No.24 ○○の代償①
さあ、そろそろ第一章が終わりに近づこうとしています。
病室に美雨の小さなすすり泣く声が響いてから少々、
美雨は落ち着きを取り戻して元の無表情に戻った。
「よし美雨、これからについて話したいんだが、お前はどうしたい?」
俺は今後の美雨をどうするかについての話に入った。
「……こ、れ、か、ら?」
「そう、これからだ」
姉さんにティッシュで顔を綺麗に拭いてもらった美雨は何の事か分からず可愛らしく首を傾げる。
「ていうか晴菜、一つ良いかしら?」
外野でずっと静観していた梓が恐る恐る挙手して晴菜に質問をする。
「はい梓さん」
「そもそもなんだけど、美雨って退院した後どうなるの?」
「……それなんですが、丁度良いのでこの場をお借りして正刀君にもご報告します」
コホン、と晴菜が咳払いする。
「単刀直入に言いますと、当初の予定では美雨さんは退院後、東京銃剣警局に身柄を拘束されます」
「えぇっ!?」
「あっ、やっぱりか」
梓は驚いて声を上げるが、俺は大して驚いていない。
「ちょっ、ちょっと待ってよ晴菜! 何で美雨が拘束されるのよ!? 美雨は被害者なのよ!」
「はい。梓さんのおっしゃる通りです。詳しい内容は伏せますが、今回の百魔死団事件に関して梓さんと美雨さんは被害者として扱われる事になりました」
「だったら何でよ!?」
「これはその、なんと言いますか、詭弁でしょうか?」
言い難そうに晴菜が説明してくれた。
美雨の拘束理由として最初に上がったのは、『銃剣警・一般人の殺人未遂』と『未成年者拉致監禁の実行犯』である。
事件発生のきっかけとなったあの時――19が美雨を操り、村雨を憑依させて梓を誘拐した。その戦闘中に美雨は八徹に重傷の刀傷を負わせた。更に一般人である嘆さんに対しても怪我を負わせ、梓を誘拐した。
これは美雨が超能力犯罪者であると明確に示していた。
現在は百魔死団事件によって療養を命じられているが、退院が認められればすぐさま身柄の確保を行う。
「というのが銃剣警局側の主張です」
「な、何よそれっ!? それって百魔死団事件に含まれるでしょっ!?」
「はい、梓さんの言う通りです。これらの理由で美雨さんを拘束する事はできません。ですが、また別の理由が浮上してしまったんです」
その理由とは、『大量殺人』と『銃刀法違反』である。
美雨の検査の帰り、俺、梓、美雨の三人は黒尽くめの集団から襲撃を受けた。
そう、村雨が開眼したあの日だ。美雨は村雨に憑依され、刃煽舞によって黒尽くめ五十人を瞬殺した。
通常の超能力犯罪者であれば死刑か無期懲役は確定する程の重罪。
尤も、それは19による洗脳でそうしてしまった事もあり、記録上では俺が殺した事になっている筈だった。
「これに関しては既に私が圧力を掛けているので今更叩かれても大した支障は出ないのですが……」
「じゃあやっぱ残った『銃刀法違反』が理由か?」
「はい……」
晴菜が申し訳無さそうに返事をした。
翌々考えれば美雨は一般人。許可も無しに日本刀を持っている訳だから銃刀法違反になるのは当たり前だ。
「……それって、生まれつき村雨を宿してるから仕方ないでしょ!」
「生まれつき宿ったから仕方ない、では許される理由にはなりませんよ梓さん?」
うぐ、と梓も言い返せない。
晴菜の言う事は正しい、のだろう。
テロリストに操られていたからとか、どう言い繕おうがどう隠そうが、美雨が罪を犯した事実は変わらない。
「で、でも」
「梓、落ち着けって」
まだ納得し切れていない梓を宥める。
「ま、正刀はどうなのよ。納得してるの?」
「いや、するしない云々じゃなくて、銃剣警局の意図がなんとなく読めてるから」
「……どういう事よ」
「晴菜が言いたいのは、銃剣警局は適当な理由を付けて美雨を確保しておきたいんだよ。二次被害防止と戦力増強の為に」
もしこのまま美雨を野放しにしておいたらまた百魔死団が美雨を狙ってくる。19の洗脳は無理になったが、脅威が一つ減っただけだ。百魔死団以外にも、美雨の異能を知った犯罪者達が挙って狙いに来る可能性もある。
そういった事を防ぐ為に、銃剣警局は適当な罪で美雨を拘束と言う名の保護をする必要がある。そして半ば強制的に銃剣警として登録しておき、社会復帰を支援する。一度銃剣警として登録されればある程度の社会的地位は保証され、代わりに銃剣警局からの要請には応じる義務を持つ、といった所か。
こうしたやり口はよくある。犯罪者から守る為、適当に罪をでっち上げて長時間拘束の後にほとぼりが冷めたら解放。
自由を得る代償としては中々安い。
決して正しいとは言えないが、間違っているとも言えないのが俺の個人的意見だ。
「まあ、美雨さんはそれだけ危険な存在なんです。良い意味でも悪い意味でも」
「けど晴菜、当初の予定ではって前置きしてたって事は、今は違うんだろ?」
俺の質問に晴菜はニッコリと笑う。これは良い意味の方だ。
「はい。美雨さんは拘束後、厳重な監視の下で生活していく予定でした。ですが、その協議中に重大な懸念を見落としていたのです」
「重要な懸念?」
「はい。この決定にさるお方が黙っていない訳が無い、と」
またもやニッコリと笑って俺に顔を向ける。これは悪い意味の方だ。
「力で黙らせるのは容易なのですが、そのお方は嘗て日本最強の銃剣警と謳われた御仁のご子息。別に親の七光りがどうとかではなく、その御仁の遺伝子をもつお方が父親と同じ言動を取らない訳が無い。もしそうなれば一番被害を被るのは一体誰なのか……」
ニコニコニコニコッ
晴菜の笑顔が美しさを増す反面、増してはいけない何かまで増している。
「でしたら、異議を唱えるであろうそのお方がしっかりと監視及び社会復帰の手助けをさせてはどうかという結論になりまして」
要するに、文句を言うなら自分で面倒を見ろと。
「それを踏まえた上で先程の話に戻ります。美雨さん、あなたはどうしたいですか?」
晴菜の問い掛けに、今までの話を全く理解出来ずに聞いていた美雨は首を傾げた。
「もし宜しければ私が」
「却下」
「正刀君、話を最後まで聞かずにバッサリいかないで下さい……」
だって、お前に任せたら美雨まで百合になっちまうだろうが。
美雨はポケーッとした間(本人曰く、考えている時らしい)の後、俺の服の袖を掴んで小さくクイクイ、と引っ張った。
「まさ、と、と、いっ、しょ」
俺と一緒。それが美雨の希望らしい。
「それで良いのか?」
(コクン)
小さく頷く美雨。その表情はさっきと違ってなんだか明るそうな気がする。
「じゃあ決まりだな」
「そうみたいねぇ。それに正刀君、美雨ちゃんを妹にするって言ってたわよねぇ~」
「あっ」
姉さんに言われて、たった今思い出した。
そういえばそうだったな。色々あって忘れてた。
「ま、まあ、ハイ、ソデスネ……」
「正刀あんた、完全に忘れてたでしょ」
「忘れてましたね」
「……すんません」
何も言い返せなかった。
「まさ、と」
美雨がチョンチョンと指で突いて訊ねてきた。
「いも、う、とって、な、に?」
「ん? 妹ってのは、家族の事だ」
「か、ぞ、く? あたた、かい?」
「そう。温かいだ」
前に言ったな。家族が何かを聞かれて、温かいものだって。
覚えてたか。脳を弄られてたから記憶障害起こしてると思ったが、それも無さそうだ。
「美雨も温かいになりたいか?」
「うん。あたたかい、なる」
「よし。じゃあ決まりだ」
何故だろう。
美雨が嬉しそうに、極僅かに笑ったような。そんな気がした。
「では正刀君、これをどうぞ」
ドサッ!
良い雰囲気を壊して、晴菜が俺の膝の上に分厚い茶封筒を置いてきた。
中には大量の書類が入っており、一枚一枚が上から下までビッシリと細かい文字で埋まっている。
「おい晴菜、これは……」
「銃剣警法第八章の第六条に関する必要書類です。正刀君の事ですから、どうせ美雨さんを手篭めにして無理矢理自分の家族にしようと企むでしょうし、それに便乗する形でご用意しました」
「うん。とりあえず、感謝はする」
ゴンッ!
そして村正で殴ってやった。失礼な事言いやがるし、色々と鬱憤が溜まっていたが嘘みたいに晴れた。
「……あの正刀君、殴られた理由は察していますが、殴られる側の身にもなって下さい。これ案外痛いんですよ?」
「うん知ってる」
痛みに悶絶する晴菜。俺だって梓に殴られてるからな。痛みを知らずに殴れるか。
「その書類全て目を通し、必要事項に記入をして下さい。ちなみに全て正刀君の書体でなければ無効になりますのでご注意を」
「おい。おいおいおい、こんなの書き終わるのに何日掛かると思って……」
「どうせ正刀君も入院するんですから、良い暇潰しになればと。出来ればその間中にお願いしますね」
「徹夜しろと!?」
「頑張って下さい」
ニッコリと鉄扇で仰ぐ晴菜はいつも以上にムカつく空気を出してやがる。だからもう一発殴っておいた。
「まあまあ正刀君。怒らない怒らない♪」
「正刀、代わりに持つわよ」
「……すまん」
村正を腰に下げられず手で持つしかない俺は梓に書類を持ってもらう。
「さて、そろそろ戻るか。書類を書かなきゃいけなくなったし」
キリの良い所で一旦自分の病室に戻る事にした。
「美雨、とりあえず今はゆっくり身体を休めとけ。そしたらまた一緒にいられるからな」
「う、ん」
美雨がコクン、と頷く。それを確認して美雨の病室を出ようとした。
「ま、さ、と」
が、美雨が引き止めた。
「何だ美雨」
「……あ、り、が、と、う」
たどたどしい喋り方で、美雨はお礼を言った。
「……どういたしまして」
それに対して当たり前な返事をしてあげた。
女の子に優しくする。当たり前な事だ。
◇
「しっかし、凄い量だなこれ」
病室に戻る道中、書類の束が入った大きな茶封筒を見てげんなりとする。持ちたかったが、村正あるしまだ腹が痛むから止めておいた。
それはさておき、
「なあ晴菜、一つ良いか?」
「はい、何でしょう?」
「俺の怪我が治ってる理由についてそろそろ説明を……」
「あ、正刀君。書類についてですが、書き終わったら私にご連絡ください。その後の手続きもしておきますので」
「分かった。で、俺の怪我が治ってる理由は……」
「あ、正刀。退院したら美雨を連れてケーキ食べに行くって話、覚えてるわよね?」
「ああ勿論。それはまた後でな。で晴菜、俺の怪我が……」
「ま~さ~と~くん♪ 書類書いてて腕が疲れたら言ってね? お姉さんがマッサージしてあげるから~♪」
「あ、はい。ありがとう御座います。とりあえず」
――ゴンッ! ビシッ! ビシッ!
晴菜を村正で殴って、梓と姉さんには軽めのチョップを喰らわした。
「ちょっと正刀!」
「あらあら正刀君ったら~♪」
「……正刀君、何故私だけ凶器使用なんですか?」
「煩ぇ。三人揃ってはぐらかすな」
梓は苦情を言うし、姉さんは相変わらずおっとりしてるし、晴菜は……無視。
バレバレなんだよ。何か隠してるのが。
「えっとですね、それにつきましては当事者が到着次第という事でお願いします」
「……分かった」
またはぐらかすかと思ったが、どうも晴菜の顔が真面目な時のだったから応じた。
『ところで正刀、本当に良かったの?』
手に持つ村正が話し掛けてきた。
「何がだよ」
『美雨をペットにしなくて』
「お前錆びらせるぞ」
このナマクラはまだふざけた事抜かしやがって。どうしてペットにするんだよ。
俺の病室の前に辿り着いてドアの取っ手に手を掛けた。が、
「……ん?」
そこである事に気付いた。
「どうしたの正刀。入らないの?」
「いや、なんか人の気配が一人多いような」
病室に残っているのが文ちゃん、凜ちゃん、嘆さんの三人。それなのに、一人多い。
しかもこの気配、覚えがある。
扉を開けてみた。
「うふふ、文ちゃんと凜ちゃん、本当に可愛いわねぇ~♪」
「あ、あの止めてくださ……ひゃんっ!」
「は、はうぅぅっ!」
「…………」
「「「…………」」」
中に入ると、スイカが桃を捥いでいた。もとい、久留米さんが文ちゃんと凜ちゃんに抱きついて顔をスリスリさせていた。
その外野で嘆さんが平然と佇んでいて、俺達に気付いて会釈する。
「……皆様、お帰りなさいませ」
「あら~、正刀君~。お久しぶり~」
「どうも久留米さん。何やってるんです?」
「何って、見ての通りよ~」
微笑む久留米さんが文ちゃんと凜ちゃんの頭をナデナデする。二人を可愛がっていたみたいで、嘆さんは傍観していたみたいだ。
「久留魅ちゃ~ん♪」
「あら~露莉ちゃ~ん♪」
久留米さんと姉さんが互いに指を絡ませてニコニコし合っている。
その時、常識を覆す現象が起こった。
姉さんのスイカと久留米さんのスイカ、二人が近づく事で四個の巨大果実が激突し、世にも珍しいむんにゅりという衝撃音を立てて柔らかく変形した。
(うおっ!? マジかっ!?)
これを見れる機会は滅多にない。出来るだけ目を大きく見開き、許す限りの時間を使ってその光景を焼き付ける。
(ゴンッ!!)
開始一秒で梓による裁きの鉄鎚――何処からか取り出した金鎚で頭を殴られた。
「……梓、俺一応怪我人で重症患者だぞ?」
「あらごめんなさい正刀。銃剣警局に電話するつもりがついうっかり金鎚に手が伸びちゃって」
金鎚を握り締める梓はお嬢様らしい笑顔だ。但し目が笑っていない。
コイツ酷い女だな! 良いだろ見るぐらい!
あと文ちゃんと凜ちゃん! 顔を赤くして互いの胸を見つめ合うな! なんか考えてるだろ!?
「あらあら正刀君ったら♪」
「ふふふ♪」
他人事みたいに姉さんと久留米さんは微笑んでスイカを押し付けたままだ。見事に眼福だ。また殴られたが。
「はい正刀君。これ、お見舞いの品ね」
姉さんとスイカの当て合いを終えた久留米さんは、持ってきていた大きなビニール袋から立派なマスクメロンを取り出して俺に渡してくれた。
「ど、どうも」
むき出しのまま貰ったが、こういうのって普通箱とか籠に入れるべきでは……
貰った俺の反応がイマイチだったのか、久留米さんは少し考え込み、
「正刀君、こっちのメロンの方が良かった?(むにゅん)」
「ぬおっ!?」
と、久留米さんが自分の爆乳を両手で持ち上げて訊いてきた。しかもとびっきりの優しい笑顔で。
久留米さん、あなたは一つ嘘を吐いている。
あなたの持つそれはメロンじゃない。スイカだっ!
なんだあれは。質量がありそうだけど硬そうじゃない。リズミカルに揺れているそれはブラウスのボタンを一つでも外せば零れ落ちそうで……
ここで乗らなければ男じゃない。
「はい! 是非!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!(ゴンッ!)」
案の定赤面した梓から鉄鎚制裁を喰らった。受け取ったメロンは無事だった。
「まあまあ梓ちゃん、そんな物騒な物振り回しちゃ駄目よ~」
「誰のせいだと思ってるんですか!?」
真っ赤に怒る梓を久留米さんはウフフと宥める。この人殺されないか心配だな。
「で、久留米さんは何の用があってここに? これ持って来るだけじゃないですよね?」
メロンを文ちゃんと凜ちゃんにお願いして、ベッドに腰掛ける。
久留米さんが見舞いに来た理由について訊いてみた。久留米さんがメロンを出したビニール袋、よく見れば中にはまだリンゴやらメロンやらの果物がゴロゴロと入っていた。俺以外に渡すものみたいだ。
「もちろん正刀君が心配だから来たのよ? って言ってもついでなんだけど」
「ついで、ですか」
「うん。うちの部の子のお見舞いに来たの~」
久留米さんの詳しい話によると、
ちょうど特異諜報部ではある犯罪組織との繋がりが疑われた企業への潜入捜査が行われていた。これは百魔死団とは無関係だそうだ。
久留米さん達特異諜報部の人間が数名潜り込んで調査をしていた。だがそれが出入りしていた犯罪組織に勘付かれて戦闘沙汰になり、潜入していた女性銃剣警二名が大怪我を負った。なんだかんだあって案件そのものは解決し、怪我した女性銃剣警もこの銃剣警病院で治療を受けて現在も入院中とのこと。で、特異諜報部部長である久留米さんは彼女達の上司だから見舞い来たと。
「その入院した部下の人達は大丈夫なんですか?」
「うん。二発撃たれたのと骨が五本ぐらい皹入ったけど命に別状は無いって。二週間もしたら退院出来るってお医者さんは言ってたんだけど~、あの子達ったら、自分達のせいで任務の成功を遅らせちゃったって悔やんでるのよ~」
なんでも、勘付かれたのがその二人らしく、真っ先に狙われたらしい。
落ち込むのは当然か。気付かれたから狙われて怪我したし、自業自得か。撃たれてよく助かったな。
「まっ、とりあえず首でも絞めてお説教してあげるんだけどね♪」
「怖っ!」
この人、さっき見せたとびっきりの笑顔で恐ろしい事を言った。
久留米久留魅。外見に似合わず、自分に厳しく部下に厳しく女の敵に容赦なく。この間もストーカーをギッタギタにしたと後日聞いた。
「じゃあ正刀君、お大事にね~」
久留米さんは最後に俺の頭をナデナデして病室を出て行った。
「はぁ、久留米さんには困ったもンだよ……」
「正刀さん。メロン切り終わりました~」
やれやれと溜息を吐いていると、文ちゃんと凜ちゃんが人数分に切り分けたメロンを持ってきてくれた。
「お、ありがとう」
「わ~い、文ちゃん凜ちゃんありがと~♪」
メロンを受け取った姉さんは二人にお礼の頬擦り。ついでに自分のスイカを桃に押し当て……梓さん、睨まないで下さい。
皆がメロンを美味しく食べてからは軽く雑談をしていた。
するとコンコン、とノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
返事をして扉が開く。
「やあ、正刀君」
入ってきたのは薙刀さんだった。軽く手を上げて挨拶してくる。
「どうも薙刀さん」
「こんにちは薙刀さん」
「御機嫌よう薙刀さん」
「こ、こんにちは~」
「こんにちは」
(ペコリ)
嘆さんだけお辞儀で、全員ちゃんと挨拶をする。
「あら~、薙刀く~ん♪」
タタタ、と姉さん一人だけが近づいた。その間に姉さんのスイカがあっち行ったりこっち行ったり……あ、梓の視線が怖い。
「た、嶽郷さん。久しぶり……」
「はい、お久しぶりね~。薙刀君があからさまに私と会うの避けてたから、また会えて嬉しいわ~」
「そ、それはどうも」
「それで、薙刀君は今の今まで何処にいたのかしら~?」
姉さんがニッコリと顔を近づけて薙刀さんに訊ねる。美女同然の姉さんの顔が眼前にあると大抵の男は照れてしまうが、薙刀さんは何故か目が泳いでいる。
あの姉さんの顔は、内心怒っている時に見せる笑顔だと、俺と梓はすぐに分かった。薙刀さんも分かってるんだろう。顔引いてるし。
「えっとその、今回の一件に関する事後処理とか色々と。様子見に行きたかったんだけどこっちもこっちで立て込んでて……」
「ふ~ん、正刀君よりもお仕事を優先したの~。薙刀君がお世話になった刃さんの息子さんの正刀君を差し置いてお仕事を優先したのね~?」
姉さん、それが普通ですよ。
「いや別に、そういう訳じゃなくて、正刀君はもう大丈夫だし、後でも良いかなぁって……」
「今の刃さんが聞いたら、何て言ってたかしら~?」
「ご、ごめんなさい……」
父さんの名前が出た途端に薙刀から冷や汗がダラダラ、脚がガクガク、身体がビクビク、そんなに父さんが怖いですか。
「謝るなら私じゃなくて正刀君に謝りなさい?」
「は、はい。ごめんなさい。本当にごめんなさい……」
日本序列一位の異刀使い、草神薙刀が何の戦闘力も無い姉さんに一方的にやられている。半分は父さんの名前が出たから、もう半分は相手が姉さんだから?
「あの姉さん、そのくらいで……」
「あら~、お姉さんったらついうっかり~♪」
テヘ、と可愛く舌を出す姉さんは、何事も無かったかの様に表情を戻した。
はぁぁ、と薙刀さんは解放されて深い溜息を吐いた。
「まったく、嶽郷さんには敵わないよ……」
「ねえ薙刀君」
姉さんがまた薙刀さんに顔を近づけた。
「な、何、嶽郷さん」
「露莉」
「え?」
「何で露莉って呼んでくれないの? 昔は呼んでくれたのに」
姉さんがむぅ、と頬を膨らませて怒っている。これはさっきよりソフトだが薙刀さんが何故かオドオドしているのは変わらない。
「な、何でって、えっと、その」
「な、ぎ、と、く~ん?」
「あっ、そ、そうだ正刀君! 君に渡すものがあったんだ!」
姉さんの質問に答えず俺に逃げた薙刀さんは何処か必死だったので何も言わないでおいた。
薙刀さんがスーツの内ポケットから何かを取り出した。
「これ、ライセンス。今回の一件で正刀君の序列が上がったから、その都合で一旦僕が預かってたの返すね」
「あ、ありがとうございます」
薙刀さんから受け取ったライセンスを確認する。
ライセンスには自分の氏名、在籍する銃剣警局、序列、その他情報をまとめた特殊なバーコードリーダーが記されている。
その中の序列に目をやる。
前の序列は千三百五十一位だった。
新しい序列は――九百九十八位と書かれていた。
なんと序列が三百近くも上がって千位以内に収まっていた。
「薙刀さん、これって……」
「百魔死団の構成員と戦って生きていたのと、異刀使いを向こうの手に渡るのを未然に防いだ功績だよ。五百ぐらい上がっても可笑しくない話だって。ただ……」
「ただ?」
「……人事部の人がね、どうせ正刀君の事だから百魔死団絡みになったら否応でも関わろうとするでしょ? 序列千位以上だと色々手続きとか交渉とか面倒臭いから、それだったら初めから千位以内にしとけって話になって」
――それに、あの餓鬼は妖村の息子だしな。
と、序列の昇降を決定する権限を持つ人事部の人達が何かを諦めたかの様な深い溜息を吐きながら口を揃えて言っていたそうだ。
あの人は本当に何をしてくれたんだ。人事部を怒らせたら大幅な降格どころかライセンス失効だってあるのに、その人達が悪態を吐くって……
「まぁ、刃さんだしね」
『刃だからね』
「父さんだったら何なんですか……」
妖村刃。死しても尚、銃剣警局に影響を及ぼす謎多き男。俺にとっちゃ単なる親馬鹿だが。
「ところで晴菜達はどうだったんだ?」
「私はそんなに上がっていません。四百十一位が四百位に上がっただけです。夜千瑠さんは千六百九十四位から千六百位に、八徹さんは負傷したミスと梓さん達をお守りした功績で差し引き、序列の変動はありませんでした」
二人は大して変わらないが、八徹は気の毒だな。身体張って梓達を守ったのに序列の変動無しとは。
銃剣警局はそこら辺が厳しい。事件によって民間人を守ったり犯人を逮捕したりと貢献すれば評価に加点されるが、負傷や怠慢などの原因で動けなかった場合は評価減点、最悪序列降格やライセンス失効もある。
八徹は梓達を守ったが美雨に斬られて負傷した。評価したものか罰したものか、結果的にはプラマイゼロになった。
これだと可哀想だし、今度労ってやるか。梓にミニスカメイドで御奉仕とか……俺が死ぬか。
それはそれとして、
「ところで薙刀さん、手ぶらみたいですけど叢雲はどうしたんです?」
気になっていた事があった。それは薙刀さんが叢雲を持たずにやって来たのだ。まさか何処かに置いてきた訳じゃあ……
「あぁ、叢雲ならここにあるよ」
そう言って薙刀さんがスボンのポケットからスマホを取り出した。
スマホには、何処かの土産売り場とかで見た事がある日本刀のキーホルダーが付いていた。
「え、それですか?」
「うん」
そのキーホルダーをよく見てみると、確かに形状や装飾が叢雲によく似ている様な気がする。
『皆様、どうもご無沙汰しています』
あ、キーホルダーが喋った。
「和魂、解除」
薙刀さんの言葉がトリガーとなったのか、ミニ叢雲から神気が溢れ出る。
――ボンッ!
ものの一秒で元の大刀が姿を現した。
「もしかして、普段からそうやって持ち歩いているんですか?」
「まあね。叢雲大きいから目立つし。いざとなればすぐ戻せるしね」
薙刀さんは何事も無かった様に言うけど、充分凄い事だ。
和魂。神刀『天叢雲』の使う技の一つ。神気を限界まで凝縮して叢雲の大きさを小さくする。最小サイズはさっきのキーホルダー並みで、簡単な持ち運びを可能にするのだ。
大事な所は、ただ持ち運びを楽にする為だけではない。2mはある大刀は街中などではかなり目立つ。一般人から見れば只の残念なコスプレイヤーだと思われればそれで良いが、その道のプロが見れば持っているだけで薙刀さんの技量や叢雲の性能が測られてしまう。それを防止する為、また縮めておけば瞬時に取り出して不意を突く事も出来る。
ちなみに、縮めた状態のままでも戦えるのかどうかについて聞いてみると、
「縮めたままでも叢雲の技は使えなくも無いけど、威力が縮めた分だけ弱まっちゃうから携帯時にしか縮めないよ」
だそうだ。
「そうですか……イデデデッ!?」
薙刀さんの話に納得していたらまた腹部が痛み出した。
「ま、正刀!? 大丈夫!?」
「だ、大丈夫だ。ちょっと痛むだけだから」
梓が駆け寄ってくれたのを手で制止して、ゆっくりとベッドに腰掛ける。
暫くし痛みも引いてきた。
「……あー、痛かったー」
まだちょっと痛むけどさっきよりかはマシかな。
「正刀君、やはり安静にしなくてはいけませんよ? まだ痛みは残っているんですし」
「うっせえ晴菜。傷が塞がってるだけマシだろうが」
空元気を見せるが晴菜が言う事は尤もだ。無理矢理身体動かして美雨に会いに行った俺が悪い。
「……なんか、ごめんね正刀君」
それなのに、薙刀さんがいきなり謝ってきた。しかも申し訳無さそうな顔をしている。
「あの、何で薙刀さんが謝るんです?」
俺が訊ねると薙刀さんはきょとんとした。
「……え? もしかして正刀君、何も聞いてないの?」
「何をですか?」
質問に質問で返された薙刀さんは晴菜、梓、姉さんを順番に見回す。三人とも目を逸らしたり、あら~と微妙な表情で笑っていたり、反応が違う。
「……あー、そっか。じゃあ話すよ」
何かを察した薙刀さんは用意された丸椅子に腰掛け、叢雲を抱いて話を始めた。
「えっと、正刀君は、自分の怪我が完治している理由を聞いてないんだよね?」
「え? はい。アホ陰陽師が教えてくれなくて」
ジト目で晴菜を睨むと顔を逸らされた。
「そっか。じゃあ僕が教えてあげるよ」
薙刀さんは一呼吸置いて、口を開く。
なんだか、周りの空気に独特の緊張感が奔る。
「……瀕死の状態だった正刀君の怪我を治したのは、僕なんだ」
それはあまりにも突然で、
「……八尺瓊勾玉を使ってね」
あまりにも衝撃的な事を優しそうな笑みで答えた。




