1. とおくまで(前編)
この長編は、"ものごとのはじまり ー朔夜と薬師の龍樹ー"という短編の続編となります。
(この話だけ読んでも大丈夫です。)
「さ、準備はいいか? 出発するぞ~」
のんびりとした龍樹のちょっとかすれた声が、神殿の門のところで響いた。
ここは風雅の国。翡翠の街というところに俺たちは住んでいる。そして俺たちの国ではずっと前から、東と西に別れて〝戦〟というものが起こってた。
俺は朔夜、十歳。父ちゃんがやってる山羊農家をいつも手伝ってるんだ。
そして、九月からはじまった神殿の〝学び舎〟というところに通い始めて、一ヶ月と少しが経っていた。
今日は薬師の龍樹が、湖のまわりに生えてる薬草を、学び舎に来てる街の子ども達に教えてくれるっていう、〝薬草授業〟の日だ。俺は龍樹と近所の悪ガキたちと一緒に、うきうきしながら湖に向かった。
◇
三~四ヶ月前、俺が家の裏庭で子ヤギと遊んでいたときに、〝みるく〟というものをもらえないかと声をかけてきたのが龍樹だった。
その後、呪いの獣に引っ掻かれて怪我をしていた父ちゃんの治療をしてくれた龍樹は、神官の奏さまの旦那で、薬師だった。年は二三歳だって。龍樹と俺は、年は十三も離れてるんだけど、その日のいろんなやり取りで仲良くなって、友達になったんだ。
「……でも、おくすりの先生だよね? 友だちじゃないよ、先生だよー」
着物屋の娘でまだ七歳の千紗が言う。
俺は、なんだと? と思って言い返した。
「俺と龍樹はとくべつなんだ。だからいいんだ」
「へんなの!」
千紗はそれだけ言って、同じくらいの年の女子・巴の方に走っていってしまった。
女には男の友情なんてわかんないよな!
最初、俺はそう思って、でもさっきの千紗の反応を見て、なんかめんどくさいからこの話は龍樹と俺の秘密にしよっかな、と考えつつ、道端に咲いてる秋桜を眺めてゆっくり歩いてた。
「さ、着いたぞ~」
龍樹の声が響いて、まず俺たちは龍樹のまわりに円になって座った。
◇
最初に会った日から何日かあと。
また龍樹がミルク分けてくれないかと言いに来た。
「父ちゃんは今日、山羊の放牧に行ってんだ。でも母ちゃん山羊で、子ヤギ生んですぐのやつが残ってるから、そいつからとってくか?」
留守番してた俺は言った。
「その後、親父さんの調子はどうだ?」 龍樹はやさしく聞いてくる。
「うん。父ちゃん、元気になった! ありがと、龍樹のおかげって言ってたぜ!」
俺はぴょんと飛び跳ねてそう言った。 龍樹はにこにこして、
「そりゃよかった」って言って、……でも、ちょっと真面目な顔になる。
「なあ、朔夜」
「うん?」
「親父さん、何時頃帰ってくる?」
「夕方だな。五時前くらいかな」
「じゃあ、その時また来るわ」
「山羊の乳は、今、持ってっていいんだぜ。父ちゃんから、もし龍樹がまた来たら、自由に分けてやってって言われてる」
「あー、そしたらちょっともらってくけど。親父さんに聞きたいことあるんだよな」
「どういうこと?」
「おまえって、学校とか行ってねえのか?」
わからない言葉を言われて、俺は首をかしげる。
「がっこうってなんだ?」
「読み書きとか、薬草のこととか、勉強するところ。そういう勉強してたら、この前みたいな親父さんの具合悪いときでも、おまえ、薬草使ったりできるかもしれねえよな?」
「……そういうのは、聞いたことねえ」
俺の声に、龍樹は、なるほどと頷いた。 そしてその夜、父ちゃんに酒を持って、もう一回俺の家に来たんだ。
「こんばんは~」
日が暮れて暗くなってきた夕方六時。また龍樹がやってきた。
俺は晩飯に父ちゃんが持って帰ってきた野菜と肉を切ってかまどで塩と味噌で味付けて炒めてた。
「おお、龍樹どの! なんか、昼にも来たんだってな。朔夜から聞いたぜ」
「親父さん、酒は飲めますか?」にこにこの龍樹。
「俺は強いぜ」
「そしたら、これ、ちょっとですけど。さっき朔夜からもらった山羊の乳の礼です」
とん、と徳利二合分くらいの酒を机の上に置く。
「これはうれしいな! 俺の傷はあんたのおかげですっかりよくなった。なんなら一緒に飲んで行くか?」
「ああ、そうすね。そしたらちょっといただいていこうかな」
人好きのする笑顔を浮かべてすとんと椅子に座る。俺の母ちゃんは三年前、俺が七歳の時に風邪が元で亡くなってた。もとは母ちゃんの席だったところがずっと空いてたんだけど、こうやって龍樹が座ってくれるのっていいなあ、なんて俺は思いながら、かたんと大きい皿に入れた炒めを食台に出す。
「ちょうどできたから、早いけどつまみにしたらいいよ。ごはんは昼に炊いてたのがあるから、今から雑炊みたいにするけど、それも食うか?」
「でもこれ、おまえの分だろ?」
「俺は雑炊食うからいいよ」
にっこり笑って言うと、龍樹はじっと俺を見て、なぜだか俺の頭をなでなでとした。
「なに?」 首をかしげて聞くと、
「いや、朔夜、良い奴だなと思ってな」とか言ってる。俺は赤くなって、
「器と箸持ってくる!」と流しの方に駆けてった。
「まずは一杯飲め」
酒器は父ちゃんが自分で用意して、龍樹に一杯勧めていた。
「いただきます」
龍樹、おいしそうに一口飲んだ。そして父ちゃんに返杯してる。
なんか、意気投合したみたいで話がはずんでるな、と思いながら、俺は残り物で雑炊を作ってた。母ちゃんがいなくなって以来、ひとりで背中を丸めて酒飲んでた父ちゃんがにこにこしていて、俺までうれしい気持ちになっていた。
俺はそっと箸と器を置いて、鍋の方に戻る。すぐできそうだな。出来たらこれも食べてってもらおう。
「朔夜、うまいぜ、これ」
ぱくっと食べて、褒めてくれる龍樹。俺はえへへと笑って言った。
「塩と味噌で味付けて炒めただけだぜ。俺でも簡単にできるんだ」
「へえ……今度教えて。俺も奏に作ってやろっかな」
なんて言っている。
「それで? 聞きたい事ってなんだった?」
父ちゃんが言うと、龍樹は少し真面目な顔になった。
「今日、朔夜にも聞いたんですが、この辺の子供たちって、学校には行ってないんですかね」
「学校ってなんだ?」
「読み書き習ったり、薬草のことを習ったりとか」
龍樹の言葉に、父ちゃんは首を振る。
「そういうのは無いなあ。地域によっては、子供に読み書き教えてるやつがいると聞いたことがあるが……翡翠の街では軍人の子にはそういったことをしているが、俺たち平民にはやってねえな」
龍樹、なるほどと頷く。
「今度、神殿でそういうことを軍人の子以外にも無料で教える、学び舎というのを始めようとしていて。それがはじまったら朔夜もどうかなと思ったんです」
「そうなのか。読み書きや計算ができれば、将来にも役立つだろうし、始まったら行かせるから教えてくれよ」
「ですね。そうします。良かったら朔夜の友達とかにも声かけて欲しいんですが」
「いいぜ。この辺には朔夜くらいのガキが四~五人いるからな」
「お願いします」
龍樹はにっこり笑って、それが〝学び舎〟というものを聞いた最初だった。
それから、神殿の僧医の清涼さんや、執政という仕事をしている桔梗さんって人たちと龍樹が話して、九月から〝学び舎〟がはじまった。
それで、俺や千紗や巴や……六歳から十六歳くらいまでの二十人くらいが、ひとまず最初の生徒になったんだ。親の仕事が忙しい日は、前の日に連絡してお休みするって話で、俺たちは読み書きや算術や剣術を僧医の人たちや桔梗さんから習い、時々龍樹の薬草授業で遠足みたいなことを楽しんでいた。
Caita ショタ部の部誌に寄稿した、身代わり姫と複雑王子 ー風雅の国ーの朔夜視点の物語です。
長編"身代わり姫と複雑王子"の神官・玲が生まれた日、龍樹二三歳、朔夜十歳の十月のエピソードとなります。




