血統魔法の準備
父親たちが子供たちに気付き、こちらへ向かって来た。
「どうした。何かあったのか?」
子供四人が揃っていることにサガンが不思議がっている。
いつもなら双子は商会の手伝いか勉強だし、フウレンはナティリアと遊ぶことを楽しみにしていた。
「あー、えっとー」
親の後をつけていたとも言えず、ミキリアが言葉を濁していると、
「ギドちゃんたちは何してるの?」
と、ユイリが素直に疑問を口にする。
「ああ。この土地の魔力の残量を調べていたんだよ」
ギードたちは、今の場所に余計な魔力が存在しないことを確認していたのだ。
ハクレイの側にフウレンが走り寄って行った。
「父上!、血統魔法をご存知ですよね?。勇者一族の魔法でしょうか」
大人たちは顔を見合わせる。
勇者一族の血統魔法はあまりにも特殊であるため、それ自体が秘匿されている。
本物のサンダナも自分の血統魔法を見た者は口止めのため、仕方なく消して来た。
「そんなことより、何か食べますか?」
ギードが話をそらすように皆に声をかける。
兵舎の近くで石を組んで、危なくないようにした上で焚き火をし、影の収納から魔獣の肉や野菜を出して焼き始めた。旅をしている間、よくやっていたことなので手慣れたものである。
朝ご飯を食べていなかったヨデヴァスやフウレンがうれしそうだ。
美味しそうな匂いが流れると、近くにいた兵士や獣人たちも顔を出した。
ギードはいつの間にかその中にヨメイアとタミリアが混ざっていることに気づく。
「じゃあ、始めようか」
一通り食事が終わると、ギードは皆に声をかける。
訓練場の中ほどにサガンが立つ。
ギードは食事を分けた兵士たちに手伝わせ、サガンの周りに円状に石の杭を何本か地面に打ち込んでもらう。
そして杭を中心にして、屋根の無い小さな家程度の広さで三方に結界を張る。空いた一方の先にはハクレイが待機している。
少し遠いが、子供たちは他の者たちと一緒に柵の内側から見守っていた。
「何が始まるの?」
ヨメイアがまだ肉を頬張りながら、柵内に戻って来たギードに尋ねる。
「これからハクレイさんが攻撃魔法を連発しますが、絶対に邪魔しないでくださいね」
「あ、ああ」
一応承諾は得られたので、ギードはハクレイに合図を送る。
「では、いくぞ」
ハクレイの足下に魔法陣が浮かび上がる。
次の瞬間、サガンに向かって炎が駆け抜けた。
「ひゅぅ」
誰かが声をこぼす。
サガンは結界に囲まれた場所で、さらにギードの闇魔法で手足を石の杭に繋がれていた。
「父さまっ」
ヨデヴァスが叫ぶ中、炎が結界の中で荒れ狂う。
その中へ、ハクレイは雷や氷の矢など次々と攻撃魔法を放つ。
ヨメイアがゴクリと息を飲む。
高位魔法の連発に驚き、口をあんぐりと開けている者も多い中、タミリアは平然としている。
ギードはタミリアに近寄り、こそっと頼み事をする。
「ん、わかった」
ギードの合図にハクレイが攻撃を止めると、同時にタミリアが剣を抜いてもうもうと立ち込める煙の中に駆け込む。
「なっ」
これにはさすがにヨメイアも動揺した。タミリアの剣は炎を纏っている。
動けない状態であるサガンに対して剣が振り下ろされた。
子供たちの悲鳴と共に、カキンっと音がした。
ギードはハクレイに「お疲れ様」と魔力回復薬を渡す。彼はさすがに魔力を使い過ぎたのか、その場に座り込んでいた。
そして、ギードはヨメイアとヨデヴァスを連れてサガンの元に向かう。
「どうですか?」
ギードはサガンの無事を確かめようともしない。まるでわかっていたかのように。
「ふん。問題ない」
全く無傷のサガンは拘束を解かれ、タミリアは微笑んでサガンを見ている。
「父さま!、大丈夫ですか!?」
ヨデヴァスは半泣きで父親に抱き付く。
「これ、どういうこと?」
ヨメイアは殺気を抑えながらもギードに詰め寄っている。
「まあ、落ち着いて」
ギードはサガンたちを結界の外へ導くと、開いていた部分を閉じ、完全に密封する。
ギードは説明を始める。
「ヨデヴァス。ここで君に勇者の素質があるかどうか調べることになる」
暗赤色の髪の子供が頷く。この子の家族はそのためにこの国に来たのだ。
ギードはこの結界内部にはヨデヴァスとヨメイアしか入れないよう設定した。
結界の中、あの円状の杭の中にはサガンが使った魔法の痕跡しか残っていない。
「ヨデヴァスはこの中でサガンさまが使った血統魔法を自分で会得するんだ」
「うん?、ハクレイの魔法攻撃はこの中には痕跡はないのか?」
ヨメイアの質問にギードは答える。
「ハクレイは、あの場所から一歩も動いていない。彼の魔法はあの場所で生成され、ここには痕跡は無いよ」
ギードの精霊魔法に関しては、そもそも闇魔法で痕跡は消している。
そうしてギードは一組の腕輪をヨメイアに渡す。
「これを君たち親子に」
ヨメイアはそれに見覚えがあった。ハクレイが作った魔法制御の魔道具だ。
妊娠中、母親は体内の赤子に魔力を吸い取られるため、ヨメイアはずっと装備させられていた。
魔力量が多いサガンから魔力のないヨメイアへ、魔力を流すために使われていたのだ。
「ヨデヴァスの魔力量はまだ不明なので、あなたがその身体で息子の魔力を調整してください」
つまりヨデヴァスが間違って魔法を使わないように制限させるのだ。
「それで、どうすればいいの?」
ヨデヴァスがちらちらと父親を見ながらギードに問う。
「君はこの中に入り、父親がどんな魔法を使ったのか、感じるんだ」
もし、勇者の血統魔法を継ぐ力があれば、その血が勝手に魔法を解読してくれる。
「え?、それだけでいいの?」
子供らしい言葉に、ギードは口を歪めて笑う。
「それが出来るようになるのに何年かかるか、わからないけどね」
もしかしたら一生出来ないかも知れない。
それを聞いてヨデヴァスが複雑な顔になる。簡単な話ではなさそうだと気づいたらしい。
「ヨメイアはヨデヴァスがここに来る時は必ず付き添って欲しい」
この場所は魔獣のいる危険地帯の中なのである。
「わかったよ」
ヨメイアも複雑そうな顔をしていた。