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【完結】兄が異世界に行った弟の話  作者: 八月森


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8話 私は応援していますよ

 小学生の頃のある日、女子友達と遊ぶ小春(こはる)を遠巻きに眺めていた俺は、その輪の中に入っていいものか悩んでいたことがあった。が、一緒にいた兄貴はといえば――


「小春ー! オレも混ぜてくれよ!」


 なんの躊躇いもなく混ざり、しかもすんなり受け入れられている兄貴に、少なからず劣等感を抱かせられたことを、今でも憶えている。


(クソ、いなけりゃいないで、余計な記憶ばかり領空侵犯してきやがる)


 そんなことを思い出したのは、今のこの状況のせいかもしれない。


 移動授業のために教室を出て、渡り廊下から旧校舎棟のほうへ向かい、T字路を曲がろうとしたところで――


 廊下の先で、見覚えのある長身の女生徒――小春が、誰かと会話している姿を見つけ、慌てて曲がり角の陰に隠れる。


(……いや、なんで隠れてんだ、俺?)


 自問するが、咄嗟に取ってしまった行動がこれだったので仕方ない。気軽に混ざりに行けない自分に過去を思い出し、苦々しい気分になる。後ろめたさを覚えながらもそーっと廊下の先を覗いてみると……


(一緒にいるのは……天王寺(てんのうじ)のお嬢様か?)


 ウェーブがかった煌びやかな金色の長髪。こちらまで届く自信に満ちた声。間違いなく天王寺光姫(みつき)だ。


 二人はこちらに気づく様子もなく言葉を交わし合っている。話が弾んでいるようで、時折笑顔も見受けられた。それを、少し意外に思う。


(人見知りの小春が、あんな風に笑うなんて珍しいな……)


 小春は校内では人気が高く、慕う者は多いが、親しい友人はそこまで多くない。少なくとも俺が知る彼女はそうだった。高校生になったからといって、そこまで性質が変わる訳ではないだろう。天王寺光姫は、その数少ない友人なのかもしれないが……


 それに今の小春は、兄貴が失踪したことで気落ちしている。天王寺のお嬢様のほうもそれは同じだし、手掛かりを求めて落ち着かない日々を過ごしているはずだ。そんな二人が、こうして和やかに談笑している姿を見るのは……


「気になりますか?」


「――!?」


 背後から、それも思いのほか近くから掛けられた静かな声に、声にならない悲鳴を上げる。

 慌てて振り向けば、俺と同程度の背丈に、黒髪をおかっぱに切り揃えた女子生徒の姿がそこにある。


「あんた……藤木戸(ふじきど)(けい)!」


「はい。数日ぶりですね、晴人(はると)さん」


 驚くこちらの様子にもまるで動じず、落ち着いて挨拶を返すのは、天王寺のお嬢様の手綱役。お付きの少女である藤木戸蛍だった。……そういえばお嬢様の傍にいなかったな、と、今さらながらに気が付く。


 しかし先日の秋月(あきづき)といい、なんでどいつもこいつも俺の背後から忍び寄ってくるんだ。しかも目の前のこの女は、あの時の秋月以上に気配がなかった。お付きというより忍者なんじゃないのか、実は。


「驚かせてすみません。見知った後ろ姿があったもので、つい」


「いや……別にいいけどよ」


 大仰に驚いてしまったことにばつの悪さを覚え、つい強がってそう答えてしまう。見透かされてる以上、意味はないかもしれないが。


「話しかけに行かないのですか?」


「……俺が行ったら、邪魔になるだろ」


 それは紛れもなく本心ではある。ただ、一歩踏み出せない言い訳であることも自覚していた。


「それに、あのお嬢様に見つかったらまた質問攻めに遭うかもしれねぇしな」


「大丈夫ですよ。ああ見えてお嬢様は空気の読めるお方ですから」


「……本当に読めるなら、うちの教室まで来て大声で呼びつけないでほしいものなんだが……」


 というかああ見えてって、お付きの目から見ても色々やらかしそうな認識なのか、あのお嬢様。


 ともあれ、この話題を続けていると本当に俺を連れて話しかけに行きかねない。誤魔化すように、けれど同時に気になっていたことを聞くべく、話題を変える。


「……あの二人、仲は良いのか? お嬢様のほうは、小春をライバル視してるような様子だったが……」


 だから、今見えている光景は少し意外だったのだが。


「そうですね……初めの頃は、もっと険悪でしたよ。章人(あきと)さんにとって最も身近な女性が小春さんなのは、周知の事実でしたから。そしてお嬢様は略奪愛上等な方でしたから。正式に彼の隣にいる権利を賭けて、小春さんに何かと勝負を持ち掛けていました」


「あー……」


 目に浮かぶようだ。


「もっとも、小春さんのほうに争う理由がありませんでしたからね。いつもお嬢様の独り相撲に終わっていて、そのうちにお互い会話も増えて距離が縮まっていって……今に至るという次第です。お嬢様にとっても、家柄や噂に左右されず、恐れもすり寄りもしない小春さんは、得難い存在だったようで」


「あぁ、小春はそんなことで人を判断しないだろうからな」


 だからこそ、俺のような不良に対してもいまだに普通に接してくれるのだろうし。


「そんな訳で、今のお二人は親友といってもいい間柄なのです。章人さんや私がいない時でも、よくお二人で交流しているようですよ」


「そうか……だから、あんな表情を……」


 俺は再び曲がり角の陰から小春たちを見る。二人は先ほどと変わらず楽しそうに談笑していた。


 気心の知れた友人同士であり、兄貴という共通の話題もある。それなら、この状況でもあんな風に笑顔を見せてもおかしくないのかもしれない。


 けれどその笑顔に、俺の胸にはチクリとしたものが残る。なぜならそれは、俺と接する時とは種類の違うもの。二年という歳月に隔てられた、俺の知らない小春の顔で……


「私は応援していますよ」


「……? なんの話だ?」


 お付きの少女の唐突なその言葉に本当に思い当たることがなく、俺は疑問を返したのだが……


「いえ、もし晴人さんが小春さんを口説き落としたいなら、私、協力しますよ、と」


「本当になんの話だ!?」


 なんでいきなりそんな話になった!?


「さっきも今も、小春さんに熱い視線を送っていたようでしたから」


「おまっ……だからって……!」


 それだけで気づくか、普通!? 特別この女が察しがいいのか!? それとも、ひょっとして……俺は文句を言おうとしていた口が尻すぼみになるのを自覚しながら、ぽつりと聞き返す。


「……俺、そんなに分かりやすいか?」


「私としては、一目瞭然という感じだったのですが」


 マジか……そんなに露骨に顔に出ていたのか……? そしてそれを見られていたのか……? ……急速に恥ずかしさが顔を駆け上がっていく。

 その上ってきた熱が冷めやらぬままに、俺は憮然とした表情で問い掛ける。


「で、そうだとしてもだ。なんであんたが、それを応援するなんて話になる? あんたにはなんの関係もないだろ?」


「関係はありますよ。お二人が交際を始められれば、今まで小春さんが埋めていた章人さんの隣が空きますからね。そうなればお嬢様にも付け入る隙が生まれるというものです」


「隙って、あんた」


「ご存じかもしれませんが、章人さんに好意を寄せる女性は多く、皆魅力的な方々ばかりです。お嬢様は現状、その中の一人に過ぎませんから。少しでも好機があるなら逃がしてほしくはないのです」


 あんなに堂々と結ばれるとか宣言してたのに、お嬢様の立ち位置、そんなその他大勢みたいな扱いだったのか。ちょっと泣けてくる。


「あくまで、お嬢様のためってことか」


「ええ」


「……あんたは、それでいいのか?」


「というと?」


 澄ました顔で小首を傾げるお付きの少女に、ささやかな仕返しと、純粋な疑問を交えて問い掛けてやる。


「あんただって、兄貴を憎からず想ってるんじゃないのか?」


 それは兄貴が失踪してからの日々で接するようになった目の前の少女に、薄々感じていたことだった。


 あの暴走しがちなお嬢様を護り、あるいは諫めるために、常に付き従う必要はあるのかもしれない。

 けれどこのお付きの少女からは、それ以上の兄貴への好意が見え隠れしているように感じられたのだ。まぁ、ほんの少しそう思った程度だし、半分以上はかまをかけただけだったのだが。


 果たして、藤木戸蛍から漏れ伝わったのはわずかな動揺。けれどそれもすぐに消え、次には平然とした様子でこちらの問いに答えてくる。


「否定はしません。けれど同時に、私がお嬢様を差し置いて章人さんに気持ちを伝えることもありません。私が第一に望むのは、あくまでお嬢様の幸せですから」


「……自分の気持ちを、抑え込んででも?」


「抑え込んでる訳ではありませんよ。これだって、私が心から望むことですから。それに――……もしお嬢様が章人さんと結ばれたなら、私は愛人としてお二人にお仕えできますし」


「……それが狙いか。あんた、意外と(したた)かだな」


「お褒めの言葉と受け取っておきます」


 おそらくそれが、目の前の少女にとっての最上の結末なのだろう。彼女の立場で兄貴と最も近い距離で接することができる最適解。考え抜いた末の結論。なら、これ以上口を挟むのは野暮というもの……待てよ。もし本当にあのお嬢様と兄貴がつき合うようなことがあれば、お嬢様が俺の義理の姉になってお付きまでついてくるってことか? ……もう少し口を挟んでもいい気がしてきた。


「まぁ、それもこれも章人さんが無事に帰ってこなければ、ただの絵空事なのですけどね」


「そりゃまぁ、そうだが」


 と、そこで予鈴が鳴る。


「つい話し込んでしまいましたね。お引止めして申し訳ありませんでした、晴人さん。それでは、私はこれで」


「ああ」


 そう言って、下級生である俺にも丁寧にお辞儀して、藤木戸蛍は小春とお嬢様の二人と合流していった。


「――蛍。遅かったですわね。お手洗いが混み合っていたのかしら?」


「お嬢様、その発言はデリカシーに欠けていますよ。減点1です」


「なんの減点!? え、減点が貯まるとどうなるんですの?」


「小春さん、お嬢様のお相手をしていただいて助かりました。ご迷惑をおかけしませんでしたか?」


「大丈夫だよ、蛍ちゃん。みっちゃんとお話ししていただけだから」


「ちょっと、蛍!」


「それはよかったです。さて、このままでは授業に遅れてしまいますし、急ぎましょうか――」


「蛍ってば! 貯まるとどうなるんですの――」


 そうして女三人かしましく、特別教室へと急ぎ足で向かっていく。

 それを見送り、もう小春や天王寺のお嬢様と鉢合わせないと確信が持ててから。

 俺も次の授業に向かうべく、廊下を歩き出した。

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