72話.助け舟
「そうか」
須々木は小さく答え、椅子に座り直した。心配と戸惑いの漂う中、須々木だけは平然としており、脚を組んで背もたれに体重を預ける。
「あん?なんだよお前ら。敵がひとり減るかもしれないってのに嬉しくなさそうだな?」
顔を曇らせている宵華や樹希、六右衛門の顔を眺め回し、皮肉っぽく口の端を吊り上げる。まるで、自身に迫る危機などないかのような態度であった。
「姉さん、そんなあっさりと…」
「仕方ねえだろうが。企てられてるモンは止められねえよ」
縛られた手で器用にお茶を飲み、脚を組み直す。目の前の湯呑みが取られた六右衛門は悲しそうに眉を下げた。
「あっ、儂のお茶…」
「ああ?別に良いだろ、淹れ直せよ」
須々木はにべもなくあしらい、右手の親指で唇の水分を拭った。
「ま。あたしだって易々と殺されるつもりはないし?ただまあ…」
須々木は言葉を切り、わずかにテンとイズナを一瞥した。
「こいつらが巻き込まれる可能性は潰したいねえ」
ため息をついて、数分の沈黙。ジッと見つめられた宵華と樹希が、居心地悪そうに身をよじる。何なのかと尋ねる前に、須々木が口を開いた。
「あたし個人としては気に食わないけど。あんた達神社の人間が、いわゆる『いい人』なのは知ってる。潜り込んでる間に見てきたし、あたしは人を見る目には自信があるからね」
そうして躊躇うことなく頭を下げた。
「こいつらの事を頼みたい。あたしの近くにいりゃ、巻き込まれかねん。逆にそこのキツネの傍に置いておけば安全だ」
「そういう事。いいわよ」
樹希がどうしたものかと相談する前に、宵華が須々木の頼みを受け入れた。その顔からは特に迷いを感じず、樹希の方が戸惑ってしまう。
「へえ?あんたから言うなんてね。てっきり、偉大なる巫女サマは敵を見殺しにするもんとばかり思ってたけど」
「生憎と、私も人を見る目には自信があるの」
「あたしの目も鈍ったもんだ」
二人はにこやかに笑うが、樹希をはじめ周囲の面々は居心地が悪い事極まりなかった。
「ただし。条件があるわ」
話もまとまるか、というところで宵華が人差し指を立て、黄金色の尻尾をゆらゆらと揺らす。
「なんだよ」
「あなたも一緒に匿うの。須々木早苗」
「宵華?本気で言ってるのか?」
樹希が身を乗り出し、須々木はより信じられないといった顔で宵華を見やる。
「ふざけるなよ、あたしの話聞いてたか?あたしといると、テンとイズナが危ないからってお前らに引き渡すんだぞ!」
付近にいるだけで萎縮してしまうほどの剣幕をもって、須々木が宵華に詰め寄る。手縄がミシミシと音を立てており、須々木の手首から血がにじみ始めた。
「貴女に決定権があるとでも?」
銀鈴の耳飾りをチリチリと弄りながら、宵華は冷たい声で返した。忘れてはいけないと、須々木をはじめここに座るイタチの面々は我が聖域を脅かしたのだと、静かな怒りを迸らせているかのようだった。
「その辺の大手とは比べちゃいけないけれど、昔に比べるとウチも随分と大きくなったわ。土地も広くなったし、人手は多いに越したことはないのよ。わかる?貴女なら境内の勝手も知っている事ですし」
太く長い尻尾を器用につかい、須々木を力づくで抑えて話を続ける。「姉さん!」とテンとイズナが悲鳴をあげるが、宵華は一切構う様子はない。
「てめ…」
「というかね。ちょっとイタズラを叱られた程度で逃げるものじゃないわ。迷惑をかけたらつぐなう。それに貴女、ウチからお金貰っているんでしょう?何も筋が通らないじゃないの」
宵華はひととおりまくし立て、尻尾で須々木を抑えたまま六右衛門に向き直り、静かに断る。豊富な語彙で悪態をつく須々木の顔を正面に持ってこられた樹希は、彼女を必死になだめる事となった。
「という事で、この子達は私が責任をもって引き受けるわ。良いかしら、六さん?」
「いや、まあ儂らは構わんが…実行メンバーもまだ拘束しとるし、取り調べには困らん」
「決まりね」
短く返す宵華の笑顔は、樹希でもあまり見ないほど晴れやかだった。




