夏が明ける
夏休みが終わり、久しぶりに学校へ行くと、教室はいつもより騒がしかった。
夏休みの思い出を話す声。宿題が終わっていないと嘆く声。休みの間に髪型が変わったやつもいれば、日焼けして別人みたいになっているやつもいる。
教室のあちこちで、そんな話が飛び交っていた。
おれは自分の席に座り、鞄から教科書を取り出した。
久しぶりの学校は、なんとなく落ち着かない。休みの間は毎日好きな時間に起きて、好きなことをしていたのに、今日からまた決まった時間に起きなければならない。
「……学校、めんどくせえな」
誰に言うでもなく呟き、机に頬杖をついた。
ふと、隣の席に目を向ける。
まだ、ゆいは来ていなかった。
別に、待っているわけじゃない。
ただ、夏休みの間は何度か一緒に出かけたり、家で遊んだりしていたから、学校で会うのが少し新鮮に感じただけだ。
……いや、ほんの少しだけ、早く会いたいと思っていたのかもしれない。
そんなことを考えていると、教室の入り口から聞き慣れた声がした。
「おはよー」
ゆいだった。
いつもどおり眠そうな顔で、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。頭の上の猫耳は少し横に倒れていて、尻尾も力なく揺れていた。
「おはよう。眠そうだな」
「……夏休みが終わっちゃった」
ゆいは席に鞄を置き、そのまま椅子に座った。
「それはみんな同じだろ」
「香くんは悲しくないの?」
「まあ、学校が始まるのは面倒だけど」
「じゃあ、おそろいだね」
そう言って、ゆいは小さく笑った。
おそろいって、そんなことでいいのか。
そう思ったけれど、わざわざ口に出すほどでもない。
「夏休み、ちゃんと宿題やった?」
「……やったよ」
「今の間はなんだよ」
「思い出してただけ」
「それ、やってないやつの反応だろ」
ゆいは目をそらした。
「大丈夫。まだ始業式だし」
「今日、提出のやつがあったらどうするんだよ」
「……そのときは、そのとき」
「絶対終わってないだろ」
おれが呆れていると、ゆいは机に突っ伏した。
「香くん、助けて」
「もう遅いわ」
「冷たい……」
そんなやり取りをしているうちに、担任の先生が教室に入ってきた。
ゆいは慌てて姿勢を正したものの、先生が出席を取り始めるころには、もう目が半分閉じていた。
「寝るなよ」
小声でそう言うと、ゆいは顔をこちらに向けた。
「寝てないよ」
「いや、今にも寝そうだっただろ」
「目を休ませてただけ」
「便利な言い訳だな」
ゆいの耳がぴくりと動いた。
「……香くん、今日ちょっと意地悪じゃない?」
「いつもどおりだろ」
「そうかなあ」
ゆいは不満そうに頬を膨らませた。
けれど、その表情はどこか楽しそうだった。
夏休みの前だったら、こんなふうに何度も話しかけることはなかったかもしれない。
隣の席に座っている、よく眠る猫の獣人。
おれにとって、ゆいはずっとそんな存在だった。
でも今は、海で一緒に遊んだことも、夏祭りで見た花火も、ゆいの家でゲームをした時間も、すぐに思い出せる。
学校が始まるのは面倒だ。
それでも、またこうしてゆいと話せるのは、悪くないと思った。
ホームルームが終わると、教室は再び騒がしくなった。
「なあ、香。夏休みどっか行った?」
佐伯が机に手をついて聞いてきた。
「まあ、海とか祭りとか」
「お、いいじゃん。誰と?」
「友達」
「それは分かってるって」
面倒くさくなりそうだったので、適当に話を切り上げようとした、そのとき。
「香くん、海楽しかったね」
隣から、ゆいが会話に入ってきた。
佐伯の視線がおれとゆいの間を行き来する。
「……え、二人で行ったの?」
「うん」
ゆいは何のためらいもなく頷いた。
「へえー」
佐伯が妙な笑みを浮かべた。
「なんだよ、その顔」
「いや、別に?」
「絶対なんか考えてるだろ」
「いやいや、青春だなあって」
「うるせえ」
佐伯は笑いながら自分の席に戻っていった。
ゆいはその背中を見送ってから、おれに顔を向けた。
「青春ってなに?」
「……知らなくていい」
「えー、気になる」
「気にするな」
ゆいは納得していない様子だったが、しばらくすると興味を失ったのか、鞄から小さなクッションを取り出して抱きしめた。
「まだ午前中なのに眠い」
「早すぎるだろ」
「夏休みの生活リズムが抜けないんだよ」
「それはおれもだけどさ」
窓の外では、まだ夏の名残を感じさせる青空が広がっていた。
長い休みが終わってしまったことは、やっぱり少し残念だ。
でも、これからまた学校でいろいろなことが起こるのだろう。
おれは隣でうとうとしているゆいを横目で見た。
そのとき、ゆいの尻尾が机の脚に軽くぶつかった。
「……痛っ」
「自分の尻尾だろ」
「油断してた」
「尻尾に油断もなにもあるかよ」
ゆいは小さく笑い、今度こそ机に突っ伏した。
その姿を見て、おれも思わず笑ってしまった。
夏休みは終わった。
けれど、ゆいとの日常は、これからも続いていく。
そう思うと、二学期も案外悪くないのかもしれなかった。




