6話 お前は安心するなぁ
一限目の授業が終わって最初の休み時間。
後方の扉から他クラスの女生徒が二人教室に入ってきて、まっすぐこちらに向かってくるのが視界の端に映った。
前回あんなことを言って別れたのに、まさかまたすぐあのお嬢様とお付きの少女のコンビがやって来たのかと一瞬げんなりした俺だったが……
「――あの……一ノ瀬、晴人くん……ですよね?」
「あん?」
こちらの名を呼ぶ声は、初めて聞くものだった。
席から見上げた顔も初めて見るもの。背中まで届く青の長髪に、頭を飾るカチューシャ。青みがかった瞳は不安げに歪められ、少し気弱な印象を与えた。
彼女についてきた少女も青髪にカチューシャまでは一緒だったが、こちらは髪を短く切り揃えており、パッチリとした瞳には好奇心が見え隠れしているのが印象を異ならせていた。ただ、顔立ち自体は似ている。姉妹だろうか。
「その……私たち、貴方のお兄さん――一ノ瀬章人さんにお世話になっていて……」
「あー……」
薄々勘付いてはいたが、やっぱり兄貴の知り合いか。つーかそりゃそうだ。一年の間で有名な不良にわざわざ話しかけてくる女子生徒なんて、十中八九それだろうよ。
この二人は新顔だが、この手の輩は兄貴が姿を消してから何人も相手にしてきた。つまり要件は――
「でも、その章人さんが、何日もお家に帰ってないって聞いて――」
「それで弟のあなたに、お兄ちゃんについて何か知ってるか聞こうと思ってー」
「お兄……!?」
ちゃん、だと……!?
あのクソ兄貴、後輩に自分のこと『お兄ちゃん』て呼ばせてやがるのか……!? 別に元からあの兄貴にいい印象は抱いてなかったがドン引きだ。
「こら、真奈美! 人前でそういう呼び方しちゃダメって言ったでしょ! しかも実の弟さん相手に!」
「えー、別にいいじゃない。お姉ちゃんは固すぎるよー。ねー?」
「いや、同意を求められても困るんだが」
やはり姉妹だったらしい。屈託なく気軽にこちらに同意を求める妹に若干困惑する。天真爛漫というか、俺を怖がる様子もないし、なんだこの女。
「妹がすみません……それで、あの……」
「あぁ、その……兄貴が家に帰ってねぇのは本当だ。理由も行き先も分からねぇよ」
当然、嘘だ。理由も行き先も分かっている。だがそれを正直に話したところでなんにもならない。
「そう、ですか……。あの、それじゃ――」
「じゃあ、お兄ちゃんが帰ってきたら真奈美たちに教えてくれないかなー」
「は? なんで俺が――」
「もう、真奈美! 迷惑でしょ! ごめんなさい、なんでもないですから! 失礼します!」
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん、引っ張らないでよー。……それじゃ、またねー」
「……」
慌ただしく教室を去っていく、控えめで優等生然としていた姉と、クソ兄貴をお兄ちゃん呼びする子供っぽい妹。あのお嬢様とは別ベクトルで騒がしい二人を唖然として見送りつつ、内心でしみじみ思う。いったい、なんだったんだ。
――――
二限目が終わり休み時間。またも教室に来客があった。
「おっす、弟くん」
「……あんたか」
現れたのは、セミロングの黒髪で、気さくそうな雰囲気を漂わせる三年の女子。あのお嬢様の次に兄貴の行方を尋ねてきたやつだ。名前は忘れたが、確か兄貴と同じクラス――つまり小春とも同じクラス――で、自称兄貴の親友と言っていた気がする。
「章人のやつ、いいかげん帰ってきてない?」
「きてねぇ。つーか小春に聞きゃいいだろ。なんでわざわざ一年のクラスまで」
「言っても、小春ちゃんはあくまで幼馴染でしょ。そこまで詳しくは知らないみたいだし。それなら、家族に聞いたほうが確実じゃない」
「それで頻繁に聞かれる俺の身にもなってくれ」
「ごめんごめん。でも、そっか……まだ帰ってきてないのね、あいつ。どこほっつき歩いてるんだか。親友のあたしにもなんにも言わず……」
「……」
まさか異世界に行っているなどとは言い出せず、沈黙するしかできない。
結局、兄貴の親友を自称する女は、短い別れの言葉だけを残してさっと教室を出ていってしまった。えらくさっぱりした女だな……
――――
三限目終了後の休み時間。今度は二年生の女子が入室し、俺に話しかけてきた。
「ね、ねぇ。先輩はまだ帰ってきてないの?」
長い茶髪をツインテールに括り、勝気そうな目をしたその女子は、興味がない風を装いながらも、ちらちらとこちらに視線を送りながら問いかける。
こいつも、以前兄貴の行方を聞きに来た女子の一人だ。その時も、こんな態度で話を聞き出そうとしてきた。
「……きてねぇ」
これで訪問者は午前中だけで三組目だ。声に嫌気が滲み出るのを抑えられなかったが、ツインテ女は気づく様子もなかった。
「そ、そう……手がかりとかも、何もないの?」
あぁ、もう、めんどくせぇ。
しゅんとしながら質問してくる目の前の女に、俺はぞんざいに質問で返した。
「……心配か?」
「は、はぁ? 別に心配なんてしてないけど? 早く帰ってくればいいなんて思ってないし、無事を祈ってもいないけど?」
全部白状してるじゃねぇか。ツンデレか。しかもベタなステレオタイプな。
「……って、何言わせるのよ! 私、別に、そういうんじゃないから! もういい、帰る!」
そうして一人で勝手にまくしたてると、ツンデレツインテ女は教室を出ていった。
――――
四限目が終わり昼休みになり、弁当箱を手にした俺は、教室を出て旧校舎棟の空き教室に入り、扉を閉める。そして後方に追いやられていた机と椅子を一組持ち出し、中央辺りに設置する。その席についてから天を仰ぎ、ふぅー、と細く息を吐いてから……
「――ギャルゲーかよっ!!」
ダンっ!と両拳で机を叩きながら、吐き出すように叫んだ。置かれていた弁当箱が小さく跳ねる。
『優等生然とした姉』に、『人懐っこい妹』。『同級生の気さくな親友』に、『ツンデレツインテ女』。
さらに小春という『幼馴染』に、『金持ちのお嬢様』な天王寺光姫と、その『お付きの少女』藤木戸蛍……
実は他にもまだいる。キャラの立った濃い連中(それも多くが女子)が。失踪した当初は今日以上の人数が俺の下に詰めかけてきたのだ。その際にも思ったことだしもう一度言うがギャルゲーかよ。そりゃ『三年目のギャルゲー主人公』なんて呼ばれるわけだわ、あのクソ兄貴。
と、そこでカラカラと、閉めたはずの扉が開く音がする。
「晴人くん……?」
「……小春? なんでここに」
そこに現れたのは、俺にとっても『幼馴染』でもある、古城小春だった。
「ちょうど通りかかった時に大きな声と音がしたからびっくりして。それで覗いてみたら、晴人くんがいたから」
悪態ついてたのを聞かれていたらしい。少し恥ずかしくなる。
小春は手に弁当箱を提げていた。それを持ったままこちらに近づき、様子を窺うように聞いてくる。
「晴人くんもこれからお昼? それなら、一緒に食べてもいいかな……?」
「別に、構わねぇけど……」
「ほんと? よかったぁ」
そう言うと、小春は教室後方に積まれていた机と椅子を軽々一組運んできて、俺の席の対面にくっつける。そして席に着き、弁当箱を広げる。米に卵焼き、ハンバーグ。レタスやプチトマトなどが入った、彩り豊かな弁当だ。
「それじゃ、いただきます。ほら、晴人くんも」
「ん? あー……いただきます」
普段はあまり言わずに済ませてるが、小春は意外とこういうのにうるさい。下手に反発すると結構ガチ目に怒られるため、素直に従ってから俺も自分の弁当に手を付ける。
「今日はだし巻き卵が上手に作れたんだよ。晴人くんも食べる?」
「え、お、おう……じゃあ、こっちのから揚げと交換な」
「わ、ありがとー。……んんー、美味しいー」
何がそんなに嬉しいのか、ニコニコと幸せそうに食べる小春に、すっかりと毒気を抜かれてしまう。
「……お前は安心するなぁ」
「え? な、何が?」
「いや、なんでもねぇ」
彼女のその様子を見ているだけで、午前中の疲れも癒される気がした。
そうして昼休みが終わるまでのわずかな時間、俺は小春と二人の昼食を楽しんだのだった。




