ミッション9—7 まだ〝ゲーム〟は終わらない
ディーラーを縛り付けたヤサカは、彼に地下室の入り口までの道を案内させた。
銃を突きつけられたままのディーラーは、素直にファルたちを地下室入り口まで連れていく。
なお、ファルは持てるだけの金塊をインベントリーにしまいこんでいる。
やはり金の亡者は金の亡者なのだ。
彼はちゃっかり、お宝を手に入れたのだ。
階段を登り、地下室を脱し、教会に戻ってきたファルたち一行。
ヤサカは手荒く、ディーラーをベンチに座らせる。
「おっと! もう少し〝優しく〟してほしいな」
「もう十分に優しくしてると思うよ。まだ殺されてないんだから」
「ハッハ、〝幽霊〟よりも君の方が〝怖い〟じゃないか」
危険な相手を前にして、ヤサカはいつもの天使な性格を隠している。
おそらく、彼女はこの2年間で学んだのだろう。
この世には強気な態度で臨まなければならない相手がいることを。
実際、強気のヤサカを前に、ディーラーは余裕を見せていた。
そんなディーラーの額に銃を突きつけ、ヤサカは質問する。
「私たちの正体、知ってるんだよね?」
「ああ。君たちはレジスタンス、それも〝一発必中〟のヤサカと、八洲で〝ダンジョン攻略クエスト〟をやっていた〝チート持ち〟のファル、ティニー、ラムダだろ」
「私たちの正体を知っていて、近づいてきたの?」
「いやいや、違う。〝最初〟はただ、君たちが〝本物のプレイヤー〟だと思って近づいたのさ。君たちが〝君たち〟だと気づいたのは、教会に向かう〝最中〟だ」
きっとディーラーは、能面の下で笑みを浮かべている。
「なあ、〝勘違い〟しないでくれよ。言っただろ、オレは君たちに〝興味〟がある。〝ダンジョン攻略〟や〝暴動〟を起こした君たちに、〝興味〟があるんだ。オレは、ただ君たちに、オレの〝ゲーム〟を楽しんで欲しかっただけなんだ」
そこまで言って、ディーラーはファルを見つめた。
「ファル、君は、特に〝興味深い〟。NPCを躊躇なく〝犠牲〟にし、〝お宝〟を持ち帰るその〝ゲーム心〟は〝最高〟だ。君はどこか、このオレに〝似ている〟」
「一緒にしないでくれ。俺はお前ほど狂ってない」
「狂ってる? オレは〝狂って〟なんかいない。〝狂ってる〟のはこの〝ゲーム〟であり、製作者の〝カミ〟だ。ログアウトができない? ここは〝第2の現実〟だと? 悪い〝冗談〟だろ」
大笑いするディーラー。
彼は笑いが治りきらずとも、話を続ける。
「いいか、オレはこの〝狂った世界〟で、本来の〝ゲーム〟を楽しんでいるだけだ。ゲームでしか味わえない、人々の〝欲望〟や〝闘争心〟〝殺人衝動〟を解放させ、プレイヤーたちを〝カミの奴隷〟から〝救おう〟としているだけだ。君たちと〝同じ〟だ」
狂気じみたディーラーの言葉。
ラムダやミードン、ティニーは、眉をしかめる。
「この人、おかしい人です! たぶん頭のネジが外れてます!」
「魔王軍よりも危険な存在かもしれない! にゃ!」
「ゲームの定義、私たちと違う」
誰もがディーラーの考えを拒否するが、ファルはディーラーの考えを完全否定はできなかった。
ティニーの言う通り、ファルとディーラーが考えるゲームの定義は違うが、やっていることは大して変わりはしない。
殺す対象が、NPCかプレイヤーかの差だけだ。
ファルはディーラーに聞いた。
「お前……何者なんだ?」
改めてディーラーの正体を知ろうと投げかけた質問。
ディーラーは笑いながら立ち上がり、答えた。
「オレは〝オレ〟だ。ディーラーなんて名乗っているが、〝名前〟をなくした〝元プレイヤー〟だ。〝顔〟もなくした〝元プレイヤー〟だ」
能面を外し、自分の顔をファルたちに見せつけるディーラー。
ファルたちは言葉を失った。
ディーラーの顔は、人間の頭の形をした真っ黒な影に、子供の落書きのような笑顔が描かれただけだったのだ。
同時に、ファルたちは今更になって気がつく。
ディーラーにプレイヤー表示がないことを。
言葉から思考に至るまで、ディーラーは間違いなくプレイヤーだ。
ところが彼は、NPCなのだ。
これはどういうことなのか。
「俺は何者かって聞いたんだよ。これじゃ……余計にお前が何者なのか分からないぞ」
「そうか。じゃあ、オレは〝ディーラー〟だ。君たちに〝楽しいゲーム〟を提供する、〝ゲームの妖精さん〟だ」
そう言って、ディーラーは撃たれた足を引きずり教会の壁にもたれかかる。
ヤサカは銃口を彼に向け続けているのだが、ディーラーは気にせず口を開いた。
「ところで、気にならないか? 死んだ〝プレイヤーたち〟は、教会前に〝リスポーン〟したはず。だが〝あいつら〟は現れない。〝不思議〟だ」
ディーラーの言う通り、5人のプレイヤーたちの姿がない。
宝のために殺し合ったプレイヤーたちが、リスポーンして再び宝の在り処に向かわないのはおかしい。
その理由を説明したのは、やはりディーラーだ。
「答えは〝簡単〟だ。この教会は、オレの〝通報〟を聞きつけた〝アレスター〟に囲まれている。あの〝プレイヤー〟たちはアレスターに〝処分〟され、今頃は〝エレンベルク〟にいるだろうな」
「アレスターに通報?」
「ああ、君たちのことも〝伝えて〟おいた。〝チート使い〟が見つかったんだ。あいつらは〝容赦なく〟君たちを追うだろう」
「……目的は何?」
「次の〝ゲーム〟さ。君たちはアレスターの〝追跡〟から〝逃れる〟ために、〝必死〟になるだろう。最高の〝ゲーム〟じゃないか!」
ディーラーの用意したゲームは、まだ終わっていなかったのである。
彼はスイッチを手にすると、笑いながらも高らかに宣言した。
「さあ! 〝逃走ゲーム〟のはじまりだ!」
宣言と同時に、ディーラーは手にしたスイッチを押す。
すると、ディーラーがもたれかかっていた教会の壁が爆発。
笑い声をあげながら、ディーラーは爆発に巻き込まれ死体となった。
死体はいつまで経っても死亡エフェクトに包まれない。
やはりディーラーはNPCだったのか。
「クソ……なんだったんだアイツは!?」
「頭が混乱しそうです! もう意味が分からないです!」
「霊力で説明できない」
「みんな、今はそれどころじゃないみたいだよ。ほら、あれを見て」
爆発により穴の空いた教会の壁。
そこから外を覗くと、数人のアレスターが教会を囲んでいるのが見えた。
困ったことに、ディーラーの言っていることは事実だったようである。
「ふざけんな! ホンット迷惑なヤツだな! 正体も分かんねえし、アレスター呼びやがるし!」
「にゃ!? どうするのだ!?」
「SMARLで片付ける?」
「数の勝負では、私たちが不利みたいだね。戦うのはやめた方が良いと思う」
「はい! わたし、思いついちゃいました!」
「どうせロクでもない思いつきなんだろうが……なんだ?」
「わたしが装甲車を出します! みんなでそれに乗って、森へ逃げましょう! ファルさんの『逃げ上手』も使えば、きっと逃げられますよ!」
相変わらずのめちゃくちゃな思いつき。
しかしなぜだろう、今はそれが一番良い脱出方法に思える。
「よしやるぞ! 装甲車の用意!」
「了解です! 装甲車ってどのくらいスピード出るんですかね? 楽しみです!」
テンションを上げたラムダは、地雷攻撃に耐えうる装輪装甲車輌――MRAPを出現させる。
ファルたちはすぐさま、そのMRAPに乗り込んだ。
教会の外では、教会での爆発に警戒心を高めたアレスターが、教会への突入準備を進めている。
だが、そんなことはお構いなしだ。
ラムダはMRAPのアクセルを踏み込む。
ファルたちを乗せたMRAPは教会の壁を突破し、時速80キロ前後でアレスターの包囲までをも突破した。
突然のことに、アレスターたちの反応は鈍い。
「ファルくん! 今だよ!」
「よし!」
スキル『逃げ上手』を発動したファル。
直後、MRAPはアレスターの弾丸に耐えながら、近場の森へと突撃していった。
これでアレスターがファルたちを見失うのは時間の問題だ。
「おお! すごく揺れます! 掴まっててください!」
道なき道に揺れる車内。
ラムダの大きな胸も、絶賛大揺れ中、ファルの心は踊っていた。
「トウヤ、ラムダの胸を見てる場合じゃない」
「あ、気づいてた? 悪い悪い。で? これからどうするんだ?」
「きっとアレスターは厳戒態勢、ベレル警察も私たちを追ってくると思う。途中で車を乗り換えて、エレンベルクのホーネットの家に行こう。たぶん、ホテルは危ないよ」
「分かった、そうしよう。ラムダ、聞こえてたな?」
「聞こえてました! 車を乗り換えるときは言ってください!」
「よし」
ゆったりまったりエレンベルク生活は、わずか1日で終了だ。
ディーラーなどという狂人に出会ってしまったのが、運の尽きであったのだ。
思わずファルはため息をつき、愚痴をこぼしてしまう。
「ったく、面倒なことになったぞ。何がゲームだ? 完全にクソゲーだろう、これ」
ディーラーが用意した〝楽しいゲーム〟のはじまり。
ファルたちはこの〝逃走ゲーム〟を、クリアしなければならなくなってしまったのだ。
第9章 完




