思惑 2
お久しぶりです。
スープは美味しく出来上がった。
食事は誰かと食べる方が美味しい、先代の声がまた、トゥリアの耳に蘇る。
引き受けておきながら食事も出さないなんてできないものね。自分に言い聞かせながら足を運び、セイエイの部屋の前で逡巡し、ようやくゆっくりと扉を開く。
こちらに背を向けて、セイエイは横になっていた。
「・・・セイエイ?」
おそるおそる呼びかけてみたが、反応がない。
身体にも負担がかかっただろうから、眠っているのだろう。
寝ていたことにほっとして、トゥリアは扉を閉めて戻り、一人でスープを食べた。
先代に教わったままの懐かしいスープの味は、身体だけではなく、トゥリアの心をほぐしてくれる。
トゥリアは、野盗に襲われ全滅した村の唯一人の生き残りだった。先代が、まだ幼かった彼女を見つけて助け、そのまま引き取った。引き取られた当初は、その恐ろしい体験が忘れられず、先代以外の人間はすべて怖くてたまらなかった。笑うことができるようになってからでも、先代以外の人がいるときは恐怖で身体が強張った。それは時の方を護り敬う森の集落の者に対しても同じで、小さな子どもにさえもおびえた。
先代は、おびえるトゥリアを黙って見守るだけだったが、集落の子の1人があきらめずにトゥリアのところを訪れるようになると、ある日言ったのだ。
あの子もお前のことを怖がっているだろうよ、と。
怒ったような顔をして、野の花や木の実を持ってくるその子は強そうで、怖がっているようには見えなかったが、トゥリアはそうは言わずに、怖いなら来なくていいのに、とだけ言った。
先代はトゥリアの言わなかった言葉などお見通しのようでにやりと笑ったが、まじめな顔になって続けた。あの子から見たお前を想像してごらん、偉大な時の方と一緒に住んでいる、いつも暗い顔で黙っている、得体のしれない子どもだよと。
それから、近づかないから怖いのさ、とカラカラと笑った。
綺麗な花や木の実のプレゼントは内心嬉しかったので、トゥリアは次の時、ものすごく勇気を出して小さな声で「ありがとう」を言い、それをきっかけにその子と仲良くなった。
そして、先代の言った通り、その子もトゥリアのことを怖いと思っていたことを知った。
人は、よく知らないものを怖がるものだ。
セイエイも、私を怖がってるなんてことがあるかしら。
私に強制できるような力を持っているのに。
でも、あの子から見た私は・・・・。
予言の魔女、なんて大そうな称号なんぞつけて・・・・ちょいと長生きなだけでそう変わりはしないのにねぇ、先代はカラカラと笑いながら、あるいはため息をつきながら、よく言っていた。
歴代の中には世界の動きに介入した者もいたのだろうが、先代やトゥリアができることはそう多くはない。
それでも外から見た姿は、時の力を操り、未来を知っている、当代の時の方。そして、この森を支配する者。
ぎゅっと口をゆがめる。
人は、よく知らないものを怖がるものだ。
怖いなら、近づいてよく知らないといけない。
温め直したスープを器によそい、朝に焼いておいたパンと一緒にお盆に乗せる。
昼間から何も食べていないはずだから、セイエイもお腹がすいているはずだ。
よく眠ってきちんと食べれば、うまくいく。
まだ寝ているなら、起きた時に食べられるように、置いておけばいい。
扉をノックして返事がなかったが、まだ寝ているのだろうと、トゥリアは扉を開いた。
そして、寝台の横に立っていたセイエイと目が合った。
黙ってスープを口に運ぶセイエイを、じっと観察する。
顔色はまだよくはないが、昼間よりは調子はいいようにみえる。
そして、服と装備品を身に着け、すぐにも出かけられるように準備されている。
食べ終わるのを見計らって話しかける。
「どこへ、行くつもりだったの?」
セイエイは目を合わせようとせず、うつむいたまま答えた。
「少し森を歩こうと思っただけです」
「そう。じゃあ、一緒に行くわ」
驚いたように、セイエイがこちらを見た。
「どこへ行くのがいいかしら。夜の森も、いいものよ」
この森で、トゥリアに危害を加えるようなものはないから、これは本心だ。月明りの散歩は、トゥリアのお気に入りのひとつだ。
「言いつけで、森からは出られませんから、逃げないように見張る必要はありません」
強張った表情で、セイエイが言う。
「そんなつもりで言ったんじゃないわ」
セイエイは、ぎゅっと唇を引き結ぶとうつむいた。それは、トゥリアを真名で縛った恐ろしい人物には見えない。
「でも・・・・」
トゥリアが口を開くと、セイエイが、びくりと肩を震わせる。それは、少しも怖くなくて。
そう、この子は、トゥリアのために森を少しも傷つけない綺麗なものを見せてくれた。それに、トゥリアの大事な友人の息子で。
「まだすっかり元通りではないでしょう? どこかで具合が悪くなったりしないか心配だから一緒にいくの」
「・・・どう、して?」
理解できない、といわんばかりの表情をしてこちらを見つめるセイエイは、かつてのツキヒによく似ていて、懐かしさとぬくもりが胸にわきあがる。
だから、笑いかける。
「友達になりましょう、って言ったでしょ」
ありがとうございました。
こんなに間が空いてしまっているとは気づいていませんでした。続きは来年とはならない予定です。




