「おいしい砂糖の塊」を食べていることを忘れるな(忘れた)
お仏壇に供える、三段重ねになったお砂糖。緑と白とピンクのやつ。
私が生まれる遥か昔。我が母はあれがどうしても食べてみたくて、お仏壇から下げたものに思い切りかじりついてみたといいます。結果はお察しですが……押し寄せる暴力的甘味に「ペッ!」と反射的に拒絶反応を示し、以来食べてみようと思ったことはないようです。
私が小学生の頃、スーパーに売られているあれをみて「あれってお砂糖なの!? 食べたい」と言ったらこの話をされました。直後に私が「欲しい」という言葉を取り下げたことは言うまでもありません。
昔、お砂糖は東洋でも西洋でも貴重品だったそうで。甘くて美味しい上に、食物を長持ちさせてくれる力もある。なんという魅力的な食べ物なのでしょうか。
そんな歴史に想いを馳せると、1000円程度出せばめっちゃ美味しいお砂糖菓子である和三盆が手軽に手に入る現代に感謝の気持ちが溢れ出してきます。なんならネットで買えますからね。家から出る必要さえない。
和三盆以外にも、薄茶に添える「干菓子」と呼ばれる種類のお茶菓子には砂糖がいっぱい含まれている(あるいは、ほぼ砂糖)な製法の品がなんと多いことか。
洋風のお菓子作りを趣味にし始める人がビビりがちなのはこれまで買ってきた「あのケーキ」や「そのクッキー」に入れる砂糖の量ではないかと思うのですが、多分その比ではないくらいのお砂糖が入っていることでしょう。
知っています、知っているんです。
でも、美味しいから食べたくなる。
いっぱい。
和三盆って小さいな、こんなに美味しいからもっと食べたくなるのに………と欲張って、単価を一旦頭から追い出して二つ、三つと食べてみたことがあります。
20代の肉体では3個の咀嚼中に「あ、もういいかも」と感じました。
体がお砂糖過多だなと感じたのでしょう。甘く感じていた砂糖が舌をビリビリと刺激するようになり、なんだか頭に突き抜けるじわじわした痛みみたいなものまで出てきました。あ、これ以上食べるとやばそう。
以来、そんなに心身が疲れていて甘いものを欲していても、和三盆は2つまでと決めています。
今日は和三盆を一個だけ食べました。
その状態で、目新しい砂糖菓子に出会ってしまったのです。さっそく購入。
買ってみたら、味を知りたい。
美味しそうでかわいいので、一つ食べてみました。美味しい!
………が、数時間後の今、舌が荒れているのを感じています。
よく荒れる場所で、私の体が発する、胃腸が疲れている時のサインです。
うっすら予測していたのに、またやってしまった。胃腸をいじめてしまった。
夕飯を飲み込むのに難儀しながら「二度とやるまい、次は翌日までちゃんと我慢するんだ………」と思うのですが、はてこの決意を固めるのは何回目なのかしら。
まあしょうがないか。美味しそうだったんだし。
明日のお抹茶タイムの楽しみが確約されていますよ、ということで。




