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【完結】兄が異世界に行った弟の話  作者: 八月森


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29/38

~その頃の兄⑬~ なんでそんな発想が出てきたんだ?

「……キト。アキト……!」


「ふがっ?」


 呼びかけに目を覚ますと、薄暗い中に朝陽が差し始めた頃合いだった。傍では小柄な魔術師の少女(いや、年齢は大人なのだが)がオレを見下ろしている。


「……なんだ、トリーシャか。もう交代の時間か?」


 ん? そういやもう朝陽が昇ってるってことは、交代の時間過ぎて寝落ちしちまったってことか……?


「それどころじゃない……姫様とエレナがいないの……!」


「……いない? トイレとかじゃなくてか?」


「付近を捜索して呼び掛けたけど、なんの返事もなかった……」


 そう語る彼女は普段の無表情とは違い、強い不安に顔を歪めていた。その顔を目にして、寝ぼけていた頭がようやく働き出す。


「荷物は?」


「二人共ここに置いてある。だから近くにいるのかと思ったのだけど……」


「何かの痕跡が残ってたりは?」


「足跡らしきものが、街道のほうまで続いてる。でも、私一人じゃ、魔物に襲われた時に対処が難しい……」


 なるほど。だからオレを起こしたのか。無理して一人で突っ走らなかったことにホっとする。


「分かった。その足跡を追ってみよう。何か見つかるかもしれない」


 急いで鎧を身につけ(寝る際に脱いでいたのだ)、オレとトリーシャは野営地にしていた林を抜け、街道へ向かった。


 雑草が生え放題の荒れた街道は歩きづらいが、その分、痕跡も残りやすい。点々と続く草を踏んだ跡を追っていくと、そこには……地面に落ちた、姫さんのベール……


「……! 姫様……」


 屈み込み、ベールを拾ったトリーシャは、それを胸元でギュっと抱き締める。必死に不安を押し殺しているようだ。


 自分より動揺している人間を見ると、こちらは幾分冷静になる。オレは何か他に手がかりがないかと周囲を観察した。しかし……


 何も残っていなかった。踏み荒らされた形跡も。争った痕跡も。わずかな血の跡すらも。


 そもそも、この場所は野営地からそこまで離れているわけでもない。魔物が現れて二人を襲ったのだとしても、抵抗する物音ぐらいは聞こえただろう。あるいは大声で助けを求めることもできたはずだ。


 にも拘わらず、オレたちは何も気づけず、二人は姿を消している。なぜだ?


 抵抗する間もなく攫われたのか? 実力も確かなあの二人が、手も足も出ず、声すら出せずに?


 オレはその可能性を必死で打ち消す。もしそんな化け物が相手なら、聖剣と〈解眼(かいがん)〉があっても太刀打ちできる気がしない。


 なら、もっと他の可能性は考えられないか? 例えば――


(例えば、エレナが裏切って姫さんを攫った、とか……?)


 ……


 ……いや、いやいやいや。


 何を考えてるんだオレは。ここまで旅を共にしてきた仲間を疑うなんて。なんでそんな発想が出てきたんだ?


 第一、エレナが裏切る理由なんかないし、そんな兆候だって何も……


 ――「実は身体に大きな傷が――」


 何も……


 ――「その姿から〈蛇の王〉とも呼ばれ――」


 …………


 記憶に引っかかっていた断片的な言葉。そして水浴びの際に見えたエレナの裸身。


 彼女の身体に刻まれた黒い縄のような痕――蛇の紋様。ザッハーク。〈蛇の王〉……


「……あーーーっ!?」


 オレの突然の大声に、トリーシャがビクリとするのが見えた。


「な、何、アキト?」


 彼女は少し心配そうに問いかけてくるが、今はそれどころじゃなかった。


(馬鹿だ、オレは……! こんな特大のフラグを見逃していたなんて……!)


 だがそういうことなら、行くべき場所は一つしかない。


「トリーシャ。姫さんはおそらくエレナに攫われた。二人は今ザッハークの城だ」


「は?」


「傷つけずに連れ去ったってことは、すぐには殺されないはずだ。けど、その後で姫さんがどんな目に遭うかは分からない。急いで二人を追いかけないと――」


「待って、アキト。エレナが、裏切ったってこと? なんの根拠があってそんな――」


「フラグが立ってたんだよ! 裏切りフラグが!」


「フラグ……旗?」


 彼女が珍しくポカンとした表情を浮かべる。


「いや、正確に言えば裏切ったわけじゃない。多分、エレナはザッハークに操られているんだ。それをなんとかすれば、姫さんだけじゃなくエレナも助けられる」


「よく分からないけど……確信があるってこと?」


「ああ。オレのオタ知識――いや、勘がそう言ってる。だから城に向かおう。ザッハークが何か企んでたとしても、今ならまだ阻止できるかもしれない」


 トリーシャは数舜考え込む様子を見せた後……


「……分かった。アキトを信じる」


 彼女は、それまで不安げだった瞳に力を宿す。それに一つ頷いてから、オレは街道の先にそびえ立つ〈邪王〉の居城に視線を向けた。


「よし……じゃあ、行くぞ!」

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