No.11 村雨②
「八徹ちゃーん!」
――ガシッ!
――ムニュン!
戻るや否や、梓が八徹を見ると、笑顔で抱きつく。
「あ、梓様。ご無沙汰しております。本日もとても可愛らしゅう御座いますね」
「あらあら、八徹ちゃんったらお上手なんだからぁ~!」
梓は照れて八徹の顔を胸の中へと埋める。チクショウ! 俺なんか一度もやってもらったことないのに!
「うぉっぷ!? あ、梓様お止め下さい! はしたのう御座います!」
「あ、ゴメンゴメン」
梓はすぐに八徹から離れ、代わりに頭をナデナデする。自分の胸に他人の顔を埋める行為は普段の梓からは考えられないことだが、相手が八徹だと率先してやりだす。何故だ。
「八徹君久しぶり」
「今日も八徹君元気一杯だね」
「あ、文様、凜様。お久しぶりで御座います。文様も凜様も、本日もとても可愛らしゅう御座いますね」
「えへへ。ありがとう」
俺が電話を掛けている間に戻ってきた文ちゃんと凜ちゃんも、お世辞を言う八徹の頭を笑顔でナデナデする。
「えいっ」
――ムニュン
ぬ、ぬぁんとっ!? 突然文ちゃんがしゃがみ込んだかと思ったら、八徹に抱きついて梓みたいに顔を自分の胸に埋めた!
「文ちゃんズルいよ。私もやる」
それを見た凜ちゃんが文ちゃんから八徹を奪い取って自分の胸に顔を埋めた!
何でだ!? 何で俺と八徹でこんなにも扱いが違うんだ!?
俺なんか中学生には手を出しくないから自制してるし、梓だと銃剣警法違反でいつも死にかけてるのに!
「ふ、文様、凜様、お止め下さい。く、苦しいです」
「あ、ゴメンね八徹君」
本当に苦しそうな八徹が訴えると凜ちゃんは八徹を放した。それから椅子に自分が座り、八徹を膝の上に乗せて頭を撫で始める。
現役巨乳女子中学生の膝の上に座れるとかどんだけ得してるんだよ八徹は!? しかも巨乳JCと巨乳JKに可愛がられてるし! やっぱり人気者なのは事実みたいだ。
「どうしたの正刀君? そんなにも驚いて」
その光景を見ていた姉さんがニコニコ顔で俺に訪訊ねた。
「……八徹が無茶苦茶羨ましいんですよ。特に梓なんか普段と態度全然違うし」
「仕方ないわよ。だって八徹君は一応小学生だもん。ああやっていつも近所の女の子達に可愛がられてるんですって」
何だよそれ!? 小学生ってだけで得してんのかよ!? 贔屓だろそれ!
ちなみに姉さんだけが梓達の輪の中に入っていない。姉さんだったら絶対にやってそうなのに全然やろうとしない。
美少女三人に可愛がられている八徹が言いにくそうに口を開いた。
「……あの皆様、先程の胸に顔を埋める行為はできればお控え頂きたいのですが。特に梓様には悪い虫がつきやすいですし。文様も凜様も充分お年頃です。それにもしやるのであれば僕などではなく正刀様におやりになった方が宜しいのでは?」
ナイス八徹! 後でお菓子奢ってやる!
「何で正刀なんかにやる必要があるの?」
対する梓はムスッと顔を不機嫌にさせて八徹に聞き返す。何故そこで不機嫌……は当然か。
「そ、それは、正刀様は女性の大きい胸がお好きですし、梓様がおやりなればより一層お喜びなるかと……」
「そうだ梓! 一刻も早くそのおっぱいで俺を埋めてくれ!」
(ゴンッ!)
案の定梓に金鎚で顔面を殴られた。ていうか何で今持ってんの?
「……梓、殴られたのは自業自得だって分かってるけどさ、俺一応怪我人なんだが」
「だったらそういうエッチなこと言わないでよ! 八徹ちゃんは小学生だから良いの! でも正刀はエッチだから駄目!」
ドチクショォォォォォッ! やっぱり小学生羨ましいィィィィィッ!
「うわあぁぁぁぁっ! 姉さぁぁぁぁぁんっ!」
あまりの妬みと悔しさと羨ましさに、泣いて姉さんに抱きついた。
「酷いよ! 梓酷いよ! 梓達が俺のこと苛めるよぉぉぉっ!」
「よちよち。正刀君可哀想でちゅね~。お姉ちゃんがよしよししてあげまちゅね~」
姉さんは面白そうにニッコリと笑って俺を抱きしめ、ご自慢の爆乳に俺の顔を埋める。赤ん坊みたいにあやされてるけど、今は姉さんの爆乳が気持ち良過ぎてそれどころではない。
「……姉さん、もし姉さんの爆乳で俺が窒息したら人工呼吸してくれます?」
「うん。オッケ~」
「オッケ~じゃないわよ!(ゴンッ!)」
梓に後頭部を金鎚で思いっきり殴られた。
ここが殴られた所の中で一番痛くて悶絶してしまう。
「……梓、殴るんだったら後頭部は止めてくれ。相手を間違えれば死ぬぞ」
「え……そうなの?」
「ああ。今のは一応平気だったけど、当たり所が悪ければポックリ行ってたぞ」
『でも原因を作ったのは正刀。それに正刀は殺されても文句は言えない立場にいるし』
「言い返す言葉が無いのがツラい……」
相変わらず村正は痛い所ばかり突いてくる。確かに俺は殺されても仕方のないのは事実だ。
銃剣警になって三年。俺は仕事上で何人もの人間達を殺してきた。殆どが極悪非道なクズ共や殺害許可の下りた犯罪者達。奴等は自分達のやりたい放題に法の外を潜り抜けて様々な悪事に手を染めた。しかもヤバくなれば政治家や警察庁のお偉い人達の手を借りて逃れてきた。けど銃剣警相手にそれは通じない。
どんなに偉い人がバックに付こうが、どんなに不起訴になろうが、銃剣警局は手段を選ばずにその犯罪者達を消す。人でなしと言われればそれまでだが、悪事を繰り返してきたお前らにそんなことを言う資格は無いと思うだけだ。
俺が今まで殺した人の数は実に三百人越え。その大半は肉体的に殺した訳ではなく、一言で言うと社会的に殺した。勿論相手が悪いという証拠も全て揃えて正攻法に。だから肉体的に殺した人の数はせいぜい百人ぐらい。銃剣警にとってはこれでも少ない方だ。
「正刀君、痛いの痛いの飛んでけ~」
殴られた所は姉さんが優しくヨシヨシしてくれている。爆乳に埋められたまま。
「ところで正刀君。この後はどうするの?」
姉さんが爆乳から俺の顔を出してこの後、今後の美雨に関する方針をどうするのかを訊いてきた。
「……とりあえず美雨が起きたら晴菜の所に行って話を聞いてきます。休みは貰ったんで暫くは大丈夫でしょう。それと、おい梓」
俺は梓に顔を向け、金鎚を取り上げる。顔を少しキツめの表情にして、
「お前は明日から普段通り学校に行け」
「え、何でよ。私も一緒に行くわよ」
「駄目だ。お前は学校に行け」
俺が少しキツめに言っても梓は少しも気圧されない。流石にそこら辺は慣れてるか。
「正刀が大怪我負ったまま動くのに何で私だけ学校に行かないといけないのよ。私だって心配してるのよ」
「それは言わなくても分かってる。けどお前が急に学校を休むという出来事が突然起こればそれだけで命の危険に遭うんだぞ。違うか?」
「それは、その……」
「今までにもそういう俺の警告を無視して何度誘拐されたり何度死ぬような思いしてるじゃねえか」
「うぐっ……」
梓は言い返せず言葉が詰まる。
それはそうだ。昔から梓は俺の警告を無視して勝手な行動を取り、誘拐、拉致、監禁と様々な被害に遭っていた。小さかった頃は好奇心旺盛と言えば笑って許されたが、中学に上がってからも似たり寄ったりの行動が少なくはなかった。小学生の頃は父さんが、中学生の時は俺が何度も救ってきた。
「俺はその都度死に掛けたりしながらもお前を助けたんだぞ。少しは分かってもらわないと困る」
「うっ、ごめんなさい……」
「別にそのことを気にもしなければ責めもしないって。ただ俺は、いい加減学習しろって言ってんだよ」
「はい。分かりました……」
梓は落ち込んでしおらしくなる。少し言い過ぎたか。けど良い薬になっただろう。
「よし。それじゃあ明日は普段通り学校に行けよ」
「嫌」
予想はしてたけどやっぱり梓は諦めない。こういう頑固な所は昔と変わらずだな。
しつけぇよっ! と怒鳴りたい所だが、こんなことで梓が諦めてくれてたら学習の一つはすぐにするよな。仕方ない。強行手段を取るか。
「梓、言うこと聞かないなら、押し倒しておっぱい揉みしだくぞ」
「はぅっ!?」
俺のセクハラ発言に梓の顔がボンッと赤くなる。
梓が赤面したまま腕を振り翳そうとした。が、その手に金鎚は無い。さっき俺が取り上げたからな。だから梓は慌てて胸元を両手で隠す。
「梓、武器の無いお前が俺に腕力で勝てる訳ないのは分かってるよな? 武器持ってても勝てると思わないよな?」
「ま、正刀、や、止めて。本当に止めて……」
「駄目だ。人の忠告を無視するような悪い子にはお仕置きする必要だな」
俺はゆっくりと梓に近づく。それに対して梓は俺が一歩進めば一歩下がり、また俺が一歩進めば一歩下がる。
「い、いや、やだ……」
「さーてと、じっくりと揉ませて……」
「えいっ(バシッ!)」
突如後頭部に小さな衝撃を喰らった。振り返ってみると姉さんがニコニコ顔で巨大ハリセンを持っていた。どうやら俺はそれに叩かれたみたいだ。
「……姉さん、何処からそんなものを持ってきたんですか」
「何処って、お姉さんのおっぱいから~♪」
姉さんがウインクして自分の大きな谷間を見せてくれる。埋まりたい……
可笑しい。確かに姉さんはご自慢の谷間に色々と物を入れているけど、一体それの何処にハリセンを入れる容積が?
「正刀君。少しおイタが過ぎるわよ? 梓ちゃんを見てみなさい」
姉さんに言われるがままに梓を見てみる。梓は両手で胸元を隠したまま涙目になってその場にへたり込んでいた。外野で見ていた文ちゃんと凜ちゃんも顔が真っ赤で、「……梓さんが羨ましいなぁ……」って小声で言ったのちゃんと聞いてたぞ文ちゃん。八徹はどう反応して良いか分からず、俺と目が合うとすぐに逸らされた。
これは、少しやり過ぎたな。
「梓、悪い。少し調子に乗った」
しゃがみ込んで梓の頭の上に手をポンと置く。梓は頬を薄っすら赤く染めてプイッと顔を背ける。
「……正刀の馬鹿」
「悪かったって。今度ケーキ奢るから。なっ?」
「……パフェも奢ってね?」
「おお勿論。好きなだけ奢ってやる」
俺の謝罪を受け入れてくれた梓の顔も少しずつ綻んでいく。ていうかケーキとパフェだけで機嫌が直るなら、もし揉むことがあってもこれを遣って許してもらえるんじゃないか?
「正刀、次同じことしようとしたら本当に訴えるからね」
「はい分かりました。大変申し訳御座いませんでした梓様」
駄目だった。チクショウ。やっぱり八徹が羨ましいぜ。
しかしこのままだと梓は本当に学校を休んでしまう。経験上それは危ないのかもしれない。なんとしてでも説得しないと。
「あのな梓、話戻すけど、頼むから明日からは普段通りに過ごしてくれ。今回はヘタしたらお前まで死地に追いやられることになるかもしれない。第一、俺は自分の身が滅ぶことよりも、お前の身に何かあることの方が一番嫌なんだよ」
しれっと言うと梓は顔を見上げる。
「……そう、だったっけ?」
「当たり前だ。何度も言ってるだろ。俺はお前の命を助けることができるなら、喜んで自分の命を悪魔に売ってやるさ」
俺が言い切ると梓の顔がトマトの如く真っ赤に熟れていく。よく見てみれば文ちゃんと凜ちゃんまでもが顔をほんのりと赤く染めているし、横では姉さんがヒューヒューとはやし立てている。今の発言の何処にそこまでなる要素があるんだ?
「……分かったわよ」
「ん?」
「正刀の言うとおりにすれば良いんでしょ? けど約束して。もしもの時は絶対に私を頼るって。どうせ役に立てることなんてたかが知れてるけど」
「……ああ。そうするよ」
梓からの約束は聞き入れておこう。断れば駄々捏ねるし。
さてと。梓を言い包めることはできたし、後は美雨が起きるのを待つだけだな。
「しかし、ここまで騒いでるのに、よくもまあ寝ていられるな美雨は」
静かに眠る美雨を見ながら言う。このまま霊安室に運んでから葬式に持っていっても特に何の問題も無いくらいに美雨は無音だ。かといって無理矢理起こすのもなぁ。さて、どうしたものか……
「………………ん」
不意に、耳を透き通すような川のせせらぎに似た声が聞こえた。
「……ん、ん……」
その声の主は、美雨だった。美雨はゆっくりと瞼を開き、アメジストのような紫の瞳を見せた。
「美雨?」
俺がベッドに駆け寄って名前を呼ぶ。
「美雨、俺だ。分かるか?」
「……ま、さ、と?」
美雨は柔らかそうな可愛い唇をゆっくりと動かしながら俺の名前を言う。
「ああ、そうだ。正刀だ」
俺は美雨の頭をナデナデしてニッコリと笑いかける。
「ま、さ、と」
「ん? 何だ?」
「だい、じょう、ぶ?」
「え? ……あ-、傷のことか? 平気平気。これぐらいで俺は死なないって」
「ほん、とう?」
「ああ本当本当。簡単に死んでたまるかって」
実際は凄いヤバかったけどな。美雨のことを考えて伏せておくけど。
「正刀君、ちょっとゴメンね」
姉さんが寄ってきて布団を捲り上げる。そしてそのまま美雨の着ている病院着を肌蹴させて美雨の大きくて柔らかそうな胸とそれを包み込む純白のブラが露になり……
「八徹ちゃん!」
「はい!」
そこで俺の視界が真っ暗になった。八徹が俺の両目を塞いだからだ。ついでに首も捻りやがった。
「おい! 何しやがる八徹! 美雨のおっぱいが見えないだろ!」
「いけません正刀様! 先程正刀様は、梓様から死の宣告を受けたばかりではありませんか!」
「八徹ちゃん! しっかり塞いでないと正刀共々銃剣警法違反で訴えるわよ!」
「はい! 禍畝八徹死力を尽くしますゥゥゥゥゥ!」
ああああああああああっ! 小学生に戻りたいィィィィィッ!
「正刀君。おっぱいが見たかったら、後でお姉さんがいくらでも見せてあげるわよ?」
「あ、はい。じゃあ我慢します」
「ふざけるなっ!(バシッ!)」
梓によるハリセンブッ叩きが頭に放たれた。これが意外と痛い。
「八徹君。もう良いわよ~」
姉さんが診察を終えたらしいので、八徹は手を放して俺の視界が元に戻る。寝たままの美雨は肌蹴た病院着を着直されていた。くっそぉぉぉ……
「さてと美雨ちゃん。昨日から何も食べてないからお腹空いたでしょ?」
姉さんが屈み込んで笑顔で美雨に尋ねると、美雨はコクンと小さく頷く。
そういえば、俺が起きたのって正午で、まだ飯を食っていなかった。長い話をしていたから俺も腹が減った。
「――でしたらこちらをどうぞ。皆さんにお弁当を作ってきました」
「おっ、サンキュ晴菜」
俺は晴菜が手渡した大きな弁当箱を受け取る。
「それからこちらがお味噌汁です。熱いですからお気をつけ下さい」
「おお、分かった」
俺は弁当箱を八徹に渡し、次に手渡された大きなスープポットも受け取る。
「そんじゃ折角だし、遅いけど昼飯にでもすっか」
「――って、ちょっと待って!」
いざ昼飯の時間に入ろうとした途端に梓が止めてきた。
「どうしたんだよ梓」
「は、晴菜、何でここにいるの? いつからここにいるの? 何で正刀と八徹ちゃんとお姉様は全然驚いてないの?」
梓がプルプルと震える指で晴菜を指しながら尋ねる。文ちゃんと凜ちゃんも同様に震えてコクコクと頷いている。
「ごきげんよう、皆さん」
一方の晴菜はニッコリとおしとやかに微笑んで挨拶。
「何でって、コイツがこっちに近づいてくる気配感じ取ってたし」
「僕も同じです」
「お姉さんは別に、こういうことで一々驚いたりしないから。だって銃剣医だし♪」
正確には俺が外で電話を掛けていた時に気付いた。人の気配を感じ取る俺の感覚なら知り合いの気配くらいだったら簡単に気付ける。それにこの中でだと俺が一番晴菜の気配を感じ取りやすいだろう。
元は普通の着物だったのだろう。所々改造って動きやすくした、黒い生地に椿の絵が描かれた防弾、防刃、耐魔性を兼ね備えた戦闘用兼外出用着物に京紫の帯、白い足袋に黒漆の草履、手には黒漆の戦闘用鉄扇。身長166cm、姉さんみたいに艶々な黒い長髪を後ろに靡かせ、凛々しく整った清楚な顔立ちは大和撫子という言葉が似合うぐらいな和風美女、胸も年相応よりも大きめ、美しい和とも言える程だ。
御門晴菜。十六歳。職業、銃剣警。
晴菜は俺が夜千瑠の他に組んで仕事をしているもう一人の同僚だ。俺が戦闘関連全般担当、夜千瑠が諜報活動兼裏方支援担当、晴菜は情報収集兼厄介事片付け担当。
晴菜はかの陰陽師、安倍晴明の子孫である。
御門家は陰陽師の中では、今現在最も色んな力の大きい一族。嘗ては安倍晴明の嫡流である土御門家が陰陽師衰退の一歩を辿る中で昔の朝廷やら今の政府やらの裏で色々と起こった厄介事を解決する仕事を秘密裏に担っていた。
その厄介事が具体的にどういうことだったのかの記録は一切残ってない、というか残していない。もし残した記録が明るみになったら、朝廷や政府が滅んでいたぐらいにヤバいことばかりをやってきていたらしい。
大規模な隠蔽工作か、政府の要人暗殺か、政府の闇を暴こうとした人の抹消か、そんな噂が飛び交っている。少なくともそのせいで土御門の人間は90%以上が無惨な死を遂げたらしい。
けどそのおかげなのか、土御門家は当時の記録に無い方の功績が認められ――どう認められたのかは不明だが――、姓を御門に変えて現在では政府の官僚や銃剣警局の危険地帯の一つ、公安部やそれよりも更に危険の中の危険地帯である公安最上層部に多くの麒麟児達を輩出している。
晴菜はそんな御門家の長女である。小さい頃から陰陽師としての才能に恵まれ、その性能を伸ばす為の努力は少しも欠かさなかった。陰陽道以外の多彩な技術を身に付け、中学校入学を機に銃剣警になった。
それに学校での晴菜は凄いものだ。まず晴菜は通っている偏差値70以上の超難関お嬢様学校で学年主席。成績優秀、文武両道、品行方正、大和撫子と様々な言葉が似合っている。沢山の友人にも恵まれて年齢層を問わず信頼が厚い。俺とは天と地程の差がある。
銃剣警としても優秀だ。陰陽術を自由自在に使って超能力や魔術絡みの案件をいくつも解決しているし、仕事量も銃剣警の序列も俺より上。
どう考えても俺みたいな奴がお目通りできる訳もない。では何故組んでいるのか。
以前、とある案件で俺と晴菜が一緒になった事がきっかけなのか、晴菜は俺のことを気に入りだした。理由は教えてくれない。けどその甲斐あって今までの厄介事は全部晴菜が片付けてくれた。大部分が政府や公安も出て来そうな案件だったから正直感謝してる。対する晴菜も傲慢な態度は取らず、俺や夜千瑠を仲間して見てくれている。
「では皆さん。どうぞお召し上がりください」
晴菜は鉄扇をパチンッと鳴らしてニッコリと言った。
◇
俺達は晴菜の持ってきた弁当で昼食を取りながらこれまでの経緯について話していた。
「……やはりそうでしたか。美雨さんから正刀君と似た様な“気”を感じたので、もしやとは思っていたのですが、まさかそれが妖刀『村雨』とは」
晴菜はほんわかとした雰囲気を出しながら茶を啜る。
「やっぱり晴菜も村雨の存在は知ってたか。しかし、退院後にお前ン所に来るようにって伝言を聞いたんだが、何でわざわざお前の方から来たりしたんだ?」
俺は頬張っていた梅オニギリを呑み込んで晴菜に訊ねる。
「いえ、夜千瑠さんに伝言をお願いした後で気付いたのです。翌々考えれば、致死量に近い傷を負った正刀君が退院後すぐ妖筋を使って私の所まで跳んでくれば、傷口が開いて死ぬのではないかと。それにこういう大事な用件は私の方から参られた方が礼儀ではと思いまして。どうせなのでずっと寝ていた正刀君のことですから、お腹を空かしているのではないかと可哀想に思いましてお弁当を持参したという次第です。尤も目を覚ましていなければ正刀君抜きで召し上がって頂くつもりでしたけど」
「……所々ムカつく発言があるが、否定しようが無いから殴らんでおく」
俺は晴菜を殴りたい衝動を抑えつつオニギリを口の中に放り込む。
「……ですが驚きですね。いくら私といえど、妖刀『村雨』の実物をこの目で見たことはありませんでしたが、改めて見れば異刀だなという印象が強いですね。顕現していないにも関わらず妖気を感じます」
晴菜は美雨を一瞥する。美雨はオニギリをはむはむと食べている。その姿はまさに小動物のようでなんとも愛らしい。これで妖刀を宿していなかったらもっと良かったんだけどな。
「んで晴菜。お前は村雨をどれぐらい知っているんだ?」
「そうですね、私の序列と本家の力で集めた知識で言いますと、表と裏の両方を大体は把握しています」
晴菜の言う表と裏というのは、世間で出回っている表向きの情報と、一部の人間達にしか知らない裏の情報のことを言う。やっぱり政府とパイプのある御門家の情報力は格が違う。
「じゃあ知っているだけ教えてくれ。俺も少しは知っておかないと後々苦労する」
「……分かりました。嫌だと言っても正刀君のことですから、どうせしつこく付き纏うかもしれませんし」
晴菜は溜息を吐くと、さっきまでの表情を仕事の時の表情に切り替える。
「……正刀君は南総里見八犬伝をご存知でしょうか?」
「ん? あー、確か曲亭馬琴が書いたやつだっけ?」
「はい。曲亭馬琴、本名滝沢馬琴によって著わされた日本の長編伝奇小説の古典の一つです。一八一四年から一八四二年の28年間に渡って刊行された、あの上田秋成の雨月物語と並ぶ江戸時代の戯作文芸の代表作。そして村雨は南総里見八犬伝の登場人物、犬塚信乃戍孝の持つ宝刀とされています。抜けば刀の茎から露を発生させ、寒気を呼び起こす奇瑞があり、使い手の殺気が高ぶれば水気を増し、人を斬る時に勢いよく流れ刃の鮮血を洗い落とすありようが、或いは振り被れば切っ先から迸る水のありようが、あたかも葉先を洗う村雨のごとく、というのが名の由来です。人を斬れば刀身に帯びた水気が血を洗い流すという特徴を持つだけでなく、敵が焚く篝火を消したり、山火事を鎮めて火中に道を開くということもできたそうで、抜けば玉散る三尺の氷、邪を退けて妖を治める刀と称されています。つまり本来村雨という刀は架空の存在に過ぎないんです。……表向きでは」
表向き、を強調して言った晴菜は言葉を続ける。
「裏では村雨という妖刀は実在しています。ですがその特徴は、架空のものとはまったく違うものです。使い手に取り憑き、ただ殺気の満たされる為に振るわれた刀。色々と俗説は出回っている中で尤も信用できるのは、片腕両目を潰された使い手が、迫り来る三千もの敵を全て倒したとあった、断崖絶壁から落ちて即死するだったはずの使い手が無傷だったなど、抜けば魂散る怪の刃、漂う殺気は死肉を啄ばむ怪鳥の様とも言われています」
晴菜は梓と文ちゃんと凜ちゃんをチラリと見る。結構濃い話なので大丈夫かどうか確認している。幸いにも梓達の状態は精神的に問題はなかった。
「そして皆さんも既に存じていると思いますが、村雨は顕現型の異刀。普段は姿を現さず、使い手と刀自らの意思のみで現れる。加えて村雨の適合率は極めて低く、私の知る限りでは今までに開眼できた使い手の人数は美雨さんを含めますとたったの十八人。これは他の異刀と比べて極端に低いです。……これ以上のことは梓さん達の心には毒になりますので、一旦ここで終わりにします」
晴菜が鉄扇をパチンッと鳴らして話を切り上げる。それが合図となったかのように、梓と文ちゃんと凜ちゃんが大きく息を吐いた。
「三人とも大丈夫か?」
「う、うん。平気」
「だ、大丈夫です」
「右に同じく、です」
大丈夫なのは良かったが、八徹は兎も角何で姉さんはニコニコとしているんだ。明らかに平然としている。単にこれぐらい大丈夫じゃないと銃剣医はやっていけないとかなんとかだと思うけど。
晴菜がさっきのほんわかとした表情に戻って別の話を出す。
「話を変えますが正刀君、聞いた話によりますと、学校でラブレターを貰われたそうですね」
「……誰から聞いたのかは置いておくとして、だったら何だよ」
「いえ。正刀君にラブレターを渡した方々、一度病院にいかれた方がいいのではと思いまして」
晴菜がニッコリと言う言葉に俺は少しムカついたが堪えられる範囲内なので堪える。
「晴菜、それはどういう意味だ?」
「どうもこうも、確かに正刀君は人間性、条件、職業の面から言えば文句のつけようがありません。ですが、正刀君の性格を知らない以上大変危険な恋だと思うのですよ私は」
否定の仕様が無いから反論できない。普段の俺は内面の性格を理性で押さえ込んで振舞っているが、もしそれを知られたら校内格差がとんでもないことになってしまう。
「まあ私としては別に正刀君の校内格差が頂点になろうが最底辺になろうが特に関係ないんですがね。寧ろ正刀君の悪い方の噂を流して徹底的に最底辺にまで陥れて頂点にまで上がることを妨害したいぐらいです」
「お前、それ本気で言ってんのか……」
「いいえ。例えばの話です。そういえば正刀君の通う学校には二条院要さんが在籍しておりますね?」
突然晴菜がうちの学校の生徒会長の名前を出してきた。
「……お前、やっぱり先輩のこと知ってんのか?」
「ええ。よくお茶会に出席する際にお会いしているんです。その時に正刀君のことを色々とお聞きしていますよ」
ってことは、俺がラブレターを貰ったことを晴菜が知っているのは、二条院先輩経由か。何話してくれてんですか先輩。
「ちなみに正刀君のファンクラブがひそかにあるということも私は以前からご存知でしたけど」
「知ってたなら何で教えてくれなかったんだよ。おかげでこっちは大変だってのに」
「答えは簡単です。流石の私でも他人のプライベートに口を挟むのは失礼かと。ましてや色恋沙汰に関係するともなれば……そういう事実を隠しておいた方が、慌てふためく正刀君を見ることができて面白いと思いまして」
「おい」
やっぱりコイツ、自分が楽しみたいだけなんじゃないのか。どう見ても面白そうに笑ってるし。
「あ、折角ですから正刀君にもう一つ教えてあげます」
そう言って晴菜が俺に顔を近づけてくる。晴菜は十六にして女優顔負けの美人なのに、そのニッコリとした笑顔が近いというのは少々困る。少々というかわりと。わりとというかかなり。
「……何だよ」
俺が渋った顔で聞くと、ニッコリとしていた顔がほんの少しだけ真面目な顔になり、俺の耳元で静かに囁いた。
「……先程中断した妖刀『村雨』に関するお話、後日日を改めて私達だけでお話します。私の勘が正しければ、事態は正刀君が思っているよりも深刻です」
グサリ、と、俺の心に突き刺さった晴菜の言葉。それはいつも一緒に仕事をしているから分かる。今回の案件が本当にヤバいという何よりの証拠だった。
深刻な事態。俺もなんとなくだけど薄々勘付いていた。
何故開眼したばかりの村雨を美雨がいとも簡単に扱って村雨の技を使えたのか。
何故あの時俺が見た美雨の目は光が宿っていなかったのか。
そもそも何故美雨は監禁されていた筈なのに運ばれていたのか。
これが面倒だなの一言で済めば、苦労しないんだが。
「……さて」
パチンッと鉄扇を鳴らした晴菜がニッコリ顔に戻って皆に向き直る。
「それでは皆さん。楽しい昼食の続きといきましょうか。あ、折角ですから私が最近仕入れた正刀君のお恥ずかしい話でもお聞きになります?」
「聞きたい聞きたい。話して」
「私も聞きたいです」
「私もです」
「お姉さんもちょっと興味あるかなー♪」
「そうですか。では早速――」
「って、言おうとしてんじゃねえぇぇぇっ!」
この後俺は村正、晴菜は鉄扇によるチャンバラが起こり、俺は自分で受けた傷の痛みに悶絶した。




