(20)キノコは魔法で採取します。
エバーグリーンの葉が風にゆれ、グラスグリーンの地面に深い緑の影が落ちる。
「あれが、ローザの言ってたキノコなのー」
ミントはそう言うと、ひらひらと一本の木を目がけて飛んでいく。ゆめもそれを追いかけて近づく。
ローザから本日の仕事として依頼された薬草採取のかたわら、ミントには追加で採取をお願いされていたキノコも探してもらっていた。
それが、ここにあるらしい。
「おお、これが。えっと、なんて名前だったっけ……?」
「モルビド・フンゴ、だね」
ミントが示した木のそばにしゃがみ込んだゆめは、何気なく疑問を口に出す。
オリヴァーはさらっと返すと、ゆめと反対側に近づいてその場にかがむ。肩から提げていたゆめのカバンをかけなおす。
「あ、ありがとうございます。そういえば、そんな名前でした」
ゆめと少し距離をとってくれてはいるものの、近くに来たオリヴァーに少し緊張しながらもお礼を告げる。落ち着かない様子で、木の根元をのぞきこむ。
「……これ、本当に食べられるのかな」
うねうねと根が張り出す地面を覆う草の合間から、かさの部分がマゼンダ色のマシュマロみたいなキノコが生えている。
その色の毒々しさに思わずゆめは、まゆをしかめる。
ミントを信じないわけではないが、なんとなく派手な色のキノコは毒キノコのイメージが強い。
「ふわふわ、じゅわじゅわでおいしいのー」
「モルビド・フンゴは加熱料理に適したキノコでね。とくに煮込み料理で使うといい味が出るんだ」
「へー、そうなんですね」
ミントとオリヴァーの言葉に、なるほど、とあらためてキノコを見る。
そう言われると、ボルシチに入ったビーツと同じ色をしているような気もするし、なんだか大丈夫そうな気もしてくる。
さっそくキノコを採ろうと、ゆめは手を伸ばした。
「あ、ちょっと待った。このキノコはそのまま採取すると、かさの部分がしぼんで味が半減してしまうんだ」
「わわ、そうだったんですか」
オリヴァーの制止の声に、ゆめはあわてて手を引っ込める。
「だから、こうやって……」
オリヴァーはそう言うと、すっと地面に手をかざす。
ふわりとやさしく吹いた風が、キノコを包み込むように収束する。そのまま、ぽこ、とキノコが地面から抜け出てくる。
「風の魔法で掘り起こせば、傷つけずに採取ができるよ」
「おお、すごい。ありがとうございます」
風に乗って、ふわりと宙に浮いたキノコが、すとん、とゆめの手元に落ちてくる。
この世界にきて魔法は何度か目にしたが、何回見てもすごいと思う。
「次はユメがやってみるかい?」
「そう……ですね。まだキノコも必要でしょうし。それに、次もオリヴァーさんがいるとはかぎらないですし。……あ、すみません。カバンをもらってもいいですか?」
オリヴァーに預けていたカバンからエコバッグを取り出し、キノコを入れる。
「ほかにはどこにあるかわかる?」
ゆめは頭の上に戻ってきたミントに聞いてみる。
「次は向こうなのー」
「あ、ホントだ」
ミントが指し示した木の根元には、マゼンダ色のキノコが生えている。
駆け寄って、まじまじとキノコを観察する。オリヴァーはそんなゆめから、すっとカバンだけ預かり、向かい側に立つ。
「あ、すみません、ありがとうございます。えっと、妖精と仲良くなっていれば、魔法は使えるんですよね?」
「そうだね。ある程度の練習は必要だろうけど……。うん。妖精の力があれば、問題なく魔法はできるはずだよ。慣れれば自分だけの力だけでも使えるけど、ユメは魔法になじみがないだろうし」
「そうなんですね。わかりました。やってみます!」
オリヴァーの言葉に返しつつ、ゆめはミントを見上げる。
「そう言うわけで、ちょっと手伝ってもらえる? ミント」
「まかせてなのー」
ミントは張り切って応えると、ゆめの頭に手を置く。少しの間もおかずに、ミントが触れた場所からじんわりと熱が伝わってくる。
ふんわりと全身を風が包み込み、服のすそがぱたぱたとはためく。
「わあ、すごい!」
「このままキノコに手をかざして、えいっ、てやるのー」
不思議な感覚に感動していたゆめは、ミントに言われるまま手をかざそうとして、動きを止める。
「……えい?」
「指先から風を送ってキノコの周りに薄く膜を貼るみたいに包み込んで、土の中から掘り出すイメージでやってごらん」
「なるほど」
苦笑しつつアドバイスをくれたオリヴァーにうなずくと、キノコに手をかざす。
「えっと、指先から風を送って……」
言われたことを繰り返してつぶやきながら、指先に集中する。
その途端。じわじわと熱が伝わり、ゆるゆるとした風が指先にまとわりつく。そのまま土の中に風を潜り込ませる。
「——えいっ!」
柔らかな風がキノコを包み込んだと感じたところで、短く声を出す。ぽこ、とキノコが抜け出てきた。
そのままミントによって、ふわふわとゆめの手元まで運ばれる。
「わー! わー! すごい! できました!」
ぽとりと手の上に乗ったキノコに、ゆめはミントやオリヴァーを忙しなく交互に見る。
「わあ。なんだかまだ、不思議な感じがします」
興奮さめやらない様子でキノコに視線を落とす。どくどくと血液が流れる全身は、まだ熱を帯びているようだ。
「すごいな。妖精の力を借りたとしても、こんなすぐにできる人はなかなかいないよ。魔法を使ったのも初めてだろう?」
「ゆめはすごいのー!」
「あ、ありがとうございます」
ゆめはそう返すと、小さくはにかんで、いそいそとエコバッグにキノコをしまう。
その後も薬草採取のかたわら、キノコも集めていく。魔法での採取は、はじめのうちはミントのサポートを受けていたが、何度か繰り返すうちにゆめ一人でもできるようになった。
格段に採取スピードも上がり、エコバッグの中のキノコも薬草も、みるみるうちに溜まっていく。
「そういえば、例の魔獣ってどんな魔獣なんですか?」
少し余裕が出てきたゆめは、薬草を摘みながら、ふと浮かんだ疑問を聞いてみる。
「詳しくはわかっていないんだ。目撃情報も少なくてね。白くて大きな何かとか、アイスブルーのすばやい何かとか、うわさはいろいろ聞くんだけど……」
「そうなんですね……」
ごめんね、とまゆを下げるオリヴァーに、ゆめは、いえ、と首を振る。
ごごごごごごご
その時、不意に地響きのような、うなり声が聞こえてきた。
「わわ。なんでしょう」
空気をびりびりと震わせて響く音に、ゆめは耳をふさいであたりを見回す。
「あっちから、聞こえたのー!」
「あ、ミント!」
好奇心を抑えられず、ゆめの頭の上からミントが飛び出す。
「ちょっと待って! 危ないかもしれないから、ユメは俺の後ろに隠れてて」
ミントを追いかけようとしたゆめをオリヴァーは呼び止める。
カバンを肩にかけなおし、カゴバッグを左手で持つ。右手で腰に提げていた剣を取る。
「え、あ、は、はい!」
はじめて見る真剣な表情に、ゆめはわたわたと返すと、大人しくオリヴァーの後ろに回り込む。ミントも向かったであろう、うなり声の聞こえた場所を目指した。




