僕と姪と甥と散歩と虹と
買物から帰った姉が、玄関の扉を開けるや否や
予定通り、姪が走って抱きつきにいく。
何故か甥がその姪の後ろに抱きつく。
「な、なあに? あんた達、どうしたの?」
困惑半端ない姉。
出がけにひと悶着あっただけに、余計にわけがわからないことだろう。
姪は、何も言わずに姉の胸に涙をこすり付け、甥は、あうあう言いながら姪の背中に鼻水をこすりつけている。
「あ、色鉛筆買ってきたよ・・・えっと・・・」
ごそごそと買いもの袋から、約束の色鉛筆を引っ張り出す。
「はい!これ。24色のもあったけど、どうせだから48色にしちゃった」
そっけなく出かけたように見えた姉も、姪のことはやはり気にしていたということだろう。
「え?48色?・・・」
何故か不安そうに受け取る姪。
恐る恐る蓋を開けて中身を確認する。
「大丈夫。ほら!ここ。ちゃんとあるでしょ?」
お気に入りの色でもあるのだろうか?
まぁ、24色入りの色鉛筆にあって48色入りにないということはなかろう。
「うん。ちゃんとある。わぁ、すごい!48色だ!わぁ、すごい!」
文字通り飛び跳ねて喜ぶ姪。
絵にかいたようなプレゼントのよろこび方である。
まるで、サザエさんやチビまる子ちゃんの一場面のような光景。
その後ろを「ちゅごいちゅごい、言いながら付いて回る甥。
そんな平和が訪れた我が家の玄関ドアの隙間から、明るい光が差し込んでいることに気づく。いつの間にか、雨がやみ、西の空が明るくなってきているようだ。
姪の宿題もおわっていることでもある。
甥もそろそろDVDには飽きてきたころでもある。
そんなわけで、予定通り3人で近くの土手までお散歩に行く。
一級河川のその土手は、ちょっと小高く盛り上がっている。
東を向けば富士の山、南を向けば太平洋。
北を向けば南アルプスが一望できる絶好のお散歩スポットなのだ。
そして、
西を向けば我が家を含む、手狭だけど愛すべき我が町が。
二人が僕の手をひっぱり、土手の上に登る。
甥は土手の草はらで虫をさがし、姪はまだ雨で濡れているが、逆に滴でキラキラきらめく小花を積んでいる。
まだ雨上がり直後のせいか、ここには我々3人だけのようだ。
少し空気は冷たいけど、もう春かぁ、と伸びをした瞬間、姪が叫んだ。
「虹だ!」
なるほど、雨上がりで西から日が刺せば虹が見えるのも道理である。
甥も姪とともに虹だ、虹だと雨蛙のように飛び跳ねる。
「すごーい、富士山と虹が同時に見れる!」
絵にかいたような絶景となる。
「7色に輝くレインボー富士かぁ、そりゃ贅沢だ」
が、同意はもらえない。
「ううん、7色なんかじゃないよ。」
はて? 昨今の小学校では7色とは教えないのだろうか・・・ π=3みたいに。
「今日の虹はねぇ、ええっとええっと・・・21色だよ」
おかしなことを言い始める。ゆとり教育辞めた途端に3倍に増やすのも如何かと思う・・・
「へ?そなの?」
思わず素っ頓狂な声で答える。
「うん。本当だよ。
えっとね、上から言うよ!
最初が、べにいろでしょ。」
「赤のこと?」
「ううん、赤はその次だよ。次が赤、そしてしゅいろ、だいだい、みかんいろ、やまぶきいろ、黄色。」
紅色と赤と朱色は違う色らしい・・・
「通常の虹よりい3倍多いやつか・・・」
もちろん彼らにはわからない。
「ちょっと黙ってて」
安定のシャラップ。
時代が時代なら
「おだまりベム!」
とか言われているところだが、これも彼らにはわからない。
「それから、れもんいろ、きみどり、緑、ふかみどり、ときわいろ」
「と・ときわ?」
ぼそっと聞いてみるが超安定のヌルー
色の並びからすると青みがかった緑の若干緑よりってことか・・・
「そんでね、あおみどり、みずいろ、青、藍、ぐんじょいろ、ふじいろ、紫、えっと後は、すみれいろにあかむらさき!
えっとぉ、1・2・3・4・・・・・・19・20・21、ほらやっぱり21色だ! ね?」
どや声の姪。困惑の僕。
「ね?と言われても・・・そ、そですね。」
これが子供特有の妙なこだわりというやつか。
ポケモンのモンスターの名前をひたすら全部覚えるみたいな。
そいへば僕も、あらゆるサメの体長を無駄に覚えていたっけ・・・
ちなみに、最近はホオジロザメじゃなくてホホジロザメが正式名なんだっけ・・・
ピザじゃなくて、ピッツァなんだっけ・・・
そんな、一人こだわりの連想ゲームのダークサイドに陥ろうとしていると、
「あぁ、段々見えなくなってきっちゃった・・・」
まだまだ日が落ちるのはあっという間の季節のことだ。
虹を見れただけでも儲けもんというものだろう。
「そろそろ日も暮れてきたことだし帰ろっか?」
そういえば、この後、友人と近くの居酒屋に一杯引っ掛けに行く約束があったことを思い出した。
二人の返事を待たずに、登ってきた土手を下ろうとしたとき、
ツルっと足元が滑った。
ついさっきまで降っていた雨に濡れた土手の草花は、当然滑りやすくなっている。
そのまま、ドテッと尻もちをついた。
「土手だけに!」
とか言うてる場合ではない。
そのまま滑り台にのった子供のようにつつつつーーーっと土手の一番下まで滑り落ちる。
失態である。
お尻が水滴でびしょびしょである。
これは格好悪いところを見せたか・・・
あいつら、爆笑だろうな・・・
そう思いながら、ゆらゆらと立ちあがると、もうすぐそばに姪と甥が駆け寄ってきた。
笑い声はしない。
「だ、大丈夫?・・・」
思いのほか、案外真面目に不安そうな声。
ま、大の大人が派手に転んで滑り落ちたらびっくりもするか。
「あはは、大丈夫。ちょっと格好悪かったね」
笑ってごまかし、パタパタとズボンをはたく。幸いどこにも痛みはない。
が、お尻のあたりは、水滴をたっぷり吸ってしっかり濡れていた。
「急がなくていいんだよう」
ほっとした姪が、優しく語りかけてくる。
「ゆっくり歩けばいいんだよ」
まったくである。
「ちゃんと手を握っていれば転ばないよ」
そういって、僕の手を強く握ってきた。
ズボンをはたいて少し湿った手だったけど、気にせず強くにぎってきた。
甥も逆の手を握る。
そして、行きと同様、再び二人に引っ張られて家路につく。
二人は、僕の手を強く、とても力強く握り、ぐいぐいと、でもゆっくりと着実に引っ張っていく。
そのあまりの力強さに僕はちょっとうろたえた。
「わぁ、夕焼けだ」
今日のおてんとうさまは、何故か大判振る舞いのようだ。
虹に富士にさらに夕焼け。
「あれは、赤と、しゅいろと、えっと・・・」
姪がまたいろんな色で説明しようと頑張っている。
が、夕焼けの色は、決まっている。
「あれは、茜色」
「あかねいろ?」
「そう、茜色。いろんな赤が集まって出来る夕焼けの色。だからあのいろんな赤っぽい色を
全部を合わせて茜色って呼ぶんだ」
違うかもしれない。だけど、なんか正解のような気がする。
「全部あわせて?」
「そう、例えば、いろんな選手をあつめてなでしこジャパンって呼ぶみたいに」
我ながら上手いことを言う。
この後、この姪が名サッカー選手になるとは、このとき誰もしらなかった。
姪だけに。
「あかねいろか・・・おじさんすごーい! 」
「だろ?」
「じゃ、いま、私たちはあかねいろだね!」
「ん?」
「だって、ほら、夕焼けに照らされて、3人あわせてあかねいろ!」
上手いことを言う。
つづく