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さればこそ無敵のルーメン  作者: 宗園やや
第六話
51/277

6

テルラ達の朝食作りを頼まれている老婆のゾエは、今日も律儀に夜明け前から動き出した。

昨晩の内に下拵えをしておいた食材をバスケットに入れ、豪邸の正面門から入る。


「何奴!」


ゾエが黒い鎧を着た若い男に止められた。

若い男に剣を突き付けられた老婆は目を白黒させたが、相手の目に悪意が無い事に気付いてすぐに落ち着いた。


「私はこの家の子達に朝ごはんを作ってあげる為に来たゾエ・モレルです。貴方達はテルラくんのハンター仲間?」


ゾエが持っている籠の中に入っている食材を確認したヤミトは、剣を収めて頭を下げた。

交代で宿に戻って装備を整えたので、駆け付けて来たベリリムも薄い桃色の鎧を着ている。


「これは失礼した。私達はハンターではなく、派遣勇者だ。この近所付近を中心に護るので、以後よろしく」


「派遣勇者?」


「勇者不在の街に国から派遣される勇者の事だ。王に選ばれた勇者、と認識してくれ。この街の勇者が生まれたら帰るから、正式な勇者ではない」


「あらそうなの。それはご苦労様です」


無意味に格好良いポーズを全く意に介さずに頭を下げたゾエは、そのまま裏口に入って行った。


「ベリリム」


「はい」


ヤミトに顎で指示されたベリリムは、さり気なく裏口付近を中心に警備した。

時間が経ち、若いハンター達が起きて来た。

全員がゾエの存在に疑問を持っておらず、気軽に朝の挨拶を交わしているのを見たベリリムは、老婆の言う事をここでやっと信用した。


「おはようございます。みなさん起きられたので、以上で警備を終えます。これから私達は街の警備団に昨晩起きた事を通報しますが、構いませんね」


裏口から入ったベリリムは、キッチンテーブルに着いている少年少女達に向かってそう言った。

代表して頷くテルラ。


「お願いします」


「では」


ベリリムの退室を見送ってから、カレンは仲間達に向かって質問する。


「通報って、何か有ったの?」


「テルラの部屋に泥棒が入ったんスよ」


「泥棒!? 大丈夫だったの?」


「被害はゼロっス。で、みんなにも言ったっスけど、今日のクエストに良いのが無かったら、全部の部屋の窓の鍵をチェックするっス。カレンの部屋も入らせて貰うっスけど、良いっスよね?」


「私の部屋も? えっと……うんまぁ、私立ち合いでなら良いけど。でも二階だよ?」


「二階でも屋根から降りて入る場合も有るんスよ。二階だからと安心して油断する人も居るっスから」


「あ、なるほど。だからウチの村の金持ちは二階も鍵を二個付けてたのか」


「鍵を二個?」


「うん。泥棒がカギを開けても、もう一個有ればそれだけじゃ開かないでしょ? 普通は金蔵だけそうするんだけど、用心深い家は自分の部屋とかもそうしてたの」


「鍵を二個付けるって良いアイデアっスね。いただきっス――と言いたいっスけど、全部そうするにはさすがに予算が無いっスから、今はテルラの部屋だけそうするっス。泥棒が入ったのはテルラの部屋っスからね」


プリシゥアは、レイを見詰めながらそう言った。

銀髪美女はソッポの方を向いている。

朝食を終えると、全員で役所に行く。

今日も良いクエストは無かった。

帰ろうとしたところで、報告を終えた派遣勇者の二人も役所に来た。


「報告して参りました。街の警備団は、夜の警備を強化してくださるそうです」


ベリリムの言葉を聞いたグレイが嫌味っぽく鼻で笑った。


「あそこは金持ちの屋敷が多いからな。税金から給料を貰っている奴等が最優先でご機嫌取りするのも当然だな」


「王都の警備を経験していた身としては心当たりが有るので否定はしませんが、どうやらそれだけではない様です」


ベリリムは周囲を気にして声を潜める。

しかし大して広くない役所の中にはカウンターの向こうで仕事をしている役人しか居ない。

他のハンターが居ないので、ベリリムは声の調子を元に戻す。


「あの屋敷は、元々は錬金術師の隠れ家だったそうです。ですから、今でも要注意区域に指定されているそうなんです」


「まぁ。この街の教会は、そんな家をわたくし達に紹介なさったの? トキミにはお世話になっていますが、それでもちょっとどうかと思いますわ」


レイが憤慨する。


「教会を責める事は出来ません。錬金術師が居たのは何十年も前のお話です。教会と役所によって隠し部屋や怪しい研究室を綺麗に処分した後は、普通の家族が暮らしていました。人が暮らしている間は泥棒被害が有りませんでしたし、空き家期間にも被害の記録は無いそうです。私でも安全と判断します」


「あ、分かったっス。魔物のせいで物資が不足した時、あそこの家族があっさりとこの街を出て行ったのは、どこかから引っ越して来た家族だったからっスね。先祖代々の屋敷なら、普通はそう簡単に捨てたりしないっスから」


プリシゥアの言葉に頷いたレイは、しかし首を傾げる。


「ならなぜ今頃泥棒に入られたのでしょう」


「そこは現在調査中です。ですので、また泥棒が入るかも知れません。安全の為、許可をくださるのなら、我々勇者もみなさんの屋敷で暮らしたいと思うのですが」


「え……」


レイが露骨に嫌そうな顔をした。

警備の人間が増えると夜這いがしにくくなる。


「ヤミトが――成人男性がお嫌でしたら、私だけでも良いのですが。私としても、ヤミトとひとつ屋根の下で二人きりは嫌だなと思っていましたので、どうかお願いしたいと」


「おい」


ヤミトの抗議の声を涼しい顔で無視しているベリリムの顔を見ながら、テルラは難しそうに唸る。


「泥棒が不安ですし、入って頂いても問題は有りません。空き部屋は沢山有りますから。しかし、ゾエの負担を増やすのもどうかと……」


「ゾエとは、みなさんの朝食を作っていらしたご婦人ですね。そこはご心配なさらず。昨晩と同じ様に、夜間だけの警備と思ってくだされば結構です。昼間は勇者として過ごしますので、今まで通りヤミトと二人で三食頂きます」


「いつ眠るんですか?」


「交代で眠ります。王都ではそうして警護していましたから、問題は微塵も有りません」


「そう言う事でしたら、僕に拒否する理由は有りません。みなさんはどう思いますか?」


「俺はどうでも良い」


「警備が増えるなら助かるっス」


グレイとプリシゥアはノータイムで答えた。


「ベリリムさんだけなら……」


少し考えたカレンも頷いた。

自分を覗く全員が賛成したので、レイも渋々頷く。


「わたくしも反対はしませんわ」


「では、決定ですね。ベリリムさんを歓迎します」


テルラと握手するベリリム。


「ありがとうございます。夜中に屋敷内を歩き回る事も有ると思いますが、出来るだけ気配を消しますのでお許しください。また、夜中に外でみなさんに関係無い事件が起こった場合、ヤミトと共に勇者として街の警護に出る事も有るでしょう。その場合は屋敷を開けるとプリシゥアさんに一声かけた方が宜しいでしょうか」


「そうっスね。そうして貰えると助かるっス。――あ、そうだ。ベリリムさんが屋敷で寝泊まりするなら、私とテルラは二階に移動するっス。ベリリムさんとレイは一階をお願いするっス」


「わたくしも二階に移動しますわ」


「ベリリムさん一人に一階を任せるのも悪いっスし、レイは貴重な戦力っスから、何か有ったらベリリムさんと一緒に戦って欲しいっス。それとも、何っスか。昨晩の事を詳しく掘り下げて欲しいっスか?」


「……昨晩の事? 何も分かりませんわ。わたくしはただ、ちょっと寂しいなと思っただけですわ」


「寂しいのなら、レイも二階に上がりますか?」


テルラがそう言うと、レイはだらしなく目じりを下げた。


「お優しいですわね、テルラは。ですが、プリシゥアの言う事にも一理有ります。剣士として、一階を護りますわ」


「ありがとう。頼もしいです」


「うへへ……。テルラに褒められましたわ……」


話が纏まったので、全員揃って役所を後にした。

派遣勇者の二人は勇者としての仕事が有るので、大通りの方に向かって行った。

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