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泥棒騒ぎが有った翌日から、カレンは庭の草むしりを始めた。
そう言った掃除はシスター・トキミの仕事なのだが、「良いから良いから。どうせヒマだし」と言って軍手を買って来た。
トキミには教会の方の仕事も有るので、屋外の掃除は後回しだったし。
テルラは手が空いたら手伝ってくれて、プリシゥアも警護のついでに手伝だってくれた。
レイとグレイは全く手伝ってくれなかった。
レイはテルラのご機嫌取りに形だけでも参加するかと思ったが、そんな事は無かった。
庭があらかた綺麗になったところで、遠くから門の中を覗いている不審者が現れた。
「やっと来たか。昼に来てくれて助かった。念のための第三の目が使えるから」
こっそりと門の陰に移動したカレンは、その人物に戦闘力を奪う光を当てた。
「!?」
突然の眩しさに驚いた不審者は、脱兎のごとく逃げ出した。
「待って! 貴方は錬金術の何かを知ってるの? 知ってたら教えて!」
不審者は錬金術と言う言葉を聞いた途端立ち止まり、振り向いてカレンの顔を見た。
蜂蜜を頭に零した様な金髪の女性だった。
レイと並んでも見劣りしないくらいの美貌の持ち主なので、良い所のお嬢様みたいだ。
「お前は、あの屋敷の住人だよな。錬金術に興味が有るのか?」
女性は男みたいな言葉使いだった。
全然似合っていない。
「うん。偶然錬金術の本を見付けて、将来の為の手に職をと思ったんだけど――」
「何? 錬金術の本を見付けたのか?」
カレンの話を遮って言う不審者。
「シーッ! 声が大きい! 見付けたけど、内容が理解出来なくて困ってたの。どうにかならない?」
「……」
しばらく考えた不審者は、意を決して頷いた。
「ここだとお前の仲間に見付かる。あの金髪の少年は教会の者なんだろ? バレたら困るんじゃないか?」
「そうなの。錬金術が教会に嫌われてるのも知らなかったから、余計に手詰まりで」
「物陰だと余計に目立つから、大通りの方に行こう」
友達の様に並んで街に出た二人は、適当な喫茶店に入った。
「もしかしてだけど、この前ウチに入った泥棒って、貴女? ええと、私カレン」
「名乗りは許せ。錬金術はご法度だと知ってるだろ? この口調も、訛りから地元を知られないためだ」
「あ、そう」
「泥棒の件は謝っておこう。アレは私の部下だ。あの屋敷にハンターが入ったと聞いてな。ハンターは野蛮な戦闘職だから、屋敷をボロボロにするかも知れないと不安になったんだ」
店員が注文を取りに来たので、お嬢様は紅茶とナッツクッキーを注文した。
「ここは私が払おう。好きな物を頼んでくれ」
「良いの? じゃ、遠慮無く。フルーツジュースとフライドポテトを」
「畏まりました」
店員が引っ込んでから話を再開させるお嬢様。
「屋敷がボロボロになったら、どこかに隠されていると伝えられている錬金術の書が見付かるかも知れない。見付かるだけなら良いんだ。その価値を知ろうともしない野蛮人なら本を竈の燃料にしかねなかった。それが不安だったんだ」
「だから事前に盗み出そうとしたって訳?」
「そうだ。だが、あの騒ぎのあと、屋敷付近の警備が強化されてしまってな。やっと昨日近付けたんだ。するとどうだ。住んでいるのは若いお前達だ。盗みに入った者が女子供しか居なかったと言っていたのが信じられなかったが」
「あ、昨日から近付いてたんだ。気付かなかった」
「錬金術の書を見付けたとお前は言ったが、間違いないか」
「うん。錬金術の研究を引き継いで欲しいって書かれてたけど、サッパリ理解出来なくて困っていたんだ」
「そうだろうな。その書を書いたのは私の先祖だが、我が家にも何も残っていない。教会のせいでな。だから私が読んでも理解出来ないだろう」
「何も残っていないのにあの本の事を知ってたの?」
「まぁ、色々有ってな。私ではなく、親以上の世代で、だが」
一瞬視線を落としたお嬢様は、すぐに気を取り直してカレンの目を見た。
「昨日、近所の者に聞き込みをしたら、ハンターの中に教会の者と王家の者が居ると聞いた。そうしたら余計に不安になってな。だがまぁ、お前は将来のために体得したいと言ったから、それを信用してみようと思う」
「え? 本を回収しに来たんじゃないの?」
「しようと思っていたが、ご法度物を持って帰っても扱いに困るしな。錬金術の書を見付けたお前の運命力に掛けて、先祖の研究をお前に任せる事にする。ぜひ錬金術をモノにしてくれ」
「したいけど、ヒント的な物が無いと、どうにも。何か無い?」
「ヒント、か……」
考え込むお嬢様。
その間に注文した物がテーブルに並ぶ。
「実家に戻ったら探ってみよう。何か有ったら郵送で送る。お前の名前はカレンだったか。苗字は?」
「ネロ。カレン・ネロ」
「カレン・ネロだな。期待しないで待っていてくれ。送り主は適当に花の名前にするから、他の者に開けられない様に注意してくれ」
「分かった」
お嬢様は、紅茶を一口飲んでから立ち上がった。
「では、私はここで失礼する。ゆっくりして行ってくれ。くれぐれも私の後をつけるなよ」
そう釘を刺したお嬢様は、二人分の会計をしてから喫茶店を出て行った。
残ったカレンは自分の分を平らげ、お嬢様が手を付けなかったクッキーをちゃっかりとハンカチに包んで持って帰った。