表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/30

居場所

「……あれ?」


 見知らぬ天井だ。

 強烈な違和感を覚えたマイアは、ゆっくりと起き上がる。

 背中が痛くないし、寒くない。


「そっか、私……」


 公爵家に嫁いだことを思い出す。

 もう古びた小屋で寝泊まりはしなくてもいいのだと。


 ふかふかのベッドで、一度も目覚めることなく熟睡していた。

 こんなに寝覚めがいいのはいつ以来だろう。


 実感をひしひしと感じていた。

 寝ぼけまなこをこすっていると、部屋の扉がノックされる。

 入ってきたのはセーレだった。


「はいどうぞ」

「失礼します。おはようございます、マイア様。お目覚めでしたか」

「今起きたところよ。本当に快適なベッドで、ぐっすり眠れたわ」

「それはよかったです」


 寝不足のせいで怠かったマイアの身体から、疲れがいくらか取れたように思う。いつも寝起きにかけていたおまじないも、今はもう必要ない。


「今朝は旦那様が朝食を共にするよう仰られていました。

 多忙な旦那様ですが、初日くらいは一緒に行動したいとのことです」

「……! す、すぐに準備しないと!」

「マイア様、落ち着いてください。まだ朝食まで一時間もありますから」


 慌ただしいマイアを制止し、セーレは彼女の身支度に取りかかる。

 髪()きからドレスの用意まで、使用人のセーレが担当する。


 マイアを鏡台の前に座らせると、彼女は困惑したように声を上げた。


「え、何を……?」

「ドレスはどんなものがお好みですか?」

「ドレスは……ええと。安いのでいいわ」


 マイアの返答を聞いたセーレは思わず呆れてしまう。

 本当にこの人は伯爵令嬢なのか……と。


「マイア様? 公爵夫人としての自覚をですね」

「ああっ、ごめんなさいごめんなさい! じゃあできるだけ高いドレスで!」

「いえ、値段の問題ではないのですが……こちらの赤いドレスはいかがでしょう?」


 セーレが提示した真っ赤なドレス。

 情熱的な色合いに、華美な装飾。スリットが大きめに入っている。


「あ、あの……ちょっと露出が多くないかしら?」

「ふふ、やはり予想通りの返答です。ではこちらの白いドレスはどうですか?」


 今度は純白のレースつきドレス。

 こちらは露出も控えめで、あまり目立ちそうにない。


「これがいいです!」

「承知しました。それでは髪を梳きますね」


 セーレは鏡台の前に座るマイアの髪に触れる。

 昨日の風呂のおかげで、ずいぶんと艶が出た。


 櫛で髪をとかし、さらさらと下に流していく。


「なんだか、こうされるのって不思議だわ」

「何を仰いますか。あなたは公爵家の一員になったのですよ」

「そうですよね。まだ実感があまりないのです」


 さらさらと髪をとかしながら、二人は他愛のない話をする。

 好きな食べ物だとか、ジョシュアの趣味だとか。

 セーレはマイアの実家事情には触れず、話を巧みに広げていく。


 まだマイアが過剰に緊張していることを、会話の中で感じ取っていた。


「マイア様。この公爵家の皆は、旦那様も含めてあなたの味方です。

 あまり自分を卑下なさいませんよう」

「ええ……わかっているのです。ただ、私はあまりよろしくない噂が流れているでしょう? 変な目で見られないか気になってしまって」

「マイア様が自然に振る舞っていれば、あなたが悪人でないことなどわかりますよ。堂々と、ありのままでお過ごしになればいいのです」

「そんなものかしら。とにかく私は、この公爵家から追い出されなければ何でもいいわ」

「ご安心ください。旦那様はあなたを婚約破棄なんてしませんし、しようとしたら私が叱ります」

「ふふっ……セーレは頼もしいのね」


 花のようなマイアの笑顔に、セーレは思わず目がくらんだ。

 こんな純粋な令嬢の悪評を流していたのは、いったい誰なのだろう。


 話を進める中で、マイアは実家のことを思い出す。

 今、家族はマイアが消えて喜んでいるのだろうか。


 ぼんやりと思うところがあった。

 記憶の隅で……何かを忘れているような。


(私、何かしなくてはならないことがあった気がする。でも何だったっけ……?)


 マイアは完全に支度金のことを忘却していた。

 この環境に移れたことが嬉しすぎて、頭から消えていたのだ。


 まあいいや、と彼女は思い直しセーレとの会話に興じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ