No.20 光無き怒り
美雨の過去を聞いた正刀、どう出るのか。
◇
19は話を終えると、一呼吸置いた。
「まあそんな感じだ。この小娘は哀れだよなぁ、自分の親に道具として作られただけなんだからよぉ」
ヘラヘラ笑いながら美雨の頭をポンポンと撫でる19。
「けど安心しな。ちゃんと俺が死ぬまで手駒として使ってやるからな。ヘタに始末なんか出来ねぇし……っておい、聞いてんのか妖村正刀」
19の昔話に、俺は途中から顔を俯かせていた。
「……ああ。聞いてたさ」
なにもあまりの出来事に心が折れた訳じゃない。そこまで俺のメンタルは弱くないし、19が態々話した目的はそれではないだろう。
「……おかげ様で、お前を容赦なくブッ殺す理由がまた一つ増えたぜ」
寧ろ、たたでさえ百魔死団に対しての怒りが強かったのに、それが余計に強くなってしまっただけだ。
「死にやがれこの野郎っ!」
気が付いたら、猛ダッシュで19に斬りかかっていた。
「そんじゃ妖刀『村雨』、後は任せたぜ」
それを見た19はニヤリと笑って退避する。
『言われずともだ』
19が話している間、全く動かなかった村雨が美雨を再稼動させて入れ替わる。
――ギィィィィィンッ!
さっきとは比較にならないぐらいの村正の強烈な一撃と村雨の落ち着いた一撃が激しく衝突して大きな火花が散る。
『……ふむ』
村正を受け止める美雨は少し押され気味で、ジリジリと下がりつつある。
「オラァァァァァァァァッ!」
――ギィンッ! ギィンッ! ギィンッ!
傷口が開く事なんかすっかり忘れて、無我夢中で斬りかかる。無意識の内に辻鼬を使っているのかもしれない。
『若造よ、随分と殺気立っておる。先ほどに比べ、その闘志、実に見事。それこそ妖刀を扱いし現世の武士』
村雨は俺の早く鋭い斬撃を受け、弾き、流す。
『――だが、まだ足りぬ』
――ガキンッ!
「なっ!?」
十数回目の打ち合いで美雨は村正を床に弾いて中断させた。
『若造よ、そなたが強き事は我にも理解出来る。齢十六にして村正をここまでものにし腕、胆力、練度、打ち合う都度それが我にも伝わる。時が進めど、才在りし者との死合いは中々どうして楽しめる』
弾いた直後に鋭い刺突。反応の遅れた俺は下がって回避しようとしたがそれでも間に合わない。村正で弾くが防ぎきれずに右二の腕が切り裂かれる。
「痛ッ!」
防刃繊維の服をアッサリ切ったが、幸いにも切り傷は浅い。でも斬られるとやっぱり痛い。
『だがそなたは思い違いをしておる。そなたが戦いし者の体は我が主、されど意思は我である。我が主の骨肉、練度は赤子同然。若造ではつまらぬ相手であろう。先も申したな、そなたは齢十六で村正をそこまでものにしたと。つまりはそなたが生を受け、十六の時程しか経っておらぬ』
――ブチュッ
今度は村雨の突きが俺の脇腹に軽く刺さり、激痛が奔る。
『我が主も同じく十六の時しか経っておらぬであろう。しかし、我はそうではない。妖刀としての自我を持ちし時より死合ってきた。幾多の年を過ごし、数多の人間に宿り、目覚め、憑き、操り、振るい、死合ってきた。若造とは染み付きし戦場の匂いも、培いし練度も腕も、殺めし骸の数も全く異なる。天と地、雲泥とは正しくこれ也』
――シッ!
村雨の袈裟斬りが目の前を掠り、髪の毛が数本切れる。あと一秒でも遅れてたら、顔がパックリいってた。
『加えて、心がそのようではな』
袈裟斬りの次は逆袈裟斬りで追撃を掛ける。刺された痛みと腹傷の痛みが重なって回避が遅れる。
刹那――痛みで止まる筋肉を妖筋で無理矢理叩いて一歩下がる。
――シィンッ!
結果。肉は切られなかったが、防刃シャツが切り裂かれてしまった。だがこれで良い。今のはこれが精一杯だった。
後方に性って距離を取る。
『ふむ。若造よ、そなたが羽織りし衣、何やら細工を施しし現世の鎧かと思おたが、やけに軟い。そのような代物で我を止められるのと?』
「服が脆いんじゃねえ。お前がよく斬れるだけだろうが。剃刀かお前は」
『否。我は妖刀。平凡な剃刀ではそれを斬れぬと思うが?』
美雨が素早い動きで接近。
――ガキンッ!
村雨を村正で受け止める。鍔迫り合いでさっきのお返しで俺の方が押される。
このまま力負けされる前に美雨の顔に頭突きをして一旦美雨を下がらせる。即座に屈んで回し蹴りで美雨をこかす。けど美雨は高めにジャンプして回避。村雨を振り翳す。
『偽壊燐』
ヤバいっ。予想はしてたけど、あのまま偽壊燐を放つ気だ。
後方に下がってもこの距離じゃ衝撃波を喰らって追撃を受けて終わる。かと言って迎撃しようにも村正を突き出せば弾かれて次の一撃を受ける。
回避不可、迎撃不可、だったらどうする。
「――コノォォォォォォッ!」
避けられないなら、あえて突っ込む!
妖筋で強化した脚力で美雨にタックルする。
『ほう』
どんな手を使ってくるのか考えていたみたいな村雨は感心した声を上げる。
村雨を振り下ろす前に美雨に抱きつく事に成功する。女の子の柔肌に抱きつけてラッキーとか、今はそんな事思ってられない。このまま美雨を床に押し倒す。
美雨もタダではやられまいと、密着しているので斬るのは無理だから、村雨の柄で俺の頭部を殴打する。けどそこは心配ご無用。頭も既に強化済み。最近よく梓に金鎚で殴られ慣れしてるから気絶したりなんてしない。頭蓋骨がカチ割れそうなぐらい痛いけどなっ!。
頭は効かないと判断したら、次は背中を殴ってきた。こっちもこっちで痛い。痛いけど我慢だ。
美雨を床に押し倒して押さえ込もうとしたら反動で身体が投げ出された。でんぐり返りして振り向くと、美雨が偽壊燐を放とうと村雨を振り翳していた。
「させるかっ!」
――ガキンッ!
今度は村雨の刀身を突いて阻止する事に成功できた。
――シッ!
偽壊燐が不発に終わり、振り翳した姿勢のまま袈裟斬り。俺の頬を掠めた。
「チッ!」
『ふむ』
俺も負けじと反撃。美雨は村雨で弾いて逆に鋭い連続刺突を繰り出す。
――ブチブチブチッ!
大半は村正で防ぐか避けられたが、何回か腹や腕に刺さってしまった。
『絶刺旋』
連続刺突の次は回転刺突、絶刺旋が飛来する。
――ジャリィィィィィィィィィィィィンッッッ!
村正を盾にして防ぐが、劈く金属音と重たい衝撃が襲い掛かる。
「ぐっ!?」
吹き飛ばされそうになるが、美雨は途中で回転速度を緩めた。
『……螺旋鏃』
村雨を掲げて、回転を再開。
刺突の次に放たれた回転斬撃。軌道上にいると身体を両断される……!
「うおっ!?」
反射的に跳んで螺旋鏃を回避。
回転中の美雨には隙が出来ていた。今なら背後から斬りかかれる。
――ガスッ!
「デッ!」
それくらいはお見通しと言わんばかりに、回転する勢いを利用して回し蹴りを放ってきた。
片腕で受け止めるが衝撃が強い。怯んでいる隙に両脚で着地した美雨は逆袈裟で斬りかかる。
――シッ!
紙一重でかわし、追撃の袈裟斬りを受け流すが、次に繰り出された膝蹴りを受けてしまう。
「ぐあっ!」
痛みに悶絶する間に美雨の刺突が俺の心臓を狙う。
(ヤバい死ぬっ!)
村正で受けて軌道を逸らし、左脇下の肉を抉る。
美雨は何度も斬りかかり、俺は防いで逆に斬る。
斬られる都度、俺の身体の要所要所が村雨の妖刃によって抉られていく。
拳や蹴りも避けるのが難しくなっていき、当たる度に痛みが増していく。
小さな負傷と蓄積されたダメージのせいで反応が疎かになって来た。
(クッソ、本当に何とかしねぇと……)
いい加減傷口の具合も危なくなってきた。このまま長引くと傷口が開いて死んじまう。
一体どうすれば良いか、斬り合いながら考えていると、
「ああ、そうだ妖村正刀。一つ言い忘れてたんだがな」
外野で観戦していた19が俺の思考を邪魔するみたいに話しかけてきた。
「話に出てきた、小娘と一緒に施設にいたガキ共なんだけどよぉ、流石に身体も頭も完全に狂っちまってなぁ、使い物にならなくなったんだよぉ。試しにあの大戦の時に爆弾付けて操ってみたら、良い人間爆弾になってくれたぜ。おかげ様で馬鹿な銃剣警共を何十、何百と屠ってくれたさ。いやぁ、処分ついでにやってみたんだが、ありゃ見物だったぜ」
19の言葉に、苛立ちが堪えない。
19はお構いなしに言い続ける。
「本当に最高だよなぁっ。愛情注がれて育っても、結局は道具らしい終わり方だったんだからよぉっ。まああんな大戦無くても、最初っから使い捨てる気だったけどなっ! ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」
腹を抱えて大笑いする19に、苛立ちの他に殺意が堪えなかった。
「……テメェ、人の命を何だと思ってやがんだぁっ!」
妖筋で強化した腕力で村正を床に叩きつける。村雨の偽壊燐に似た衝撃波を19に飛ばす。
19はニヤリと笑い、右腕で払う動作をした。それに反応したかの様に、美雨が盾代わりとなって立ち塞がり、衝撃波を斬撃で打ち消した。
「百魔死団、絶対にお前等を許さねぇっ!」
気が付けば、傷口が開く事なんて気にせず、妖筋で強化した脚力で突っ込む。
対して美雨も突っ込んで互いの一振りがぶつかる。
――ギィィィィィィィィィィィィィィンッ!
大きな金属音が鳴り響く。力任せに振っていた俺は美雨を押していた。
「どけ村雨っ!」
大振りに村正を薙ぎ払い、美雨を吹き飛ばす。視界から美雨がいなくなり、無我夢中で突っ込む。
『正刀、少しは落ち着きなさい。持っていかれるわよ』
「煩ぇナマクラっ! 言われなくも分かってるっつうの!」
――バキバキバキバキバキバキバキバキッッッ!
俺は妖筋で筋力を更に強化。筋肉を引き絞る怪音が全身から鳴り響く。
ついに間合いまで近づき、村正を振り翳す。19は避ける素振りも見せず、ただニヤニヤしながら待ち構えている。
「死ねや百魔死団っ!」
俺の渾身の一撃。偽壊燐の衝撃波の比ではない威力。普通に受ければ、身体を容赦なく一刀両断されてしまう。避けても追撃の衝撃波を喰らって無事では済まないそれを、
――ガキィィィィィィィンッ!
19は、片手で、義手で受け止めた。
「なっ!?」
それは片手版真剣白刃取り。まさか受け止めるとは思っていなかった俺は驚愕してしまう。
いや、受け止めるにしても両手でやるんじゃないのかとは薄々思っていた。それなのに、義手となった右腕で、まるで渡された棒切れを受け取るみたいにやってのけた。衝撃も強かった筈なのに、それすらなんともないようだ。もしかしてあの腕は只の義手じゃなくて何か特別仕様なのか。
「……お前さぁ、なぁんか勘違いしてねぇかぁ?」
ニヤニヤとしていた19は、俺を見下す様な笑顔を向ける。
「確かに俺の戦闘力は激減したぜ? 今じゃ自衛ぐらいしか出来ねぇから手駒使ってんだよ。戦闘狂みてぇな奴等と比べりゃあ雑魚も同然だ。けどなぁ……」
グググ、と19は村正を押し返そうとする。妖筋で無理矢理強化した俺の筋力を余裕でだ。
「だからと言って、別に俺単体が弱っちいって、誰が言ったんだよぉ?」
更に押し返される。
「あの大戦のせいで、腕と脚を持ってかれて義肢付けたんだが、コイツは百魔死団の機械イジりが作った奴でなぁ。身体への負荷は大きいが、その分怪力にはなったぜぇ」
ヤバい。ドンドン押し返されてる。どんだけ馬鹿力なんだコイツは。一旦離れようにも、19は村正をガッチリと掴んで抜けない。
「当然、腕だけじゃなくて脚もなっ!」
「しまっ――」
義手に気を取られていて、19が義足で膝蹴りをしてくるのに気付かなかった俺は防御を取れなかった。
――ガスッッッ! メキッ! ゴキッ!
「ガッ! ハッ……!」
「へぇ、硬いと思ってたけど、意外と軟いな」
19の膝蹴りが俺の腹に減り込んだ。不快な音が腹から鳴る。
強烈な衝撃と痛みに苦悶してしまう。恐らく骨に皹が入ったかもしれない。筋肉だけじゃなくて骨格も強化しているのに、これで軟いのかよっ。
これが俺と同じ人間の、何の肉体強化もしていない奴の蹴りかよ。正確には義足だが。
「そんじゃ、脚は面倒だし、お次はっと」
村正から手を放した19が拳を振り被る。痛みに悶絶している俺は避ける事が出来ない。
「あぁ、ところで妖村正刀」
19の拳は肉眼では捉えきれない速度だった。それでも、妖眼の動体視力補正で捉えた俺は痛みに堪えながらもそれを追い、村正で防御を取る。
――ガキンッ!
村正の背で受け止めた19の拳の威力は、村雨との死闘で受けたどの攻撃よりも遥かに高かった。
――バァァァァァァァァァァァァァァンッ――ッッッ!
受け止めたまでは良かったが、あまりにも強過ぎて吹き飛んでしまった。
「傷口の方は大丈夫かぁ?」
殴り飛ばした後の19はヘラヘラと訊ねた。
やっぱり、傷口が開きかけているのに気づいてやがった。それ知ってて膝蹴りしやがったな。
吹き飛んだとはいえど、倒れずに踏み止まり、息を切らしながら立ったままを維持する。
「ハァ、ハァ、ハァ、ったく、なんだよあの衝撃は」
『……若造よ』
不意に、すぐ横で村雨の声が聞こえた。顔を向ける前に目を向けると、村雨を振り翳した美雨がすぐ傍にいた。
『小僧に難儀しておったが、その余裕はあるのか?』
美雨が村雨を振り下ろす寸前だった。偽壊燐を使うつもりだ。19からの攻撃のせいで痛みが膨れ上がり、動きが鈍くなっている俺には、回避も身体を向けて弾くのも出来ない。
防御は……取ろうとしたが、さっき美雨に柄で背中を殴られた時の痛みが腹にまで及んで動きが遅れる。
駄目だ、間に合わない。
――ドガァァァァァァァァァァァァァンッッッッッッ!
村雨の衝撃波技、偽壊燐。今までは余波だけ受けたり避けたりキャンセルしてきたが、今度はそれすら出来なかった。
直撃。モロ受け。クリーンヒット。
身体強化をしていなかったら木っ端微塵になっていた。車や新幹線に轢かれた時よりも明らかに衝撃が強い。正直、19の時よりもだ。
何十mも吹き飛ばされてしまった俺は、四肢の何処も千切れてはいない。生きているだけでも奇跡だった。
「あっ、がっ……!」
只、起き上がる事が出来ず、床に転がっているだけだった。身体中が悲鳴を上げて思うように動かない。息も絶え絶えで、一番危険な傷口からは血が滲み出ており、あと一撃受ければ開いてしまう。意識が残っているのも自分で驚いていた。
俺を覆っていた村正の妖気が次第に薄れていく。強化された筋力も元に戻りつつあり、村正が妖筋を解除したのだ。
「村正、お前……」
『無茶言わないでくれる? これ以上続けてたら、本当に傷口開くわよ』
言われなくても分かってるって。もう限界なのは自分自身でよく理解しているよ。
もはや虫の息になっている俺に美雨がゆっくりと近寄ってくる。
『若造よ、主との剣戟、中々であった。されど、まだ熟れておらん。如何に体を鍛え、技を磨き、それを振るおうとも、心が熟れてなければ羽虫すら殺める事叶わぬ。そなたは小僧の言葉に心を乱し、技を崩し、体を弱めた。言わば自ら破滅の道を歩んだのだ』
村雨は当たり前な事を、別に見下す訳でもなく、会社でミスをした部下に注意する上司みたいに淡々と説明する。
俺の敗因、19からの昔話を聞いてから感情的になって動いた事。あれのせいで頭に血が上った。
その後も精神攻撃で感情のボルテージが上昇し、村正の制止も聞かずに怒り狂って突っ込み、侮っていた19に迎撃されて最後は村雨からの攻撃を受けて瀕死の状態になった。
父さんに何度も言われていた。銃剣警はどんな任務も理性的に動かなくてはいけない。私情を挟むのはもってのほかだと。その言いつけを破って、こんな形で仇になっちまった。
おいおいおい、こんな所で美少女残して死ぬってマジかよ。せめて19の洗脳だけでも解きたい。でももう身体動かないし、こりゃ死んだな。
「あーあぁ、いってぇな、おい」
美雨の後ろを19が歩いてくる。
「うーん、普通の刀なら砕け散ってたんだが、やっぱそこは異刀かぁ」
19は俺を殴った義手の調子を確認している。見た感じ、どうも動きがぎこちない印象を受けた。
「ったく、普通に自衛する分には良いのに、ちょっと殴ったり蹴ったりするとすぐにイカれちまう。66の野郎、絶対態とそうしやがったなぁ。帰ってたら殺してやる。まぁいっか、どうせ小娘に殺らせるし」
どうやら、俺への膝蹴りと鉄拳で義肢に不備が起こったみたいだ。大丈夫なのか百魔死団の技術力。
「妖村正刀、お前は俺が戦闘向きじゃねぇって事は知ってたみてぇだな。けど純粋な肉弾戦なら、こんなんでも俺は百魔死団の中でも下の方なんだぜ? 54とか69とか4とかみてぇな、殺し合い大好き野郎共に比べたらガキ同然だし、俺よりもっと下の奴等はその分専門分野極めてるしよぉ。それぐらい考えろやぁ」
「へっ、煩ぇ中二病野郎」
「おい、だから人を中二病扱いすんじゃねぇ」
文句を言う19を無視して、美雨に顔を向ける。
美雨は戦闘開始からまったく変わっていない。目の色はまだ暗いままだ。暗いまま、無情のまま俺に近寄り、村雨を握っている。
光無き少女の成れの果てに勝手な哀れみと怒りしか湧いてこない。
俺が死んだら、美雨は一生光を宿さずに過ごしてしまう。訳分からんテロリストの傀儡として、望まない殺戮を強いられる。
そんな事、させたくない。愛情も知らずに十六年も時間が経った女の子に、そんな枷着けたくない。でも、俺にはもう限界だった。
「まぁ、正直な話、お前はそこそこ頑張ったと思うぞ? 一緒に連れてきた小娘は結果的に逃がしたんだし、銃剣警としては上出来だろ?」
「馬鹿言いやがれ。美雨も連れて帰らねぇと、梓との約束破っちまうだろうが。俺はこの後、ケーキ食べに行く事になってんだよ……」
「へぇ、そうなのか。確かに約束破んのは銃剣警としての信用に響くよなぁ。けど仕方ねぇだろ。我ら百魔死団に関わっちまったんだからなぁ。お前の父親みてぇにむざむざ死地に来たし、お前等やっぱ似たもの親子だな。正義感振り翳したり、感情的になって暴れたり。尤も、妖村刃はお前と比べてまだ冷静に対処してたから余計に厄介だったがな」
「この、野郎……」
俺はどう言われても良いが、父さんまでディスりやがって。俺も時々ディスるけど。
そうだよな。父さんは俺よりも的確な判断を取って、俺みたいに無様にはやらたりしなかったよな。美雨だってとっくに殺してるかもしれない。いや、絶対殺してる。
「さてと、義肢もこんなんだし、そろそろ乱入も来る頃か。おい妖刀『村雨』、サッサとやれ」
『言われずともだ』
村雨は素っ気無い返事をして、美雨に振り翳される。
「安心しろよ妖村正刀、お前の相棒はちゃんと我等が有効活用させてもらうからな」
義手の動作確認を終えた19が、不気味な笑みを浮かべながら俺の殺される様を見学、村正は俺が死んでから回収するみたいだ。
チックショウ、結局村正も奪われるのかよ。当の村正はというと、
『まったく正刀ったら。私嫌よ、こんな訳分かんない連中に使われるの。まあ。あなたがこんなだし仕方ないっか』
最後の最後でお前もディスるか村正。緊張感が微塵もねぇな。
『村正よ、お主との戦い、このような形で終わるのは聊か心許無いが、これも異刀としての理。悪く思うでないぞ』
『はいはい。前置きは良いから。今回は馬鹿な使い手に選ばれた私の負けですよ』
『うむ。では……』
村雨は一呼吸置いて美雨を纏う瘴気を刀身にも纏わせる。俺は只、それをジッと見ている事しか出来なかった。
「くっ……美雨……」
目の前で、俺にトドメを刺そうとする女の子の名前を、残った力で呟いて項垂れる。
(チッ。三年か。こんなに早く会ったら、父さんに殺されるな。あっ、もう死んでるか)
なんてふざけた事を思った。
直後、美雨に宿りし妖刃が――
……ま、さ、と
――振り下ろされなかった。
「ん? どうした妖刀『村さ……」
奇妙な出来事に19が首を傾げ、すぐに言葉が止まった。
(……何だ? 今のは……)
今一瞬、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。
思い切って、顔を上げてみた。
「っ!?」
俺は目を疑った。死ぬ間際に見る、所謂走馬灯でも見ているのか。
振り下ろされず、カタカタと音を立てて静止している村雨。それを握る美雨が、美雨が、
「……ま、さ、と……」
美雨が、テロリストによって心を塞がれ、無情な殺戮兵器と化していた青髪紫眼の美少女の目に、確かな光が戻っていた。




