第10話 断ち切られる光
出発するときの口上は間違いではなかったようで、道に迷うこともなく老人の家まで戻ってくることができた。その時にはカイに肩を借りることなくミナトは歩けていた。
カイはドアをノックする──力加減をしたためか最初はドアにかすって音が鳴らなかったが──、ノックの音にテーブルで休んでいたのかもしれない老人がこちらに来る。
「ほっほ、再度の来訪客が現れるとは、珍しいこともあるよのう」
訝しげに半開きのドアから顔を出すと、見知った顔であったので改めてドアを開放してもてなす。
「おぬしたちであったか、外に出て未知を探究しておったな。おや、あの元気なお嬢さんが見当たらないが、はぐれてしもうたかな」
あごひげを撫でるようにしながら辺りを見渡す。リーダー的存在であり一番印象に残る存在が消えたのだ。前からボクたちを知っている人にとっては変化が目立ってしまう。
「……実は……攫われてしまいました」
「攫われたとな? 状況が見えぬのう」
正直に先ほどの事実を一言だけ話したが、状況が状況なので達観していそうな老人にもなかなか伝わらない内容である。事の重大さを感じたのか外に立っていた二人を中に招き入れる。
ちょうど湯を沸かしたところであったのか暖炉には雪平鍋型の入れ物が置いてある。老人はそちらに向かいつつ、しょぼくれている二人は手伝うこともなく昨日と同じ席に着くためにテーブルまで歩いていた。老人がいないスペースとは別に違和感を感じるかのようなスペースがひとつ空いている。
座っていると今日も健康に良い湯を淹れた老人が「カタッ」と目の前にカップを置いてくれる。しかし、口を開くほどの元気は無かった。
ミナトがカップを覗くと霧のような湯気がモヤモヤとしていて先ほどのことがよぎる。そんな考えを忘れるためにスッとカップを取って口につけたが、熱すぎたため慌てて元の位置に戻す。
「さてはて、何があったのかこの老骨に話しても構わない部分があるのなら、口に出してみるとよい。気分が晴れるかもしれぬからのう」
「……あなたは『グレイウォッチ』という名前は聞いたことありますか」
もう回りくどい方法で説明をするのはしびれを切らしたように今回の本題である固有名詞を提示する。その名を知らなければ最低限話すだけで済ます、もし何か知っていそうであれば情報が得られるだろうといった思惑であった。
「ほっほ、──グレイウォッチとな。懐かしい名前を聞いたのう。ワシの人生には二度と交わることがないものと思ってたのじゃが」
「じいさん、あいつらのことなんか知ってんかよ」
「もう記憶が朧げなほど過去のことじゃがの。それに詳らかに答えられるほどの材料は持っておらん」
そうして昔あったことを懐かしむかのような顔をしていた老人に対して、まずは先ほど起こった出来事を簡潔に説明していく。聞き終わるとあごひげを撫でながら、
「あやつら、非人道的な行為にまで及ぶとは思ってもみなかったがのう。いささか手荒な手段を行うことはあったが、あの時のワシにとっては看過できる内容じゃった。まさかあれ以上とは堕ちたものじゃ」
「じいさんも昔はあいつらとつるんでたってことか?」
「厳密な話グレイウォッチに属していたわけではないが、やってることは変わらぬから実質同じところにいたも同然じゃ」
「ルカを攫って何をするか知っていますか?」
ミナトに渦巻いている思考はルカに対してのことが多い。そのため、脳内で引っかかる疑問を解消すべく老人に問う。
「前置きした通りじゃ、何がしたいかまでは皆目見当がつかん。じゃが──」
老人の回答にミナトが露骨に顔を伏せたのが見えたのか、突破口となりそうな内容を語りだす。
「聞いた話ではあるがの──、霧を制御するのに光が邪魔らしい。あの娘も光っておったから何か関係があるやもしれぬぞ」
そこで再び顔をあげたミナトは隣へと目線を向ける。こちらの視線に気づいたカイも不穏な情報に、
「こりゃきな臭えな」
「ボクたちが狙われなかったのにも関係していそう……」
今までルカが狙われている理由さえ知らずただただ悪として捉えていたが、目的と思われる欠けていたピースが揃ってきたことで『グレイウォッチ』との向き合い方を改めて考える必要が出てくるであろう。
もちろんルカが攫われているのだ、友好的な態度で仲良しこよしなんかはできない。しかし、正面から立ち向かって行くという無謀なチャレンジはしなくて済むかもしれない。
「まあよい、物思いにふけって思考を整理する時間も必要じゃろ。夕餉にはまだまだ時間は先じゃからの」
そう言って席を立つと昨日と同じく家の奥の方へと消えていってしまった。言われた通り何があったか順を追って思い返していたミナトにカイは、
「ちょっくら外へ散歩でもすっかな」
すっくと立ちあがり配慮をしたのか静かにドアを開けて霧の中へと進んでいった。ぽつねんと座り続けたミナトは今日の出来事の回想を行うのであった。
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「……ぅんーん、頭が痛いなぁ──」
「あれ──? ここ、、どこだろ?」
白い髪を揺らした少女は見たことのない薄暗い空間を観察する。目から入ってくる情報が少ないため定かではないが、床と壁は木でできているようである。
そして、寝転んでいる状態ではそこまで気にならないのだが、動こうと試みたときにこの空間の狭さに気付く。壁の材質に気付けたのも視界に目いっぱい壁が存在していたからだ。
辺りを観察しようとした際に気付いたのだが、手も足も満足に動かすことはできなかった。おそらく縛られているか何かで自由を制限しているのであろう。
そこで背中側から「キィィ」と音が鳴ると同時に目の前に光の線が現れた。その光の線を見ると中に人ひとりなら入れそうな黒い模様──実際に人が居ることで影となっているのが見えた。手足が動かせない中でどうにかそちらを向くと長身の人間がそこにいた。
「おや、起きています。気分はどうでしょうかルカさん」
その声を聞いて二日目に調査した時に会ったノクトが見下ろしていることに気付く。おそらく倒れてしまい彼らに連れ去られでもしたのであろう。倒れる前の記憶はぼんやりとしているが光を使った覚えだけはあるので、その推測で間違いないはずだと思う。事実、視線を落としてみても青い光は見受けられず白い服と肌しか見えない。
「おじさんたちがここに連れてきたってことね。こんな狭いところに美少女を拘束して置いておくなんて何をする気なんだろ」
「言葉遣いがよろしくない、おじさんではないです。いいや、やはり今は良いです。あなたの処遇をお伝えしよう」
まさかのおじさん呼びに反応されるとは思ってもおらずぽかんとしていたが、続けておじさんは話し始めた。
「あなたに対して公開処刑を行うことになっています。多くを話すことはできませんが、あなたにお伝えすることができる内容があります。我らは『光を断ち切る』」
突然『処刑』なんて物騒な単語が聞こえたので身構えたが、よくよく考えてみると今言われた言葉については思うところがあった。
「私、今は光ってないんだけど? 少し前に会ったときは光ってたかもしれないけどさ。今の状態じゃダメなんじゃない?」
現実逃避も兼ねて先ほどの不穏な単語から離れようと言葉を並べる。ルカ自身もいつどんなタイミングで光が戻るのかはわかっていないが、戻ってない間では無事に過ごせるかもしれない。
「発光体である以上、光が消えていようと関係はないです。寧ろあなたから光っていた事実を語っていただき感謝します」
そう言い残すと関心がなくなったかのように無表情で扉を閉めてコツコツという音が聞こえた。残念ながら今の立ち位置について得られた情報が公開処刑のために囚われているという最悪なものしかなかった。
「そもそもまともな情報が何も得られてないから、なんで手足が動かないかもわからないんだよなぁ──」
極限状態とまではいかないがあまりにも不可解な状況すぎて独り言まで漏れる。
──みんなはこんな状況にあったことあるのかもしれないけど、才色兼備なパーフェクト少女の私には初めてだよ。
脳内でも自分の美意識を疑わない。そもそも誘拐されたことのある人間などごく少数いるかであろうに、この状況がおかしくしてるのか否か明後日の方向に結論づける。
しかし、この状況では文字通り手も足も出ないので、再び目をつぶり寝ることで夢の世界へと旅立とうとしていた。




