~その頃の兄⑦~ 客寄せパンダ
「そういえば、この世界のザッハークってどんなやつなんだ?」
馬車での道中、オレはずっと気になっていたことを聞いてみた。ちなみにエレナは現在御者台で馬を操っているので、この場にいるのは姫さんとトリーシャになる。
「また唐突ね、アキト。というか、この世界の、って?」
いつも通りのあまり感情の浮かばない瞳で、トリーシャがオレを見る。
「いや、オレの世界の神話にもザッハークってのがいるんだよ。アジ・ダハーカっていう、三頭三口六眼の邪竜とも同一視されてる、悪い王様なんだけどな」
「へぇ……それは興味深い」
淡白な瞳に、にわかに興味の色を覗かせるトリーシャ。オレも同意見だが、今の本題はそこじゃない。
「でも、名前が一緒だからって同じとは限らない――というか、世界が違うんだし、十中八九別物だろ? 加えて、オレはこの世界の知識に乏しい。それなら、これから戦う相手でもあるわけだし、なるべく情報は集めておいたほうがいいと思ってさ」
「確かに……申し訳ありません、アキト様。事前にきちんとお話するべきでした」
「あ、いや、姫さんが謝ることじゃないって。他に覚えることもたくさんあったしな」
彼女の謝罪を手振りと共に制する。
「そういうことなら、いい機会だし、知ってる情報は教える」
姫さんが落ち着き、顔を上げたのを確認してから、トリーシャが静かに口を開いた。
「〈邪王〉ザッハークは、長い黒髪を持つ女性型の魔族。両肩から黒い蛇を生やしているのが最大の特徴で、その姿から〈蛇の王〉とも呼ばれている。そして自ら〈邪王〉を名乗っている。といっても、元々は王ではなく、魔将の一人だったらしいけれど」
その特徴だけならオレの世界の神話と一緒だな。向こうは男だったけど。そして蛇の王……蛇王=邪王ってことか。なるほど。
「……って、魔族? 魔物とは違うのか? それに魔将ってのは……」
小説や漫画にもよく出る単語なので、魔族はなんとなく分かるんだが。
「魔族は、人に近い姿で知能も高い魔物の総称。大体の場合、魔力も身体能力も魔物より優れている危険な相手なのだけど、何より厄介な点は、彼らは私たち人間と違い、詠唱なしで魔術を行使できること。それがどれほどの脅威かは、多分、この旅の先で嫌でも思い知ることになる」
人型の魔物の総称か。オレが持つオタ知識とそこまで変わるわけじゃないな。無詠唱魔術もよく創作に出てくるワードだし、それが厄介だというのもなんとなく分かる。
「その魔族の中でも特に力のある個体は、魔王直属の将軍として、人類の前に立ちはだかる。通常の魔族以上に恐ろしい敵で、ザッハークもその例に漏れない。おそらく、聖剣がないと倒せないくらいに」
「魔族の将軍で魔将ってことか。というか、そんなに強いのか……。……ん? 魔王? 邪王とは別に魔王がいるのか?」
「いる。でもアキトは気にしなくていい」
「?」
オレが顔に疑問符を浮かべると、代わりに姫さんが答えてくれる。
「この世界では遥か昔から、魔物を統べる魔王と、神剣に選ばれた勇者様との争いが繰り返されているのです。我がアムレート王国も戦火を逃れることは叶わず、およそ十年前、魔物の軍勢に侵略されかかったのですが……」
「その時、一人の神官が自身の命を代償に大規模な結界を張って、この国と外界を隔絶させた。おかげで魔物は、この土地に侵入できなくなったの」
「ん? じゃあ、問題のザッハークとか、今戦争してる魔物たちはどこから来たんだ?」
「ザッハークとその配下は、結界を張る時点で既にアムレート王国内部に侵入していた、魔物の軍勢の先遣隊だったのです。彼らはこの地に閉じ込められたと分かるや、領土の一部を奪い取り、魔物の国を建国しました。そして今また、王国全土を奪い取らんと戦を仕掛けてきているのです」
「なるほど、切り離された残存勢力ってわけか。外から入ってこれないなら、敵の増援なんかは気にしなくていいんだな。でもそれなら、少しずつでも魔物を減らしていけば、いつかは尽きるんじゃないか?」
「それが、尽きる気配がないのです。通常の生物のように繁殖しているのか、また別の方法なのかは不明ですが……今のままでは、むしろこちらの人員が先に尽きてしまいます」
「だから一か八か頭を――ザッハークを討たなきゃいけないってことなんだな。……そういえば、こっちは他国からの援軍とかは呼べないのか?」
そう聞くと、姫さんは少し言いづらそうに口ごもる。
「その……この地を護る結界は非常に強力なもので、確かに外からの魔物の侵略は防ぐことができたのですが……」
「強力すぎて、魔物以外も一切通れなくなったの。今、アムレート王国は孤立無援の状態。食料も自給自足を余儀なくされてる。つまり――」
「外の世界がどうなってるかも分からない、ってことか?」
トリーシャが無言で頷く。
さっき言ってたオレは気にしなくていいってそういうことか。外の出来事には関わりたくても関われないわけだ。
「ってことは、今もこの国の外じゃ、勇者と魔王が互いに争ってるのか……。…………ちょっと待て」
捨て置けない情報を聞いてしまったため、オレは二人に疑問を呈する。
「外にも勇者がいる? じゃあ、オレは? 勇者が二人存在しててもいいものなのか?」
「あ、ええと、その、ですね……」
さっきよりも言いにくそうに身悶える姫さんに配慮してか、代わりにトリーシャが口を開いた。
「厳密に言えば正式な勇者は、神剣に選ばれた者だけを指す。けれど、兵や民を鼓舞するためにも、私たちには分かりやすい象徴が必要だった。――勇者の称号が。つまりアキトは――」
「つまりオレは……?」
「便宜上の勇者」
「便宜上の勇者!?」
何その悲しい存在!? 客寄せパンダ!?
「あっ、でも! アキト様は初めて聖剣を抜いたお方ですから! 私たちにとっては本当に勇者に等しい存在ですよ!」
「うん、ありがとう姫さん。でもちょっとそっとしといて」
世界に選ばれた英雄的存在かと思ってたらただ名前を借りてるだけだったとは……ガーンだな。出鼻をくじかれた。
そんなわけで、テンションの下がったオレを姫さんが懸命に励ます声が、馬車の中にしばらく響いたのだった。




