表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖刀使いの妹(ペット)  作者: 黒楼海璃
No.1 ある日、妹が出来ました。
26/32

No.25 八尺瓊勾玉




 ――時間は少し遡る。


 まさと別れた後のはる夜千瑠やちるは、保護したあずさを引き連れて建物の出口を目指す。


「梓さん、夜千瑠さん。もうすぐ出口に到着します。まだ何が起こるか分かりませんので気を引き締めてください」

「え、ええ」

「御意」


 梓は拉致された恐怖がまだ薄れておらず、強張った表情を崩せずにいる。対する夜千瑠は平然として見える。


「ごめんね夜千瑠。代わりに運んでもらっちゃって……」

「否。梓殿、気に病む必要は無いで御座る。これも拙者の役目。逆に梓殿を走らせれば遅くなるで御座る」

「うぐっ!」


 夜千瑠のサラッと言った失礼な発言には何も言い返せない。寧ろグサッと突き刺さる。


 現在、梓は夜千瑠にお姫様抱っこで運ばれている。


 梓は体力が無い訳では無いが、足の速さは彼女達三人の中で一番遅い。しかも監禁されていた部屋は建物の入り口からかなりの距離があり、服も晴菜の着物を羽織っているだけ、監禁と襲撃による精神的疲労とストレスが溜まっている。無理に走らせてはいけないと晴菜が判断して夜千瑠にお願いしたのだ。


 蛇足だが、正刀とてつを含めた四人の中で足の速さは、夜千瑠>八徹>正刀(妖筋無し)>晴菜、となる。

 意外にも八徹は速かった。


「……晴菜殿。今更で御座るが、梓殿も式神で運ぶという案は無かったで御座ろうか?」


 そして、四人の中では一番遅い晴菜はというと、夜千瑠の足の速さについて来れないので赤鬼の式神、羅刹に抱えられて移動している。巨体だが宙に浮いている羅刹は移動速度も中々速い。


「梓さん、羅刹や夜叉に抱き抱えられて平気でしょうか?」

「……ごめん。ちょっと無理、かな?」

「だそうです。本当は一反木綿がいたら良かったんですが……」


 羅刹や夜叉は戦闘面においては優秀な式神だ。だがこの二体は外見が筋肉隆々、顔も肌色も何もかもが文字通りの人外。そんな化け物に疲弊している梓を運ばせるのは精神的にキツいと思っていたのだ。


 全身が布の式神、一反木綿は防御だけでなく乗り物としても使えて乗り心地は中々良い。だが、二回目の襲撃時に破損してしまったので現在修復中である。


「しかし晴菜殿、先程から疑問に思う事があるで御座るが……」


 夜千瑠がデコボコになった銀の壁に一瞥しつつ続ける。


「……ここまでの道中、死体はおろか血痕すら見てないで御座るが、何故なにゆえその様な事に?」

「あ……」


 梓は夜千瑠の言う事に声を漏らす。


 思い返せば、梓は移動中に周りを何度か見た。何が起こるか分からず緊張していたせいでちょっと見た程度だった。そういえば壁が大破していたり床が捲れていたりはあったが、正刀達が相手をしていた筈である手下達の死体を一体も見ていない。それどころか血が一滴も落ちていない。あるならそこに転がっていても不思議ではない筈なのに。


 晴菜は質問に対してニッコリと笑い、


「さあ? 一体何があったのでしょう?」

(これは晴菜が何かやったわね)

(これは晴菜殿が何か事を起こしたで御座る)


 梓と夜千瑠は同じ事を心の中で思った。付き合いの長い二人はそれだけで大体の事情が読めた。


「もうすぐ出口に到着します」

「晴菜殿、外には死体が無数にあるで御座る。梓殿の目には毒で御座るが……」

「あ、ご心配には及びませんよ」


 晴菜達が建物から出た。


 そこに広がっていたのは、抉れた地面、折れた木々――ぐらいだった。


「……む?」


 梓を降ろした夜千瑠は周囲を渡して怪訝な顔をする。


 死体が無かった。島を赤く染めていた血も綺麗さっぱり無くなっていた。まるで忽然とそれだけが消えた様に。


(これは一体……?)

「――きゃああああああああああああっ!?」

「っ!?」


 突然、後ろから梓の悲鳴が聞こえ、反射的に腰の忍者刀を抜いて振り返った。


「ギギギ……」


 梓の前にいたのは、黒い怪異。一つ目をギョロギョロと梓を見ている。

 なにより特徴的なのは口だった。1m近くはある巨大な口からは無数の牙が生えており、ギチギチと鳴らして笑っている様に見える。


「あ、あ、あ……」


 顔を真っ青にし、口をパクパクさせる梓は黒鬼を見て動けないでいた。

 急いで夜千瑠が助けに入ろうと忍者刀を構える。


「羅刹」


 ――ズドォォォンッ!


 が、それよりも前に晴菜が羅刹に命令を出していた。命令を受けた羅刹は巨大な拳を振り被って、黒鬼を建物の壁まで殴り飛ばしていた。

 黒鬼は対超能力者用特殊銀製の壁に体躯が激突した瞬間、ボンッと煙を上げて一枚の御札に戻った。御札は自動で晴菜の下へと戻っていく。


「こ、これは……」

「はぁ、申し訳ありません梓さん。餓鬼がきは良い子なんですが、人を驚かすのが大好きでして……」


 呆れた溜息を吐く晴菜は梓に謝罪をして、戻ってきた御札を着物の中に仕舞う。


「今のは晴菜殿の式神で御座るか?」

「はい。餓鬼と言います。六道の餓鬼道とは無関係ですが、色々食べてくれる食いしん坊なんですよ。例えば人のに……いえ、なんでもありません」

(人の肉って言おうとしたわ!?)

(人の肉と言おうとしたで御座る!?)


 梓と夜千瑠は同じ事を心の中で思った。


「「「「ギギギギギッ!」」」」


 四方八方から不気味な呻き声が聞こえてきた。

 何事かと夜千瑠は梓を庇う体勢を取るが、その必要は無かった。


 声の主は迷う事無く、晴菜の下へと向かい綺麗に整列する。数は四。姿形はさっきの餓鬼とほぼ同じだった。


「はい。餓鬼次郎、餓鬼三郎、餓鬼四郎、餓鬼五郎、ちゃんと全員いますね。餓鬼一郎と同じくらい働いてくれましたか?」

「「「「ギギギッ!」」」」

「そうですか。それは良かったです。ご苦労様でした」


 晴菜がニッコリと手を差し伸べると、四体の黒鬼はボンッと煙を上げ、四枚の御札になって掌に収まる。


「……ねえ夜千瑠、ツッコんで良いのかしら。これ」

「拙者に尋ねられても返答に困るで御座る……」


 何で餓鬼が五体も出ていたのか、何で一郎、次郎と呼称しているのか、コイツ等兄弟か何かか、と色々疑問に思ってしまい、頭の整理が出来ていない。

 分かる事は、島中の死体が消えていた理由が晴菜と餓鬼五兄弟にあるという事だけだ。


「おや? どうしましたか?」


 自分への視線に気付いた晴菜は振り返ってニッコリと尋ねる。


「う、ううん。何でもないわ」

「然り。晴菜殿、なぎ殿に連絡を入れねば」

「はい。そうしましょうか」


 晴菜が餓鬼の御札を仕舞い、スマホを取り出して薙刀に電話を掛ける。


『もしもし晴菜ちゃん?』

「薙刀さん。月読命つくよみをお願いします」

『了解』


 電話を切り、その数秒後に三人の前に白い空間が現れた。


「さあ、行きましょう」


 晴菜が先導して、梓と夜千瑠も空間の中へと入り込む。


 これは薙刀が使うワープ技、月読命。特定の場所へと空間を跳躍して進む事が出来る。この島までは圏外になっておらず、簡単に連絡を取って脱出が出来た。


 光の道を潜り抜け、晴菜達は最初にいたビルの屋上へと帰還した。


「薙刀さん! ただいま戻りました!」

「晴菜ちゃん!」


 薙刀の他にもう一人、羽川はねかわという男性銃剣警が駆け寄ってきた。羽川は東京銃剣警局公安第一課所属と部署は違うが、同じ公安部の為よく顔を合わせたりする。今回も上層部の命令で駆り出されていた。


「なんとか梓さんの保護は完了しました。正刀君は美雨みうさんをお迎えに行っています」

「そっか……」


 薙刀は何か言いたげだったがグッと言葉を呑み込んで黙る。


「何はともあれ、まず梓ちゃんが無事で良かったよ。月読命で送っていくから、すぐ病院に……」

「あ、薙刀さん」


 薙刀が叢雲を抜刀しようした時、梓が声を掛けた。


「その、私、ここに残りたいです」

「え……?」

「はい……?」


 いきなりの発言に薙刀だけでなく、晴菜もポカンとなる。


「な、何を言ってるのさ梓ちゃん。ここにいたら危険だし、すぐに検査して身体に異常が無いかどうか確かめないと」

「梓さん、薙刀さんのおっしゃる通りです。状況が状況ですし、過度な我が儘はお控えください」

「それでもお願いします。私も、正刀と美雨の帰りをここで待っていたいんです。だから、ここにいさせてください」


 薙刀と晴菜が反対する中、梓は真剣な眼差しで懇願する。

 それでも薙刀の意見は変わらない。


「……やっぱり駄目だよ。これ以上梓ちゃんの身に何か起こる訳にも」

「それに」


 薙刀の言葉を遮って梓がニッコリと笑って続ける。


「ここよりも安全な場所なんて無いと思うんですよ、私」

「え……?」

「だって、もしもの時は薙刀さん達がちゃんと守ってくれるでしょうし、もし私に何かあって一番怒るのは正刀でしょうしね。あの()()()の血を引いている正刀が」


 オジ様、の辺りで薙刀や羽川といった、その場にいる銃剣警の大半がピクリと反応した。


「それに、全然関係ない事ですけど、オジ様は私の事をとても可愛がってくださったんですよ? お会いする度に優しく接してくださって。今思えば、身内以外で気を許せた数少ない大人の男性だったと思うんです」


 ニコニコニコ、


 ピクピクピク、


 梓は笑顔を絶やさず、薙刀達は妙に反応が良かったりする。


 ちなみに梓の言った身内とは、父親と家の使用人の事を含めて称している。


「あ、勿論我が儘を言っているのは承知しているんです。ただ、もしここから離れた後で私に何か起こったら……正刀以外に怒る方がいるのではないかと思ってるんです」


 ニコニコニコニコニコ、


 ガクガクガクガクガク、ダラダラダラダラダラ、


 梓の笑顔は絶えず、薙刀達は顔から嫌な汗が出たり、『何か』に対する恐怖で身体が震えている。


 彼らの脳裏を過ぎる、()()()の顔と言葉。


 ――え? 梓ちゃんを怪我させた? よしっ、お前等全員殺す。


 ――え? 梓ちゃんを泣かせた? よしっ、全員殺す。


 ――え? 正刀死なせた? よしっ、お前等……簡単に死ねると思うなよ? 特にナギナタ。


 どれもこれも、誰もがホッとする様な爽やかな笑顔で、猛獣が一瞬で竦む様な殺気と共に言ってきそうで怖い。


「だから薙刀さん、お願いです。私もここで正刀と美雨の帰りを待たせてください」


 ここで改めて、梓が一生懸命頭を下げる。


 未だに身体が震えたままの薙刀は助けを求める目を晴菜に向けたが、小さく溜息を吐き、片手を前に出して首を横に振る。これでは打つ手無しだ。


「……君は何てえげつない手を使ってくるのかな……」


 どうやら諦めるしかないと悟った薙刀は深い、深ーい深い溜息を吐いた。


「……羽川さん、念の為に救急車を呼んでおいて下さい」

「あ、ああ。それは別に良いんだが、それより嬢ちゃんのその格好、なんとかならないのか?」


 薙刀の横でガクガク震えていた羽川が梓を指差す。


 今の梓は晴菜の着物を羽織っているものの、拉致された時に衣服を全て奪われてその中は全裸である。


「え……? ひゃっ!」


 薙刀達を説得していたせいで自分の状態を忘れていた梓は着物の裾を掴んで身体を隠そうとする。


 薙刀を含め、何人かの男性銃剣警がやり場に困って目を逸らす中、


 ――ブスッ!


 羽川の視界を二本の影が襲った。


「――ぎぃゃあぁあああああああああああああああああっ!?」


 羽川は絶叫すると降り注いだ激痛に両目を押さえてのた打ち回る。


 一体何が起こってしまったのか。


 その答えは、羽川の隣にいつの間にか現れていた、指でVサインを作っている女性銃剣警にある。


朝倉あさくらぁああああああっ! テメェ何しやがるぅううううううっ!?」

「あらあら~、ごめんなさ~い。羽川ちゃんが厭らしい目で見てたからついつい~」

「見てねぇよぉおおおおおおおおっ!」


 羽川の訴えに女性銃剣警はのほほんとした返答をする。


 ほっそりとしたスタイルで平均的な身長、黒髪をお団子にまとめたほんわかな雰囲気を出している。


 彼女、朝倉と呼ばれた女性は羽川と同じ公安第一課の人間。見た目はほんわかなお姉さんだが時と場合によってはこうして同僚を目潰ししたりする。主に羽川だけを。


「朝倉、やり過ぎだって」

「あらあら~、横寺よこでらちゃん。そうかしら~?」


 朝倉の後ろから呆れながらやって来たのは朝倉と似た背格好の女性。違う所は髪型が黒のショートボブ、大人のお姉さんという雰囲気が出ている。

 名前は横寺。朝倉とコンビを組む公安第一課の銃剣警だ。


「羽川さん、大丈夫ですか?」

「は、はぁ、はぁ、なんとかな。やっと視界が戻……」

「えいっ(ブスッ)」


 ホッとしたのも束の間、朝倉は二度目の目潰しを決行。羽川の両目は再び襲われる事になった。


「あぁぁあああさくらぁぁああああああああっ!?」


 再び目潰しを受けて羽川は絶叫、のた打ち回る。


「あの、朝倉さん。羽川さんが可哀想なんで、どうかそのくらいで……」

「朝倉、いい加減にしろ」

「あらあら~、ついうっかり~」


 若干引き気味の薙刀と慣れた様子の横寺が目潰しを止めるよう説得すると、朝倉は何事も無かった様に指を引っ込めた。


「み、御門っ! 風魔っ! 早くその嬢ちゃんを連れてってくれっ! これ以上は俺の目が持たないっ!」

「御意」

「は、はい。さあ梓さん、参りましょう」

「え、ええ……」


 薙刀と同じくくらい引いている晴菜と何故か冷静でいる夜千瑠はドン引きしている梓をこの場から連れて行く事にした。


「夜千瑠さん、申し訳ありませんが、梓さんの着替えを……」

「こちらをどうぞ」


 晴菜が夜千瑠に頼む前に何処から現れたのか、梓のボディガードのなげきが大きなカバンを片手で持って来た。


「な、嘆さん!? 何やってるのよ!? 怪我は!? 大丈夫なの!?」


 梓は普段から嘆がいきなり現れる事には大して驚かない。というか慣れてる。

 だが、今の嘆は怪我をしていると先程晴菜から知らされていた。だから今ここに本人がいるのが驚いて仕方ない。


「私は問題ありません。それよりもお嬢様、部屋を一室お借りしましたのでご案内致します」


 嘆は梓がいつ戻って来ても良いように、正刀達が向かってから着替えの衣服と着替える場所の手配を済ましていたのだ。


「あの嘆さん、怪我をされてますし無茶は……」

「いえ。護衛として当然の責務ですので」

「ですが……」

「責務ですので」

「……ご気遣い感謝します」


 独特の押しに負け、晴菜はもう何も言わないでおこうと思った。


「あ。朝倉さん、横寺さん。彼女達に付いてあげてください」

「分かった。行こう朝倉」

「はいは~い」


 離れて行く晴菜達を見た薙刀の頼みで朝倉と横寺は護衛役として同行する事になった。


 晴菜は感謝の意を込めて薙刀に会釈した。


 彼女には分かっている。もしこのタイミングで百魔死団ナンバーズの構成員が襲撃に来れば、今の自分では勝てない。夜千瑠と共闘しても焼け石に水だという事も。無論朝倉と横寺が加わったとしても絶対勝てる保証は無いが、公安部所属の二人が入れば薙刀達が駆けつけるまでの時間稼ぎぐらいは出来るだろう。そういった配慮によって二人が付いた。


「それでは失礼します」


 一礼した晴菜達は用意された部屋へと向かう。それを見送った薙刀は視界が戻った羽川を一瞥する。


「あの、羽川さん?」

「草神、何なんだよあの嬢ちゃんは。クソえげつない手使いやがって……俺だって名前出るだけでビビッちまうのによぉ……!」

「まあまあ。仕方ないですよ。実際、梓ちゃんは刃さんに可愛がられていたそうですし、変に悪態吐くとあの世で殺されちゃいますよ」

「それは別に良いんだよ! あの嬢ちゃんが刃さんに可愛がられてたのは! それよりも朝倉の野郎……! 後でブッ殺してやる……!」


 羽川は二度も目潰しをした朝倉への苛立ちからかギリギリと歯軋りする。


「えーっと、羽川さん。今回は目潰し程度で済んで良かったんじゃないですか?」

「よし草神、顔貸せ。目潰ししてやる」

「え? じゃあ銃剣警法違反の方が良かったですか? それとも刃さんに殺されるか」

「……チックショォォォ……!!」


 ギリギリギリと歯軋りする羽川はその場に崩れ落ちるだけでそれ以上何も言い返せなかった。


 ――銃剣警法第七章の第十八条、銃剣警は相手の合意を得ず、相手に性的行為を行う事を固く禁ずる。


 要するにセクハラ厳禁という決まりなんだが、これを破った銃剣警は肉体的精神的社会的全てにおいて抹殺される。具体的に何をされるかは実際に違反してみないと分からないが、一度でも違反した者は二度とその姿を目にする事は無いとか様々な噂が立っている。だから銃剣警は男女を問わずにこれだけは違反したくないと考える。


 ――え? 梓ちゃんをエロい目で見てた? よし、羽川殺す。ついでに他の男共も殺す。


 そして正刀の父親、妖村刃。その恐ろしさは薙刀だけでなく羽川も充分知っている。少なくとも、銃剣警法違反で死んだ方がマシだと思いたくなるぐらい。一体何をしたのか正刀でさえ知らない。


 だから、それに比べれば朝倉の目潰しなど可愛いものだったのだ。



 嘆に案内された部屋で、梓は用意された服に着替えていた。


「では、梓さんが目を覚ました時には既にあの部屋で監禁されていた、と?」

「そうなのよ。いきなり美雨に気絶させられちゃうし、気が付いたら真っ暗な部屋にいるし、は、裸になって変な首輪付けられてるし、本当に散々だったわ」


 晴菜に事の次第を話す梓は下着を穿き終え、嘆が渡してくれたシャツを着始める。


「そうですか。それは大変辛い思いをさせてしまいましたね。梓さんの様な麗しい女性を裸で監禁するとは許しがたい所業です。裸で監禁、するとは」

「変な所に食いつんじゃないわよ!」


 ボフンッ、と余分にあった服の一枚を晴菜の顔目掛けて投げつけた。

 晴菜は服を掴むと深く息を吸い込んで臭いを嗅ぎ出す。


「すぅー、はぁー、ああ、これはこれで中々……」

「アンタ、いい加減にしないと訴えるわよ」

「はい。失礼しました」


 何故か顔が赤く染まっている晴菜に殺気の篭った鋭い目付きで睨みつけると、すぐさま服を顔から離して嗅ぐのを止め、コホン、と咳払いする。


「しかし、兎にも角にも梓さんには災難な目に遭わせてしまいましたね」

「まったくよ。おかげで寝るぐらいしかやる事無くて退屈だったわ」


 悪態を吐いて渡されたスボンを穿く梓の様子を見て、「……スカートでは無いんですか……」と残念そうに呟く晴菜に一睨みする。


「あの、梓さん。テロリストに拉致されたとはいえ、よく寝ていられましたね。てっきり怯えているとばかり思っていました」

「慣れたのよ。小さい頃からあんな経験ばっかりしてたら嫌でもそうなるわよ」


 半分は嘘である。内心ではビビりまくっていて、どうしていいのか分からず頭が混乱していた。けど梓は今までの経験から、何もせず大人しくしているのが賢明だと判断した。それならば眠って体力を温存しておこうと寝ていたのだ。晴菜が体術で扉を爆破して入ってくるまでずっと。


「それに……」

「それに?」

「……その、正刀達が助けに来てくれるって、信じてたから」


 と、当たり前に言う梓は頬を少し赤くしていて、照れくさそうだった。それを見た晴菜はクスッと笑ってしまう。


 信じているから。どんな時でも、自分がピンチになったら必ず助けに来てくれる身近な人間の存在の事を。だから拉致監禁されていても泣く事も絶望する事も無く耐える事が出来た。


「……何よ晴菜」

「いえ。正刀君は随分信頼されているんですね、と」


 ニッコリと晴菜が答えると、梓はしまった、と思わんばかりの表情を浮かべて赤くなってしまう。


「う、煩いわね! どうだって良いでしょそんな事!」


 声を荒げて抗議する梓はブスッと不機嫌な顔でカーディガンを羽織る。言葉とは裏腹に表情は何処か嬉しそうだった。


 その光景を晴菜達は微笑ましく見ていた。すっかり落ち着いて一安心している。


「御門ちゃん~、黒銅ちゃんをイジるのも程々にしたら~?」


 二人のやり取りを外野で見ていた朝倉と横寺が話の輪に入ってきた。


「はい黒銅ちゃん~。喉渇いてるでしょ~」

「あ、ありがとうございます」


 朝倉は来る途中に買ってきたミネラルウォーター入りのペットボトルを梓に渡す。

 受け取った梓は蓋を開けてミネラルウォーターを飲みだす。冷水が喉を通って乾きを潤してくれる。


「それにしても黒銅ちゃん~、さっきはえげつない手を使ったわね~。寄りにも寄ってあの刃さんの名前を出しちゃうんだもん~……死にたくないわ~」


 朝倉はのほほんと感心しているが、実はかなり怯えている事を付き合いの長い横寺は分かっている。


「まあ、あんな事が出来るのは刃さんに可愛がられた人ぐらいだもんね。私には怖くて出来ないわ……殺されるの、嫌」


 隣にいる横寺も平素な顔をしているが、内心ではかなり怯えている事を朝倉は知っている。


「あの、朝倉さんに横寺さん。オジ様の名前を使っておいてあれなんですけど、そんなにあの方が怖いんですか?」


 美人銃剣警二人の怯え方に違和感を覚えた梓が恐る恐る聞いてみた。


「逆に聞くけど、黒銅ちゃんにとって刃さんはどんな人かしら~?」

「え? 私から見たオジ様ですか? そうですねえ……」


 幼少期を思い出してみた。刃は梓と会うといつも頭を優しく撫でてくれたり、可愛いと褒めてくれたり、照れくさくて逃げてしまう梓をつい笑ったり……一緒にいた正刀に抱きついて頬擦りしたり、写真撮ったり、「正刀は世界一可愛いなぁ~♪」と耳に胼胝が出来るぐらい言ってたり……正刀か梓のどちらか或いは両方が誘拐されたと知れば悪鬼の如く誘拐犯を叩きのめしたり、正刀に害意が及べば、その相手を容赦なくケチョンケチョン(何故かここだけ表現が緩い)にしたり、


「……とってもお優しいナイスガイ、あっ、でも正刀には甘々な親バカ、でも犯罪者には容赦ないお方、ですかね?」


 そんな刃ばかり見ていると、自然とその答えが出てくる。

 しかし、朝倉と横寺にとっては違ったようで、


「……横寺ちゃん、私この子が凄い羨ましいわ~」

「そ、そうだな」


 はあ、と深い溜息を吐いた二人。一体何があった?


「まあ、刃さんは女の子には甘いもんね~。その分男の人には容赦なくて、草神ちゃんがいつもシゴかれてたみたいだし~」

「……朝倉、刃さんは女の子以上に息子の正刀君に甘かったぞ」

「そうだったそうだった~。正刀ちゃんの誕生日だからとか、正刀ちゃんの運動会かがあるからとか、正刀ちゃんと遊ぶ約束してるから、って大事なお仕事を何度もすっぽかしてたわね~」

「その都度零課の課長が愚痴って大変だったって草神がぼやいてた覚えが……」


 うんうん頷く朝倉と呆れた口調で呟く横寺を見て、だから何があった? と二度も首を傾げる梓であった。


「あの、朝倉さん。私からも一つ聞いて良いですか?」

「ん? な~に?」

「その、羽川さん? って人を目潰ししてましたけど、あれって一体……?」


 梓は先程の朝倉の行動についても疑問に思っていた。単なる同僚相手に、やるにしても他の男性銃剣警にもする筈なのに、朝倉は羽川にしか目潰しを行わなかった。


「何でって、羽川ちゃんが黒銅ちゃんを厭らしい目で見てたから~♪」

「いや、だからって何で羽川さんだけを? 他にもいたと思うんですけど……」

「他の人は良いの~。羽川ちゃんだけ駄目なの~」

「???」


 朝倉の返答が分からず、梓は困惑してしまう。そこへ隣の横寺が耳元で囁いて説明してくれた。


「あのね梓ちゃん。朝倉と羽川は今、交際中なんだよ」

「えっ!?」


 いきなり聞かされた事実に梓は声を上げてしまう。


「じゃ、じゃあ、所謂職場恋愛ですか? え、でも朝倉さんと羽川さん、お互いを苗字で呼んでましたよね?」

「今は仕事中だから苗字呼びなだけ。いくら付き合っててもそういった分別はちゃんと付けてるの」

「そういう事なのよ~♪」

「ひゃっ!?」


 コソコソと話している二人の間に朝倉が音もなく現れて梓は驚き、横寺は慣れている様で動じていない。

 朝倉は両手を当てた頬を少し赤くしてニコニコと笑っている。


「私はね~、羽川ちゃんが好きなの~。だから羽川ちゃんが他の女の子を見てると、ついつい目潰ししちゃうの~。嫉妬かしら~」

「お前そう言って羽川を目潰ししたの、今月に入って十三回目だろ」

「ううん~、オフの時にもしたから二十八回よ~」


 朝倉と横寺の話を聞いていると、どうにも羽川が気の毒に思えてで仕方なかった。


「そういえば横寺ちゃん~、この前言ってた彼氏とはその後どうなの~?」

「え…………」


 突拍子もない朝倉の質問に横寺は黙り込んでしまう。


「…………」

「横寺ちゃん~?」

「…………別れた。というかフラれた」

「え~!? 何で~?」

「……他に好きな女が出来た、って言われた……」

「あらあら~」


 首を傾げる朝倉とは反対に落ち込んでその場に膝をついてしまう横寺は何処か悔しそうな悲しそうな。


「……良いんだ。もう気にしてない……次がある筈だから……」

「そんな事言ってるけど~これで何回目かしら~?」

「し、仕方ないだろ。近づいた男達が皆クズばかりなんだから……」

「浮気性にギャンブル癖に情緒不安定のDV男、酷い時には結婚詐欺師とかいたわよね~」

「ああ。DVと詐欺師はしっかり締めといたからな……」


 話を聞く限りでも分かるが、横寺はかなり男運が無い女性だ。今まで付き合った男は数知れず、勿論悪い意味で。そしてその全てがロクでもなかった。


「でも、三十五にもなって独身なのは流石にマズいわよ~?」

「うっ!」

「えっ!? 三十五!?」


 サラッと言った朝倉の言葉にまたもや驚いてしまう。何故なら、梓から見た横寺はどう見ても二十代らしい若さがあり、とても三十代には見えないのだ。


「あら~? 言ってなかったかしら~? 私と横寺ちゃん、同期で今年三十五よ~?」

「えっ!? 朝倉さんもですか!?」


 またもや驚愕。見た目二十代の若いお姉さんに見える朝倉が実は三十五歳という。


「ふふふ~♪ お仕事が忙しくても~、ちゃんとお肌のケアはしてるの~♪」

「……私も朝倉に付き合わされて毎日やっているから、最初の頃は若く見られてそこそこ嬉しかったよ。けど今じゃ男漁りの若作りオバサンって呼ばれて……」

「よ、横寺さん?」


 話を進める程に、ドロドロと何か黒いものが横寺の中から溢れ出てくる。


「……お前はいつ結婚するんだ? そんなのこっちが聞きたい。いっそお見合いでもしろ? そんなもの散々やって全滅したぞ。早く孫の顔が見たい? 相手もいないのに子供なんか産めるか……」


 ドロドロドロ、と黒いものは横寺の言葉によって近づいていけないものへと変貌していく。


「職場だと銃剣警法違反になるから朝倉以外誰にも言われてないが、いつ結婚するんだろうという眼差しで私を見てくる野郎共……だったらお前等が立候補したらどうだ? どうせ彼女もいない童貞だろうが……」

「あ、私ちょっと電話をしてきます……」


 黒くなりつつある横寺から逃げる様に、晴菜がスマホを持って部屋から出る。


「挙句の果てには羽川と付き合ってる朝倉と比べて陰口叩く始末……」


 現在、公安第一課にいる女性銃剣警は朝倉と横寺の二人しかいない。その為第一課の中ではリア充を満喫する朝倉と比べられる事が多い。


「……どいつもコイツも結婚出来ない女の気持ちを少しは味わえってんだぁぁぁあああああああああああっ!」


 ――ガッシャァアアアアアアアアアンッ―――ッッッッ‐――ッッッ!


 黒いものが具現化されそうな所で横寺の怒りは頂点に達し、近くにあった長机とパイプ椅子が横寺の蹴りによって吹き飛ばされた。それはあまりにも強烈な衝撃波だが、何故かなれている朝倉は咄嗟に梓を庇う事が出来た。


「ただいま戻りました」


 と、丁度見計らった様に晴菜が入ってきた。


「……晴菜殿、何かあったで御座るか?」

「いえ、羽川さんに横寺さんの止め方をお聞きしたんですが、放って置いて問題ないと教えてくれました」


 どうやら横寺が黒いものを出して暴れるのは日常茶飯事らしく、時間が経てば収まるらしい。


「横寺ちゃん~、今はお仕事中よ~。抑えて抑えて~」

「……ああ。すまん」

「いっそ合コンでもする~? メンバー用意するわよ~?」

「……もう良い。腹いせに後で羽川共を殴る。だからもう何も言うな」

「……うん。ごめんね~」


 本当はもうちょっと聞きたかったが、横寺の殺気と溢れ出てくる黒い何かが具現化しそうだと判断した朝倉はこの話題を止める事にした。


 二人のやり取りを聞いていた梓は、なんだか彼女にも同情の目を向けてしまう。


「……なんか、凄い大変なのね。銃剣警って」

「梓さん、これは銃剣警とは関係ないと思いますよ」


 銃剣警の何たるかを誤解してしまう梓に晴菜はとても全うなツッコミを入れた。



 着替えを終えて、再び屋上へと戻ってきた。

 薙刀と羽川がジッと島の方向を見ていたが、梓達に気付いて顔を向けた。


「やあ、おかえり……晴菜ちゃん、横寺さん大丈夫?」


 気付いた理由の一つは、梓達の気配を感じた事。もう一つは横寺から発せられるドロドロとした黒い何かを感じた事だ。


「……薙刀さん。横寺さんに良いお相手を捜してはくれませんか?」

「……あー、ごめん。専門外だから無理」


 晴菜のお願いで大体の事情を察した薙刀は関わるのが凶だと判断した。


「そうですか。ところで薙刀さん、正刀君はどうですか?」

「いや、まだ何も連絡が無い」

「そうですか……」


 晴菜達が正刀と別れてから随分と時間が経過した。今もまだ百魔死団ナンバーズや妖刀『村雨むらさめ』と戦っている筈だ。


 晴菜も夜千瑠も正刀の実力を知っているつもりでいる。


 知っているからこそ、超凶悪犯罪組織を相手に生きているか不安だった。


 それは梓も同じ事。


「正刀、美雨……」


 特に梓は、この場にいる誰よりも正刀と一番長い時間過ごしてきた。守られた回数も多いし、自分の為に身を削る所も何度だって見てきた。今回も無茶して戦っていると遠くにいても分かる。

 しかも今戦っているのは保護した筈の美雨だ。正確にはその美雨に憑依している村雨とそれを操る百魔死団だが、相手は変わらない。罪の無い女の子と死闘するのは正刀には堪えるだろう。


 数分程経過。まだ正刀から連絡は来ない。


「あの薙刀さん。様子を見に行きたいので、私を月読命で送ってくれませんか?」

「……ごめん。それは出来ない」


 業を煮やした晴菜が薙刀に送迎を依頼したがあっけなく断られてしまう。


「ヘタに人を向かわせて、犠牲者が出るのは得策じゃない。だからここで待って」

「そうですか。では今回の犠牲は正刀君だけで充分だったと、妖村刃さんのお墓にご報告をして来ますね」

「ごめん。本当ごめん。後で土下座するから止めて。本当止めて」


 ガタガタガタガタガタ、と恐怖で身体を震え上がらせる薙刀が晴菜の肩を掴んで必死に説得する。


 更に数分経過後、薙刀の懐から着信音が鳴る。


「はい、もしもし」


 薙刀はすぐさま電話に出て晴菜達から距離を取る。


「……課長……本当ですか!? ……それで……じゃあ僕も……はい、分かりました……はい……」


 電話を終えて戻ってきた。


「……うちの課長からです。別の場所でNo.54が暴れていて、銃剣警高校の学生が交戦中だそうです」

「ご、54がかよ!? あの殺人剣の使い手じゃねえかっ!」

「尤も状況はほぼ壊滅的だそうで、天神てんしんが向かったそうです」

「そ、そうか。って、おい。天神が行ったって事は……」

「はい。僕も出撃許可が降りました。ですから、正刀君の所には僕が行きます」


 薙刀は叢雲を抜刀して空を切り裂き、月読命を発動する。


「薙刀さん、それでしたら私も……」

「……ごめん晴菜ちゃん。僕一人に行かせて」


 晴菜も同行しようするが、薙刀はそれを拒否する。


「我が儘言ってるのは分かってる。けど、僕にとってこれは義務なんだよ。正刀君を助けるのは」


 苦笑した薙刀は晴菜の返事も聞かず、光の道へと姿を消してしまった。


「何だよ草神の奴。俺等だって一緒に行ってやったのに」

「……やはり薙刀さん、責任を感じているのではないでしょうか?」


 晴菜の言葉に羽川も言葉が詰まる。

 それの意味が何なのか、言わなくても分かった。



 それから五分程が経過した。


「……変だな」


 羽川がボソッと呟いた。


「どうかしましたか羽川さん?」

「いや、草神が戻ってくるのが遅いなって。もう五分経ってるぞ。普段のアイツなら三分で戻れる筈なのに」

「それだけ梃子摺っているという事では? 何しろ相手は百魔死団ですし」

「……だったら良いんだけどなぁ」


 羽川の懸念は、後で現実のものとなってしまうと、このとき何人が気付いただろうか。


 様子を見に行きたくても、この場に月読命の様なワープ技を使えるのは薙刀しかいない。仕方なく待ち惚けを喰らってしまう。


 そうこうしていると、月読命の空間が開いた。


「おっ、来た来た」


 待ち侘びた薙刀の帰還に羽川だけでなく他の銃剣警達も痺れを切らしていた。


 薙刀が黒い影を二つ肩に抱き抱えて姿を現した。


「草神、やけに遅かっ……」


 最後まで言おうとした羽川は絶句した。

 羽川だけではない。晴菜達もだった。


 全身に血糊が付いて切羽詰った薙刀の顔と、彼に抱えられた正刀と美雨を見て。


「朝倉さん! 美雨ちゃんをお願い!」

「えっ、ちょっ!?」


 戻るや否や薙刀は朝倉目掛けて美雨を乱暴に放り投げる。

 朝倉は横寺と一緒に美雨を受け止めた。美雨の様子を見ると、彼女は単に気を失っているだけの様だった。


「ちょっと草神ちゃんっ! いきなり何す……」


 朝倉が苦情を言おうとしたが止まってしまった。


 薙刀は正刀を床に寝かせていた。


 それはもう死体の様だった。身体はX字に斬られ、そこからの大量出血や全身に無数の切り傷、固まった様に閉じた瞳、呼吸も微かでピクリとも動かない。


「ま、さ、と……?」


 梓は大きく開いた口に両手を当てて、驚愕の絶望の表情が目に浮かぶ。


『……まだ生きてるわよ。もう虫の息で、そろそろ死にそうだけど』


 一緒に運ばれた村正が蜘蛛の糸を伸ばすつもりで教えてくれたのだろうが、もうこれが死ぬのは見たら分かっていた。


「ま、正刀っ!」


 この世の終わりの様な顔と悲鳴で梓が人目も気にせず正刀に近寄ろうと走り出す。


「――近づかないでっっっ!」


 普段の薙刀とは思えない怒声が響き、梓がビクッと止まってしまう。それはこの場にいる全員も同じだった。


 薙刀は抜刀していた叢雲を納刀し、正刀の前に座り込む。


「お、おい草神、どうする気だ」

「……絶対に助けます。叢雲!」

『はい』


 縦向きに置いた叢雲から、黄金色の瘴気が放出され、薙刀の全身を覆う。これは叢雲が使う神気と呼ばれる力だ。


「――八尺瓊勾玉やさかにのまがたま!」

「っ!? お、おいよせ草神!」


 何故か慌てた羽川が止めようとするが、薙刀の怒声で怯んでいたせいで遅かった。


 薙刀を覆っていた神気が輝きを増して瀕死の正刀を包み込こんだ。それは周囲にも影響を及ぼし、暖かな空気が身体を満たそうとしていた。


「これはまさか、あの八尺瓊勾玉……!」

「……晴菜、知ってるの?」

「はい。神刀『天叢雲あめのむらくも』の技の一つで、神気を対象者の傷口等に注ぎ込む事で、受けた損傷を完全再生させるものです」

「じゃ、じゃあこれなら正刀は助かるの!?」

「間違いなく、助かるでしょう。ですが……」


 晴菜は何か出そうだった言葉をグッと呑み込んで梓達と共に正刀と薙刀を見守った。


 正刀の身体に変化が起きた。まず神気に包まれた血が止まり出し、今まで流れ出ていた血も正刀の体内へと戻っていく。次第にX字に斬られた傷口も神気によってゆっくりと繋がっていく。

 それは映像が逆再生する様に正刀の損傷が修復されていく。速度は次第に増して行き、床の流血も全て無くなっている。


 開始してから一分が過ぎ、最後の傷が綺麗に修復されると神気が弾け飛んだ。


「――っはぁっ! はぁ、はぁ、はぁ……」

『薙刀さん、終了です』


 叢雲が神気の放出を解除した事で薙刀は息を切らし、顔からも大量の汗が出ている。だが正刀からは死を感じない。


「薙刀さん、正刀君は?」

「な、なんとか死は脱したよ。ただ、思ってたよりも出血が多くて血までは完全に戻せなかった」

『捕捉しますと、これ以上八尺瓊勾玉を続ければ薙刀さんへの負担が大きくなりましたので、まだ正刀さんの身体には痛みが残っています。ですので早急に病院へ運ぶ事を推奨します』


 これを聞いてホッとする梓達、


「――草神お前ぇぇっ!」


 だか、それとは対照的に怒りで声を荒げた羽川が薙刀の胸倉を掴む。


「……何ですか羽川さん。正刀君が助かって喜んでる時に」


 いきなり掴まれた薙刀は息を切れしているが冷静だった。


「お前、自分が何したのか分かってんのかっ!」


 対する羽川は憤怒で血管がはち切れんばかりである。


 梓は何故羽川が怒っているのか分からなかった。正刀を治してくれたのにも関わらず。


 羽川が怒る理由を察しているのか、見守っていた晴菜は二人から目を逸らしてしまう。


「何したって、正刀君を助ける為なんですから仕方ないじゃないですか」

「だからってお前、命削る事も無いだろうがっ!」

「え……?」


 一瞬の静寂。梓は耳を疑った。

 今羽川が言った事を理解するのに間が空いてしまうが、それを埋める様に晴菜が口を静かに開いた


「梓さん、八尺瓊勾玉とは神気によってどんな損傷だろうと完全再生させます。そしてそれは刀の所有者だけでなく、他者や無機物に対しても有効です」


 ですが、と晴菜は続ける。


「神刀『天叢雲』の最大の欠点は、使用時に膨大なエネルギーと神気を消費する事です。その中でも八尺瓊勾玉は使用すれば修復した度合いに応じて、刀の所有者の命――寿命を削ってしまうんです」

「え? え? え?」


 晴菜の言っている事が理解出来ないでいた。それを見かねた叢雲が引き継いで説明する。


『誤解があるようですが、本来であれば体力などのエネルギーで充分賄えます。薙刀さんはここまでに月読命を四回、八咫烏やたがらすを何度か使用しています。勿論薙刀さんが持つエネルギー量は膨大ですから、この程度で寿命が削れる事はありません』

「だったら、何で羽川さんがここまで」

『……普段であれば、の話ですが』


 梓の言葉を遮る様に叢雲は続ける。


『私は正刀さんの状態を一目見て確信しました。この傷は、普通にエネルギーを消費しただけでは治せないと。薙刀さんが今使えるエネルギー全てを注ぎ込んだとしても、正刀さんの死を脱する事は出来ません。はっきり申し上げると、蘇生に近かったです。であれば、命を救いたければ命で支払うのが一番有効かつ手っ取り早いです』

「だから、薙刀さんの寿命を……?」

『はい。その通りです』


 叢雲はなんの動揺の声も思わせず、ただ淡々と梓の質問に答えた。


「……叢雲、今のでどれだけ削れたかな?」


 薙刀は羽川に胸倉を掴まれたまま叢雲に訊ねた。


『そうですね、あの傷でしたし、死を脱するのに必要だったのは、大体一年くらいでしょうか?』


 それを聞いて、場が静まり返ってしまった。驚愕の顔を浮かべるのは梓だけだが、それ以外の者達は顔を逸らすなり顔を顰めるなり、ポーカーフェイスを装うなり様々だ。


「そ、そっか、良かった。たった一年削っただけで正刀君が救えたんだ」


 ただ一人だけ、薙刀は嬉しそうにハハハ、と笑う。


 ――ボコッ!


 そんな彼を羽川が思いっきり殴りつける。


「何笑ってんだ!? ガキ一人救うのに一年も寿命捨てやがってぇっ!」


 激昂する羽川がもう一度殴ろうと振り被り、その肩を朝倉が掴んだ。美雨は横寺に任せてある様だ。


「羽川ちゃん、落ち着いて。今は救急車を呼ぶのが先でしょ?」

「……チッ!」


 ギロリ、と朝倉を睨みつけるが、何も言わず薙刀を乱暴に放す。まだ怒りが収まらないままその場を去ろうとする。


「……羽川さん」


 殴られた頬を拭う薙刀が呼び掛けて羽川の足を止めた。


「……僕、あの時(・・・)刃さんに言われたんです」

「……何をだよ」

「…………――」


 薙刀は、()()()刃に言われた事を一字一句、今でもちゃんと覚えていた。


 ――おい……ナギナタ……俺に、償いてぇなら……俺じゃなくて、正刀に償え……。もし、正刀に何かあったら……お前が、力になれ。もし、正刀が死にそう、だったら……お前が助けろ……。良いな、助けなかったら殺すぞ。


「――です」


 言い始めてから言い終えるので、薙刀の身体はガタガタガタ、と震え上がっていた。


「別に寿命で死んだり、銃剣警として死ぬ分には良いんですよ。その辺はもう覚悟してるんで。でも、でも、あの人に殺されるのだけは勘弁なんですよ……!」

「……草神、殴ってすまん」


 聞いていた羽川も全身が震えている。それは恐らく『何か』に対する恐怖によるものだろう。


「いえ、殴りたくなる気持ちは分かりますよ」


 二人は同時に深い溜息を吐いて、シリアスな雰囲気が過ぎた。

 このやり取りを黙って見ていた梓が、


「ねえ晴菜、薙刀さんと羽川さんはオジ様の何処が怖いの? あんなにお優しいのに」

「さぁ? 私には分かりかねます」


 こればかりは本当に分からないので晴菜も首を傾げてしまう。


 彼女達の会話を聞いていた銃剣警の大半が心に思った事がある。


(((本当に羨ましいな。この娘は)))


 これは彼等が妖村刃という男をよく知っているからこそ当然の事である。


「ちなみに梓さん。正刀君からはどのように聞いているんですか?」

「え? 正刀にとっては単なる親バカだっていつも言ってるわよ」

(((本当に羨ましいな! あの小僧は!)))


 彼らは妖村刃という男をよく知っているからこそ、彼の息子を心底羨ましく思える。


 この後、正刀と美雨は銃剣警病院に救急搬送された。奇跡的にも正刀は一命を取り留めており、美雨も気を失っているだけで身体への異常は何処も見られなかった。

 だが、薙刀が八尺瓊勾玉使用の代償として削った寿命はたとえ叢雲の力でも戻る事は決してない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ