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灰色の街で、光を拾う  作者: 秦はるま
第一章『ロウフォグ』
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第1話 光る少女

 ──ここは灰色の霧に覆われた街『ロウフォグ』

 この街にすんでいる人々はまるでロボットのように感情を失い、淡々と己の仕事をこなすだけの生活を送っていた。

 静かで彩りのない寂れている街である。


 そんな街の中に一人の少年がいた。

 彼の名は『ミナト』──茶髪でみすぼらしい格好をしており、骨ばった手足が見える立ち居姿であった。

 他にも特徴がある彼はもう17になったというのに身長が低く、どこか幼さも感じる顔つきであったため、周りからはいまだに『坊主』や『坊ちゃん』と呼ばれていた。


 そんな呼ばれ方をしていたがミナトも気にした素振りは見せなかった。まるで自分に向けられてないかのように無表情を貫いている。これは鈍感というわけでもなく周りに影響を受けて感情が薄いということでもなかった。


 小さいころから両親に、


 「感情というものは危険があるの」


 「だから、感情を持ってはいけないよ」


 と念入りに教え込まれてきた。


 その教えをしてきた母親は10年前に流行り病で帰らぬ人となってしまい、父親も数年前に家を出たきり戻ってきていない。

 しかし、幼いころからの教えというものは性格まで変えてしまうものであり、近所で鬼ごっこをするような活発だった子どもが今や感情が薄い少年になり、他人にすら興味もなくなってしまった。


 両親がいなくなり天涯孤独になったミナトは、頼れる親族がいなかったためひとりになった今も生まれた時から住んでいる家に住み続けている。とはいえ、お金がないとその家にずっと暮らしていくことはできないため働いているのであった。


 とある寒い日のこと──霧に覆われた街の中とはいえ温度の高低差は着る物を変える程度にはある。

 噂ではあるがとある人は180回起きるたびに暑い日と寒い日が切り替わると言っていた。ただ、街の人たちは段々と温度が変わっていくことを肌に感じる程度には気付いているので、その人の言うことを信じる人はいなかった。


 今日の仕事は皿洗いだった。こんな寒い日だと手もまともに動かない……そんなとき皿を落として割ってしまった。


 その音を聞きつけ恰幅のいい女性が洗い場に入ってくる。この店の店主で深緑色のワンピースの上に茶色のエプロンをしており、頭にはターバンをつけていた。


 「坊ちゃん、また皿を割ったのかい。これで何枚目になると思ってんの──」


 そのように怒られるのであったが、その店主の顔は無表情で語気も事務作業の処理をするように言われる言葉である。言うことだけ言ったあと店主は洗い場を後にする。直近に何回もあったことなのでミナトも片づけのため皿を拾っていく。

 そんな、ミナトであったが不注意で指を切ってしまった。ここ最近は指を切ることはなかったため手を瞬時にひっこめた。しかし、痛いはずであろうミナトの無表情が崩れることもなく、皿を拾うために手を再度出すのであった。


 「坊ちゃん今日は店じまいだよ」


 そんな声が聞こえた。もう今日の仕事は終わりかと思い、早速帰りの支度をする。今日は皿を一枚しか割らなかったのでめでたい日ではあるが、指を切ってしまったことは少々マイナスであるかもしれない。ミナトもそんな指を一瞥して帰路につくのであった。


 小さいときには平坦ではなかったが、たくさんの人が通ることで道と呼べるものになった通りを自宅に向けて足を進めていく。横に目を向けると木と雑草が生えており陽が落ちてきた今入ったらすぐ転んでしまうなと思った。

 そんな帰り道であったがいつも通り特段なにか起きることもなく家に到着した。


 帰ってくるなり緊張がゆるんだのかお腹が「ぐぅ」と鳴いた。

 この街の人は感情はない、それは間違いはないのだが、かといって欲求すらない完全なロボットというわけではない。お腹がすいたら食べ物が欲しくなるし、疲れれば眠くもなる。ごく一般的な人間と同じ機能を持ち合わせている。


 「昨日の残りがあったな」


 見た目には似つかわない年相応の声でそう呟き、台所へと向かう。昨日から置いてあった鍋を開けると「煮物」──ほとんど水で野菜などろくに入っていない粗末なものである──を確認し、夕食の準備を始めようとする。


 まずは仕事に持っていった荷物を片そう、そうして手に取ったときに忘れ物に気付いた。仕事先に手袋を忘れてしまったのだ。

 帰りがけにいつものルーティーンになかった切った指を見る動作によって手袋をつけることをすっかり忘れてしまったのだった。

 明日も今日と同じ仕事ではあるがさらに寒くなるので、かじかむ手で仕事をすることを考えると手袋はあると心強い。

 幸いにも夕食は準備し始めたところだったので作業を中断させる必要もない。身支度をして仕事先へ向かった。


 今度は先ほどよりも暗くなってきた道を歩く。

 ──霧の街にも昼と夜の区別はあるが、昼は薄暗く夜は真っ暗である。この灰色の街に夕日の色といった鮮やかな色は存在しない。


 灯りもなく暗くなってきたとはいえ仕事に行くのに何度も通ってきた道である、夜目をきかせることで道中転ばずに着くことができた。


 店の扉をノックすると中から「なんだい」という声が聞こえた。ミナトはここへ戻ってきた目的を伝えるために、


 「ミナトです。手袋を忘れてしまい取りにきました」


 と外からでも中に届くよう大きな声で答えた。


 すると、数刻の静けさの後『がたん』と音がしてまた静かになった。

 扉を開けて中を見ると店主がちょうどカギを開けて椅子に腰かけようとしているところであった。机の上にはガス灯と帳簿が置いてあり店の売り上げを記録しているところだったようだ。

 ぼんやりとそんなことを思って立っていると、


 「用を済ませたら早く帰っておくれ」


 と怒りは感じられない淡々とした口調で催促されてしまった。


 他に目的もないのでその言葉で洗い場に歩みを進め、今朝荷物を置いたテーブルの上にある手袋を回収した。


 「……ありがとうございました」


 このようなときには感謝の言葉をいう習わしがあることは知っていたため、感情なんかはこもっていない形式的なその言葉を呟いた。

 しかし、店主からは返事が返ってくることはなかった。先ほど早く帰るように催促されてしまったので扉へと向かい、店を離れた。


 また、暗い道を戻って家に向かおうとした。

 そんな帰り道、視界の端から光が見えたような気がした。

 初めは気のせいかと思ったが、よくよく見てみると木の隙間から青い光が漏れていた。この街に青色のような目を引く色はなかなか見かけない。


 そんな時にふと母親がとある話をしていたのを急に思い出した。


 「霧の外にはね──、色がたくさん溢れているのよ」


 当時幼くまだ感情が残っていたミナトにとっては凄い魅力的な話であった。だが、今では感情もなくなり外の世界などほとんど考えたこともなかった。


 そんなミナトの微かに残った幼いころの衝動なのかわからないが、普段足を踏み入れることのない雑草の道を進んでいくのであった。


 舗装もされていない道というのに幸運にも転ぶことなく光を追うことができていた。

 追いかけていった先にはひときわ光が強い場所があり、到着するとそこにはひとりの少女がうつぶせに倒れていた。

 髪の色は白色で長髪、さらに髪の色と同じの白色のコートを羽織っていた。

 その全身は鮮やかな『青い光』でまとわれており、街の人間ではないことが一目瞭然であった。


 そんな彼女の上に視線を移すと靄のようなものが見える。気になり手で払ってみるとその靄は消え失せた。

 すると、少女が唸りだし目をゆっくりと開けたのであった。


 「……あ、あれ、……ここは」


 透き通るような声で周りを確認する少女、ミナトは見つけたときと同じ姿勢で何もできず呆然と立っているだけであった。

 そして少女と目が合い疑問に思ったのか少女は首を傾げながら、


 「あなたは……、誰?」


 明らかにミナトに向けられた質問であったが、すぐには答えることができなかった。今まで見たことのない光景に考えがすぐにまとまらない。

 しばらく首を傾げた彼女に見つめられていたが、ようやく言葉を発せられるようになったのかミナトは口を開いた。


 「ボクはミナト……。光が見えて近づいてみたら君が倒れていたから……」


 「ミナトっていうのね。私こんなところに倒れていたなんて不用心ね」


 自分の滑稽さを感じながら彼女は笑った。見たことのない顔をしているので呆然としてしまったミナトをよそに彼女は話し続ける。


 「そういえば、私の名前を言っていなかったわね。私はルカっていうの。ある目的でこの街にきたんだけど──」


 そこで「ぐぅ」という音がお互いの耳に入った。ミナトの音かと思ったが、彼女の方を見ると顔を赤くしているのが見えた。

 先ほど彼はちょうど夕飯を食べようとしていたことを思い出し、


 「その……、嫌じゃなければ家にきて夕飯を食べていく?」


 「良いの!?」


 あまりにも即答で少々後ずさりをしてしまったが、誘ってしまったからには言い出した人が何も言わないわけにはいかない。


 「……じゃあ着いてきてくれるかな、そこまで遠くないから」


 そう言い手を差し出す。しかし彼女は、


 「いいよいいよ──自分で立てるから、お気になさらず──」


 といい「よいしょ」と立ち上がった。初めて立った姿を見たが、身長はミナトとあまり変わらないため同い年かそれ以下に見える。

 そうしてミナトと謎の少女ルカは家へと向かうのであった。


 家に着くなりミナトはガス灯を点けルカを居間に案内する。


 「このあたりに座って……」


 「あら、結構広い家なんだね。他に住んでる人がいるのかしら」


 「いや……ボクひとりだけだよ」


 「──これはマズい質問だったかな、ごめんね」


 また、見たことのない顔をしたルカの前に少し呆然としていたが、表情は変えることなく夕食の準備をするために台所へと向かった。

 いつもの器とは別に昔に両親が使用していた器を取り出して二人分の煮物をよそった。


 ミナトはテーブルに彼女の分を「どうぞ」と渡すと、


 「ありがとっ!」


 と元気な声で答えた次の瞬間に別の表情を見せていた。


 「貰っておいて言うのもあれなんだけど──、こんなのを毎日食べているとか言わないよね?」


 困惑に心配が混じったような問いかけにしばしの沈黙があったがミナトは


 「……お金がないからこんなのしか食べてない」


 「お金もないし家族もいないとはなかなかね──」


 そう言いルカは顎に手を当てて考える素振りをした後、


 「じゃあ私も手伝っていいかしら? これもきっと何かの縁かもしれないし」


 最近は形式的な会話以外に他人とほとんど話すことがなかったミナトにはどのように返せばいいかわからなかった。

 父親もいなくなったミナトに街の人は気に掛けることもなく、その状況にミナトも慣れていたからなおさらである。

 そんな思いを見透かしたかのようにルカは、


 「あっ、でも迷惑だったら無理にとは言わないわ。ただね、住むところも他に当てがないからここを使わせてもらえると助かるな」


 少しごまかしのきかせた表情でいう彼女を見ていると、ミナトは自然と口を開けていた。


 「……問題は……ない、」


 そう言うと彼女は顔をキラキラさせ、


 「ホントに良いのっ!? やったーっ! これからよろしくねっ!」


 とても輝いているような彼女の顔──青く光っている状態はいまだに続いているので実際に輝いているのだが──を一瞬見て目を背ける。

 そんなミナトをよそに、彼女は思い出した様子で続けて話した。


 「そうそう、さっき聞こうとして忘れていたんだけど──」


 「グレイウォッチって知ってる?」


 こうして彼女との波乱がありそうな同居生活が始まろうとしていた。

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