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妖刀使いの妹(ペット)  作者: 黒楼海璃
No.1 ある日、妹が出来ました。
13/32

No.12 村雨③

 学校の体育館裏。そこは学園ラブコメの舞台では告白スポットの定番とされている場所である。

 ここに、風紀委員のぬますみが数人の女子生徒達と会っていた。その空気はいつになくピリピリとして一触即発の雰囲気が出ていた。

 体育館裏という場所は、告白だけでなくイジメや暴力行為などの定番スポットでもある。何も知らない人が見れば、沼田が女子生徒たちからリンチを受けそうだと思うかもしれないが、幸いにもそんな事は無かった。


「……沼田さん、悪いけどもう一回言ってくれない?」

「……分かったわ」


 一人の女子生徒に頼まれ、沼田は一呼吸置いて再度言う。


「気持ちは物凄くありがたい。正直感謝している。けど今は銃剣警の仕事に専念したいから、今は誰の申し出も受けられない。本当にごめん、以上」


 沼田が述べた伝言を聞き終えた女子生徒達は揃って肩を落とす。


「そっか。沼田さん、わざわざありがとうね」


 女子生徒達は沼田をお礼を言い、その場を去っていく。それを確認し、自分だけになった沼田は深い溜息を吐いた。


「……今ので、二十一人目っと。えーっと、明日の放課後にきしさん、かんざきさん、さん、よこみぞさん、とうさんの五人ね」


 沼田はスマホに書かれたとあるリストに記載されている名前を順番に消していく。最初は沢山の名前で埋まっていたが、もはやその数は半数を迎えようとしていた。今も明日この場所で会う女子生徒の名前を確認している。

 さっきの女子生徒達は、とある男子にラブレターを送り、今日返事を聞くつもりで体育館裏にやって来た。だがその男子は特殊な事情で暫く学校に来れず、代わりに返事を伝えてもらうよう沼田に依頼した。


「……まったくもう、あやむら君ったら」


 沼田は彼女にリストを託した本人――妖村正刀から面倒な依頼を引き受けたと思ったが、彼女としてはそれを無下に断れなかったのだった。



 俺の傷が完治するのに、二日を要した。

 いや、正確に言えば傷口は一応塞がった。けど、どうせ俺の事だからまた平気で無茶をして傷口が開くパターンが多い。そんな訳で、はるの家まではタクシーを使ってやって来た。費用は銃剣警局に請求させる形で。


「相変わらずデカい家だな」と俺。

「それほどでもありませんよ」と晴菜。


 むらまさを脇に置いて座っている制服姿の俺と、戦闘用鉄扇を目の前に置いて正座している改造着物姿の晴菜が互いに向き合って茶を啜っていた。俺の隣には女の子座りしているがポケーッとしている。

 晴菜の家はちょっとした和風建築の豪邸だ。屋敷の敷地は俺の家の何倍以上もあり、あずさの家の半分程の広さしかない。休日に生け花や書道、日本舞踊と言った娯楽、陰陽師の内職(式神作ったり御札作ったり)をする為の専用部屋も完備。更には地下室までもがある。

 デカい屋敷と広い庭があるだけでも凄いのだが、これでも京都の実家や他の分家に比べれば一番小さいとか。どんだけ金持ちなんだよ御門家は。

 唯一の欠点があるとすれば、この敷地内には成仏できていない無数の幽霊達が住み着いているぐらいだろうか。陰陽師の家系であり、豊富な式力を持つ晴菜は霊の類に好かれやすい体質だ。廃墟や心霊スポットから排斥され、住む所を失った低級霊達も引き取っていた。

 特に実害は無いし、霊感がなければ微々たる事だが、妖刀『村正』を所有する俺は村正の影響もあり当然霊感がある。というか既に俺の周りに白い煙みたいな幽霊が集まっている。どうやら俺も好かれたみたいで、やってくる度に近寄ってくる。まあ子犬や子猫だと思えば別に良いんだが。

 今この屋敷には俺、晴菜、美雨の三人しかいないが、この屋敷に住んでいるのは晴菜以外に侍女の女の子が十人程いる。皆中学生から高校生ぐらいの年齢なのだが、皆が皆犯罪事件等の被害者及びその関係者。家族を犯罪者に殺されたり、住んでた家が無くなったりと、身寄りが無い女の子達を晴菜が引き取って働かせている。

 基本的には屋敷内の掃除、炊事、洗濯などの家事全般、留守番や電話番、買出しなどの雑用が仕事内容で、ちゃんとした給金も与えているし、まだ学生だから学校にも行かせている。時には晴菜が相談相手になる事もあるし、時々襲撃に来る逆恨み犯罪者が報復に来ても守り切っている。

 一件すれば善人の行為だと思えるが実は違う。半分は合っているが、これは俺や梓、などのごく一部の人間しか知らない理由がある。

 周りから大和撫子とよく言われている晴菜は、実は同性愛主義者、俗に百合と呼ばれる性癖の持ち主である。表では俺が巨乳好きであることを隠しているように自分が同性愛であることを隠しているが、内面はかなりヤバい。

 別にやっていることといえば、侍女の女の子に抱きついたり、胸やら尻やら触りまくったり、舌で軽く舐めたりetc、と銃剣警法違反にならない程度まで抑えている。本人もお年頃だし、そういう気持ちがあっても責めはしない。晴菜も程々に抑えて、三次元ではそういうことができない事で溜まってしまうようなストレスをネット通販で買ったエロゲー(全部百合系)で紛らわしているという。

 念の為言うが、晴菜には二次元趣味は無い。一応言うが二次元趣味は無い。


「それで正刀君、梓さんはいつも通り学校に行ったのですか?」


 晴菜の方から世間話を持ち出してきた。


「まあな。なげきさんついてるから問題無いだろ。当の本人は明らか心配そうにしてたけどな」

「そうですか。気持ち察します。正刀君に死なれてしまったら私も困りますし」


 晴菜は困った顔で鉄扇を煽ぐ。

 あれ? 心配してくれているのは嬉しいには嬉しいが、俺が死んで晴菜が困ることなんてあったっけ?


「……お前、そこまで人を心配する奴だったか?」

「正刀君、一体私をどれだけ薄情な人だとお思いなのかは存じませんが、私と言えど最低限の心配はしますよ? ただ、もし正刀君が死んでしまうと……葬儀の手配から事後処理までをするのが聊か大変でして」

「そっちかよ!?」


 結局俺が死ぬ事じゃなくて、死んだ後の事が面倒なだけじゃねえか。一々ムカつく女だなコイツは。


「正刀君が療養中の間は、美雨さんもたけさと医院の方でお泊りを?」

「ああ。本当は梓に預けたかったんだが、美雨が狙われている可能性が高いから止めた。ヘタに梓への危険が増すのは避けたいし、第一美雨は俺から離れたがらないしでな」


 あの時は本当に困った。夜寝る時なんて、俺が寝てるベッドに入り込もうとするし抱きついてくるしで傷の激痛に耐えながら理性で堪えていた。最終的には姉さんがちゃんと説得してくれたおかげで、隣に布団を敷いて寝るという結論に至った。


「それは良かったです。危うく美雨さんが手篭めにされないかと心配でしたけど、流石に大怪我を負われていた上にヘタレな正刀君がそんな事できる余裕はありませんからホッとしました」

「悪かったな。ヘタレで」


 このムカつく女の口を黙らせてやりたいが、今日は晴菜がむらさめに関するヤバい方の話をするのでそういう訳にもいかない。

 俺は溜息を吐いて茶を啜っていると、待っていた後輩がやって来るのに気付いた。


「来たか夜千瑠」

「然り。ふう夜千瑠、只今参上仕ったで御座る」


 庭に突如、黒い忍び装束の女――風魔夜千瑠が片膝をついた姿で現れた。

 夜千瑠は俺の指示で襲撃してきた黒尽くめの一団について情報収集を行っていた。

 三人が集まり、これで話し合いが出来る。


「では皆さん、結界を張ります。ですがその前に正刀君、これを」


 鉄扇をパチンッと鳴らした晴菜が俺に渡してきたのは二つ。


 一つ目は、銃剣警がよく使う、犯罪者を拘束する為の長いケーブル。

 二つ目は、黒い金属製の拘束具――AEB二個だった。


「大変申し訳ありませんが、これで美雨さんを拘束して下さい」

「は?」


 俺は耳を疑った。何故被害者である美雨を縛る必要が出てくる。投げ返そうかと思ったが、よく見ると晴菜はあまり乗り気ではない顔をしている。つまり本心で言っているのではなく、何かしらの理由があるからだ。


「私だって別に好きで言っているのではありません。万が一の時の保険代わりです。先日夜千瑠さんからお聞きした話をまとめますと、美雨さんを操った人物は高度な洗脳術の使い手です。もしも美雨さんが操られ、妖刀『村雨』を使ってしまったら大惨事です」

「……それはつまり、その美雨を操った誰かは、お前の張る結界も破るってことか?」


 それは中々信じがたいことだ。

 晴菜が張る結界は、規模は小さいがあらゆる魔術も超能力も受け付けず、結界内での出来事も外には一切出さない高等技術だ。三人で話し合う時によく使われているが、それが破られた事は今までに一度も無い。それを破れるのは晴菜の家の人間か、或いは銃剣警局の公安部の化け物ぐらいだぞ。


「可能性の一つとして入れるのは当然かと。ご心配には及びません。最大限の努力はしますし、お話が終わり次第AEBの鍵はお渡しします。ですから、どうかお願いします」


 晴菜が鉄扇を置いて頭を下げる。こういう時に晴菜が言う事は大抵正しい。それは一緒に仕事をしているから分かるが、コイツがそこまで頼むのも滅多にない。


「けどな、そういうのは美雨が了承しないとマズいだろ?」

「ですから、正刀君がなんとかして下さいとお願いしているんです」

「おいっ」


 本心はそれかよ。結局全部俺に丸投げさせる気だな。


「師匠、拙者も晴菜殿に賛成で御座る。美雨殿は師匠に心を開いておられる。ならば師匠が説得するのが最善で御座る」

「正刀君、夜千瑠さんもこう仰ってます。私が無理矢理やるのも正直やってみたいですが、それでは銃剣警法違反になりかねませんし」

「け、けどな晴菜」

「師匠、今は我が儘を申す時ではないで御座る」

「正刀君、今はあなただけが頼りなのです」


 夜千瑠と晴菜、美少女くノ一と美少女陰陽師が同時に言い寄ってくる。というか何処か芝居臭い雰囲気が出てるぞ。コイツら俺が療養中に二人で決めてやがったな。


「……分かったよ」


 仕方なく美雨の説得役を引き受けた。まあ場合が場合だから仕方ないか。だが、


「けどよ晴菜、美雨にAEBをつけたら村雨が出なくなるだろ。その辺どうするんだよ」


 どうしても気掛かりな事があった。それはAEBの特徴にある。

 AEBは装着した者の異能を封じる。村雨は姿を現したり消したり出来る顕現型の異刀コトナリガタナ。つまり美雨がAEBをつければ日本刀としてこちらに留まり続ける事が出来ず、村雨も交えた話が出来なくなる。

 俺の疑問に、晴菜は鉄扇を持ってパチンと音を鳴らす。


「ご安心を。それは私が対処致しますので」

「……分かったよ」


 渋々承諾することにした。絶対後で覚えてろお前ら。


「なあ、美雨」


 美雨に話しかける。今の今までずっと湯のみの中の茶をボーっと見ていた美雨はゆっくりと俺の声がした方を向く。


「……な、に?」


 美雨は首を小さく傾げながら訊ねる。


「ちょっと間だけで良いんだけどな、美雨を縛っても良いか?」


 苦笑いになりつつもなんとか笑顔を崩さず美雨に訊く。


「……な、ん、で?」


 美雨は何故自分を縛るのか聞き返してきた。


「えーっとだな、ちょっと村雨と話をしたいんだよ。それでその間に村雨が美雨を使って悪さするといけないから、美雨を縛りたいんだ。駄目か?」


 本当は第三者を警戒してなのだが、それは言えないし、美雨が暴れた時は村雨が憑依している時なので村雨をダシに使う。

 こんな事訊いて簡単に了承してくれる訳……


「……い、い、よ?」


 あっさり了承した。


「い、良いのか? 本当に?」

「う、ん」


 美雨はコクリと小さく頷く。


「……わたし、の、せい、で、まさとが、けがするの、や、だ?」


 どうも美雨は自分が俺を殺そうとした事をまだ気にしているみたいだった。俺自身はもう気にしていないが、本人がこうなら仕方が無い。


「じゃあ美雨、早速だが村雨を呼んでくれ」

「う、ん。む、ら、さ、め?」

『うむ』


 美雨の呼びかけに、男の声が返事をして一本の黒鞘に収められた日本刀が顕現した。

 妖刀『村雨』。使い手に憑依する異刀の一本。村正の知り合い。


「村雨、さっきまでの話は聞いていたか?」

『如何にも。そういうことであれば致し方あるまい。やるがよい』

「晴菜」

「はい」


 晴菜は着物の袖から、訳の分からない文字を墨で書いた一枚の御札を取り出し、それを村雨の鞘に貼りつけた。


「急急如律令・ばく


 晴菜が五芒星を描く様に指を動かす。村雨に貼られた御札がバチッという火花を立てた。


「ぐっ!?」


 村雨は声を上げる。御札に晴菜の妖気が纏わり付き、それが村雨全体を覆う。


「完了です」

「……一体何したんだ?」

「妖刀『村雨』を美雨さんの体から一時的に独立させました。これで美雨さんがAEBで拘束されても消える事はありません。ついでに妖刀『村雨』本来の力も完全に封じましたので、憑依はおろか、抜刀も移動もできません。まあ喋るぐらいでしたら可能ですので、これで一先ずは。ちなみに持続時間は御札を剥がさない限り半永久的に続き、式力を流した私にしか剥がせません」


 晴菜はニッコリと笑い、鉄扇をパチンと鳴らして説明してくれて。相変わらずこの封印術は相当なものだな。流石は御門家次代の麒麟児。


「では正刀君、お願いします。出来れば後ろ手で」

「ああ。美雨、手出してくれ」

「……う、ん」


 美雨は俺に右手を出す。俺はその手を優しく握り、AEBを掛ける。そのまま右手を後ろに回し、左手にもAEBを掛けて美雨を後ろ手に拘束する。次に美雨の足をミニスカートの中が見えないよう気をつけながら――本当は見たかった――持ち上げて二個目のAEBを両足に嵌める。その後ケーブルで美雨の身体を二重に拘束。勿論キツ過ぎず緩過ぎず、痛過ぎずだ。これで美雨は身動きが取れなくなった。


「平気か美雨?」

「……う、ん」


 コク、と小さく頷く美雨。表情が変わらないから判断の仕様が無いが、多分大丈夫みたいだ。

 しかし、拘束巨乳美少女をまた拝める時がでるとは思わなかった。しかも縛る時に美雨ご自慢の巨乳がフヨンと揺れた。いつまでも見てみたいが、今はスルーしよう。


「では結界を張ります」


 晴菜は袖から八枚の御札を取り出して上に放り投げ、妖気を纏った指で五芒星を描く。


「急急如律令・ゆいげん


 晴菜が描いた五芒星の妖気が放り投げた御札に移り、それぞれ勝手に動き出して部屋の上下四隅に貼りついた。

 八箇所に貼られた御札は隣り合う御札と妖気の線で結び合い、一個の直方体型の空間が出来上がった。

 晴菜の張った結界、急急如律令・結檻は一時的に空間を捻じ曲げて、音も臭いも光も外に出さないようにする陰陽術の一種。まさに銃剣警が話し合うには絶好の場所である。本当に陰陽術かどうかは知らんが。


「さて、随分長くなりましたが、早速話し合いますか。それと村雨うじ


 晴菜は只の置物に成り果てた村雨に目を向ける。


「これから私達がお訊ねすることに関して、全て正直にお答えください。でなければ大事な主様が正刀君によって陵辱され……」

(ゴンッ!)


 俺の村正の鞘が晴菜の脳天に直撃、かと思いきや、晴菜は鉄扇でガードしていた。


「……何をするんですか正刀君?」

「うるせぇ。晴菜テメェそれが本心だな。そうなんだな」

「冗談に決まってるじゃないですか。ヘタレな正刀君が銃剣警法を破ってまで性欲に奔る筈ありませんし」

「だったら最初っから言うなぁぁぁぁぁっ!」


 ゴンッゴンッゴンッゴンッゴンッ!

 俺は容赦なく村正を叩きつける。晴菜は鉄扇でガードする。


「し、師匠! 落ち着くで御座る!」


 俺と晴菜のチャンバラがヒートアップしだした所で、夜千瑠が俺を羽交い絞めにして止める。


「放せ夜千瑠! 今回ばかりは一発殴らねえと気が済まん! あと師匠って呼ぶな!」

「師匠! お気を確かにで御座る! 今は拙者共三人で話し合う時で御座る! 晴菜殿を殴るのはその後でも問題ない筈で御座る!」

「……まぁ、確かに」


 翌々考えればそうだ。今はあくまでも銃剣警としての職務を全うしよう。晴菜をボコるのはその後でいくらだって出来る。


「晴菜、次ふざけた事ぬかしたらぶっ斬るぞ」

「分かっております。その時は斬るなり撃つなりお好きにどうぞ」


 言ったな。絶対斬るぞ。

 俺は一旦冷静を取り戻して座りなおす。


「……では、始めましょうか」

「確かこの前晴菜が話してくれたのは、表と裏の部分的な所だったな。あれの続き話してくれ」

「……分かりました。ですがその前に一服を」


 晴菜は茶を啜り、村雨に関する話を切り出す。


「……先日お話したことをもう一度言います。妖刀『村雨』。南総里見八犬伝のいぬづか信乃しのもりたかの持つ宝刀。常に刀身が水に濡れ、刃に付く血が洗い流されて曇ることなく、それでいながら錆びない刀身は研がずとも鋭さを保ったまま、と表向きではそうなっています。八犬伝では使い手を助ける場面もあり、聖剣的な面もある刀ですが、妖刀と比喩される要因は二つあります。

 一つ目は、正刀君の持つ妖刀『村正』と名前が似ているのでこんがらがってしまった様です。まあこれはこれで、本当の理由を隠すにはうってつけですので結構な事ですが。

 二つ目の理由は、実在しているコチラの、死肉を啄ばむ怪鳥の様な殺気を漂わせ、抜けばたま散るしるましの刃と比喩される村雨を隠す為です。

 異刀には、その刀特有の能力があります。例えば正刀君の妖刀『村正』は、使い手の筋肉や骨、神経、眼を妖気で飛躍的に強化します。一方妖刀『村雨』は、妖気で使い手に憑依し、使い手に変わって己を振るう。但し使い手の自我までは操れません。

 妖刀『村雨』の抜けば魂散るとは、使い手の魂が散るのではなく、斬り捨てた相手の魂を血飛沫と共に散らし、死者の魂が逝くべきである黄泉の国には渡らせないと言われています。これは他の妖刀にも似た力はありますので珍しいことではありません。怪の刃とは、水で濡れている如く、妖気が刀身を濡らしていることを意味します。ですので何人斬ろうが刃は血に濡れず、妖気によって洗い流されて切れ味は鈍らず常に鋭いです」


 晴菜は着物の懐から、一本の巻物を取り出し、俺達の前に広げる。

 巻物には、意味不明な呪文の様な文字で謎の文章が書かれてた。


「……晴菜、何て書いてあるんだ? 全く読めないんだが」

「正刀君、読めてしまっては一大事ですよ。これは我々御門家でのみ使われる文字で、記録を暗号化する際に用いられます。一見すると読めそうですが、御門家の人間にしか絶対に読めません。もし御門家と繋がりの無い外部の人間が読めたのなら、その方は問答無用で消しても良いと政府より許可されてます」

「マジかよ……」

「マジです。ですので、間違っても読めるようになりたいと思わないで下さいね? 私のみならず、銃剣警局の公安最上層部に在籍中の御門家達が勢ぞろいで正刀君を消しに来ますので」

「おっ、おう……」


 晴菜が大和撫子と豪語出来るほどのニッコリ顔で忠告してくれる。一瞬覚えたいと脳裏を過ぎったが、裏で汚職の限りを尽くした大物政治家を病死扱いで闇に葬った過去があるあの御門家のことだ。止めておこう。


「それで晴菜殿、この巻物は如何な代物で御座ろうか?」

「これは妖刀『村雨』に関する過去の文献です。もう二百年近く本家で封印されていたのを昨日直接届けてもらいました。宅配業者にお願いしようにも、一般人を呪い殺す訳にはいきませんでしたので」


 晴菜は困ったように溜息を吐いた。

 陰陽師って人を呪う仕事じゃなかった筈なんだが、もう気にするのは止めよう。


「正刀君、村雨氏、色々ご確認させて頂きます。宜しいですか?」

「ああ」

『うむ。構わぬ』

「えーっとですね、正刀君が見たのがつきせん、間違いありませんね?」

「ああ。間違いない」

「はい。では村雨氏、おおつきつき憑皚よりしろかいりんぜっせん、これらがあなたの持つ技の一部、で間違いありませんね?」

『うむ。如何にも。前者三つは憑依、後者二つは剣技である。よもや書き記されておったか。なんたる不覚だ』


 村雨は悔しがるような言い様で晴菜の質問に肯定する。

 俺が見た虚楚憑と刃煽舞、あれ以外にも村雨には技がある。しかも憑依だってもっとある。それが当たり前なんだろうけど、何処までも底が知れねえな。


「この文献には、先程確認した七つの技、妖刀『村雨』の姿形、特徴、固有能力、その他諸々の事が書かれています。詳しくは言えませんが、もう一つこう書かれています。……妖刀『村雨』持ちし者、皆が皆不毒殺。つまり毒では殺せない、毒に耐性がある、ということですね」


 晴菜はその毒に耐性のある使い手、美雨に目を向ける。ずっと蚊帳の外にいた美雨は拘束されているにも関わらずポケーッとしている。よく平気でいられるな。


「美雨、平気か? 痛かったら遠慮なく言って良いんだぞ」

「……う、ん。へい、き?」


 美雨は小さく頷く。よくその姿勢で平気だなこのは。

 美雨の次に、今度は村雨の方に目をやる。


「おい村雨、確認なんだが、今までお前を宿した人間って、皆こういう耐性持ちなのか? それとも単なる偶然か?」

『うむ。その問いに対する答えは、前者であろうな。我を宿した主達は、数多の耐性を持つ者ばかりであった。よく覚えておる者でいくのならば、小蛇ころち信乃しのであろうな』

『あー、いたわね。そんな人間も。結局最後は治刃じばに殺されたけど』

『そうであったの。だが村正よ。かぶらの時は我が殺めたの』

『そうだったわね。あの時は本当に惜しかったわよ』

「おいお前ら、小蛇に治刃に鏑って誰だ。ちゃんと説明しろ」


 (村正)(村雨)が勝手に昔話をし出したので、俺は間に入って止める。


『治刃と鏑は昔の私の使い手よ。治刃が二百年くらい前、鏑が三百年くらい前の事だけどね』

『小蛇とは嘗て我の使い手であった人間だ。彼奴は毒と酒と薬に対して強靭な耐性を生まれつき持っておった。若造よ、そなたは、隻腕隻眼であったにも関わらず、三千もの敵を倒した使い手の話を知っておろう? それが小蛇だ。我を宿した故に、腕一つ眼球一つを失くしたが、それでも尚彼奴は最期まで猛者であったの』


 村雨は懐かしそうに語る。やっぱりそんな人間止めた超人実在したのか。でもって最期は村正に殺されたのかよ。

 それよりなにより、今さっき聞き捨てならない単語が聞こえたような。


「村雨、お前さっき信乃って言ったよな? それってもしかして……」

『如何にも。南総里見八犬伝にて我を扱う、犬塚信乃戍孝である。彼奴は毒に通ずる全て、草木から採れる万の薬、加えて我ら異刀の呪いの一切を受けつけね男だった』

「ここで正刀君と夜千瑠さんに補足します。南総里見八犬伝の犬塚信乃戍孝は正確には実在しています」

「はあっ!?」

「何とっ!?」

「ですが、その事実は我ら御門家が隠蔽したんです。そして空想上の人物である認識を世間に植えつけました。でないと色々と面倒なことになりますから」


 ですよね。そこまでやらないと後々大変ですもんね。ていうかよく隠蔽できたな御門家。どうせまた犠牲者何人も出したんだろうけど。

 閑話休題。御門家の文献と村雨の証言から、一つ判明した。


「……つまり、村雨を宿せる条件は耐性持ちじゃないといけない、ってことか?」

「それも異常な数値を生まれつき複数持っている。これは確かに適合率が低い訳ですよ。ちなみに村正氏はこの事をご存知で?」

『正確な事は知らなかったけど、村雨君の使い手が皆耐毒な人間なのは知っていたわよ』

「おい。じゃあ何で美雨に薬物免疫があるって分かった時に教えてくれなかったんだよ。お前が美雨から気を感じてたんだったらそれで確証に到ってただろ」

『仕方ないじゃない。必ずしもそういう人間に村雨君が宿るという保証が100%だって私が断言できる権限なんか無いんだし、他の刀事情に首突っ込むのはマナー違反だし、そもそもそれを言って、正刀はどうしたのかしら?』

「うぐっ」


 村正の言う通りだ。コイツが真面目な時の口調で言いえば嘘じゃないから信じていたかもしれないが、それを知って美雨を一体どうするのかと訊かれたら、返答に迷ったのかもしれない。

 というか、どうすることも出来なかったかもな。その時はまだ村雨が開眼していなかったし、もし違っていたら美雨にも失礼だし、損害も大きい。けど事前に知っていたら、帰る手段をもうちょっと慎重に選んでいたのかもしれないのに。


「だったら村正、村雨が開眼した時、もし途中で美雨の洗脳が解けなかったら殺すしかなかっていうのか?」

『そうね。あなたが美雨を殺すか、美雨があなたを殺すか、どっちにしろ片方は死んでたわ。尤も、あの時は死闘になる前だったからノーカンだけど』


 いやいやいや。明らか死闘に入ってただろうが。

 けれど村正は冗談で言っていない。

 村正曰く、異刀には、一つのジンクスがあるという。

 異刀の使い手同士が戦えば、それは単純な決闘にも、勝利の女神がどちらに微笑む激闘にも決してならず、どちらか片方が必ず死ぬ死闘に成り果てる。

 村正は今まで自分を使ってきた者達が、村雨を含めた別の異刀との戦いになると、必ずと言って良い程に死闘が繰り広げられた。相手が死んだり自身の使い手が死んだり、死なない戦いはこれまで一度も無かった。

 もし俺が美雨と戦うことになったら、俺は美雨を殺すか、或いは美雨に殺されるのか、そのどちらかが絶対に待っている。ハッキリ言ってそれは嫌だな。

 俺と村正の言い合いで空気が重くなりってしまったので、晴菜が鉄扇をパチンッと鳴らし、軽く咳払いをして場の空気をなんとか戻そうとしてくれた。


「話を変えましょう。これから先は、正真正銘深刻な話になります」

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