第27話「なぜかSNSが燃えている」
第27話「なぜかSNSが燃えている」
07時12分。
赤坂レジデンス1203号室は、まだ静かだった。
蓮はダイニングテーブルに座り、右手のそばにコーヒーを置いていた。目の前のノートパソコンには、黒瀬ホールディングスの社内報告書が表示されている。
サクラ・フレイト。
カントー・リテール・ロジスティクス。
セイワ・ディストリビューション・ネットワーク。
横浜への出張以来、その三つの名前はずっと頭に残っていた。
サクラの問題は、まだ完全には解決していない。
カントーからの最終的な回答も出ていない。
そして、セイワはますます攻勢を強めている。
だが、その朝。
それよりもはるかに理解しがたいことが起きた。
スマートフォンが震える。
一度。
続けて二度。
それから、止まらなくなった。
蓮は画面を見る。
23件の通知。
「……今度は何だ?」
高橋からのメッセージを一件開く。
«高橋:
蓮さん、個人のSNSアカウントを使っていますか?»
蓮は眉をひそめる。
短く入力した。
«蓮:
使ってない。»
10秒もしないうちに返信が来る。
«高橋:
そうお答えになると思っていました。»
蓮は、そのメッセージを見る。
«蓮:
どういう意味?»
三点リーダーが表示される。
消える。
また表示される。
そして、リンクが送られてきた。
蓮は開いた。
画面が切り替わる。
以前、使っていたSNSのプラットフォームが表示された。
名前はY。
日本で広く利用されているSNSの一つで、ニュースや写真、コメントを共有したり、公開アカウントをフォローしたりするために使われている。
そこには、蓮のユーザー名が残っていた。
黒瀬蓮――@ren_kurose
アカウントは、長い間使われていない。
プロフィール写真も昔のまま。
新しい投稿はない。
蓮は画面を下へスクロールする。
最後の投稿。
三台の車を駐車場に並べて撮った写真だった。
P9LM。
Ghost Series II by MANSORY。
Ko〇〇nigsegg Je〇〇ko by MANSORY。
数か月前に撮った写真。
長い文章はない。
短い一文だけだった。
«三台とも、ようやく置き場所が決まった。»
蓮は数秒、画面を見つめる。
「……ああ」
確かに自分のアカウントだ。
まだ残っていたことすら、ほとんど忘れていた。
高橋から、またメッセージが届く。
«高橋:
問題は、そのアカウントが残っていることではありません。»
«蓮:
じゃあ?»
«高橋:
最後の投稿が、かなりの人数に話題にされています。»
蓮の指が止まった。
「……車の写真?」
«高橋:
はい。»
蓮は息を吐く。
理解できない。
何か月も前の写真が、どうして突然問題になるのか。
---
07時18分。
高橋からスクリーンショットが送られてきた。
一枚ではない。
二枚でもない。
何十枚もある。
自動車関連のアカウント。
ビジネス関連のアカウント。
大学生のアカウント。
高級車について扱うアカウント。
さらに、経済ニュースを扱うアカウントまで、その写真を転載している。
だが、すべてを大きくした理由は、車そのものではなかった。
ここ数日の経済報道で名前が出始めた人物と、あの写真が結びつけられたからだ。
黒瀬蓮。
黒瀬ホールディングスのオーナー。
21歳の大学生。
ヤマト物流の買収を進めた人物。
三井マリンフーズを取得した人物。
サクラ・フレイトの契約維持を支援した人物。
そして今――
SNSユーザーたちは、その価値を想像するだけで話題になってしまう三台の車の所有者として、蓮を見始めていた。
蓮はいくつかのコメントを読む。
«「待って。これ、同じ黒瀬蓮?」»
«「本当なら、昔からYのアカウント持ってたってこと?」»
«「最後の投稿、宣伝ですらないじゃん」»
«「三台の車を置いて、そのまま消えたの?」»
«「なんで金持ちって、いつも面倒くさそうなんだ?」»
蓮は最後のコメントで止まった。
「……俺は面倒くさがってるわけじゃない」
コーヒーを手に取る。
一口飲む。
そして、再び画面を見る。
さらにコメントが増えている。
«「黒瀬ホールディングスで検索してみろ」»
«「まだ大学生なの?」»
«「このアカウント、名前が出る前から存在してたんだ」»
«「じゃあ、最近になって作ったアカウントで宣伝してるわけじゃないのか」»
最後の言葉で、蓮の指が止まった。
少し長く画面を見つめる。
そこが、今回の状況を変えている部分だった。
キャンペーンではない。
投稿のスケジュールもない。
宣伝動画もない。
仕事をしている自分を撮った写真もない。
資産について語った投稿もない。
イメージを作ろうとした形跡もない。
ただ、昔の写真が一枚あるだけ。
だからこそ、人々は気になり始めている。
---
07時26分。
スマートフォンが再び震えた。
今度は美雪だった。
«美雪:
Y、もう見た?»
蓮は返す。
«蓮:
見た。»
«美雪:
三台の車の写真?»
«蓮:
そう。»
«美雪:
私、蓮がまだそのアカウント持ってるって知らなかった。»
«蓮:
俺も。»
数秒後。
«美雪:
それ、ちょっと心配。»
«蓮:
なんで?»
«美雪:
昔の投稿まで全部探され始めてるから。»
蓮はすぐに自分のプロフィールを開いた。
確かに。
これまでほとんど気にしていなかったフォロワー数が、急速に動いている。
12,084人。
蓮は眉をひそめた。
昨日までは、こんな数字ではなかった。
画面を動かす。
これまでほとんど反応のなかった昔の投稿に、何千件ものコメントがつき始めている。
その一つはコーヒーの写真。
別の投稿は、夜の道路。
車内から撮った景色もある。
読んでいた本を撮った写真も一枚。
どれも会社とは関係ない。
それなのに、人々は昔の投稿から蓮の生活の断片を拾い集め始めていた。
あるユーザーは、長いスレッドまで作っている。
「黒瀬蓮とは一体何者なのか? 過去のアカウントから追ってみた」
蓮は、その内容を読む。
一つ目。
経済学を学ぶ大学生。
二つ目。
赤坂在住。
三つ目。
黒瀬ホールディングスと関係がある。
四つ目。
個人で積極的な宣伝活動をしていない。
五つ目。
過去の投稿から、車、コーヒー、本、短い旅行などへの関心が見える。
六つ目。
アカウントは存在しているが、ほとんど使われていない。
蓮は画面を見つめた。
「……こんなこと調べる時間、よくあるな」
美雪から返事が来る。
«美雪:
驚かないで。»
«蓮:
俺の考えてること、わかるの?»
«美雪:
わからない。でも、面倒なものを見たときの蓮の顔は想像しやすい。»
蓮は、そのメッセージを見る。
そして入力した。
«蓮:
それ、褒めてないだろ。»
«美雪:
専門的な観察ってことで。»
蓮は、少しだけ笑いそうになった。
ほんの少しだけ。
---
08時03分。
静香から連絡が入った。
ここ数日で使う頻度が増えた、小さなグループだ。
グループ名はシンプルだった。
Kurose――Private
静香がメッセージを送る。
«静香:
状況は見た。»
«蓮:
状況?»
«静香:
蓮のYアカウント。»
«美雪:
もう全部バレたね。»
«静香:
まだ全部じゃない。»
数秒後。
«静香:
でも、問題になるには十分。»
蓮はスマートフォンをテーブルに置いた。
「問題……か」
その言葉を小さく繰り返す。
そしてノートパソコンを開いた。
フォロワー数より重要なものがある。
注目が、どこへ向かっているかだ。
高橋から送られてきた広報関連の報告書を開く。
過去12時間で、黒瀬蓮という名前への言及が急激に増えている。
だが、その大半は車についてではない。
特に多い話題は三つ。
黒瀬ホールディングス。
サクラ・フレイトの一件。
数十億円規模の企業を所有する人物とは思えない蓮の生活スタイル。
蓮は最後の項目を読む。
「……思えない?」
高橋からメッセージが届く。
«高橋:
世間は、そのギャップに関心を持っているようです。»
«蓮:
どんなギャップ?»
«高橋:
大きな会社と資産を所有している一方で、個人の投稿には派手な生活がほとんど見られない点です。»
蓮はコーヒーの写真を見る。
それから本の写真。
そして夜の道路の写真。
「……普通じゃないか?」
«高橋:
蓮さんにとっては、そうかもしれません。»
蓮は答えなかった。
---
09時15分。
蓮はP9LMで大学へ向かった。
車を見せたいわけではない。
むしろ逆だ。
その日のルートでは、この車のほうが使いやすかっただけだ。
赤坂。
外苑東通り。
六本木。
青山。
そして大学へ。
だが駐車場に車を止めた瞬間、蓮は何かが違うことに気づいた。
二人の学生がこちらを見ている。
続いて三人。
さらに、その周囲にも何人かいる。
蓮が車から降りる。
少し離れた場所にいた二年生の学生が声を上げた。
「おい……」
友人が振り向く。
「黒瀬じゃない?」
「そうだ」
「Yの?」
蓮は足を止めた。
「……その呼び方、やめてくれ」
二人が近づいてくる。
「蓮、本当にこのアカウント?」
「そう」
「三台の車の写真、本当に蓮が投稿したの?」
「そう」
「なんで一言しか書いてないんだ?」
蓮は相手を見る。
「写真だけで十分だったから」
学生が黙る。
友人が笑った。
「どういう答えだよ」
蓮は肩をすくめる。
「昔は、書くことがなかった」
「今は?」
蓮は周囲を見る。
「逆に多すぎる」
二人が笑った。
朝から続いていた状況に、蓮が初めて少しだけ気楽になれた瞬間だった。
そこへ、後ろから浩平が現れる。
「蓮」
蓮が振り向く。
浩平はスマートフォンを持っていた。
表情は、やけに真剣だ。
「重要な質問がある」
「何?」
浩平がスマートフォンの画面を見せる。
「なんで俺、お前がYのアカウント持ってるって今初めて知ったんだ?」
蓮は黙った。
「……俺も今思い出した」
浩平は二秒ほど蓮を見る。
そして、大声で笑った。
「これ、やばいだろ」
「何が?」
「ネットでお前が話題になってるのに、本人がアカウントの存在を忘れてるんだぞ」
蓮はポケットに手を入れる。
「少なくとも、俺の問題は一貫してる」
---
11時40分。
フォロワー数が70,000人を超えた。
だが、今回は単なる車の写真だけが原因ではなかった。
ある経済ニュースアカウントが黒瀬ホールディングスの記事を投稿し、その中で蓮のYプロフィールを参照として紹介した。
記事は数万人に読まれた。
複数のビジネス系アカウントが、それを共有する。
その後、自動車関連のアカウントが過去の写真を見つけた。
さらに大学生のアカウントが、蓮が普段どおり大学へ通っていることについて話し始める。
そこから、話題が広がった。
もう、
「この三台の車の持ち主は誰なのか?」
ではない。
「黒瀬ホールディングスのオーナーなのに、なぜ普通の大学生のように見えるのか?」
それが、変化の起点だった。
SNSは、物ではなく。
人間そのものについて話し始めた。
---
13時20分。
蓮は黒瀬ホールディングスにいた。
上階の会議室は、朝よりもずっと重い空気に包まれている。
高橋がスクリーンの前に立つ。
右側には美雪。
左側には静香。
そして中央に蓮。
スクリーンには、SNSに関する報告資料が表示されていた。
「では、要点からお話しします」
高橋がページを切り替える。
「今朝の経済記事以降、黒瀬蓮という名前への言及が急激に増えています」
蓮は数字を見る。
高橋が続ける。
「ただし、原因は一つの投稿ではありません」
蓮が見る。
「説明して」
画面に四つの段階が表示される。
第一段階。
自動車関連のアカウントが、過去の三台の車の写真を発見。
第二段階。
それを、黒瀬ホールディングスの話題で名前が出ていた黒瀬蓮と結びつけた。
第三段階。
経済系アカウントが、Yのプロフィールを取り上げ、そのアカウントが以前から存在していたことを示した。
第四段階。
人々が過去の投稿を掘り返し、蓮のSNSに事業宣伝のパターンがないことを見つけた。
高橋が一度、言葉を切る。
「その結果、世間の関心が車から、蓮さん自身へ移っています」
蓮はゆっくりとうなずいた。
「なるほど」
静香が腕を組む。
「それだけじゃない」
蓮が振り向く。
「何?」
「何人かのアカウントが、大学にいる蓮の写真を投稿し始めてる」
蓮が静香を見る。
「写真?」
美雪が小さく息を吐く。
「遠くから撮ったもの。そこまで踏み込んだものじゃないけど……」
蓮は背もたれに身体を預ける。
「これが嫌なんだ」
美雪が蓮を見る。
「わかってる」
静香は資料を見る。
「本当の問題は、フォロワー数じゃない」
蓮が静香を見る。
「注目」
静香がうなずく。
「そう。蓮をフォローするだけなら、まだいい。でも、周りにいる人間まで追い始めたら、状況が変わる」
蓮はすぐに理解した。
「美雪」
美雪が眉を上げる。
「何?」
「美雪の名前は?」
美雪はスマートフォンを開いた。
黙る。
そして画面を見せる。
仕事用アカウントへの通知が増えていた。
静香もスマートフォンを見せる。
こちらも、連絡申請が増えている。
蓮は顔を覆う。
「……いいな」
美雪が薄く笑う。
「『いいな』じゃないでしょ」
「前向きに考えてみた」
「失敗してる」
静香が小さく笑う。
蓮は二人を見る。
「なんで笑うんだよ」
「蓮の顔が面白いから」
「……冗談じゃない」
「わかってる」
数秒間、会議室の空気が少しだけ軽くなる。
だが、高橋がすぐに本題へ戻した。
「蓮さん」
「何?」
「昨日ご依頼いただいた広報チームですが、すでに動き始めています」
蓮はうなずく。
「どう?」
「一つ、重要な方針を決めました」
高橋が次のページを表示する。
公式公開アカウント:@KuroseRen_Official
蓮はすぐに眉をひそめた。
「俺、個人アカウントは作るなって言ったよな」
「こちらは個人アカウントではありません」
高橋が画面を指す。
「黒瀬ホールディングスの広報チームが管理するアカウントです。内容も、事業活動に関係する公開情報、または蓮さんの公式発表に限定します」
蓮は美雪を見る。
美雪がうなずいた。
「個人アカウントとは違う」
静香も付け加える。
「それに、他人が蓮の名前を使って偽アカウントを作るよりは安全」
蓮は再び画面を見る。
個人的な写真はない。
家族に関する内容もない。
リアルタイムの位置情報もない。
私的な予定もない。
大学に関する詳細な情報もない。
公式情報だけ。
蓮は少し考える。
「わかった」
高橋の表情が少し緩む。
「ただし」
「はい?」
「私生活に関する内容は、俺の許可なしで投稿しないで」
「承知しました」
「それと、俺を芸能人みたいに見せようとしないで」
高橋が笑いをこらえる。
「覚えています」
蓮は画面を指差す。
「本気で言ってるからな」
「承知しています」
美雪が椅子に背を預ける。
「蓮」
「ん?」
「一つ、気づくのが遅いと思う」
「何が?」
「名前が世間の注目を集め始めたら、どう見られるかを完全に自分で決めることはできない」
蓮は黙った。
その言葉で、昨日の葉山の話を思い出した。
自分についての情報を管理しなければ、他の人間が代わりに管理する。
今になって、その意味が少しわかってきた。
ただし、違いはある。
蓮は、人の考えを支配したいわけではない。
事実が嘘に変わらないようにしたいだけだ。
「だから、広報チームがある」
静香が小さく笑う。
「そういうこと」
---
17時48分。
蓮の古いアカウントのフォロワー数が300,000人に達した。
だが、今度はその数字を誇らしいとは思わなかった。
むしろ疲れた。
仕事のせいではない。
通知が多すぎる。
蓮はスマートフォンの電源を切った。
「……うるさい」
向かいに座っていた美雪が小さく笑う。
「今さら?」
「とっくに気づいてる」
「じゃあ、なんで切らなかったの?」
「会社の用事があるから」
書類を読んでいた静香が口を挟む。
「これからはコメントを一件ずつ読まないで」
蓮が顔を上げる。
「なんで?」
「意味がないから」
美雪もうなずく。
「全部読んでたら、蓮のことを知らない人の意見に時間を使うことになる」
蓮は黙った。
「……確かに」
スマートフォンを置く。
「なら、広報チームに任せる」
高橋がうなずいた。
「そのほうがいい判断だと思います」
蓮は高橋を見る。
「『いい』って言い方、俺が病気みたいだろ」
高橋が笑う。
美雪は口元を押さえる。
静香も笑いをこらえきれない。
蓮は三人を見る。
「……あまり気を許さなければよかった」
美雪がすぐに返す。
「もう遅い」
静香もうなずく。
「自分で認めたんだから」
蓮は息を吐いた。
「確かに」
三人の関係は、すでに変わり始めていた。
単なる会社のオーナーと、警備担当、コンプライアンス担当ではない。
少なくとも、他に誰もいないときは。
同じテーブルを囲み、言葉を一つ一つ選ばなくても話せる三人になりつつあった。
そして、不思議なことに――
蓮は、それを嫌だとは思わなかった。
---
20時16分。
蓮は赤坂レジデンスへ戻った。
ノートパソコンを開く。
SNSに関する報告書は、広報チームによってまとめられていた。
直接対応する必要はない。
蓮は書類を閉じる。
そのとき、システム通知が表示された。
金銭によるものではない。
買収でもない。
投資でもない。
《利用者の社会的状況が変化しました。》
蓮は画面を見る。
《能力《カリスマ EX》が上級パッシブ影響段階へ移行しました。》
蓮はゆっくりと読む。
《本能力は、個人の意思決定を強制しません。》
《主な効果:利用者への社会的注目、利用者の存在に対する記憶、利用者の行動へ注意を向ける傾向が、接触頻度および行動の一貫性に応じて上昇します。》
蓮は黙った。
つまり、これがシステムの言う意味だった。
人を従わせるわけではない。
誰からも好かれるようにするわけでもない。
ただ、自分という存在を無視しにくくする。
そしてSNSは――
その効果を増幅するのに、あまりにも適した場所だった。
二つ目の通知が表示される。
《公的認知度:8.9% → 12.4%》
蓮は眉をひそめる。
「また上がった」
だが、今回はそれ以上の数字は表示されなかった。
報酬もない。
金もない。
新しいスキルもない。
ただ、一つの文章だけが表示される。
《公的注目が、対象から人格へ変化しました。》
蓮は、その文章をしばらく見つめる。
「……人格」
画面を閉じる。
その直後、スマートフォンが鳴った。
高橋からのメッセージ。
«高橋:
蓮さん、もう一つあります。»
蓮は返す。
«蓮:
何?»
«高橋:
昨日から調整していた大規模なビジネスイベントですが、正式に決まりました。»
蓮は待つ。
«高橋:
主な招待者は約100名です。»
«高橋:
当日、話し合われると見込まれる取引・投資額は100億円を超えます。»
蓮は画面を見つめる。
«蓮:
いつ?»
返信が来る。
«高橋:
明日の夜です。»
蓮は黙った。
続けて、もう一通。
«高橋:
それと、蓮さんが出席することを、すでにメディアが把握し始めています。»
蓮は目を閉じる。
「……だろうな」
またスマートフォンが震える。
今度は美雪。
«美雪:
明日、大きなイベントがあるって聞いた。»
«蓮:
うん。»
«美雪:
私が警備を担当する。»
数秒後、静香がグループに入ってくる。
«静香:
私は事務手続きと書類の調整を担当する。»
蓮は入力する。
«蓮:
二人とも、もう決めたの?»
美雪。
«美雪:
決めた。»
静香。
«静香:
心配しなくていい。芸能人みたいにはしないから。»
蓮はメッセージを見る。
そして返信した。
«蓮:
それならいい。»
スマートフォンを置く。
窓の外では、東京の明かりがまだ輝いている。
数日前まで、黒瀬蓮という名前を知っているのは、限られたビジネス関係者だけだった。
今では、その名前があちこちで語られ始めている。
自分から求めたわけではない。
むしろ、その逆だった。
そして明日。
初めて、世間の注目が、これまで蓮が関わってきたビジネスの世界と直接交わる。
蓮には、何が起きるのかわからない。
ただ、一つだけはっきりしている。
SNSは、もう単なる忘れていた昔のアカウントではない。
それは、もっと大きな何かへつながる最初の入口になっていた。
そしてフォロワー数は――
300,000人。
だが、広報チームの最後の報告には、別の数字が記されていた。
1,000,000人。
明日の報道がさらに広がれば、現実的に到達可能と見込まれる数字。
蓮は、その数字を見つめる。
「……100万人?」
息を吐く。
「俺は、ただ静かに大学へ通いたいだけなんだけどな」
---
【次話 第28話「一億円の晩餐会」】
翌晩、蓮はこれまで参加した中でも最も格式の高いビジネスイベントの一つへ向かう。
そこで話し合われる取引額は、100億円を超える。
美雪は警備を担当する。
静香は事務手続きと調整を担当する。
そして、蓮が出席することをメディアもすでに把握している。
一方、エンターテインメント業界からの提案が再び届く。
今回は、さらに大きな金額が提示されていた。
それでも蓮は、芸能人になることを拒み続ける。
だが、会場の中で一つのことに気づく。
普通に生きようとすればするほど、世界のほうから蓮のもとへ近づいてくる。
そして、古いSNSアカウントのフォロワー数が1,000,000人へ近づいたとき。
《カリスマ EX》は、蓮自身が予想していなかった影響を見せ始める。
【第28話へ続く……】




