第十話 初めての共闘
森の中を、悠真とシロは並んで歩いていた。
少し前を歩くシロは、ときおり立ち止まっては鼻を動かし、周囲の匂いを確かめている。
その後ろをついていきながら、悠真は小さな生き物へ視線を向けた。
悠真の肩の上にちょこんと乗っている。
「お前はシロのことが好きなんだな」
そう声をかけると、小さな生き物は小さく身体を揺らした。
返事をしているつもりなのだろうか。
「シロも嫌がってないみたいだし、仲良くなれてよかったな」
シロは振り返り、ふん、と鼻を鳴らす。
その様子に、悠真の口元が自然と緩んだ。
この森に来てから、ずっと一人だった。
不安もある。元の世界に帰りたいという気持ちも、もちろん消えていない。
それでも、今はこうして一緒に歩いてくれる仲間がいる。
それだけで、少しだけ心強かった。
「さて、今日はどこまで行けるかな」
悠真がそう呟いたときだった。
シロの足がぴたりと止まった。
耳が立ち、鼻先が森の奥へ向けられる。
「……どうした?」
シロは低く唸った。
その声に、悠真の表情が引き締まる。
何かいる。
シロの視線を追って、悠真も木々の向こうを見つめた。
ガサッ。
茂みが大きく揺れた。
次の瞬間、太い枝をへし折りながら、一頭の獣が姿を現した。
「うわっ……!」
大きな猪だった。
ただし、普通の猪ではない。
全身を覆う茶褐色の毛並み。盛り上がった肩と、額から突き出した二本の鋭い角。
その身体は、悠真の知る猪よりも一回り以上大きい。
《生命感知》
名前:角牙猪
種族:魔物
レベル:3
状態:良好
「レベル3……!」
悠真の喉が鳴った。
シロよりもレベルが高い。
角牙猪は地面を前足で掻き、こちらを睨みつけている。
その巨体から放たれる威圧感に、悠真の足がすくんだ。
逃げるべきか。
そう考えた瞬間、角牙猪が地面を蹴った。
「シロッ!」
シロが横へ飛び退く。
直後、角牙猪の巨体が先ほどまでシロのいた場所を通り過ぎた。
地面が大きく抉れる。
「なんて力だ……!」
正面からぶつかれば、シロでも危ない。
悠真は周囲を見回した。
角牙猪は勢いを殺し、こちらへ向き直ろうとしている。
その足元に、地面を這う太い蔓が見えた。
「シロ! もう一度引きつけてくれ!」
シロが短く吠える。
言葉は通じなくても、こちらの意図を理解してくれたようだった。
シロは角牙猪の正面に立ち、低く身構える。
角牙猪が再び突進してきた。
シロはぎりぎりまで引きつけ、直前で横へ跳ぶ。
その瞬間。
悠真は地面に伸びていた蔓を両手で掴み、思い切り引っ張った。
「今だっ!」
蔓が角牙猪の前脚に絡みつく。
完全に止めることはできなかったが、突進の勢いがわずかに鈍った。
その隙を、シロは見逃さなかった。
地面を蹴り、角牙猪の横腹へ飛びかかる。
鋭い牙が毛皮に食い込み、角牙猪が苦しげな声を上げた。
「いけっ、シロ!」
だが、角牙猪も簡単には倒れない。
身体を大きく振り、シロを振り払った。
「シロ!」
シロの身体が地面を転がる。
すぐに立ち上がったものの、前脚を少し庇うような動きをしていた。
角牙猪の角がシロへ向く。
まずい。
このままでは、次の突進をまともに受けてしまう。
悠真の胸が強く締めつけられた。
怖い。
自分が戦えるわけではない。シロを守る力も、まだ十分にはない。
それでも。
「シロを……傷つけさせるかよ!」
悠真は近くに落ちていた太めの枝を拾い上げた。
そして、角牙猪の注意を引くように大きく振り回す。
「こっちだ!」
角牙猪の視線が悠真へ向いた。
その瞬間、シロが地面を蹴った。
今度は正面からではない。
角牙猪の側面へ回り込み、首元に噛みつく。
角牙猪は大きく身体を揺らしたが、すでに体勢を崩していた。
シロは牙を離さない。
やがて角牙猪の動きが鈍くなり、最後には大きな音を立てて地面に倒れ込んだ。
静寂が戻る。
「……倒した、のか?」
悠真はしばらく動けなかった。
やがて、シロがこちらへ歩いてくる。
「シロ!」
駆け寄って、その身体を確かめる。
前脚に小さな傷があった。血が滲んでいる。
「ごめんな。俺がもっと上手くやれれば……」
シロは悠真の手に鼻先を押しつけた。
まるで気にするなと言っているようだった。
「ありがとう。本当に、ありがとうな」
悠真はシロの頭をそっと撫でた。
そのとき、視界の端に文字が浮かび上がった。
《戦闘終了》
《経験値を獲得しました》
《相沢悠真:経験値 30 / 100》
「……俺にも経験値が入ったのか」
表示された文字を見つめ、悠真は目を瞬かせた。
自分は直接攻撃したわけではない。
けれど、シロを援護し、蔓を使って角牙猪の動きを鈍らせた。
それも戦闘への貢献として認められたのだろう。
続けて、もう一つ表示が現れた。
《シロが経験値を獲得しました》
《経験値:45 / 100》
「シロにも入ったな!」
悠真は嬉しそうにシロを見る。
シロのレベルはまだ2のままだ。
けれど、確実に成長へ近づいている。
「二人で頑張った成果だな」
そう言ってシロの頭を撫でると、シロは誇らしげに胸を張った。
悠真は小さく笑った。
そして、倒れた角牙猪へ視線を向ける。
「そういえば……これ、どうすればいいんだ?」
角牙猪の身体はまだそこに残っていた。
大きな身体だ。これだけの大きさなら、食べられる肉もかなり取れるかもしれない。
「これ……食べられるよな」
思わず呟く。
この森で生きていくためには、食料の確保が欠かせない。今の悠真にとって、目の前の肉は何よりも魅力的だった。
けれど、どうやって肉を取り出せばいいのだろう。
毛皮を剥ぎ、肉を切り分けるには、それなりの道具が必要なはずだ。
今持っているのは、頼りない枝や石くらいしかない。
「ナイフでもあれば違うんだろうけど……」
角牙猪の身体を見下ろし、悠真は悔しそうに唇を噛んだ。
せっかく食料になりそうなものが目の前にあるのに、何もできない。
「……仕方ない。今は諦めるしかないか」
悠真は小さく息を吐いた。
そのとき。
コトン。
角牙猪の身体のそばに、小さな石が転がり落ちた。
「ん?」
拾い上げてみると、透明感のある灰色の石だった。
普通の石とは違い、中心には淡い光が揺れている。
「なんだ、これ……?」
悠真は石を傾けたり、指先で触れたりしてみた。
石の中に何かが閉じ込められているようにも見える。
「こんなの、初めて見たな……」
正体は分からない。
けれど、角牙猪の身体から落ちたものなら、何か意味があるのかもしれない。
悠真はひとまず、その不思議な石を大切にしまった。
「よし、帰ろう。まずはお前の傷を手当てしないとな」
悠真がそう言うと、シロが小さく鳴いた。
その声に反応したのか、肩の上にいた小さな生き物が、ひょいと飛び降りた。
そして、シロの前脚へと近づいていく。
「おい、どうした?」
小さな生き物は傷口のそばにちょこんと座った。
すると、その身体の中心から淡い緑色の光がこぼれ始めた。
ふわり。
光がシロの前脚を包み込む。
「……え?」
傷口の赤みが、ほんの少しだけ和らいでいく。
シロは驚いたように前脚を見つめ、それから小さな生き物へ鼻先を近づけた。
小さな生き物は、嬉しそうに身体を揺らした。
「もしかして……傷を治してくれてるのか?」
悠真は目を見開いた。
まだ完全に治ったわけではない。
それでも、確かに変化があった。
「お前、そんなこともできるのか……?」
小さな生き物は答えるように、ぴょこんと跳ねた。
悠真はその姿をじっと見つめた。
まだ分からないことだらけだ。
けれど、この小さな生き物には、何か特別な力があるのかもしれない。
そのときだった。
森の奥から、低く長い遠吠えが響いた。
ウォオオオオォ――。
空気が震えるような声だった。
シロの耳がぴんと立つ。
先ほどまでの穏やかな表情が消え、森の奥を睨みつけた。
「……今の、何だ?」
シロは悠真の前に立ち、低く唸り始めた。
その背中を見つめながら、悠真は静かに息を呑んだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
明日からは、毎日20時に更新していく予定です。
少しずつ物語を進めながら、悠真たちの冒険や成長を丁寧に描いていきたいと思っています。
これからも『世界樹の落とし子』を楽しんでいただけたら嬉しいです。
今後とも、よろしくお願いします!
木漏れ日




