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第壱話 遺跡島の鴉姫・上


  カンカンッ、カンカンッ。


ノミを打つ音が遺跡の中に響く。

「ふふふ、待っていてください。アタシの宝物…」


  カンカンッ、カンカンッ。

 

 小刻みに、見つけた宝物を傷つけないように細心の注意を払って女は一心不乱にノミを打ち付ける。トレジャーハンター風の恰好をした女はとろりと恍惚した目をメガネの下に秘めていた。


  カンッ…!


 石を打つノミの音が変わった。固い崩れかけの石を打つ音から金属音みたいな硬質の甲高い音へ。彼女の目の色がこれ以上ないほどの歓喜と期待に満ち溢れた。その眼を一言で表すなら「狂喜」。ロウソクの炎に照らされた顔が不気味に煌く。


「ここなのねっ。ここなのですね! ああぁ、いざ!」


 女はノミを捨て、素手で優しく壁を掘る。

 鼈甲(べっこう)のバレッタで纏めていた長い黒髪を振り乱し、女はその綺麗な指先が汚れるのも厭わずに一心不乱に土を掻く。彼女の頬は恋い焦がれる乙女のように朱に染まり、早く掘り出さなければ自分の命もない。そのくらい切羽詰まった乙女の顔で彼女は感触を確かめながら少しずつ、少しずつ掘り進めた。


  ガラガラ……ガシャ……ンっ。


「あゝああああっ……!!」


 女は恍惚とした表情で自らの体を抱きしめて、嬌声をあげる。高鳴る鼓動が、気持ちが、抑えられない……!! そのまま好きな人にしな垂れかかるが如く、自ら掘り出した発掘物にゆっくり震える手を添えて、まだ土の付いたそれのざらざらとした感触を確かめる。


「あゝ!……嗚呼!! アタシの宝物ちゃん。やっと、やっと会えたのね……」


 背中に八咫烏の文様を背負った黒髪の智的な女、稀代の考古学者『鴉姫』は、嬉しい気持ちを隠すことなく喜び、出土した長方形の四角い箱に自分の頬をすり寄せる。彼女は箱にゆったりと指を滑らせて、箱に描かれた神秘的な――主神・ノアの『書物と筆』、守護神・アルテミスの『月』の文様が図案化された――文様をなぞりながら爛々と煌く狂気に満ちた目で彼女は思考を巡らせる。


「中身は何かしら? 本? それとも昔の器物? それとも魔法具かしら? それとも、それとも精霊武器とか? もしかして力のある精霊や幻獣が眠ってる箱だったりして? きゃっ! 夢が膨らむわぁ…!」


 鴉姫は箱を両腕で大事に抱え込む。その際、服にたいそう土がついたが今更だ。彼女の服はブーツからレギンス、ズボン、上着やコートに至るまで、全身土とほこりと汗に汚れていたのだから。


「この文様……、この世界の主神『ノア』様の文様はいつものことだから置いておいて、この『月夜国』の守護神『アルテミス』様の文様があるということは、この国かアルテミス様に関係ある物ということ……。箱のフタらしき部分の四隅には丸い色つきの宝玉、底にはまた四角い文様……、入っているのは……本かしらぁ?」 

 彼女は発掘した箱に指を這わせてフタと箱の切り目を探す。


「どこから開ければいいの? ねえ、教えてちょうだい? アタシを焦らさないで。お願いおねがいおねが~い。そのじれったさがアタシの身を黒く、暗く、嫉妬の闇に焦がしてしまうの。だから、ねえ、早く開いて? アタシのモノにおなりなさい。アタシを震わせて……っ」


 悩ましげに眉間をひそめて彼女は艶っぽい声音で宝物にささやく。まるで難攻不落の男をものにしたいと願い足掻く乙女のように。――……睦言をささやく相手が物言わぬ宝物という所がこの女の残念なところだ。


 そこに通路の奥から一組の女性と男性が現れた。女の方は戦士風の甲冑に剣を携えた金髪巨乳。男の方は鍛えられた巨漢の体にゆったりした独特な民族衣装を纏い、槍を兼ねた杖を持っている。『鴉姫』と呼ばれる女に使える一族の者たちの長たちである。なかなか遺跡から出てこない鴉姫を探しに来たのだ。島に数ある遺跡を数か月がかりでしらみつぶしに回って、やっと、やっと、見つけたと思ったらこれである。二人はそこに出来上がっていた残念な美女の姿に頭を抱えた。


「ああああっ、カ・イ・カ・ン!! 素敵!! この手触りのよさ! 質感! 保存状態の良さ! アタシ、あなたが居れば生きていけるわ……! ぜったい離さない!! いいえ、離さないで…!! ああっ」


土まみれになって恍惚と愛しいヒト?に睦言を叫ぶ美女。(一部の特殊な嗜好者を除いて)どんな男でもしゃぶりつきたくなるようなナイスバディと美貌を備えているだけに、その残念さがとても際立つ。彼女は遺跡に眠るモノなら骨になった死体だって愛すだろう。ああ、残念だ。残念すぎるっ。


従者である戦士風の女と巨漢の男は頭を振り、心を鬼にして鴉姫に近づく。


「鴉姫様、もっと自重してください!」


ふっと振り向いた鴉姫は宝物の箱を胸に抱いたまま数秒停止する。見知った二人の存在があることを認めて目を伏せ、ずれた銀縁めがねを押し上げる。次に目を開いた時、先程とは打って変わって冷静な様子で視線をふたりに向けた。


「………自重、ですか? 宝物を前にして狂喜乱舞しない考古学者が何処にいますか? いないでしょう。もし、居たとしても、私はそれを『真の考古学者』とは認めません。長い時間をかけて自分自身の手で、発掘した、宝物が、やっとの思いで目の前に出てきたのですよ? 喜ばないでどうしますか? 死にますか?」


 しっかりと相手の目を見据えるその姿には『姫』と呼ばれるに相応しい高貴な雰囲気が漂っていた。

 トレジャーハンターの如き恰好をした女の名前は、レイブン・ハックルベリー。ユウからみれば異世界にあたる、【月の国】月夜国のはぐれ魔女にして、当代随一の考古学者、【鴉姫】レイブン・ハックルベリーである。


 巨漢の男は族長の言葉に眉間のしわを揉む。


「それは……そうでしょうが、我らの指導者がそのようでは困ります。あなただけはまともで居て頂けなければ。もしあなたがまともでなければ、誰が“族長連合”相手に、この島の窓口を務めるのですか。」


彼女は【月の国】の“遺跡島”という島で、実質的な族長を務めていた。

遺跡島は各部族のはぐれ者の集まり。いいかえれば、変人、変態、狂人など、人として変わった者の集まりなのである。しかも表向きは【月の国】に属していることになっているので、どうしても指導者と外界への窓口役が要る。主に予算とか、予算とか、予算とか、情報とかの為に。

それをもぎ取り、間違って島に入って来た者を出口に誘導し、島民が暴走しすぎないように纏めるのが彼女の役割だ。


「大丈夫です。アタシはまともです。ええ、この“遺跡島”では比較的、というより一番まともな人物でしょう。民の前ではいつもどおり、しっかりしますから、たまの息抜きくらいハメを外させてください。これはアタシの生き甲斐なんです。」


 鴉姫、レイブン・ハックルベリーは発掘した箱に優しく指を這わせ、また恍惚とした表情になる。それを見ていた二人は諦めたように肩をすくめ、


「あなた様のその変わり様には脱帽します。本当に性のないお人だ。」


「仕方ないですね。あなた様が自ら【鴉姫】となり、我らが纏めに治まって700年。我らが何代もかけて言い続けても、この癖は治りませんか。」


「むしろ、変える必要が何処にあるのですか? 何代もかけて口うるさい事です。アタシの趣味をとやかく言われる筋合いはないと、貴方方の一番初めの祖先の代から言い続けてやってますが、未だに言いやがるのですね。ご苦労なことです。」


 鴉姫は嫌味を交えて言い返し、礼までしてみせた。

 男の額に青筋が浮かび、女がそれをなだめる。それこそ何代も何代もかけてやってきたやり取りだ。二人とて、先祖伝来の遺言でなければ言い続けはしない。心の中ではもう半分諦めている。だが、もう半分でこの女に、鴉姫に勝ってやりたい、というような思いが芽生えていることもまた事実なのだ。どうあっても死ぬまで言い続けてやるつもりである。


 しかし、鴉姫はそんなこと知ったこっちゃない。

 二人を無視して、発掘した箱の中身を確かめている。


「きゃは! やっぱり本ですか! 本なのですね!? どのような類のモノかしら? 神話? 神々の日記? 世界に関すること? それとも最近の精霊事情? いずれにしろ、胸が高鳴るぅっ!!!」


「おい聞けよっこのクソ女! クソ婆魔女が!! 俺らは絶対あきらめないからな。」


 女に抑えられながら、男は叫ぶ。鴉姫は巨漢の男をチラリと一瞥して、


「うるさいですね。今、大事な所なんです。せっかく宝物ちゃんと出会えたこの感動に水を差さないでください。《舞い殺せ、鴉羽。八咫鴉の羽根。彼の者に裁きを希わん!》」


鴉姫を中心にして黒い霧と魔法陣が浮かび上がり、薄暗い闇を伴った漆黒の鴉羽が舞い上がる。その羽の群れは男に向かって一直線に襲いかかった。


「ぐあぁぁぁあああああ!!!!」


隣にいた女はその場から飛びのき、男の惨状を見守った。

すでに鴉姫は二人から興味をなくし、発掘した本の鑑定に没頭している。


大量の黒い羽が消え去った時、女は爆笑した。

遺跡島独特の民族衣装を着て、上にローブを羽織っていたはずの男。しかし、今は…頭が禿げ上がり、顔に落書きされ、筋肉質な巨漢の体にぴったりと張り付く、赤と白の体操服の如き短パンとTシャツを着させられていたのだから―――しかもお尻に穴が開いて、パンツが見えている。青と白のステテコパンツだ。


鴉姫は女の笑い声に、壁に背を付けて座り込み、書物に落していた視線をチラリと上げ、


「ふむ。失敗ですね。鶏の尻尾とトサカでもつければ良かったですか。」


のたまい、また古い本を何事もなかったかのように読み進める。


「…く、クククッ、ちょっ、腹が、腹がよじれる…。やめて、やめてくださ、あはははは! やめてください鴉姫さ、ま。くはははははっ、そんなことをされたら、わ、笑い死にます!!」


戦士風の女は腹を抱え、石の床を叩き、笑い転げる。どうやら相当ツボにハマったらしい。


鴉姫が発掘した書物を読み終わった時、女は笑い過ぎて疲れ果て、男は遺跡の片隅で羞恥に悶えていた。


「それで、遺跡発掘中のアタシの所にあなたたちが来るなんて、なにか用ですか? 用があるんでしょう? あるのですよね?」


本を閉じ、立ち上がる。


「は、はい。」


女は気力を振り絞って立ち上がり、男を放置して答える。


「放置プレイか、放置プレイか、放置プレイか。……放置プレイなんだな。三時間放置されると変態に進化しちまうぜ?」


「煩いです。そしてあなたはもう変態です。それ以上の変態になる前に出て行ってください。今すぐに。」


鴉姫は無表情で羽ペンを構え、風の魔法で男を入口まで吹き飛ばした。遠くで恍惚とした嬌声が聞こえた。


「それで? 用とは?」


くるり、鴉姫は腕にたった鳥肌を気にしつつ、無表情で女に向き合う。


「では、鴉姫様、もうそろそろ族長連合会議の時期ですが、準部は大丈夫ですか? あなたが持って帰ってくる予算のほとんどでこの島は成り立っているんです。しっかりしてもらわねば困ります。」


電光石火の如く、女は早口で言い募る。


「大丈夫です。二ヶ月前にやりました。」


すぐに返答する鴉姫。手に持った発掘物を覗き込み、表情はニヤけている。


「に、二ヶ月前!? 見直しは?」


「三回やりました。やってから潜ったのです。優秀でしょう?」


「ええ、ええ。あと二回はやってください。あと、その手から毒物級の発掘品を離しなさい!!」


女は鴉姫から箱と本を取り上げようとするが、魔法の風で体を捕えられ、自由を封じられる。


「嫌です。他には?」


「はぁ~…。変態が増えました。サイエンティストが今月三回も研究所と集落の一部を爆破。」


女官は抵抗を諦め、溜息を吐いて報告する。


「フツーですね。平和です。」


鴉姫は発掘した本を開けたり、閉じたりして遊ぶ。


「あと、」


「はい?」


「鴉姫様のご自宅に泥棒が押し入り、発掘品の一部を持ち去って行きました。」


ベシャッ――悲鳴をあげて女が地面に激突する。


「な、なんですってぇぇぇぇぇぇえええええええええええ!!!!!!」


遺跡の中に鴉姫の絶叫が響き渡った。


鴉姫


本名:レイブン・ハックルベリー


性別:女

年齢:724歳

身長:170cm

種族:魔女(魔法使い)

趣味:遺跡発掘&探索、骨董品蒐集


特徴:冒険者や探検家のような動きやすい服。知的銀縁メガネ。抑えきれない色気と美貌。仕事と私生活(趣味)でのギャップ。背中にヤタガラス模様の刺青。


備考:ザ・仕事人間だが、趣味を前にすると人が変わる。

   変人だが、遺跡島の中では一番まともな部類。



遺跡島


月夜国の南端に位置する南国の島。


月夜国に属する、多くの部族のはぐれモノ同士が集まり、構成されている。

多数の遺跡が存在することから、この名前が付いた。

島民の特徴は、みな、匂い立つような、他人が狂いそうになるほどの美貌持ちであること。性格がちょっと“アレ”なこと。数が少なく、結束力が強いこと。


次は、泥棒少女と海賊が出ます。


その次くらいにユウが…。

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