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第2話 貸与

「ウサギが……喋った」

 私は酷く混乱した。いくら肉体の姿形が人間であろうとも顔がウサギであれば異形。不安になり自分の顔を触ってみると眼鏡を掛けていない。

「あれ……掛けてないのに見える」

「驚かれるのも無理はありません。美月様の常識が崩れてしまったのですから、視力に関してはここの影響ですね」

 ウサギが若い男性の声で優しく語り掛けてくれる。メイちゃんと同じ赤い目が光った気がした。

「まずは気を落ち着かせましょう。」

 ウサギは指を鳴らすと私はいつの間にか豪華な椅子に座っていた。目の前には貴族が使うような丸テーブル。私が使っている椅子の他に二脚ある。ウサギとメイちゃんが近付いて来るとメイちゃんが私の隣に、ウサギは対面の椅子に座る。

「失礼しました。お飲み物は紅茶、玉露、烏龍、珈琲多種多様とありますが?」

 指を鳴らす度に紅茶、玉露、烏龍、珈琲と丸テーブルに現れる。そして消えていった。

「メイはね〜、リンゴジュース!」

 メイちゃんは少しも驚かず、手慣れた様子でウサギに注文をつける。

「かしこまりました、可愛いお嬢様」

 ウサギが指を鳴らすと綺麗な琥珀色の液体が入ったガラスコップがメイちゃんの目の前に現れる。もう一度指を鳴らすとストローが空中に現れ、コップの中へと入った。メイちゃんは何の躊躇いもなく手に取ると美味しそうに飲み始める。

「美月様は?」

「……紅茶でよろしくお願いします」

 それから少しの間お茶会を楽しんだ。わけのわからないことだらけだが紅茶は今まで飲んだことがないほど美味しいし、シフォンケーキやクッキーも頂いた。 二杯目の紅茶を飲み干す。

「落ち着きました。ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ楽しい一時を過ごせたことを感謝致します」

 ウサギが指を鳴らすと先ほどまであった紅茶やクッキーが消える。

「あっ、クッキー……」

 メイちゃんが悲しそうな声色で虚空を掴む。

「お茶会は終わりですよメイ」

「ちぇ〜」

 メイちゃんは椅子から降りるとどこかへ走り出す。メイちゃんの姿を目で追うが。

「美月様」

 唐突に話しかけられビクッっとなる。

「申し遅れました。私は力不足ながらもここの支配人をやらせて頂いております。アデムと申します。以後お見知りおきを」

「たっ、橘 美月と申します!」

 立ち上がり頭を深々と下げる。そろそろと頭をあげると疑問に思ったことを解決する為に尋ねようとするが。

「此処に関することは後程、美月様にはその前にやるべきことがあるでしょう?」

 アデムさんに先手を取られた。

「顔に書いてありますよ」

 微笑んでくれた……のかな? ウサギ顔だからアデムさんの表情は読みづらい。

「えっと……私は変わる為に来ました。今の自分を変える為に」

「存じております」

「この暗い性格を治したい、このマイナスな思考をなくしたい」

 アデムさんは此方を見つめながら話しを聞いてくれる。

「お願いします! 私に貸して下さい……明るい心を……勇気を」

「わかりました。メイ」

「はいは〜い」

 声のするほうを見るとイちゃんが分厚い本をヨタヨタと持っていた。その数は5冊。

「美月様は感情がいくつあるかわかりますか?」

「え?」

 アデムさんはメイちゃんから1冊づつ受け取るとその本の上に被っている埃を払いながら話しを続ける。

「喜・怒・哀・楽、基本はこの4つです。そしてこの4つが混ざり合い、生まれるのが性格です。ここまで大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

「それでは、この部屋に何冊あると思います? 上のほうにあるのも含めて」

 辺りを見渡して本棚という本棚を見る。これだけ広いと1階につき10万冊はあるはず、100階あると仮定すると……。

「1000万冊くらい?」

「約69億冊と特別な本が4冊です」

 その答えに驚愕する。あり得ない蔵書量だ。

「4つしかないのに性格というのは似ていることがあっても同じのはない」

 その言葉を聞くと気付く。同じようで同じのはない。そして69億冊という膨大な量、いや数、つまり……。

「気付かれたようですね」

「地球の……総人口」

「その通り、ここは人類の心を管理する場所。勿論美月様の本も此方に」

 茶色い革に包まれた本を手渡される。表紙にはこう書かれていた【橘 美月】と。

「どうぞ開いて下さい」

 手が震える。しかし開けなければならないと何かに突き動かされた私は表紙をめくった。そこには顔写真とーー。

「お姉ちゃんって喜と怒が極端に低いね! 哀高〜い」

喜・怒・哀・楽という文字の横に棒グラフのような物が書いてあった。メイが横から覗き見てやけに明るかった。

「はしたないですよメイ、見せて頂いてても?」

 私は黙ってアデムに渡す。

「確かに極端な方だ。自分を誰よりも低くみるから喜べないし怒れない。楽はある程度ありますから友人とは少しだけ話せますね。他人とは人見知りを通り越して喋れない」

 全て当てはまる。恥ずかしいという感情等なく、逆に感心してしまった。アデムさんは本を閉じる。

「それでは」

 アデムが手に持っていた本をテーブルに並べる。その本にはそれぞれ【喜の章】、【怒の章】、【哀の章】、【楽の章】と書かれていた。

「そしてこれ」

 茶色い革に包まれた本が置かれるタイトルも何も書かれていない。

「コピー」

 【橘 美月】の本にアデムの右手が置かれる。

「ペースト」

 タイトルのない本にアデムの左手が置かれる。アデムが手をどけるとタイトルのない本にタイトルが刻まれていた。【橘 美月】と。

「複製完了、始めましょうか、性格の構築を、『もう1人の貴女』を」

 寒気がした。アデムの声は相変わらず優しい。しかし何故かはわからないがその時初めて。アデムが恐かった。その考えを理性で払いのける。アデムさんが恐いはずがない。

「明るく、勇気のある性格でしたね」

 アデムさんはそう言うと【喜の章】、【怒の章】を開く。

「【喜の章】よ、彼の者に与えたまへ、他人の喜びを自分のことのように喜べるように喜びを、【怒の章】よ、彼の者に与えたまへ、未知へ踏み出せる怒りを」

 それぞれの本から青い光の玉が現れ、複製された【橘 美月】の本へと入る。棒グラフを見てみると確かに喜と怒の部分が高くなっていた。

「【怒の章】が勇気なんですか?」

 怒るという感情にマイナスなイメージしか湧かない私はアデムさんに尋ねてみる。

「怒りというのは時に理念を超える物です。試してみればわかりますよ」

 イマイチ納得出来ないまま終わる。アデムさんは次に【哀の章】を開いた。

「哀しみはどう致します?」

「いっ、いらないです!」

 今まで言いたいことも言えずに泣いてばかりの人生だった。その感情がなくなるなら万々歳だ。

「いいのですか? 泣けないということは相手に共感すら出来なくなるということです。分かち合うことが出来ないということですよ?」

「……お任せします」

「かしこまりました、それではこのまま、楽も十分ですね。メイ」

 一瞬で諭される。メイちゃんは喜・怒・哀・楽の本を持つとどこかへ走り出した。

「さて、美月様、これで貴女様は手にいれました。理想とする性格を」

「……はい」

「しかし、あくまでも貸すだけです。理想とする性格を持って、何がしたいのですか?」

 手に汗を握る。ここまで来たのだ。どうせなら欲張ってしまおう。

「雨宮君と……雨宮君と、付き合いたいです」

「わかりました。それでは貸し出し期間『雨宮様と付き合う』までですね」

「……はい」

 アデムさんが指を鳴らす。そうすると私は光に包まれた。アデムさんの声が頭に響く。

「目覚めた時には既に反映されています。それではご武運を」

「お姉ちゃん頑張ってね!」


 目を開ける。身体を起こし、辺りを見渡すと仕切られているカーテンしか見えない。

「保健室のベッド……あれは、夢?」

 ベッドから降りて携帯の時刻を見る。時刻は4時45分だった。もしあれが夢じゃなくて本当だったとしてもたった16秒のはずがない。とりあえず保健室から出ようと鞄を持ち保健室のドアを開ける。

「おっ、大丈夫そうだな。眼鏡は?」

「雨……宮……君?」

 目の前には私の恋い焦がれる存在、雨宮君がいた。

「あの、えっと、眼鏡はやめてコンタクトにしてみたの、どうかな?」

「絶対そっちのほうがいいって! めっちゃ可愛い」

 褒められて内心ガッツポーズを取っていると雨宮君は突然私の手を引っ張り保健室の椅子に座らせかれた。そして紙を渡される。

「ほれ、一応書いてくれな。俺、保険委員だからよ」

 何てことはない保健室利用書だった。引っ張られた手が熱い。胸が高鳴る。とりあえず落ち着かせる為に書く。

「走ってる途中で気絶したからさ、俺が運んだんだ。」

「本当に? ありがとう」

 何故私は雨宮君の目を見れるのだろう、何故私はこんなにも自然に話せるのだろう。雨宮君は急に顔を背けると頬を書く。

「まぁ、俺は堂々とさぼれたし、お礼言われるほど大したことしてね〜よ」


「それでもありがとう、助かったのは事実だし」


 私が私じゃない感覚。眼鏡を掛けなくても大丈夫だし、アデムさんの言葉が脳裏によぎる。

(目覚めた時には既に反映されています)

 あれは……夢じゃなくて本当? これが私の望んだ性格、理想の自分。でもやっぱり怖い。


「雨宮君!」


「おっ、おう、どうした?」


「ずっと、ずっと好きでした。付き合って下さい!」 言った。言ってしまった。ブレーキを踏むどころかフルスピードで駆け抜けてしまった。


「お前の……橘の気持ちには答えられない。彼女いるから」


 その後の事は覚えていない。気付いた時には既に部屋で泣いていた。

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