第13話「俺は別に、助けたかっただけだ」
第13話「俺は別に、助けたかっただけだ」
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木曜日 17:30
赤坂レジデンス――1203号室(港区)
蓮は鏡の前に立っていた。
……
こんなスーツを着るの、初めてだな。
鏡に映った自分を見る。
昨日の特別報酬で用意された黒いスーツ。
白いシャツ。
細身の黒いネクタイ。
黒い革靴。
左手首にはGrand Seiko Snowflake。
何もかもが、普段の自分にはきちんとしすぎている。
漆黒の髪は、部屋の照明を受けるとわずかに濃い青の光沢を見せる。
前髪はあえて少し崩し、堅苦しくなりすぎないようにしている。
濃い灰色の瞳は、いつも通り静かだった。
引き締まった顎。
温かみのあるアイボリー色の肌は、青白く見えることなく明るく整っている。
蓮はネクタイの位置を直した。
少し緩める。
そして、また少し締める。
……
別人みたいだな。
蓮は息を吐いた。
高橋は、今夜のディナーが重要だと言っていた。
なら、服装もそれに合わせる必要がある。
蓮はテーブルからスマートフォンを取った。
最後に届いた高橋健司からのメッセージが、まだ開かれている。
送信者:高橋健司
«黒瀬様
本日の夕食会は、銀座の老舗日本料理店「銀座 吉兆」にて行われます。
19:00より。
ドレスコード:フォーマル
出席者:
・西園寺麗華――Saionji Capital Partners エグゼクティブディレクター
・Saionji Capital Partnersの幹部数名
時間厳守でお願いいたします。
高橋健司»
蓮は最初に書かれた名前をもう一度読む。
西園寺麗華。
エグゼクティブディレクター。
その姓なら聞いたことがある。
西園寺。
日本でも有数の大手企業一族。
投資会社としてのネットワークは、設立されたばかりの黒瀬ホールディングスとは比べものにならないほど広い。
……
ほとんど何も知らないな。
蓮はスマートフォンをポケットへ入れる。
もう一度、鏡を見る。
考えすぎても仕方がない。
「……行くか」
蓮は車のキーを手に取った。
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18:00
赤坂レジデンス――地下3階
蓮は特別区画へ向かって歩いていた。
そこにはJeskoが停まっている。
黒い。
低い。
幅が広い。
攻撃的だ。
地下駐車場の照明を受けたボディは、光の角度によって再び色合いを変えていた。
蓮はその前で立ち止まる。
……
今夜はこれで行くか。
普段使いならP9LMのほうが安全だ。
だが、今夜は違う。
ビジネスディナー。
フォーマル指定。
銀座。
蓮はJeskoのドアを開ける。
運転席に座る。
手がステアリングに触れる。
スタートボタンを押す。
VROOOOM――
エンジン音が地下駐車場いっぱいに響き渡る。
蓮は数秒待つ。
そしてゆっくりとアクセルを踏んだ。
車が動き出した。
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18:15
赤坂通り → 六本木 → 銀座方面
東京は夜のラッシュへ入り始めていた。
店舗の明かりが灯る。
車の流れが次第に増えていく。
歩道には人が溢れている。
蓮は落ち着いて運転していた。
六本木を抜ける。
そして、いくつもの大きな交差点を通過する。
道路の両側には高層ビルが並んでいる。
そして、以前と同じように――
人々が振り返る。
蓮は、それほど気にしなかった。
意識は道路へ向けたままだ。
ある赤信号で、Mercedes-Benz S-Classが隣に停まった。
運転しているのは中年の男性。
男がこちらを振り向く。
そして、Jeskoをしばらく見つめる。
蓮は視界の端でそれを捉えた。
……
やめてくれ。
信号が青になる。
蓮はそのまま走り出した。
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18:45
銀座――地下駐車場
蓮は銀座のビルにある地下駐車場へ入った。
今回はヤマト物流の地下駐車場とは雰囲気が違う。
停まっている車のほとんどが高級車だった。
それでもJeskoは目立っている。
蓮は慎重に駐車した。
エンジンを切る。
地下駐車場は再び静かになる。
蓮は数秒、そのまま座っていた。
……
銀座 吉兆。
老舗の日本料理店。
蓮は車から降りる。
ロックをかける。
そしてエレベーターへ向かった。
背後にはJeskoが残る。
蓮は振り返らない。
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19:00
銀座 吉兆――入口
そこは、蓮が想像していた場所とは違っていた。
高いガラス張りのファサードはない。
豪華なホテルのロビーもない。
過剰な照明もない。
むしろ建物は質素だった。
木。
瓦屋根。
引き戸。
入口の近くには石灯籠が置かれている。
正面には、書かれた木の看板。
銀座 吉兆
蓮は少し立ち止まる。
……
こういうところ、来たことないな。
引き戸が開く。
着物姿の女性が、その向こうに立っていた。
「こんばんは。黒瀬様でいらっしゃいますか?」
「はい」
「どうぞお入りください。皆様、すでにお待ちです」
蓮は作法に従って靴を脱ぐ。
そして中へ入った。
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19:05
銀座 吉兆――座敷
部屋は静かだった。
畳。
木の壁。
低い座卓。
花と書が飾られた床の間。
テーブルには、すでに懐石料理が用意されている。
数人の男性がスーツ姿で座卓を囲んでいた。
しかし、蓮の注意はすぐに座卓の端にいる一人へ向いた。
一人の女性。
年齢は二十三歳ほど。
身長はおよそ170センチ。
長い黒髪を後ろで整然とまとめている。
鋭い黒い瞳。
気品と威厳を備えた顔立ち。
姿勢は真っ直ぐ。
黒を基調とした、金の意匠が入ったフォーマルな着物を身につけている。
派手ではない。
むしろシンプルだ。
それでも、一つ一つの細部から高級感が伝わってくる。
西園寺麗華。
その女性が蓮を見る。
驚きはない。
ただ、観察している。
「黒瀬様」
声は静かだった。
抑制が利いている。
「お越しいただき、ありがとうございます」
蓮は丁寧に頭を下げる。
「お招きいただき、ありがとうございます」
そして、用意されていた席へ座る。
麗華の真正面だった。
数秒間、誰も口を開かなかった。
蓮は周囲の空気を見る。
……
この人も、俺を観察してるな。
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19:15
銀座 吉兆――座敷
夕食が始まった。
最初の料理は刺身だった。
マグロ。
サーモン。
鯛。
すべてが陶器の皿の上に美しく盛り付けられている。
蓮は箸を取る。
一切れ口にする。
……
うまい。
普段食べている簡素な食事とは、かなり違う。
麗華が蓮の表情を見る。
「いかがですか、黒瀬様?」
「うまいです」
短い答え。
麗華は薄く微笑む。
「それはよかったです」
次の料理が運ばれてくる。
煮物。
煮野菜。
豆腐。
きのこ。
澄んだ出汁。
蓮はゆっくりと食べる。
急がない。
高級料理に慣れているように見せようともしていない。
実際、慣れていないのだから。
麗華はなおも蓮を観察している。
普通の夕食を楽しんでいる人間を見る目ではない。
むしろ、情報を集めている人間の目だった。
蓮はそれに気づいている。
だが、何も言わなかった。
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19:45
銀座 吉兆――座敷
三品目の料理が運ばれてきた。
焼き物。
香ばしい焼き魚の匂いが、静かな部屋に広がる。
蓮が箸を置いたところで、麗華が口を開いた。
「黒瀬様」
蓮が顔を上げる。
「単刀直入に申し上げます」
「どうぞ」
麗華が箸を置く。
「Saionji Capital Partnersは、黒瀬ホールディングスとの提携に関心を持っています」
蓮はすぐには答えなかった。
次の説明を待つ。
「私たちは、あなたの保有する企業ポートフォリオに可能性を感じています」
麗華は一つずつ名前を挙げる。
「ヤマト物流」
「三井マリンフーズ」
「どちらも興味深い資産を保有しています」
蓮は彼女を見る。
「どういう提携ですか?」
「投資です」
麗華は回りくどい言い方をしない。
「私たちは資金とネットワークを提供します。黒瀬ホールディングスには、保有する企業と運営ネットワークへのアクセスを提供していただきたい」
「アクセス?」
「物流」
麗華が蓮を見る。
「水産物」
そして続ける。
「流通です」
彼女は両手をテーブルの上で重ねた。
「この三つを繋げられる可能性があると考えています」
蓮は考える。
……
単純に金を出したいわけじゃない。
自分のビジネスネットワークの中へ入りたいのだ。
蓮は湯呑みに手を伸ばす。
「あなたは、俺に何を求めてるんですか?」
麗華は薄く微笑んだ。
「あなたを、もっと近くで見てみたいのです」
蓮の動きが一瞬止まる。
「……俺を?」
「はい」
麗華の視線は動かない。
「黒瀬ホールディングスは、まだ設立されたばかりです。それなのに短期間で、財務上の問題を抱えていた二つの会社を手に入れた」
蓮は黙っている。
「しかも、それを利益だけを追い求める人間には見えないやり方で成し遂げている」
麗華は湯呑みを手に取る。
「そこが興味深いのです」
蓮は彼女を見る。
「西園寺さん」
「はい?」
「正直に言います」
蓮は湯呑みを置く。
「俺は投資会社の世界を、あまり知りません」
麗華は黙って聞いている。
「財閥とも縁がない」
蓮は一度言葉を切る。
「ただ、いくつか会社を持つことになっただけです」
麗華の隣にいた幹部の一人が、わずかに表情を変えた。
しかし麗華は微笑んだ。
「だからこそ、興味深いのです」
「どうして?」
「これほどの資産を持つ人間の多くは、さらに多くを得ようとします」
彼女は蓮を見る。
「権力を求める」
そして――
「地位」
麗華は一度言葉を止める。
「影響力」
その視線が鋭くなる。
「あなたからは、それが見えない」
蓮は黙った。
……
見抜かれてるのか?
麗華は続ける。
「私は、これまで多くの富裕層と会ってきました」
声は相変わらず穏やかだ。
「野心的な人。強欲な人。すべてを欲しがる人」
麗華は蓮の目をまっすぐ見つめる。
「でも、あなたは……」
薄い笑みが浮かぶ。
「……何も欲しがっていないように見えます」
蓮は小さく息を吐く。
「西園寺さん」
「はい?」
「本当に、よく分からないです」
初めて、麗華の笑みが少し変わった。
嘲笑ではない。
むしろ、何か面白いものを見つけたような表情だった。
「今夜、理解する必要はありません」
麗華は小さなバッグから名刺を取り出す。
そしてテーブルの上へ置いた。
西園寺麗華
エグゼクティブディレクター
Saionji Capital Partners
「考えていただくだけで結構です」
蓮は名刺を見る。
手に取る。
そしてスーツの内ポケットへ入れた。
「考えておきます」
麗華は頷いた。
「ありがとうございます」
夕食は再び続いた。
しかし、それからの会話は、もう普通の夕食とは感じられなかった。
蓮は一つのことに気づいていた。
自分が試されているのは、金ではない。
自分自身についてだった。
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21:00
銀座 吉兆――出口
夕食が終わった。
銀座の夜風は、先ほどより冷たく感じられた。
麗華が蓮の隣に立つ。
「本日はありがとうございました、黒瀬様」
「こちらこそ、ご馳走さまでした」
麗華が蓮を見る。
「またお会いできればと思います」
蓮は頷いた。
「俺も」
麗華はそのまま自分の車へ向かった。
黒いToyota Century。
クラシック。
エレガント。
派手ではない。
しかし、独自の格がある。
蓮は女性が車へ乗り込むのを見る。
車はゆっくりと動き出す。
そして視界から消えていった。
……
西園寺麗華。
蓮は手をポケットへ入れる。
想像していたのとは違うな。
蓮は駐車場へ向かって歩き出した。
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21:30
銀座 → 赤坂方面
蓮は自宅へ向かっていた。
街の明かりが、車の両側を流れていく。
蓮の思考は、再び先ほどの夕食へ戻っていた。
Saionji Capital Partners。
提携したい。
だが、それ以上に気になることがある。
麗華は、黒瀬ホールディングスのポートフォリオだけを見ているわけではない。
少なくとも、それだけではない。
彼女は蓮自身を理解しようとしている。
……
なぜだ?
蓮は麗華の視線を思い出す。
鋭い。
静か。
読みづらい。
そして、次に美雪を思い出す。
それから静香。
……
美雪は、脅威を探すために観察する。
静香は、間違いを探すために観察する。
麗華は、俺について何かを探すために観察する。
蓮は息を吐いた。
「……三人か」
道路を見る。
「多すぎるだろ」
車の速度が少し上がる。
それでも安全な範囲内だった。
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22:00
赤坂レジデンス――1203号室
蓮は部屋へ戻った。
鍵をテーブルに置く。
スーツを脱ぐ。
椅子の背もたれに掛ける。
そしてソファへ座った。
数秒後、スマートフォンを手に取る。
システムアプリを開く。
《無欲行動を確認》
《ビジネスディナーに参加したが、虚栄を示さなかった》
利用者はビジネスディナーに参加したが、傲慢な態度を示さなかった。
《資産を誇示しなかった》
利用者は自身の資産を誇示しなかった。
《投資提案に欲を示さなかった》
利用者は投資提案に対して欲を示さなかった。
そして結果が表示される。
《無欲ボーナス:×60》
《報酬:20億円》
《スキル更新》
《交渉術》
ランクB → ランクA
《実績解除》
【初のビジネスディナー】
蓮は画面を見つめる。
……
20億。
視線をスキル欄へ移す。
交渉術――ランクA。
「また上がったな」
画面を消す。
そして背もたれへ身体を預けた。
……
西園寺麗華。
何かを求めているのは間違いない。
ただ、それが何なのかは、まだ分からない。
蓮は立ち上がる。
キッチンへ向かう。
緑茶を淹れる。
ソファへ戻る。
スマートフォンが震えた。
新しいメッセージ。
送信者:高峰静香
«黒瀬様
書類の処理が完了しました。
明日の朝、送付いたします。
本日はありがとうございました。
高峰静香»
蓮はメッセージを読む。
そして返信を入力する。
宛先:高峰静香
«ありがとうございます、高峰さん。
お待ちしています。»
送信。
スマートフォンをテーブルへ置く。
蓮は窓を見る。
……
静香。
美雪。
そして今度は西園寺。
お茶を一口飲む。
「……この世界、本当に俺を静かに暮らさせる気がないな」
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23:00
赤坂レジデンス――1203号室
蓮は再びシステムアプリを開いた。
《現在の総資産:184億円》
《物質欲求:2%》
《無欲倍率:×60》
蓮は数字を見つめる。
……
184億円。
しばらく黙っていた。
数ヶ月前まで、彼の生活は大学、狭いアパート、安いコーヒー、そして静かな日常だけだった。
今は――
二つの会社。
207名の従業員。
かつて自分が運転するなど想像もしなかった車が何台もある。
そして、増え続ける資産。
それでも妙なことに――
蓮は今も普通の大学生のような感覚でいた。
画面を消す。
……
美雪はまだ調べている。
静香は、自分でもまだ理解していない何かに気づき始めている。
そして麗華は、明らかに何かを求めている。
蓮は目を閉じる。
……
明日、何が起こるかなんて分からない。
再び目を開く。
「大事なのは、明日も大学だ」
単純なことだ。
いつも通り。
蓮は立ち上がる。
寝室へ向かう。
ベッドに横になる。
今夜はスーツを着た。
今まで行ったこともない店で夕食を食べた。
財閥一族のエグゼクティブディレクターと話した。
そして20億円を手に入れた。
それでも最後に考えていることは、一つだけだった。
……
明日は授業がある。
蓮は目を閉じる。
それから間もなく、眠りについた。
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東京の別の場所では――
黒いToyota Centuryが、西園寺家の邸宅前で停まった。
麗華が車を降りる。
家の中へ入る。
しかし二階へ上がる前に、彼女は足を止めた。
手をバッグの中へ入れる。
蓮の名刺が、まだそこにあった。
取り出す。
名前を見る。
黒瀬蓮。
21歳。
大学生。
二つの会社の所有者。
麗華は指先で名刺を軽く叩いた。
……
何も欲しがっていない。
そこが、最も理解しにくいところだった。
こういう人間は、普通なら読みやすい。
目的があるからだ。
金。
権力。
地位。
野心。
だが、蓮は――
そのどれも見せない。
麗華は名刺を再びバッグへ戻す。
「……面白い」
たった一言。
しかし、その表情は今夜の面会が彼女にとってまだ終わっていないことを示していた。
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別の場所では――
高峰静香が仕事机の前に座っていた。
ノートパソコンは開いたまま。
ヤマト物流の監査書類はすでに完成している。
しかし、彼女の注意はスマートフォンへ向いていた。
最後に届いたメッセージが、まだ表示されている。
«ありがとうございます、高峰さん。
お待ちしています。»
静香はそれをもう一度読む。
そして、もう一度。
息を吐く。
……
自分の仕事を評価してくれた。
立場のためではない。
形式的な言葉でもない。
本当にそう言った。
静香はスマートフォンを置く。
「……彼はクライアントです」
自分に言い聞かせるように呟く。
「私は調査員です」
静寂。
静香は窓の外を見る。
遠くに東京の明かりが見える。
……
それなのに、どうして私はずっと考えているんだろう?
すぐに首を横に振る。
「仕事とは関係ありません」
だが、静香自身も――
その言葉を完全には信じられていなかった。
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その頃――
夜遅くになっても明かりが消えていない、とあるオフィスで。
如月美雪はノートパソコンの画面を見つめていた。
開いているファイルの一つには、Saionji Capital Partnersの情報が表示されている。
美雪は複数のデータを拡大する。
そして、その会社といくつもの企業グループとの関係を見る。
その表情が、さらに険しくなる。
……
西園寺。
巨大財閥の一族。
そして今、彼らは黒瀬ホールディングスへ近づいている。
美雪は椅子へ身体を預ける。
あまりにも多くの出来事が、互いに繋がっている。
黒瀬アセットマネジメント。
黒瀬ホールディングス。
ヤマト物流。
三井マリンフーズ。
そして今度は――
Saionji Capital Partners。
美雪は指先で机を軽く叩く。
……
偶然?
しばらく画面を見つめる。
そして、静かに呟いた。
「偶然って、何回続けば……全部を偶然とは呼べなくなるんだろう」
ノートパソコンを閉じる。
美雪は立ち上がった。
……
調べないと。
調べれば調べるほど――
黒瀬蓮の人生は、見えているほど単純ではないことが明らかになっていく。
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【次回予告・第14話――「二人の女性、二つの距離」】
「二人の女性、二つの距離」
蓮は、大学生としての普通の日常へ戻る。
しかし今や、三人の女性がそれぞれ異なる距離から、彼の生活を取り巻いている。
如月美雪は、今も調査を続けている。
高峰静香は、自分自身の中に生じた小さな変化について考え始めている。
そして西園寺麗華は、より大きなビジネスの世界へ続く扉を開いたばかりだった。
そんな中、大学で一つの問題が起こる。
蓮は、ただ一つのことを決めなければならなくなる。
誰を信じるべきなのか?
そして――
誰とは、距離を保つべきなのか?
【第14話へ続く……】




