LEGEND OF SWORD‐12
「よち……ぬし、起きまさい。ボク、よごでぎます」
「グレイプニール?」
「ボク、あいつの頭、突きまさい」
グレイプニールに何か秘策が? ……いや、今は考えている暇はない、とにかくできる事をやって止めないと!
グレイプニールをまだ布を被った状態のアンデッドドラゴンに突き立てる。勿論、1ミリも刺さらない。
「どうすればいいんだ!」
「ふひひ、ぬし、ボク、おたのしみしまた」
「……え、何?」
「ぬしと一緒、うれしまた。ボク、いちゅの愛剣、いちゅ、元気しまさい」
「何、何を言ってる?」
グレイプニール、どうした?
「ボク、よごでぎる、ぬしよごでぎたい時、お助ける。それがボクます」
「……ああ、だから一緒に」
「ぬし」
「おう!」
「ぬし、ごめまさい」
グレイプニールがそう呟いた瞬間、グレイプニールの刃先がアンデッドドラゴンの頭に突き刺さった。それまでの事が嘘のように、口の上から下までを貫いている。
「えっ」
それに驚いた訳じゃない。何かが違う。
「グレイプニール?」
今まで感じた事のない重み。オレがどれだけ疲れていたとしても、グレイプニールは羽のように軽かった。
相手に攻撃を与える瞬間だけ、まるで砲丸のように重たくなった事はあったけど、引き抜こうとした時にこんなに重かったことはないんだ。
まるで、ただの剣を扱うような……。
「グレイプニール、おい、お前どうやってこいつに刺さった」
破れた袋から、腐臭を放つ液体が漏れ出てくる。
『キサマ……ヤリ、ヤガッタナ! オレヲ、操ツルナドトハ……オレノカラダカラ、出テイケ! 邪魔ヲスルナ!』
どういう事だ、コイツを操る? 教祖は何を言ってる?
「体を守っていた障壁術が消えた! 今のうちだ!」
みんなが一斉に攻撃を始めた。まるでアンデッドドラゴンの解体実演だ。
再び首が根元から斬り落とされ、体の部分は動かなくなった。もう羽ばたく事は出来ない。
「イース! どんな手を使ったんだ? 障壁を止めさせてくれたおかげで、ようやくトドメを刺せる!」
「これで終わりだ。おい教祖サマよ、何か言い残した事があるか」
みんなでアンデッドドラゴンの頭を取り囲み、最後の一撃を構えている。
やっと、訪れた勝利の瞬間。ようやくオレ達の世界を苦しめる魔王教が消滅する。
なのに、何かが違う。どうしてオレの手は震えている?
『ゴプッ……言イ、残ス? フフフ……。ソコノ猫人族ノ、七光リ、テメエハコノ生キ地獄デ苦シンデ死ネ』
「じゃあその言葉にお応えして、イースがトドメを刺せ。それだけの事はやった」
「介錯代わりに、俺が銃弾を同時に撃ち込んでもいい。失敗はしない、イースとグレイプニールでやってくれ」
「こんな時、バルドルが愚痴を言うものだと思うんだけど……素直に譲るとは珍しい」
皆がオレに譲ってくれる。それは嬉しい。だけど、どうしてオレはこんなに喪失感を覚えているんだ?
「イース、君は座っていておくれ。シーク、シャルナク、責任を持って君達がやるべきだ。ボクもアルジュナも、恨まれる覚悟は出来ている」
「えっと、どういう事? バルドル、説明してくれないかい」
「あ、あの、ね? グレイプニールは、もうそこにないんだよ」
「そこにないって、どういうことだ」
「その綺麗な剣は、ただの剣になった。グレイプニールは、こいつと共鳴したんだ」
グレイプニールが、アンデッドドラゴンと共鳴?
グレイプニールがコイツの体の中で教祖に打ち勝って、障壁を解除させたって事?
このショートソードから、いなくなったって事?
オレの気力と魔力で生み出した、オレの片割とも言える存在が?
「それしかない、そう考えたんだろうね。『生きていない』アンデッドが相手なら、こんな事は出来なかったと思う。だけど、教祖は生きている」
「でも、柄に彫った術式は? こいつには何も彫っていない! グレイプニールはこの剣から抜け出せ……」
いや、さっきオレはどうしてグレイプニールの視点が分かった?
その間、オレの体は……どうしていた?
気付いたらハムサンドが口の中にあった。オレが動けず何も見えず、横たわっていたと思っていた間……
「グレイプニールはオレが全力を出し切って倒れている間に、コイツに何かを施した?」
「おそらく、術式から抜け出して、そいつの額にでも触れて術式を思い描いたんだね。僕達武器は、手足を使うことができない。書けないから意識、気力、それで全てを行う」
「そ、それじゃあグレイプニールはイースのために、犠牲になろうとしてるって事!? じゃあコイツを倒したら、グレイプニールはどうなるの?」
ああ、そういう事か。だからグレイプニールが急に見知らぬ剣のように感じたのか。
こいつを斬ったら、こいつにトドメを刺したら、もうグレイプニールは消えるって事?
あのごめんなさいは、あの最後の言葉は、オレへのお別れのつもりだった?
いつの間にか柄を握りしめ過ぎて掌が血だらけ。無意識に持っていかれた気力や魔力を引き留めようとでもしたのか。
「グレイプニールがこいつをいつまで抑え込めるかは分からない。痛がっているかもしれない。恨むなら俺を恨んでくれ」
まだ混乱しているオレを無視して、父さんがバルドルをアンデッドドラゴンに突き立てる。
やめてくれ、中にはグレイプニールがいるんだぞ?
でも、やめてくれと言っていいのか? グレイプニールは、どうしたい。どうして欲しい?
こんな結果、オレが喜ぶと思うのか?
「やめ、やめてくれ」
「……恨むなとは言わない。お前の気持ちも大事だけど、世界の混乱を防ぐことも、グレイプニールの決意も、大事だ」
「グレイプニールが、待ってくれ!」
「グレイプニールが君の弱点になりたいなんて、思うのかい? イース」
オレが怯んだ隙に、父さんがバルドルでアンデッドドラゴンの脳天を貫いた。それに続き、至近距離で放つアルジュナの矢が目玉に突き刺さる。
オレが咄嗟にグレイプニール「だった」剣で防ごうとした時、もう頭部はドロドロに溶け始めていた。
「……イース、俺は倒せた事を良かったと思う。グレイプニールと一緒に倒したのは事実だ。別れが早過ぎたけど……早過ぎた、よな」
「あ、あたし達が、もっと、力になれたら、ごめんねイース、ごめんね……グレイプニール……!」
「ね、寝てるだけって事はねえのか? なあ? 起きるかもしれねえじゃん!」
グレイプニールが、もういない?
そんな、1日だって一緒にいなかった日はなかったのに?
何で旅の最後の最後で、最終決戦で、一緒に勝利を喜べない?
アンデッドドラゴンに勝ったというのに、誰も喜ばない。
喜んではいけない空気を出しているのは、オレか。
「……勝った、これで、アンデッドドラゴンは倒した。魔王教徒の教祖は死んだ。この島の全てを焼き捨てたなら、魔王教も消える」
これで良かったんだ。
皆の勝利の瞬間を、オレの我儘で奪ってはいけない。
後はオレが1人で悲しめばいい。旅が終われば、オレはもうバスターを辞めるだろう。
グレイプニールと一緒じゃない旅なんて、しようと思わない。
「帰ろう」
「イース……」
「誰を恨むなんて、そんな事しない。これはグレイプニールが決めた事だ」
ヒールを唱えられ、アンデッドドラゴンの骨が消えていく。遠くで最後の小屋が燃え始めた。
全てが終わったんだと、徐々に実感し始めたその時、懐かしい会話を思い出した。
「ぬし、おしゃべり、しますか」
「ん? いいよ」
幼く舌足らずな声。
「おじゃべ……おしゃべり、何、おしゃべりますか」
「え、話題があるんじゃないのか」
「ぬしと、おしゃべりたいのます」
「そうだね……じゃあ、どんなモンスターと戦いたい?」
「おしゅがと?」
「そう、お仕事」
ああ、そうだ。喋りたいだけで、内容まで考えていないんだよな。
たった2年くらいなのに、ずいぶん一緒にいた気がする。
「おぉう、ただいましまた」
そういえば、グレイプニールにお帰りという機会、あったかな。宿にも一緒に帰ってくるもんな、いつも。
「ぬし、おぉう、ぬし!」
「あはは、頭の中でグレイプニールの声が響く。しばらくは幻聴に悩まされ……」
「い、イース、今、グレイプニールの声が」
……え? オレの回想がレイラさんに聞こえているはずが……
「ぬし、おかえに、言いますか?」
今、聞こえた? レイラさんも驚いて頷いている。
「グレイプニール?」
「ぴゅい。おかえに、言いますか?」
グレイプニール、だ。えっ、グレイプニールだ!
「グレイプニール! 戻って来れたのか!? 本当にお前、なのか?」
「ふひひ、ただいましまた。あいちゅ死むしまた、共鳴、解けるしまた、お戻りしまた。びくりしまた」
あっ……もしかして共鳴が解けただけで、グレイプニールが消滅したわけじゃ、なかった?
「もう! そうならそうと先に言ってくれ!」