12話 俺じゃ、足りないのか
金曜の夜。
俺は自室でスマホを片手に渋面を作っていた。
明日は土曜で学校は休み。先日の勉強会を経て小春との距離もほんの少し昔に近づけた気がする。ので、どこかに出かけないか誘おうと思い立ち、メールで文面を考えているところだった。
なぜメールなのか? 一応メッセージアプリも入れてはいるのだが、そこでは兄貴と小春が無限にイチャイチャしてるのを見せつけられるだけなのでずっと閉じているのだ。
それよりもメールの内容だ。
しかし、しばらく悩んでも上手い誘い文句が思いつかず、結局出来上がるのは平凡な文章になってしまう。
『明日、どこか行かないか』
簡素なうえに素っ気ない。しかもこれだけを送るのにいやに緊張する。
しばし、本当に送るかどうか迷った末に、意を決して『送信』の文字をタップした。少し経って――
ムー、ムー
バイブレーションに設定していたスマホが震え、着信を知らせる。もう返ってきたのかと驚きつつ、念のため差出人を確認した。小春だ。メールを開く。
『いいよ。それじゃあ明日の朝に迎えに行くね』
「そっちが迎えに来るのかよ!」
こういう場合逆じゃないのか。この前の相合い傘といい、俺を男として見てないんじゃないのかあいつ。
しかし即座にデート――誰がなんと言おうとこれはデートだ――を了承されたこと自体は飛び上がるほど嬉しく、俺は落ち着かない心臓を宥めながらベッドに寝転がった。
***
昨夜は興奮してなかなか寝付けず、深夜を過ぎたあたりでいつの間にか気を失っていた。現在朝の七時に尿意を催して目を覚ましたところだ。
「ふぁ……」
トイレを済ませ手を洗い、盛大に欠伸をしつつ、廊下をのろのろ歩く。
そうして部屋へ戻りかけたところで、来客を告げるチャイムが鳴る。こんな時間から誰だ? 面倒に思いながら玄関のドアを開ける。ガチャリ。
「あ、おはよう、晴人くん。約束通り迎えに来たよ」
そこに立っていたのは、白い半袖ブラウスの上に黒のワンピースを重ね着し、帽子を被った、私服姿の――
「こ、小春……!? おま……まだ七時――」
確かに朝迎えにくるとは書いてあったが早すぎないか……!?
もう何時間か後だと思って油断してた。が、寝起きを見られた恥ずかしさと、彼女の私服姿の眩しさに、一気に目が冴えた。
「ご、ごめん。ちょっと早かったかな。わたし、つい張り切っちゃって……」
「い、いや、いい! ちょっとうち上がって待ってろ! すぐ支度する!」
とは言ったものの、「ちゃんとご飯は食べてね?」と小春が強硬に主張したため、朝飯を食べてる姿を見られながら彼女を待たせる羽目になった。
***
ガタン、ゴトン――
小さな最寄り駅から電車に乗り、俺(Tシャツとジーパン姿だ)と小春は一つ先の駅へ向かった。
ここは俺たちが暮らすA県最大の駅で、唯一のターミナル駅でもある。
駅構内にはレストラン街や各種チェーン店に土産物店。駅前通りには複合施設やデパートなどが建ち並び、多くの人で賑わっている。田舎の中では都会という感じの場所だ。アニ○イトもある。
「まずはどこから行く?」
駅構内を抜け、二階からバスターミナルを見渡しながら、俺は小春に問いかける。とりあえず駅前方面に来たものの、具体的にどうするかは決めていない。
「そうだね……ちょっとあそこでお洋服を見てもいいかな?」
小春が指さした先には、衣料品を扱う店が複数入ったビルがある。レストラン(しばらく前に県内に上陸してきたチェーン店で、味だけでなく財布にも優しいのが特徴だ)や大型書店、ゲームセンターなども入っているため、この建物だけでも十分楽しめる。
「よし。じゃあ行くか」
俺は小春を連れて目的地へ歩き出した。
***
初めこそどうするか迷ったが、動き出してしまえばその後の時間はあっという間に過ぎていった。
衣服やアクセサリー(主に小春の)を見て回り。
漫画や小説の新刊をチェックし。
ビデオゲームやクレーンゲームに挑戦し。
大衆レストランで昼食を取り。
午後はまた別の店に足を運ぶ。
そうして、いつの間にか日が傾くまで駅前散策を満喫した俺たちは、帰りの電車に揺られ、最寄り駅まで帰り着いていた。
「んんー……はぁ。いっぱい遊んだねー」
小春が大きく伸びをし、満足そうに息をつく。
「今日は誘ってくれてありがとね、晴人くん。色々悩んでたけど、久しぶりにすっきりした気分」
「そう、か。そりゃ、よかった」
礼を言いたいのはこっちのほうだ。急な誘いに応じてくれて、一日楽しませてもらった。
まだやり取りがぎこちなくはあるが、今日のような時間を繰り返すことができれば、また昔の関係性に近づけるかもしれない。幼馴染に戻れるかもしれない。あるいは、その先を望むことだって――
そうして上向いていた俺の気持ちは……次の小春の一言で、地に落ちる。
「これで後は、アキちゃんが帰ってきてくれればよかったんだけどね」
「――……」
心が冷える。深い穴の底に沈んでいく。口からは引きつった声が漏れた。
「……んで……」
「? 晴人、くん……?」
「……なんでそこで、兄貴が出てくんだよ」
俺の呻くような疑問の声に、小春が困惑した顔を見せる。
「それは……やっぱりどうしてるか、心配、だし……」
そうだ。心配に決まっている。さっき言ってた「悩んでた」というのも兄貴に関してだろう。頭では分かっている。
「……兄貴がどこにいるか、教えてやろうか?」
「え……晴人くん、知って、るの……?」
分かっていながら、俺の口は止まらなかった。
「……異世界だよ」
「異世、界……? それって、よくアキちゃんが読んでた、本の……?」
「ああ、そうさ。あのクソ兄貴は、こことは違う世界への扉が開いたのを見て、すぐさまそれに飛び込んだんだ。後に残されたやつがどんな思いをするかも考えずにな」
「ま、待って、晴人くん。異世界って、本当に……?」
「信じられねぇだろ? 俺だって、この目で見たのに半ば信じられなかった。けど事実、兄貴は姿を消している。天王寺のお嬢様も言ってたぜ。『痕跡が何も残ってない』ってな」
「……」
混乱しているんだろう。小春は声も出ない様子で立ちすくんでいる。そんな彼女に、俺はさらに追い打ちをかけてしまう。
「兄貴は、帰れるかも分からねぇ世界に後先考えずに飛び込んだ。自分からこの世界を捨てたんだ。それでも、お前は……」
混乱しているのは俺もだ。感情が激しく上下に揺さぶられ、情緒がグチャグチャになっていた。
日頃から疎ましく思っていても、それでも実の兄弟だ。全く心配してないわけではない。
けれど、今日までこうして小春と過ごせた日々は、兄貴が姿を消したからこそ訪れたものだ。その兄貴が帰ってきたら、全てがなかったことになってしまいそうで、俺は……
「……それでも、わたしはアキちゃんを待ちたいよ。だって、アキちゃんが帰ってこなかったら、わたしは……」
その答えを聞いて胸に去来したのは、落胆だろうか。それとも、やっぱりという諦めだろうか。
「……結局、お前は兄貴のほうを取るのか。……俺じゃ、足りないのか」
「ち、違うよ……! そういうことじゃ……!」
あぁ……馬鹿だ、俺は。こんな顔をさせたいわけじゃないのに。
「……悪い。先に帰る」
「あ……」
言いたいことだけ、余計なことまでぶちまけて、俺は小春を置いてその場を立ち去る。
小春の悲し気な表情と声ばかりが、いつまでも脳裏を埋め尽くしていた。




