No.21 虚独
大分遅い投稿となりました。
色々とあったのですハイ。
正刀対美雨、死合いスタートです。
「美雨……」
「まさ、と……」
「おい、妖刀『村雨』。テメェ何の真似だ」
美雨がトドメを刺さなかったは元より、正気に戻っている事は19にとっては予想外の出来事だった。
苛立つ19に聞かれた村雨は平常心で答える。
『ふむ。小僧よ、我は主に憑く妖刀。主が我を拒めば我はそれに応じる。ただそれだけだ。これは我が主を動かせずにいるそなたに咎があるのではないか?』
つまり村雨は、美雨が俺を殺すのを止めたいからそれに従って動きを止めた。急に美雨が戻った原因は19にある、と主張している。
「チッ。面倒臭ぇ」
19はバッと左腕を前に出す動作を取る。
「う、ううう、う……」
美雨はカタカタと村雨を震えさせるが、腕を動かさない。俺に斬りかかるのを止めている。
「おいおい、どうなってんだよ。ちょっと強めるか」
「う、うぅぅぅぅ……」
村雨を床に落として頭を抱える美雨。19が洗脳術を強めて無理矢理動かそうとし、呻き声を上げる美雨がそれに抵抗している。
「う、うあぁぁぁぁっ!」
叫んだ美雨が村雨を拾って俺に斬りかかった。
――ガキンッ!
が、それは村正の刃によって防がれる。
大丈夫だ。今の攻撃は死に掛けの俺でも起き上がって防げた。
何よりさっきまでと比較にならないくらい軽い。村雨の肉体強化憑依技を使っていないな。
「美雨」
「ま、さ、と……」
ヨロヨロと離れる美雨は頭に手を当てながら顔を顰めていた。筋力が強化されていない且つ、19に逆らっている美雨には隙が多過ぎる。
「村正、行けるか?」
『はぁ。しょうがないわね』
――パキパキパキッ
村正が妖筋を発動してくれた。まだ傷口が痛むから少ししか強化していない。それでも強化し終わってから立ち上がり、美雨の懐に入るには充分な時間だ。
「美雨、すまん」
――ガスッ!
「っ!?」
俺は強化した頭部で美雨に思いっきり頭突きを叩き込んだ。
「う、あ、あ……」
少し強化しただけでも石頭な頭突きをモロに受けたんだ。憑依も無い美雨は脳震盪を起こ……
「させるかっ!」
しそうになる前に、19が手を強く握る。気絶する前により美雨への洗脳を強めて支配権を得たな。
「う、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
気を失いそうだった美雨は絶叫して村雨を振るう。
――キンッ! キンッ! キンッ!
だがそれはさっきの殺し合いとは似ても似つかない、只のチャンバラごっこだ。美雨の息が荒い、目も苦しそうで、悲しく感じる。振り方も雑で素人以下、何処を斬ろうとしているのか目で追って分かる。
『……正刀。これ』
「あ? 何だよ」
村正が妖眼を発動させて俺の視界を強化してくれた。
映ったのは、さっきまで見えなかったものだ。
19と美雨との間に“何か”が伝っていた。
細長い黒い紐状の物が幾重も重なっている。黒い紐は本数を増して捻りながら一本にまとまっていく。これは、電気コード?
「村正、まさかとは思うが」
『ええ。これが洗脳回路ってやつね。正確にはその一部分って所でしょうけど』
これが美雨を洗脳している19の能力の一部。さっきは美雨が思い通りに動いてくれたが今は反抗している。普段は一本や二本で済むのを洗脳を強めているせいで何本もコードが見えているのか。
「村正や村雨が言ってた、“気”とか“波”ってのは、このコードの事か?」
『というより、コードに流れている中身の方かしらね。あれのせいでよく感じ取れなかったみたい』
ふむ。要するに村正達が言ってた“気”の正体は19が他者を操る時に送るエネルギー、機械に電気を流し込んでいるみたいなものだ。それを電気を流すコードの役割を持つ、所謂洗脳コードで覆って分かり難くしていた。本来なら全く分からなく出来る筈が、先の大戦で受けた損傷でなんとなく感じ取れるようになっていた。流す電力量が多くなるから電気コードも増える。19が流す仮称・洗脳電力も洗脳コードが大きいとその“気”が漏れ出てしまって判明した。
――ギィンッ!
美雨の一振りを受け止める。
「けど村正、19の野郎、あんなに流してて大丈夫なのかね。主に美雨が」
『そうねぇ。平気じゃないのは正刀でも見て分かるでしょう』
――ギィン! ギィン! ギィン!
軽い村雨の刃を村正で受け流しながら美雨の顔を窺う。戦闘開始の光の無い無表情から一変、呼吸の荒さが激しくなり、嫌な汗も流れている。もう見てるだけでこっちが苦しくなってくる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
美雨は息を切らして斬りかかる。これは弾いて押し返す。
「はぁ、はぁ……う、うぅぅぅぅぅぅぅっ!」
頭を押さえたかと思えば、すぐに斬りかかる美雨と鍔迫り合いになる。
ヤバいな。さっきより状態が悪化している。本当は手荒な真似は最後まで避けたかったが、後で姉さんに頭下げて治してもらうか。
片方の手で振動波を作り、それを拳に纏わせる。今洗脳から脱しようと正気に戻っている美雨になら、これを喰らえば一発で昏倒出来る。
オレの鋭い振動波鉄拳が美雨の顔面に炸裂――する前に美雨が俺の腕を掴んで止めた。19が操ったな。
「……だったら」
――ガスンッ!
「あぐっ!?」
美雨が可愛い声を上げてヨロヨロと後ろに下がる。
今度は振動波を纏っていない、只の頭突きだ。纏わせればすぐ解決だが、頭で振動波作るの難しいんだよな。あんな両手が塞がった状態じゃ無理だし、普通に痛い頭突きで勘弁してくれ。
「う、うぅぅぅ~!?」
美雨は村雨を落として頭を押さえる。今のは効いたか。
『正刀、またよ』
村正が言ってきたのは19の洗脳コード。まただ。
「あの野郎……!」
俺は舌打ちして19を睨みつける。
洗脳コードの本数また何本も増えだす。また洗脳を強化しやがったな。
「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そんな事したら美雨は絶叫するに決まっている。落とした村雨を握って斬りかかる。無駄だって分かっていても。
美雨の一振りを避けて、美雨の前に脚を出す。美雨はそれに躓いてこけてしまう。随分と無様なこけ方だな。それでも美雨は立ち上がって斬りかかってくるが、今の美雨では俺に刃は当てられない。
正直助かっている。傷が開きかけている俺にとっちゃ美雨の攻撃は一撃でも受けたらアウト。少しでも戦いを長引かせて回復を待つ手もあるし、その間になんとか終わらせる方法を考えないといけない。その為には、美雨がこの状態を維持するのが不可欠だ。それは19にも分かっている。
――シッ!
「うおっ!?」
不意の逆袈裟斬りをギリギリで避ける。妖眼で確認する。美雨の身体が黒い瘴気で覆われる。綺麗な瞳も濁っていく。
「……村雨」
『若造よ、我は妖刀。主の意思のままに動き、我の意思のままに振るわれる。どうにもそういう事だ』
「美雨……」
19に、勝てなかったか。洗脳コードは未だに本数を増やし、美雨の動きが止まる。
――パッ
「っ!?」
――ギィンッ!
美雨の姿が掻き消えて、気が付いたら俺の眼前にまで迫って斬ってきた。俺も反射的に村正でガードしていたが、あと一秒遅かったら死んでたぞおい。
ガチガチガチと刃が擦れる音だけが聞こえる。お互い一歩も動いていない。
村雨を受けているだけで分かる。また憑皚で美雨の肉体能力を強化している。さっきと元通りになった。
『正刀』
「ああ」
村正に警告されなくても、殺気で感じられる。
先に動いた方が死ぬ。一歩踏み込もうと予備動作を取ろうとしただけでも死ぬ。
俺と美雨は互いにジリジリと睨みあうだけ。回復がまだ終わってない俺には美雨の膂力はキツい。これが続けば俺が押されてやられる。
『正刀、あなた』
「うるせぇ」
村正が余計な事を言いそうになるので黙らせる。
――パキパキッ
くっそ。傷口に限界がきそうだ。シャツが少し血で滲んでる。このまま妖筋を発動していたら傷口が開く。かと言って解くか弱めれば美雨に押されて隙が出来る。一か八かの賭けは駄目だ。失敗したら死ぬ。どうする……
こうなったら、妖筋を弱めて回避に専念しながら作戦を考えようか悩んでたが、それは一気に解消された。
鍔迫り合いは終わった。
――美雨が、一歩後ろに下がった。それも素人臭い動きで退いた。
「なっ!?」
これには俺も19も驚いている。美雨を纏う黒い瘴気も段々薄くなる。
美雨の目を見た。彼女の濁った瞳は、片目だけ綺麗になっていた。洗脳が少しだけ解けている。
『正刀、コード』
村正に言われて、片目だけ動かしてで洗脳コードを見る。美雨に繋がれた洗脳コードが、数本だけだが真ん中辺りで切れた。
……待てよ。
(……村正、一つ聞きたいんだが)
こんな時に村正にある質問をした。それに対する村正の返答は、酷く呆れたもので、
――私を誰だと思ってるの? 私は妖刀『村正』よ?
酷く感心した声だった。
美雨がまた一歩下がった。刹那――
――チャンスは一瞬!
今の美雨は村雨が動かしていない。全て美雨の意思だ。
村正で村雨の刃を滑らす様にして床に叩き付ける。重くない。憑皚が解けてる。ついでに虚楚憑も解けてる。
そして――俺は村正を空中に放り捨てた。
「はぁぁっ!?」
『ほう』
俺の行動に19は声を上げて村雨は意外そうだがあくまで冷静だ。
自分の得物を自ら手放すのは自殺行為、まして異刀使い同士の死闘なら尚更死亡率は高まる。
……それはあくまでも、互いに互いへ殺意があればの話だ。今の美雨は普通の女の子。19の洗脳を受けているだけで正気なままなら殺意なんて最初から無い。
素手になった俺は服の袖に手を入れて、ある物を思いっきり強く引っ張った。
それは細長いワイヤー。いつも両腕に装着していた高所と低所の昇降に使うTNKワイヤー製のだ。
まずは先端の金具を美雨の服に引っ掛ける。これが失敗すれば全ておじゃん。集中力を研ぎ澄まして行う。
一歩下がってワイヤーを更に出す。長くなったワイヤーを指で軽く操作して大きな輪っかを作る。精密な動作を要するが細かい大きさを出す必要は無い。美雨の身体が通れば充分だ。
ワイヤーで作った輪っかを握り、その手を振り上げて、下ろす!
直後に、引っ張る!
「っ!?」
ワイヤー器具では操作の仕方によって高速自動巻き取りが出来る。買った直後にこの手の分野に詳しい知り合いに魔改造してもらっておいて良かった。代わりに金が飛んだが。
ワイヤーが巻かれた事で輪っかはすぐに小さくなり、美雨の身体を縛り上げた。何重にも巻けなかったが一巻き出来れば充分動きを制限出来る。
放り捨てて宙を舞っていた村正を握りなおす。
以上の動きを三十秒以内にやった俺は、美雨を拘束している間に準備完了した村正を振り被る。
そう、村正の刀身は自身の妖気を纏っていた。
「しまっ――」
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
19、気付くのが遅い。
妖気を纏った村正を振り下ろした先にあるのは美雨ではなく、
――ブチッ!
何かの切れる音が聞こえた。
――ブチブチブチッ!
俺が斬ったのは、美雨と19を繋ぐ洗脳コード。
「のやろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
――ブチブチブチブチブチブチブチブチッ!
不気味なコードの束に妖刃が切れ込みを入れて何本も何本も切り落とされる。思ってたより固いから上手く切れないが。
「ぐ、ぐぁああああああああああっ!」
俺と19の絶叫が響く。前者は気合から、後者は激痛から。
「のやろぉはこっちの台詞だゴラァ!」
19が洗脳コードに洗脳電力を多く流し込む。
「う、うぅぅぅぅっ!」
『正刀、避けなさい』
美雨が呻き声を上げて身を翻し、自分を縛るワイヤーを村雨の坂袈裟斬りで切断する。
「ヤベッ」
拘束が解けて自由になった美雨は邪魔な切れたワイヤーを捨てて俺に斬りかかった。止むを得ずを中断して避ける。
「……まあ、良好って所か」
『状況は正刀が不利のままだけどね』
今ので洗脳コードの束を三分の一程切断出来た。
村正にさっき聞いたのは、お前で洗脳コードを切れないかというものだった。
19の生み出した洗脳コードは物理的攻撃を透過してしまう。なら超能力紛いの攻撃ならどうか。
答えは見ての通りだった。妖気を纏う村正の妖刃は超能力で出来た障壁も切れるし、妖怪とか魔獣とかの人外にだって効果はある。それを知っていたから、村正は呆れていたのだ。
「つうか村正、分かってたなら言ってほしかったな」
『私が言ったら正刀の教育に良くないから極力言うなって刃に言われてるのよ。少しは自力で頑張りなさい』
父さん、あなたが余計な事したせいで息子が死に掛けてるんですけど。これの調子だとすぐに会えますよ。その時は殺されますけど。
「はぁ、はぁ、はぁ……てめぇ妖村正刀、やりがったなぁ……」
微妙な進展はあった。19が絶叫の後に頭を押さえていた。平然と立って見えるが、素人目には分からない程度で足が震えている。
19の洗脳術。対象者と自分を洗脳コードで繋ぎ、コード内に洗脳電力を流し込んで操る。超能力によるものだから戦闘経験の無い人間なら戦うのは難しく、操られている相手が親しい人なら余計面倒臭い。そんな洗脳術にも穴があった。
洗脳コードは超能力攻撃、それも斬撃系統を受けると切断出来る。かなり固くて容易では無いが、コードが切れると洗脳は弱まり、コードに傷がつくと19自身にも脳内にダメージが通る、って感じかな。
そもそも洗脳ってのは、人の主義や思想を強引に変えようとする行為だ。反社会主義者が何らかの方法で他人に自分達と同じ考えを持たせて手駒にしたりする話はよく聞く。あくまで頭の中を変えるだけで肉体までは動かせないし、精神の強さ次第で勝てたりする。
19が美雨にやっている事はそれとは違う。自分と相手を繋げて意のままに操る。精神だけでなく肉体も。美雨の場合は精神を乗っ取られて村雨の憑依技を使わされている。
「洗脳っつうか、精神操作か?」
『一度支配下に置けば身も心も何でも操れる、操者って言われる訳ね』
しかし解せんな。精神を操るのが洗脳術なら、何で最初に美雨を奪い返そうとした時に心を弄らなかった? あの時は一時的に操っていただけだったし、襲撃後も美雨の思想を変えればダメージは大きかったのに。
その疑問を察した19が舌打ちして答える。
「……てめぇに言われなくてもそうしようとしたっつうの。小娘に我等百魔死団の理想や信念を植えつけさせててめぇ等の手に落ちても内部破壊出来るようにしようとはした。けどなぁ、それは無理だったんだよ」
「何でだよ。それでもテロリストかよお前」
「うるせぇ。やりたくても出来なかったんだよ」
「は?」
「……小娘に軽い洗脳を試してみたが、ソイツに効かなかった。いや、効いたには効いたが、根本的な問題があった。
……本人が頭の中で全然理解してなかったんだよ。何気ない会話でやろうが、頭の中に直接声を響かせようが、洗脳音波で意識を弄ろうが、百魔死団の思想を植えつけるつもりが、植えつける過程で聞いた物事を分かっていない。理解出来ていない。話が通じない奴に洗脳したって意味ねぇんだよ」
最後のはよく分からないが、話術による洗脳を試みたが失敗して、サブリミナル効果は元々期待薄で失敗。
要は美雨が理解力に欠けていたからだ。長い監禁生活をしていたせいで、美雨は常人なら受ける洗脳を理解出来る程の情報量が大幅に不足していた。
そういえば、美雨は家族が何か訊ねて理解していなかった。話も聞いているのか聞いていないのか分からないし、聞いていても理解しているかすら危うくて一々確認を取った。
「……って、それ完全にお前の自業自得だろ」
「うるせぇっ。自分でも後悔してるっつうの」
けっ、と悪態をつく19はすぐにニヤリと笑い、
「まあ、んなんだから無理矢理身体を動かしてる訳だが、それならそれでやりようはある。こんな風にな」
19が拳を強く握る。
「……過剰送洗脳」
「う、うぁぁぁああああああああああああっ!」
美雨が頭を押さえて絶叫した。洗脳コードの本数は変わっていないが、流れる洗脳電力が黒い圧を増して増量した気がした。
「おい19テメェ!」
「別に大した事ァしてねぇよ。洗脳回線に流す洗脳操力量を上げただけだ。過電圧過電流の電気を流し続けたら電気機器がどうなるかぐらい知ってんだろ? これやると脳に後遺症残るから普段は使わないんだが、翌々考えれば俺の駒にするし、頭が使い物にならなくても問題ねぇかぁ」
洗脳コ-ド改め洗脳回線に洗脳操力が流れる速度が増した。
「う、うぅぅぅぅぅぅぅぁあああああああああああっ!」
美雨が絶叫したまま村雨を握って斬りかかる。
――ガキィン!
村雨が憑依されていない筈なのに強い衝撃が村正に掛かる。
「美雨! しっかりしろ!」
「ぁぁぁぁぁあああああああああああっ!」
美雨は我を忘れて滅茶苦茶に斬る。俺はそれを避けるか流すかするが一撃一撃が重い。
(おいおいおい、どうすんだこれ!?)
重い上に速い。
こっちは傷口がヤバいってのに何やってんだよあの中二病野郎!
一旦距離を取ろうとした時、腹部に激痛が奔った。
「っ! しまっ――」
一秒にも満たない時間だったが、殺し合いではそれだけで死ぬ。
――ギィン!
「……あっぶねぇ」
防御があと0.5秒遅れてたら死んでた。ギリギリ受け止める事が出来た。それを見ていた19はニヤニヤしながら洗脳操力を上げる。
「おい妖刀『村雨』、そろそろ続きでもやってくれ」
『ふむ。致し方あるまい』
村雨から黒い瘴気が溢れ出る。虚楚憑が発動してしまう。
「美雨……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
美雨は息を荒くして力を緩めない。ジリジリと刃を近づける。
「何か無いのかよ……」
圧倒的不利な状況に俺はボソッと呟く。
このまま村雨が美雨に憑依すれば村雨は俺を殺しに来る。そうなったら俺にはもう勝てる術が無い。ていうか傷がもう本当ヤバいんですけど。
「……と……」
どうする。薙刀さん達の救援を……この五秒後に死ぬかもしれないのに無理だ。
いっそ撤退……出来る訳ない。色んな意味で。逃げても追いつかれるし、俺にそんな体力残ってない。
(……クッソタレがぁ)
どうせ死ぬなら、村正だけでも奴等の手に渡らないように出来ないか……
「……さ、と……」
……ん? 何か聞こえたぞ。
「……さ、と……」
声の主は、美雨だった。
「ちょっ、美……」
「……ま、さ、と……」
美雨が苦しそうに、されど瞳に薄っすらと光が残っている。
19に完全支配されたんじゃないのか。残っていた力で正気に戻っている。何処までご都合主義満載だこの娘は。
いやいや、そんな事どうでも良い。
19の洗脳にやっとの思いで抗った美雨が、最後の力を振り絞って、呟いた。
「……――――」
「っ!?」
それが、ここで聞いた美雨の最期の言葉だった。
村雨の黒い瘴気が美雨全身を覆い尽くした瞬間、
――ギィン!
鋭い金属音が鳴り響き、俺と美雨は互いに下がって距離を取った。
「……村正」
『何?』
「……今の、聞き入れなきゃ駄目か?」
俺の質問に村正は少し間を置いた。
『……正刀、刃にいつも何を言われたかしら?』
父さんに教わった事――
――良いか正刀。男ってのはな、どんな時でも可愛い女の子には優しくしなきゃ駄目だ。どんな無茶なお願いだってちゃんと聞き入れてあげるのが男ってもんだぞ。
そう言って、泣いて嫌がる梓のまだツルペタだった胸を背後から揉んでいた俺(五歳ぐらいの頃)に容赦なく拳骨を落として叱ってくれた父さんは、女の子との接し方について耳にタコが出来るぐらい俺に色々と教えてくれた。
可愛い女の子には優しく、無茶なお願いもちゃんと聞き入れてあげる、か。
「……本当無茶な事言うよな。父さん」
『仕方ないじゃない。刃だもの』
村正、いつも思うが父さんだったら何なんだ。
まっ、気を取り直しまして、
「村正、俺の身体、どれくらい持つ?」
『そうねぇ、ざっと見積もって三分くらいかしら?』
三分、か。ちょい厳しいな。
けど厳しいって事は、不可能じゃない。
不可能じゃないって事は、可能にするって事も出来る。
だから、ここからは賭けだ。
「おい、中二病野郎」
俺は村雨ではなく、後ろの19を呼ぶ。
「何だよ妖村正刀。あと中二病言うな」
「三分だ」
「あ?」
俺が指を三本立てるのを見て19の表情が変わる。
「三分後に、お前を殺してやる」
ニッと勝ち誇った様に笑う俺を19が殺気の篭った目で睨みつける。
「おい、妖刀『村雨』。一分で殺せ」
『ふむ。そなたに言われずともだ』
美雨が村雨を構える。俺も村正を構える。
「村正」
『はいはい』
――バキ、バキバキバキバキバキバキバキバキバキィィィッ!
全身から筋肉を引き絞る音が鳴る。身体強化技、妖筋を発動させた。それも傷口に負担を掛けない程度ではない。通常かそれより少し強めにだ。
全身の筋力をフル強化した俺を見て村雨は呆れる様に村正に話しかける。
『村正よ、主の主は随分と滑稽であるな。その身で我と、我が主と死合うのが如何に愚行であるか主がよく分かる事だ』
『ええ。私だけじゃなくて、正刀本人もよく分かってるし、私の相棒は確かに呆れるぐらい大馬鹿よ』
けどね、と村正が続ける。
『呆れるぐらい、面白い人間なのよ』
人の事をディスってんのか褒めてんのかよく分からんな、この刀。
『ふむ。で、あるか』
パッ!
パッ!
俺と美雨がほぼ同時に消える。
――ギィィィィィンッ!
妖刃と妖刃が凄まじい衝撃波を撒き散らしてぶつかり合う。
『であれば若造、これ以上の言葉は無用。参るぞ』
「言われずともさ。やるぞ相棒」
『ええ相棒』
――ジャリィンッ!
半歩下がってから、俺の視界は動きがゆっくりになる。けど当事者からすれば、それは大して変わらない時間の進みだ。
俺の水平斬りを美雨が村雨で受け止めて接近する。鋭い拳を手で払いのけて村正で突く。
――ガキンッ!
村正の突きを村雨の背で受け止める美雨。即座に流してその反動で斬りかかる。
刃が当たる寸前でジャンプ。落下に合わせて村正を振り下ろす。
美雨は受け止めずに回避。着地した俺に二連撃。
――ギィン! シッ!
一撃目を弾き、二撃目をかわす。逆に俺も二連撃。
美雨も同じく弾いてかわす。
「――セィッ!」
「――ッ!」
――ギィン! ギィン! ギィン!
美雨の一閃を同様の一閃で迎え撃ち、突きも同じタイミング、美雨と同じ頭部を狙って互いに頭を逸らす。
(これで八、いや十秒か)
一般人が見れば肉眼で追えない速度で斬り合っている俺と美雨。強化された脚力とその場凌ぎの反応速度でそれを可能にしている。美雨の方も村雨の身体強化でそれが出来ている。
が、勝つ為には一手でも間違えたり0.1秒でも遅れたらそれで死ぬ。
村正に言われた。俺の身体が妖筋に耐えられるまで三分。残り二分五十秒。それまでに決着をつける。腹からパキパキという音が鳴っているからな。
「――ッ!」
美雨の一閃を弾く。俺も斬るが流されて追撃をされるがこれは避けられた。
(まだだ。このタイミングじゃない)
美雨の袈裟斬りを避けて、続く逆袈裟斬りも避けて懐に入り込んで一閃。美雨は村雨を逆手に持ち替えて防御。村雨の刃を村正で滑らせて反撃。俺は紙一重で避ける。
(十五秒……!)
互いに斬り合いながら決定打が出せずに五秒が経過。
『ふむ』
――シッ!
美雨の突きが俺の服を切り裂く。俺の手刀が美雨の眼前スレスレで空を切る。
「ラァッ!」
俺の斬撃が美雨のスカートの裾を僅かに掠った。
美雨が振り下ろした村雨を叩きつける。村正を斜めに構えて最小限の力で受け流す。
『若造よ、動きが鈍くなっておるぞ。もう終いか?』
村雨の切先が俺の脇腹を抉る。痛みに悶える暇なんて無い。
しかし、村雨の言う通り、かれこれ三十秒は経過した。妖筋の強化に、俺の身体は嫌な音が苦情を上げている。
(思ってたより痛むな……)
普段の妖筋では基礎身体能力の五倍から高くても十倍程度が強化される。
現在の俺の腕力、脚力、握力その他諸々は約三十倍程度に強化されている。繰り出す衝撃や重さは普段の数十倍以上増す代わりに、身体に掛かる負荷が数十倍以上増す。きちんと基礎能力を鍛え上げればそれも微々たるものだが、怪我している間は逆に増し増しになる。
腕や脚、腰はまだ良い。やっぱり傷の深い腹部が一番痛む。血も滲み出てあと一、二分もすれば開く。
なら、あと一、二分の間に決着したら良い。勝っても負けても、生きても死んでもだ。
「辻鼬!」
一撃一撃が重たい連続斬り。美雨は僅かに村雨の刃を当てるだけで弾く。
「まだまだぁっ!」
『む?』
俺は辻鼬を止めない。もう一度連続斬りを放つ。但し、さっきより攻撃速度は少し速い。村雨は疑問に思いながらも美雨の身体を動かして斬撃を流す。
五~十倍強化の妖筋で繰り出す辻鼬の斬撃回数は一秒間に最低三回で最大五回。十五~二十倍強化でも最低五回は繰り出せる。
但しそれは最初の一秒間のみ限られ、それを過ぎると回数が徐々に落ちていく。振り続ける事で腕に疲労が蓄積されて動きが鈍くなる。
――普段ならば、だ。
今は三十倍近い強さで強化された俺の腕力は疲れる事を知らない。
最低五回。なら最大ならいくつなのか。
身体の調子にもよるが、普通なら十回弱。かなり無理をすれば二十回は行ける。特に今みたいに傷が酷いと身体への負荷が倍増しになる。
だからなんだというんだ。
傷が酷いとか、負荷が増すからとか、そんなくだらない理由で止める訳にはいかない。
「オラァッ!」
「――っ!?」
俺は攻撃の手を緩めない。それどころか速める。
もっと、もっとだ。もっと速く。もっともっともっと速く、速く!
『……ね、村雨君。正刀は呆れるくらい馬鹿で面白いでしょ?』
村正が呆れた声で人をディする。無駄話すんなよこの刀。
三十倍の筋肉で秒間約二十回の斬撃。それを十秒間の間に続けている。一秒過ぎる毎に回数が減る筈なのにそれが無い。だから全部で二百回以上に上る。以上としたのは、自分でも数えるのを忘れてしまうぐらい回数が多いからだ。
十秒間という時間は常人には短い。されど戦う人間からしてみればかなり長い。一秒もまた然りだ。0から数えて1になるまでの間に、俺は我武者羅に村正を振り回す。
一方美雨はと言うと、初めは小さな動きだけで受けていたが、俺の手数が増え出した事で捌き切れなくなってきた。村正の刃が美雨の衣服の至る箇所を少しずつ切り裂いていく。
『ふむ。の、ようであるな』
受けてばかりではいけないと判断した村雨は同じく連続斬りを放ってきた。
――ギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンギィンッッッ――ッッッ!!!
一秒間の間に起こる二十回の剣戟。あまりにも速い斬撃が重なり過ぎて、周囲に衝撃波が発生する。当然俺もその影響を受けるが、そんなくだらない以下同文ッ!
俺は村正を弾かれ肉を抉られ服は裂かれ、美雨は村雨を弾かれ服を裂かれる。
何で俺だけ身体が傷付いているのか、それは俺が美雨を傷付けるのを避けているからだ。
美雨の服が裂かれている所は、村雨が無視した斬撃、つまり身体に受けないか、受けても問題ない程度の傷しか付かないぐらいの攻撃だ。俺は軽い傷が付く程度も含めて全てを避けている。別に今更女の子に切り傷を付けたくないとかそんな我が儘を言っている訳じゃない。ちゃんとした理由がある。
(まだだ。まだ駄目だ……)
肉に当てたら、負ける。ちょっとやそっとの傷を受けたぐらいで憑皚は破れない。刃が当たるまで一切気を抜けない。けど少しでも当たれば、俺は美雨に勝機があると思って油断してしまう。
昔、父さんに言われた。
――いいか正刀。人ってのはな、戦いとかそれ以外に関係なく目標ってのを持つ。その目標が極僅かに、本当に些細なレベルで達成に近づくと、人は何かしらの優越感に浸る。勿論それを悪い事だとは言わない。お父さんだってそんな事いくらでも経験した。けどな、
――その優越感こそが、戦いにおいて人を自滅に追い込みやすい。優越感に浸ればその先の事に目が行かなくなる。だから、特に戦う時は確実な道を選べ。
ちょっとでも美雨を傷付ければ、俺は美雨に逆転出来るかもしれない優越感に浸って村雨に隙を与えてしまう。戦うなら、もっと確実な手でやれ。小学生の頃に教わって良かった。
四十五秒経過。俺の身体は満身創痍だったがそれでも手を緩めない。美雨も鋭い連続斬りを繰り返す。
「っ!?」
いきなり、美雨の手が、一手だけ止まった。
(ここだ!)
不意打ちじゃないかと、俺を嵌めるんじゃないかと脳裏を過ぎったが、対処する時間は0.1秒たりとも無い。
バッと懐のグロックを抜いて発砲した。
――パパパパパパパパパパパパパパパパパァンッ!
十七発の全弾発射、頭、脇、手足、胸を狙って撃った。避けるのは不可能。美雨は村雨で全て弾く。これに二秒使った。
二秒あれば接近して斬るぐらい造作もない。
(いける――ッ!)
グロックを手放して村正で斬りかか――ろうとした。
ズキンッ! という激痛が来なければ。
「なっ!?」
――パキパキパキパキパキパキ……
俺の身体から嫌な音が悲鳴を上げた。これってまさか。
(おい村正!?)
『正刀、あなたが予想よりも激しく動いたから、傷口が耐えられなくなっちゃったわね。妖筋も普段より強めだったから、一分持てば上出来だったんじゃない?』
だからそういう事は先に言えよ!
相棒のナマクラへの文句は既に遅かった。強化した筋肉がそれを促進させて――
――ブシャァァァァァァァァァァァァァァッ!
鮮血が飛び散った。
「がぁ、ぁ……!」
掠れた声しか出なかった。以前村雨に斬られ、姉さんに塞いでもらった重傷の傷が、再度開いてしまった。
盛大に吹き出る血と痛みは、声を上げる事すら忘れてしまう程だった。
『若造、我が態々塩を送った意図も読めんかったか』
傷の激痛で反応が遅れた俺に美雨が逆に接近して来た。
村雨の奴、俺の傷口が予定よりも早く開く事を分かってて、あえて俺に隙をくれたのかよ。
『若造、そなたはその若さ故、まだ学ばなかったようであるな。人間は、好機を見出せば、それだけ死に近づくと』
美雨は無慈悲にも村雨を振り上げ、
『若造、この死合い、我の勝ち也』
その妖刃を振り下ろした。
――第二の鮮血が飛び散った。最初の傷とは対照的にX字になる様に切り裂かれた俺の身体は、ゆっくりと、ゆっくりと地に伏せる。
(……そういや、そうだったかもな。すっかり忘れてた)
途切れ途切れの意識の中で、死の直前に映し出される走馬灯。それは父さんに教わった時のだ。
――いいか正刀。よく漫画やアニメみたいにチャンスや奇跡が訪れて主人公が大逆転したりってあるだろ。けどな、ガチの実戦じゃそんな都合の良い事なんて簡単には起きない。あれはそういう風に話を作ってるだけだ。つうか絶対起きないぞはっきり言って。
じゃあどうやったらチャンスが来るかっていうとな、それは簡単な答えだ。
――チャンスとはピンチと共にやって来る。それだけだ。
――いいか正刀。お父さんが今まで経験した中で、戦闘で死ぬ確率が一番高いのは、その戦闘において一番敵を油断した時だ。それもたった一瞬、一秒あるか無いかっていう本当に一瞬の時間だけ油断すれば確実に死ぬ。あらゆる状況下で起こる戦闘でも、微塵も気を緩めちゃいけない。それがお父さんなりの銃剣警としての戦いってもんだ。で、その一番敵を油断する時ってのがどんな時か、それは簡単だ。
――一番敵を油断する時、それは自分が敵に勝ったと思った時だ。
……本当、小一の息子によくこんな事教えるよな。この父親は。しかもこの後手合わせしてもらった時に手加減なんか一切無くボコボコにされた挙句、心折れるぐらい罵られて、終わった帰りに立ち寄ったファミレスで飯食っている俺をデレデレしながら見ていて、次の日仕事サボって遊びに行こうとか言い出す始末。もう何処から突っ込めば良いか分からねぇよ。
あーあ、これは忘れてた俺の自業自得か。仕方ないか。こんな訳分からんテロリストと殺り合って、まともに生きれるかって。
――ドクン、ドクン、ドク……ン……ド……ク……ン……
心臓の鼓動が、止まっていきそうだった。そんな中でも、父さんから教わった事が頭に浮かぶ。
――いいか正刀。男ってのはな、どんな時でも可愛い女の子には優しくしなきゃ駄目だ。どんな無茶なお願いだってちゃんと聞き入れてあげるのが男ってもんだぞ。
――ド……クン……ド……ク……
……可愛い女の子のお願いはちゃんと聞き入れる、か。
――ドク……ン……ド……ク……ン……
(それもそうだな)
死ぬぐらいなら、ちゃんとそれだけでもやらないと、あの世で父さんに殺される。
そうだよな。そうだよな。
――……ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……
――女の子の頼みぐらい、聞いてやらないとなっ!
「……へっ」
地に伏せた俺は――笑った。
『む?』
村雨が首を傾げる声を出すが――
「――ラァァァアアアアアアアアアアアアアアッ!」
――バキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキバキィィィッ!
俺の全身が妖筋によって追加強化される。
「なっ!?」
19が驚く間も無く、俺は既に美雨の懐に入っていた。――村正の刀身を黒い妖気で纏わせて。
「……美雨」
「…………」
美雨は無言だった。瞳は相変わらず暗いままだ。
美雨、さっき俺に言ってくれたよな。19に抵抗した最後の力で。
……ま、さ、と………
……こ、ろ、し、て……
ころして。殺してって。たった四文字だけど、例え残酷な行為でも、
女の子のお願いを聞いてやるのが男だって、大好きなあの人に教わったから。
「殺してやるよ。美雨」
村正を構えた俺は、逆袈裟に一閃した。
「虚独!」
村正はさっき言っていた。
憑皚は美雨の身体能力を飛躍的に強化してくれるが、妖筋程ではないと。銃弾もナイフも受けない筋肉量を得た妖筋でさえ、村雨の刃は通った。なら、その下位互換の憑皚で強化されていても村正はバターを切る様に刃は通る。
よって、村正は美雨の身体に見事な斜線を描き、綺麗で温かな血を散らす。
美雨を斬った。村正の刃は深くまで入り込んでいたから真っ二つとは行かなかったが、心臓などの臓器や骨、血管、肉を綺麗にを切り裂いた。
一撃必殺。それが今出来る勝ち方――殺し方だった。
次回で決着つきます。
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