儀式 2
イオンが現れたとき、儀式の間では、新たに香を焚く者や、薬湯を持ってきた者などが出入りしていた。
ウケイはその中心で、ぐったりとしたセイエイの様子をみていたが、イオンを見て、身振りと視線だけで、密やかに動いていた者たちを立ち去らせる。
イオンについて入ってきた里の補佐役は、気配を消すようにして入口近くで控えた。
3人だけになっても、誰も口を開かなかった。
儀式が始まって間もなく意識を失ったセイエイを、イオンは黙って見下ろしている。
イオンがなにも言わないらしいと判断したらしく、ウケイは言葉を発した。
「真名告げの段に移る」
イオンはぐっと眉を寄せた。
「まだ早すぎるだろう」
本来なら、まだ生い立ちを語らせている時分だ。さらに、そのあとも何度も似たような質問を投げかけて、その心のあり様をむき出しにしていくのが通常の流れだ。そしてすべてをさらけ出したとみなされてからやっと、後見役が影の一員として認め、真名告げの段、つまり影の一員として宣言する段階に移る。
「聞くべきことは聞いた。さっさと終わらせた方がいい」
その言い方に引っ掛かりを覚えてイオンは眉を上げ、ウケイはセイエイに視線を向けたまま、ぼそりと言った。
「・・壊れる気がする」
不穏の言葉に、イオンは表情は変えず、ただ思考をめぐらす。
黙ったままのイオンに、ウケイは鋭い視線を向けた。
「俺の知らないことはもう聞いた。儀式の進行役として、次の段階に移って問題ないと判断した。納得できないなら、・・・・聞きたいことがあるなら、兄者が自分で聞けばいい」
ウケイは声を落として続けた。苛立ちを含んだ声は熱量がこめられている。
「無駄な儀式を無理強いしても意味がない。儀式中でもそのあとでも同じことだ。話せる内容なら話すし、失われたものならどうしたって話せやしない。無いことを確認するために粉々にするのか? そうやってこいつを壊すんなら、自分でやってくれ。・・・・兄者を出し抜いた罰に苦しめる気か?」
「宇敬!」
真名を介しての叱責に、ウケイは、ぐっと顔を歪め、片膝と片手をついてイオンに頭を下げる。
「長の判断、長の命には従う」
恭順の態度と言葉をみせてから、ウケイは重く息を吐き、イオンを見上げた。
「・・・・だけどな兄者。儀式なんぞしなくても、こいつの在り様ははっきりしてる。魂の根元まで御子のための贄だってな。贄も血脈を護る存在で、血脈を護る者が影なんだから、こいつは影だ。影の長が御子を血脈から切り捨てる決断をしない限り、こいつは長である兄者の命に従う。贄ってのは、贄の主を血脈を継ぐ者として疑わない存在ってだけだと俺は思う。違うか?」
弟らしい言葉に、今度は、イオンが息を吐いた。
「・・・わかった。儀式を進めろ」
張りつめていた空気が、ゆるむ。イオンは場から一歩退き、代わりに補佐役が進み出て、儀式の場を整える。準備が整うと、ウケイがセイエイのやや斜め前に座した。
補佐役が目覚めの鉦を鳴らし、その余韻が響いている間に、ウケイが声を発する。
「・・・セイエイ!目覚めよ!」
くずおれていたセイエイが身じろぎした。
「時は満ち足り。・・・・目覚めよ」
「目覚めよ・・・・目覚めよ!誠影!」
ゆっくりと、セイエイが、上体を起こす。
青い瞳は芒洋として、儀式を受けている最中らしく、術に影響下にあることを感じさせる。
薬湯と香と、長時間にわたって整えられた術によって、セイエイは、人が無意識に持っている心の防御壁さえも取り払われた状態にある。生まれたばかりの雛が初めて見たモノを親と信じるように、今この状態で告げられた内容は、その者の精神に刷り込まれる。
ウケイはセイエイの目を見つめ、その根源に刻むべく、朗々と宣言した。
「今ここに新たなる生を始める者、お前は今より影がひとりである。影がひとりとして名乗りをあげよ。お前の真名は誠影だ」
それをきいて、セイエイは名乗りを挙げる。
「・・我が名は誠影。・・・っ・ぁ」
影と認められる儀式だ。通常ならば、与えられた真名を名乗り「影がひとり」と高らかに続ける。
そのように、よどみなく続くはずの言葉が出ず、セイエイの上体が揺れた。
「くっ・・・ぁ・・・」
喘ぎながら、言葉を探すようにはくはくと動く唇が、しばらくしてから、続きを口にする。
「・・・わた・・し・は、・・・にえ・・・血脈・・をまも・・る・・・影がひとり」
絞り出すようにして、続けられた名乗りを聞き、イオンは眉を寄せる。
儀式を受けるということは、その者の精神が剥き出しになっているということだ。嘘や偽りを述べることはできないだけでなく、当人が意識していない心情さえも露わになる。今なされた名乗りは、セイエイの在り様が先ほどのウケイの言葉どおりだと示している。
ウケイはわずかに口元を歪め、舌打ちもため息も苦笑もその心情ごと呑みこんで、手順どおりに儀式を進めた。
「・・・お前の名乗りを聞いた。影がひとりとして長に全てを捧げ、忠誠を誓え」
セイエイの視線が、正面に立つイオンへと向けられる。
「私、誠影は、・・・・影がひとりとして、長へ、忠誠を、誓い・・ます」
「ならば、その忠誠を誓言せよ」
イオンは儀式に定められた手順通りに返した。
「我が名は誠影」
そこで、セイエイの声が不明瞭になったが、なんとか名乗りを口にする。
「わたしは、・・・・の、贄。血脈を護る・・影がひとり。」
そのあとは、決められた誓言をゆっくりと唱えていく。
わが身わが心我が生命力、その最後の一滴までも、血脈を護るため捧げます。
影の使命は我が使命。影の意思は我が意思なり。
わが身、我が心、我が生命力、我がすべては影のものなり。
影の意志は長が司るなれば、影の長に絶対の服従を誓うものなり。
我が最期の一片にいたるまで、長の命の下、使い果たさむ。
我が真名にかけて、誓言する。
そうして、頭を下げて、長であるイオンの足先で、額を地につける。
「お前の忠誠を受け取った。長として誠影のすべてを預かる。血脈を護るためにその力を揮え」
「我・宇敬は、誠影の引受人として、この誓言を見届けた」
補佐役が鉦を鳴らす。
「セイエイ、面を上げろ」
どうにかといった様子で、セイエイが上体をおこす。
「以上で、儀式を終了する」
ウケイは宣言すると、両手を打ち鳴らした。
そのとたん風が起こり、セイエイを囲っていた白い縄が切れて落ち、場に満ちていた香の香りが一掃される。
床に手をつき、荒く息を吐いているセイエイを、イオンはじっと見下ろしていたが、何かを言うこともなく立ち去る。
ウケイは、ぐっと伸びをしてから、後ろに手をつき足を崩して坐したまま、セイエイをみやった。
「セイエイ。お前、さっき話していたことを覚えているか?」
のろりとセイエイが、ウケイのほうに顔を向ける。
「・・・はな・・し?」
「花の話だ」
「・・花?・・・いい・え」
のろのろとセイエイは横に首を振る。
「じゃあ、滝は?」
「・・・滝・・・あま・・り」
「少しは覚えてんのか?」
「いえ、・・・・ただ、虹が・・・きれいな、滝の、イメージが」
へえ、とウケイは呟いた。
「セイエイ、お前、寝ろ。さっさと回復しろ」
ウケイは、片付けに入ってきた者たちを指揮していた補佐役を呼び寄せ、セイエイを連れて行くよう言いつける。
肩をすくめながら、逆らうことなく、補佐役はセイエイを連れて出て行った。




