~その頃の兄⑨~ 馬鹿だ、オレは
「――お待ちしていました、勇者殿」
オレたちは街道から逸れた森の中に馬車を入れ、そこで待っていた中年の騎士の前で停車させた。
トラブル――ではない。これは予定通りの段取りなのだ。馬車を降りたオレたちを代表し、姫さんが彼と言葉を交わす。
「姫様も。……連絡は受けていましたが。本当にこの先に行かれるのですね」
「はい。どのみちザッハークを打ち果たせねば、我が国に未来はありませんから」
「……仰る通りです。ですが、我々皆が姫様の身を案じていることも、どうかお心に留め置いてくださいますように」
「承知しています。……心労をかけて申し訳ありません。ですが、使命は必ずや果たしてみせますから。吉報をお待ちください」
「ご武運を、お祈りしております」
「ええ、ありがとうございます。貴方たちも……」
「我々のことは、心配いりません。勇者殿がこちらに立ち寄ると聞いただけで、皆の士気も上がっておりましたからな。無事にザッハークを討ち取るまで、持ちこたえてみせましょうぞ」
中年の騎士が力強く宣言したところで会話は終わり、次いで彼は周りに指示を出していく。貫禄もあるし、ひょっとしたら結構偉い立場なのかもしれない。
辺りには他にも似た風体の騎士たちが待機しており、指示に従って馬車を係留させたり物資を用意したりと慌ただしく作業をしていた。彼らから新たな物資と激励の言葉を受け取ったオレたちは、森の奥に目を向ける。
「狭い森を馬車で抜けるのは難しい。予定通り、ここからは歩いていく」
そう言って歩き出すトリーシャにオレもついていく。
「この森を北に抜ければ、魔物に奪われた領土に出る、だったよな?」
「うん、そうだよ。本当は、向こうの平原を使えればよかったんだけどね」
先頭を行くエレナがこちらを振り向きながら返答する。それにオレは一度立ち止まり、森の西に広がる平原を――……戦場を、見た。
ワアアァァァ――と鬨の声を上げ、陣形を組んで突撃するアムレート王国の兵士たち。それを奇声と共に迎え撃つのは魔物の軍勢。その数は互いに尋常じゃない。平原を埋め尽くすほどの武器と爪牙がぶつかり合い、戦場は怒号と悲鳴と鮮血に染め上げられてゆく。
ここから見えるだけでも、戦いは非常に激しいものだった。兵士たちは傷つき、血を流し、次々に倒れていく。――人が、死んでいく。戦争の悲惨さ、魔物の脅威。それらをオレは、こうしてただ見ていることしかできない……
「――アキト様」
いつの間にか姫さんが、オレの服の裾を掴んで引き留めていた。気づけばオレは戦場に向かって足を踏み出そうとしていたのだ。それに気づきながらも、口を開かずにはいられなかった。
「……なぁ、姫さん。今からでも、あの人たちを助けることは……」
「……申し訳ありません、アキト様。私たちがあの場に行ってできることは、何もありません」
「いや、でもさ。姫さんの法術やトリーシャの魔術もあるし、オレやエレナだって戦える。それに、聖剣もある。オレたちが加勢すれば、少しは戦況も――」
「確かに、もしかしたら部分的には優勢に立てるかもしれません。けれど、それができたとしてもあの規模の戦闘では誤差に過ぎないでしょう。そして、あの乱戦の中ではアキト様を十分にお護りし切れるとは限らない……それだけは、避けねばなりません。アキト様と聖剣の存在こそが現状を打開する鍵……皆の希望なのですから」
そう語る姫さんは、オレの服を掴む腕に今まで以上の力を込め、震えていた。それでようやく気づく。彼女も、彼らを――自国の民を助けたいのを必死で堪えているんだ。……馬鹿だ、オレは。そんな当たり前のことを今さら――
「……悪かった、姫さん。そうだよな。一刻も早く親玉をぶっ倒すことが、今できる最良の手段だよな」
「アキト様……はい、その通りです。ですから、急ぎましょう。……これ以上の犠牲を、生まないために」
「ああ、行こう!」
全員で頷き、気持ちを一つにする。ここから先は時間との勝負。可能な限り早く辿り着き、目的を果たすことが、あの戦場で戦う兵士たちの命を救うことに繋がるのだから。そして、同時に気を引き締め直す。
なぜならこの先は、今までのように人々からの支援は受けられない危険な敵地。〈邪王〉ザッハークが支配する、魔物の王国なのだから――




