第1話 存在しないキャラ
時刻、21時30分。
夜の暗闇が支配する街中の、更に電灯の明かりすら僅かな薄暗い路地裏にて。
二つの人影が、凡そ人間離れした速度で等間隔にて動いていた。
「はぁっ……はぁっ………待ちなさいッ」
一方は男、一方は少女。
荒い息を吐く少女に対して、追われる男は涼しい顔をしていた。
少女の放つ無意味な通告が、残響と共に虚しく暗がりへ溶けていく。
(くっ………速すぎるっ)
一向に縮まらない彼我の差に、少女の胸中を諦念が蝕み始めたその時。
追われる男が、ふとその足を止める。
袋小路へと追い込まれた為だ。
「はぁっ……はぁっ………観念しなさい。今日という今日こそ、お縄について貰うわよっ」
優位を確信した少女が得意げに言い放つ。
偶然ながらも追い詰めた事実に、安堵と歓喜を感じつつ、こっそり息を整えながら。
「………………」
男はゆっくりと少女へと向き直る。
形だけを見れば、絶対絶命。
そんな中、当の本人は………。
(…………どうやって傷つけず、それでいて敵キャラっぽい感じで負けて貰おうかな………)
呑気に思考を巡らせていた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
2ヶ月前。
「………これ、どう考えてもゲームの世界に転生したってことだよな」
17歳の高校生『水無湊人』が交通事故に遭い、湊人がプレイしていたゲームの世界に転生した。
魔法少女が題材であり、悪の組織の立場である怪人たちと闘うという、言ってしまえばテンプレな世界観だった。
主人公であり駆け出しの魔法少女を成長させ、怪人たちを倒し世界に平和をもたらす。
そんなお約束な物語だった。
そして、湊人はその世界に転生した。
本来はゲームに登場しなかった。
あくまで構想だけだった筈の、謎の強キャラ『槻宮悠希人』に。
(はじめは誰だよって思ったけど、多分これ作者が言ってた構想だけあった謎キャラだよな………)
確証は無いが悠希人はそう判断した。
理由は幾つかあるが、まず一つ。
(多分このキャラ、めっちゃ強いわ)
この世界で限られた者のみが持つ力、魔力。
魔法少女たちが闘うことの出来る源でもある訳だが、悠希人も魔力を持っていた。
それも転生したばかりの悠希人が、明瞭に知覚出来るほどの膨大な魔力を。
(これだけ強いキャラなのに、俺は槻宮悠希人なんて知らない。原作には登場してないキャラだ)
それが一番の理由。
これだけ強いキャラであれば、ゲームに登場していないというのは不自然だろう。
そして、他にも。
(主人公も通う学校の生徒なのに親もいないって………なんでもありだな)
恐らく、設定がほぼ練られていないのだろう。
それが歪な形で発露している。
主人公も含めた魔法少女の多くは、平時は普通の高校生として振る舞っている。
そして悠希人もその学校に1年生として通っているのだが、なんと親すら居ない。
有り得ない事実ではあるが、槻宮悠希人という異常な存在ゆえ、そうなってしまっているのだろう。
(戸籍とかどうなってるんだ………?まあそもそもゲームの世界な訳だし、考えるだけ無駄なのか)
それらを総合し悠希人は自身が、構想だけあったとされる謎の強キャラだと理解した。
とはいえ、それが真実かはどうでもよかった。
転生し槻宮悠希人になってしまった以上、それを受け入れて生きていくしか道はない。
救いがあるとすれば、原作ゲームの知識が備わっていることだろう。
(家はあるし、何故かお金も十分ある………まあ本来存在しないキャラだし、色々理由を考えだしたらキリがないな)
当面の間、暮らす分には問題がない。
それだけで精神的にはまだ余裕があった。
「……………はぁ」
思考を区切るように大きく息を吐く悠希人。
現状の整理はなんとかついてきた。
ならば、これからのことを考えねばならない。
(これからどうするかな…………いや、まあ………ここがあのゲームの世界なら、やることは決まってるか)
当面の行動目標。
それを悠希人は早々に決める。
正確には、決めざるをえなかった。
(下手したらこの世界、そう遠くない内に滅びるかもしれないんだよな…………)
原作ゲームにおけるエンディングの一つ。
所謂、BADエンドと呼ばれるもののシナリオが世界の滅亡である。
その世界滅亡こそが怪人側の目的なのだ。
(ゲームじゃそうならない為にプレイする訳だけど、実際この世界だとどうなるか分からないよな)
正義を志す魔法少女たち、そして主人公もこの世界に存在はするのだろう。
ただこの世界は創造ではない。
彼女らを操作することなど出来ないし、必ずしも彼女らが勝利するとも限らない。
万が一にも魔法少女側が敗北し、怪人側が勝利してしまった場合には………。
(……………世界、滅亡)
たまったものではない、と悠希人は心底思う。
転生した挙句、もしかしたら世界が滅びるかもしれない。
そして、そんな想像をしながらのうのうと生きることなど出来る筈もなかった。
(世界滅亡を避ける為に、原作のシナリオに介入するしかない、か)
幸運にも悠希人は一般人などではなく、原作者も語る『強キャラ』である。
自身が介入すれば、彼らの闘いに少なからず影響を与えるだろうと悠希人は確信している。
「………上手いこと、やるしかないか」
悠希人は思わず苦笑を刻む。
けれど、行動目標は明確となった。
世界滅亡の賭かった、彼らの闘い。
魔法少女と怪人たち。
正体不明の強キャラとして加担するしかない。
(怪人側に…………!!)




