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【完結】兄が異世界に行った弟の話  作者: 八月森


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~その頃の兄⑰~ 間違いなく勇者だった

 玉座の間を埋め尽くした白の奔流。

 それが収まって視界が開けた先に、魔物たちの姿はなかった。


「アキト様……これは……? 聖剣の白い炎が、無数に……それに、あの巨大な炎は……」


 遅れて姫さんたちも周囲の状況を確認し、少なからず困惑していた。無理もない。正直オレもすぐには実感が湧かない。


 魔物たちの代わりにそこに浮かび上がっていたのは、無数の白い火の玉のようなもの。ほとんどは野球ボールほどの大きさだったが、奥のほうに一際大きな、直径二メートルほどの炎の塊が鎮座しているのが見える。その場所には先刻まで、邪竜の姿を露わにした〈邪王〉ザッハークが立ちはだかっていた。つまり……


「やった……のか?」


 口に出してから、「それやってないフラグじゃね?」と一瞬不安になり、数秒警戒したが……邪竜が再び現れる様子はなかった。ただ静かに、炎が揺らめいている。


「アキトー!」


「ぐえ!?」


 そこで唐突に、武具を放り投げたエレナに抱き着かれる。


「そうだよ、やったんだよ! わたしたち、アキトのおかげで、ついにザッハークを倒せたんだよ!」


 こちらにくっつきながら器用にピョンピョン飛び跳ねるエレナの声で、ようやく実感が湧いてくる。


「そう……だよな。やったんだよな、オレたち。倒せたんだよな、ザッハークのやつを……!」


 そこに、目の端に涙を浮かべながら、姫さんも気持ちを抑え切れない様子で口を開く。


「ええ……ええ……! とうとう、このアムレート王国を覆っていた闇を、打ち払うことができたのです……! アキト様……なんとお礼を言ったらいいのか……」


「いや、オレ一人の力じゃないだろ。みんなで力を合わせたから――」


「いいえ。此度の戦功で最も称えられるべきは、間違いなくアキト様です。アキト様と聖剣の助けがなくば、私たちは決してこの結果に辿り着けませんでした」


「そうだよ、アキト! 全部アキトのおかげで――あっ」


 そこで、相変わらず飛び跳ねていたエレナがバランスを崩し、オレ諸共地面に倒れ込む。オレのほうが下になっていたからクッションにはなれたと思うが……


「いてて……大丈夫か、エレナ?」


 オレの上に覆い被さる形になっていたエレナは、どこか熱のこもった瞳でこちらの顔を覗き込んでくる。


「アキト……本当に、ありがとうね。ザッハークの呪いから解放してくれて。――あたしを、信じてくれて」


「エレナ……」


 今のエレナは普段の鎧姿ではなく、露出の多い踊り子のような衣装を身に纏っている。そのせいで彼女の滑らかな肌が、起伏に富んだ肢体が露わになっているのを、改めて直視させられる。


 肉感的な柔肌が押し付けられる。高鳴る胸の鼓動は、どちらのものか分からない。彼女の顔が、唇が、次第にオレのそれに近づけられてきて……


「――ダメー!?」


 唐突に響いた姫さんの叫びで、我に返った。


「エ、エ、エレナ! アキト様も! こんなところで何をしようとしてるのですか!」


「何って、ナニだよ? 姫様も混ざる?」


「ま、混ざっ……!?」


 平然と言ってのけるエレナに、姫さんが真っ赤な顔を返す。


「婚姻前の男女がみだりに肌を重ねることは神官として容認できません! ましてや三人でだなんて――」


「大丈夫、分かってる。正妻は姫様だよ。あたしは愛人で十分だから」


「何も分かってないじゃないですか!?」


 立ち上がったエレナと姫さんが騒がしく口論を始める。ようやく戦いが終わった安堵もあって余計にだろうか、さっきまでの緊張感はどこへやら、だ。


「――アキト」


 そこで、それまで生真面目に周囲の警戒を続けていたトリーシャが声をかけてくる。彼女の目から見ても、もう危険はないと判断できたのだろう――


「貴方は、いつから気づいていたの? 聖剣にあれほどの力があったことに」


 一人だけ、戦いに勝利したことよりも聖剣の謎が気にかかっていたらしい彼女に苦笑し、オレは答えを打ち明ける。


「……ついさっきだよ。でもまぁ、旅の間、ずっと思ってはいたんだ。確かに聖剣の能力は有用だけど、思ったよりも小さい。初めて見た時ほどの力を感じないな、って」


「……そうね。城の宝物庫に安置されていた時は、確かにもっと強い魔力を感じていた。それを、引き出せたということ? でも、どうやって? それに、普段はどうして使えなかったの?」


 オレは聖剣を拾い上げながら立ち上がると、それを見えるように(かざ)しながら、トリーシャ、ではなく姫さんに声をかける。


「姫さん。初めてこの聖剣を見せてくれた時、オレになんて説明したか憶えてるか?」


「え? えぇと……火と天則の神アリシャから授かった、人々の祈りを力に換えると伝わる聖剣、だと……」


「ああ、そうだ。そしてトリーシャ。オレが魔法を使いたいと言った時、法術の仕組みについても教えてくれたよな」


「ええ。法術は、神々に祈りと魔力を捧げることで……。……まさか」


 何かに気づいた様子のトリーシャに、頷く。


「そう。聖剣のそれはただの言い伝えや比喩なんかじゃない。言葉通りの意味だったんだ。人々が聖剣に捧げていた祈りと魔力を、こいつはずっと蓄積していた。それを、自ら封じ込んでいたんだ。本当に必要な時まで力を温存するために。――全ては、この一戦のために」


「……アキトが以前立てていた推測……自らを封じる……つまり、聖剣には、意思がある?」


「直接話しかけてくるわけじゃないが、多分な。ザッハークに喰らわせた最後の一撃。あれを使うための詠唱も、この剣から流れ込んできた知識だしな」


 会話はできないが、一応この剣もインテリジェンスソードに分類されるんだろう。


「そして、その封じられた聖剣を解放する鍵だったのがオレ、というか〈解眼(かいがん)〉の持ち主なんだ。神さまがどういう基準で人に加護を与えてるかは知らないが、まさにピッタリ合う鍵穴を探すようなものなのかもな。たまたまオレが〈解眼〉に適合できる器だったってだけの話なんだろう」


 ほんの少しの自嘲と共に呟く。何せ便宜上の勇者だしな。


 しかしそんなオレに、姫さんは真摯なまなざしで口を開く。


「……仮にそうだとしても……実際にこの世界に足を運び、私たちを助けてくださったのは、他でもないアキト様です。それは、誰にでもできることではありません。アキト様が勇者を引き受けてくれたからこそ、こうしてザッハークの討伐を成し遂げられたのですから。どうぞ、誇ってください」


「……ん。そうか。そうだな。ありがとな、姫さん」


 オレは、姫さんたちにとっては間違いなく勇者だった。それでいいのかもしれない。


「それにしても……これ、このあとどうしたらいいんだろうね。放置しといて大丈夫なのかな」


 玉座の間を埋め尽くすほどの白い火の玉を見て呟くエレナに、オレは懸念を払拭させるように口を開く。


「それなら大丈夫だ。さっきの詠唱で封印の効果も強めたから破られることはないし、あの中に封じられてる限り、常に白い炎に焼かれ続ける。ほら」


 指差した先にあった小さな炎が、やがて解けて宙に消える。あとには何も残らない。


「魔物は炎に焼かれて浄化される。他のもそのうち消えるだろ。ザッハークのだけは、どのくらいかかるか分からないが……」


 何せ焼き尽くすには大きすぎるからな。


「悪いな姫さん。このままじゃ、この城を取り戻して使う時に邪魔だよな。どこかにどかせられたらいいんだろうが」


「……いえ。このままで構いません。この土地を解放するまでにはまだまだ時間がかかりますし、その時になってから考えればいいことですから。それよりも今は、無事に討伐を成し遂げられたことを、一刻も早く皆に報せに戻りましょう」


「ああ、そうだな。――よし! みんな、帰――」


 その時――


 コオォ……


 ――部屋の中央に、穴が開いた。


 その穴はどこにも触れておらず、何もない空間を割り開くようにぽっかりと開いていた。通常のものではありえない。が、オレは、そして姫さんにも、それは見覚えのあるものだった。


「どうして……!? 私はまだ扉を開いていないのに……!」


 そう。今見えている穴は、オレがこの異世界にやって来るために通った扉だ。今の言葉から察するに、姫さんの能力――おそらくなんらかの加護――で生み出していたものなのだろう。それが、勝手に開いた、ということだろうか。


 扉はただそこに在るだけで、オレを強制的に引き寄せるような様子はない。通るかどうかはオレの意思に委ねてくれているのかもしれない。それに扉を開くのが姫さんの力であるのなら、今すぐにこの穴に飛び込む理由は薄いかもしれない。


 けれど――


「……行ってしまわれるのですか?」


 何かを察した姫さんが、寂しそうに引き留めてくる。そんな顔しないでくれ。振り切りづらくなる。


「まだ十分なお礼もできていませんし、報奨もお受け取りになっていません。せめてもう少し留まっては……」


「そうだよ、アキト。すぐに帰らなくても……ううん、いっそ帰らないで、ここで暮らしたっていいじゃない。ずっと憧れてたんでしょ?」


 エレナもそんなことを言ってくる。トリーシャは相変わらず表情が変わらないが、その瞳にわずかに陰りが見えたような気もした。


「アキト。あたし、アキトのこと好きだよ。アキトになら身体を預けられる。だから行かないでほしいよ。姫様だってそうでしょ?」


「私は……。……はい。私も、お慕いしております。叶うならば、この地で生活を共にできれば、と……」


 真っ赤になった顔を両手で押さえるようにしながら、姫さんは告白してくれる。めちゃくちゃ嬉しい。望めば、彼女と結ばれる未来だって存在するのかもしれない。


「ほら、姫様もこう言ってる。それに今なら、あたしもトリーシャもついてくるよ?」


「いえ、私は別に……」


 頬を紅潮させた姫さん。縋るような目で見るエレナ。エレナに差し出されて迷惑そうにしながらも強くは否定しないトリーシャ。胸にじんとしたものを感じながら彼女らを見回し……それでもオレは、それらを拒絶するために口を開く。


「……ありがとな、姫さん。エレナも、トリーシャも。オレもできるなら、もっとこの世界を冒険したい。でも、元の世界を捨てるわけにもいかないんだ。オレが突然消えて迷惑もかけてるだろうし……向こうに、待たせてるやつもいる。いつもオレの後をついてくるやつでな。放っておけないし、今は一刻も早くそいつに会いにいきたいんだ」


 言いながら、聖剣〈オラシオン〉を鞘に納め、それを腰から外して姫さんに手渡す。


「こいつは返しておくよ。国の宝なんだろ?」


 姫さんは寂しそうな顔を見せながら、受けとった聖剣をギュっと抱きしめる。が、同時に彼女の目に浮かんでいたのは、意外にも理解の色だった。


「……薄々気づいておりました。アキト様のお心に他の誰かがおられることは。それでも、私は……。……アキト様、これを」


 姫さんは自らの首にかけていたネックレスを外すと、オレに差し出してくる。


「もし再びこちらの世界に来ることを望まれた時は、このネックレスを手に強く願ってください。私との結びつきを辿ることで、アキト様の世界と繋がりやすくなるはずですから」


「それは……」


 彼女はそこで一歩下がり、寂しさを残しつつも気丈に微笑んでみせる。


「私は、物分かりの悪い女ですから。いつまででも、お待ちしています」


 ……逞しいな、女の子は。


 その(したた)かさに感嘆しながらも、彼女らの想いを振り切り別れを告げる。


「じゃあな、みんな! またいつか!」


 そうしてオレは、あいつが――小春(こはる)が待つ日本へ帰るため、世界を渡る扉に再び飛び込んだのだった。

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