は、少し得意げに、そう相槌を打ちました。
女性記者を目指し、学園のゴシップにも目を光らせていますよ。
「サバオンナとブリオンナ……?」
アリア様はきょとんとなさいました。
「騎士科の女生徒は、『あたしはサバサバしているから。正直者なせいで、ねちねちしてる女の子には嫌われちゃうんだよね。男友達がいるから、まあ、いいんだけど』と、言うタイプでしょう? ただ、デリカシーがないだけです」
「おおむね、そのような発言をされましたわ。『サバサバしている』と言うところから、サバ女というのね」
アリア様に感心されて、内心、鼻高々です。
「本当にサバサバしている人は、自分で言ったりしません。ですからで、自サバ女とか偽サバ女と言った方が正しいような気もします」
私は、色鮮やかなマカロンを一つ手に取りました。
「一方で、ブリ女は可愛い女の子のふりをして、殿方を惑わせます。庇護欲をそそり、自分の欲しいものをさりげなく男性に要求します」
「欲しいものですか?」
「それは物だったり、評判だったり、婚約者の地位だったり……。あざとい策士と言えましょう」
「まあ……ハニートラップということかしら?」
アリア様の表情がすっと陰りました。
「あ、そうですね。それの素人版です」
カフェオレを飲んで、口の中の甘みをリセットします。
「ということは、それに引っかかるような殿方は――」
アリア様が、物憂げに目を伏せられました。
「あまり、お買い得とは言えないですね。長い人生、どこで同じようなトラップに引っかかるかわかりませんから」
もう一つ、マカロンを摘まみます。さっきのピンクはベリー系でした。こんどの緑色は、ピスタチオ風味でしょうか。
「……ありがとう。とても参考になりましたわ」
アリア様は、湯気が消えた珈琲に口をつけました。ほんの少し、彼女の眉が寄った気がします。
「いえいえ。男爵家風情が、お役に立てたなら、恐悦至極でございます」
「今どき、そんな古風な言い回しをする人はいないわよ」
ふふと可愛らしく笑われました。
この人よりブリとサバがいいなんて、アホちゃうか。
次の週明け。
新聞のコンテストに出すエッセイを書いていて、私は寝不足の状態で登校しました。
「おはよう」
「ねぇ、ちょっと。聞いた?」
下位貴族が所属している教室は、眠気も吹っ飛ぶような噂で持ちきりでしたた。
先週末に高位貴族たちの夜会があり、そこで婚約破棄が行われたというのです。
アリア様は、その当事者のお一人でした。
ブリとサバをプチッとするより、ふらふらしている男の方を切ることにしたようです。
そ、それは――
独占インタビューさせてほしい。
だって、私も功労者の一人だよね?
ワクワクしましたけど、よく考えたら高位貴族の教室になんか近付けません。
またアリア様が呼び出してくれないかなぁ、なんて考えながら廊下を歩いていました。
突然、背後から両肩を掴まれました。
「貴様か。余計なことをアリアに吹き込んだのは」
恐る恐る振り返ると、頬を腫らした男子生徒でした。
「ど、どなたでしょうか?」
有名人なので知っていますが、自己紹介もしていないので、知らないふりが正解です。
「アリアの婚約者だ」
綺麗な金髪は健在だけれど、包帯が巻かれていて痛々しいですね。
「元婚約者様ですね」
そこはしっかり訂正、確認させていただきます。
「誰のせいだと思っているんだ!」
そう言って殴りかかってきました。
まあ、恐ろしい。
すかさず、足払いをかけて背中に乗ってしまいます。取材で危険な目に遭わないよう、護身術は身につけていますから。
騎士科の生徒なのに、動きが鈍いなぁ。もしかしたら、顔以外にも怪我をしているのかもしれませんね。
「では、ことの顛末を教えてください。浮気相手のお二人はいかがされましたか?」
「うう……。ブリトニーは、卒業後は暗部のハニートラップ部隊に配属されるそうだ。可哀想なブリトニー。仕事であんなことや、こんなことをさせられるんだろう……」
うつ伏せの状態ですが、説明してくれます。
「暗部」なんて秘密じゃないのかな。しゃべっちゃって、大丈夫でしょうか?
それを聞いたら私の立場も危ういかもしれません。けれど、好奇心には勝てないのです。
「まあ、卒業後の進路としては、そう変わらないですかね」
嘆いている男には悪いけれど、正直なところ、そう思います。
「なんだと?」
「堂々と浮気をしていた女の子に、まともな縁談が来るわけないじゃないですか。
貴方が愛人にしたくても、卒業直後の男性にどれだけ権限とお金があるんです?」
だから愛人を作るのは、後継者が生まれて余裕ができたら――なのです。暗黙の了解というか……仕方ないと目を瞑ってもらえるラインですね。
「そ、それは……」
考えたこともなかったのか、組み敷いた男が震えだしました。
「そんな身持ちが悪い女の子は、親にぶち切れられて、後妻か商家に嫁入りか、修道院でしょ」
この辺りは、小説でから得た知識ですが。たぶん、実際もそんな感じでしょう。
「サマンサは、王族の警護をする近衛騎士を目指していたのに。絶対に無理だって言われて……」
「でしょうね。他国の王族に接する機会がある職場に、感覚がズレた人なんて配属できません。国際問題になったらどうしますか。王妃陛下も王女殿下も、ああいう類いの女はお嫌いでしょうし」
王族の警護なんて、礼儀作法と倫理観が人一倍求められるんじゃないですかね。
「そ、卒業したら、最前線に行けって」
「貴方とサマンサさんと、二人一緒に?」
「……ああ。平民たちと共に砦を守れって」
「大事なお役目じゃないですか。頑張ってください」
国境警備は大事なお役目だ。我々を守っていると、誇りに思ってほしいです。
「だ、だけど。騎士科を卒業して、指揮官でもなく最前線なんて――」
「まあ、左遷ですよね」
エリートコースからは、思いっきり外れた感じです。
「俺は見た目も剣の腕も、一流だろ?」
すごい。自分で言いましたよ。
まあ、人気者ではありましたね。
だけど――
「学生としては……というレベルでしょ。現に今、私に組み敷かれているじゃないですか」
権力もなく実力もそこそこで、身分も能力もさまざまな人間がいる環境に放り込まれるのは、おそらく大変だと思います。
「どうして、俺がこんな目に……」
「浮気したからじゃないですか?」
バッサリ切り返してしまいます。
「ちょっとした浮気が、そんなに悪いことなのかよ~」
「私だったら、嫌ですけどね。誠実じゃない感じで。
アリア様との婚約を白紙にしてからなら、誰も文句は言いませんでしたよ」
要はそこなんですよね。
恋人ならいい。誰かを裏切る「浮気相手」は駄目ってこと。
「婚約がなくなったら、俺が後継者じゃなくなるじゃないか」
「それがわかっていて、なぜアリア様を蔑ろにしたんですか」
呆れてしまいます。あっちでもこっちでも、美味い汁を吸いたいだけとは。
ということは、アリア様の方から婚約解消を言い出したのでしょうか?
そこのところ、もっと詳しく――
「モテたら、嬉しいだろう?」
は、はあああぁあぁー?
「ああ、もう! 自分のことばっかり。
アリア様がどれだけ傷ついたか、考えもしないんですね。
ブリちゃんとサバちゃんは、この先、まともな人生なんて送れないのに」
体重を思いっきりかけてやる。えい、えいっ。
「ブリトニーはともかく、サマンサは活躍すれば……」
「最前線でどんな怪我を負うか分からないし、仕事とはいえ、男性と寝泊まりしている女性を嫁に迎えたい貴族はいませんよ。
あ、平民の兵士たちなら受け入れてくれるかもしれないので、『まともな人生を送れない』というのは訂正します」
「なんて、ひどいことを言うんだ……」
「貴方のせいですよ」
「言い寄られて、断れなかっただけじゃないか」
「それ、彼女たちに言えますか?」
しゃべればしゃべるほど、嫌いになります。この浮気男。
「……言ったら殴られた」
騎士科のサバちゃんの方ですかね。
妙なところが素直というか……後継者から外れてよかったのでは、と思ってしまいました。
「あら、そうですか。で、諸々のことは、貴方ご自身のせいだと納得していただけました?」
「あ。ああ……」
彼の心は、ばきばきに折れたのだろうか。声に勢いがなくなっています。
「よかったです。もう二度と、私に文句をつけに来ないでくださいね。では、ご機嫌よう」
私は、うつ伏せのまま泣く男を、そのままにしてあげました。
つい、自分の意見を言ってしまった。
もっと、うまく話を引き出せないものか――
私の修行は、まだ始まったばかりです。
この作品を書いたきっかけは、以下の通りです。
「愛娘が自サバ女だった ー親バカ元騎士団長の場合ー」
作者: 喬木まこと
https://ncode.syosetu.com/n8245mp/
この作品のあとがきに
「鯖女と鰤女を同じ空間に入れた実験の記録があれば、ご紹介頂きたい。」
とあったので、挑戦してみました。
結論:正面から取り組むのは難しく、実験失敗。(サバちゃんもブリちゃんも登場せず)




