LEGEND OF SWORD‐11
双剣のような機動力はない。
槍のような間合いもない。
弓のような射程はなく、長剣や大剣のような威力や防御性能もない。
特別秀でている訳じゃない。
魔法も使えなくはない程度。
親ほどの実力もなければ、名声もない。
所詮はショートソードと、たかが七光の英雄の息子。だから、出来ませんでした。
とは言えない。
「全力! ……うおっ!?」
「うおぁぁ、ボクとぬしの、ちかまいぱい!」
グレイプニールにオレの気力と魔力が吸い取られていく。オレが想定している範囲内の全力じゃない、正真正銘の全力だ。
「耳、うるさくても勘弁してくれ! 消音装置付ける時間がねえんだ!」
「大丈夫! 魔法障壁である程度守れるから!」
「相手がどんだけデカくても、いずれ最後のひと欠片になる! 斬り続けるぜ、ゼスタ!」
「言ってくれる……あと20年若けりゃ、それも出来たかもしれねえけど、な!」
みんなが壁となり、おれ達を呑み込もうとするヘドロのような蟲毒モンスターを防いでくれる。
ジャビが刃を食いしばって頭を押さえつけ、アレスとイヴァンさんが再生されていく首から下を斬り続けている。
「あー刃ごたえがない。僕は斬り足りたいのに」
「あんまり暇そうな事言ってると……ヒールソードに切り替える、ぞ! バルドル」
「おっと、弱火でもいいからファイアソードでお願いしたいね。わあ、楽しい」
「もうこの頭……エリクサー漬けにしたら……なんとか、なんないかな!」
「あー……回復薬でお腹いっぱい……ヒール・オール!」
ひたすら細かく切り刻み、ヒールやファイアで消滅させ、時間さえあれば倒し切る事も出来るだろう。
だけどこっちは既に全力だ。1人でも力尽きてしまえば、そこから突破されてドラゴンの頭を渡す事になってしまう。
それでも、オレを急かすことなく待ってくれている。
まだなのかと言いたいだろうに、歯を食いしばって耐えてくれているんだ。
「これで応えられなかったら……誰が、おまえを、伝説として語ってくれる! 準備はいいな!」
「ぴゅい……も、いぱい……うぷっ」
脚に力を入れるだけの気力が残ってない。立ち上がるだけでもやっと。とっておきのエリクサーを2本飲み切って、おれ3人分くらい溜めきった。
よし!
「いくぞ! ブル……」
「イース! みんながまずい!」
「えっ」
ジャビの声が響く。ふと周囲に目を向けると、蟲毒モンスターのヘドロが津波のように一気に襲い掛かってくるところだった。
ドラゴンの頭だけとなった教祖さえ止められたなら。
だけど、この一撃でも止められなかったら……みんなはどうなる?
「……クソッ! グレイプニール!」
「ぬし、ちゅきしまさい、おぷっ……ぼく、ぬしよごでぎ……たい、お助ける、ます」
迷っている暇はない!
「みんな地面に伏せろぉ! 全力で障壁魔法を!」
おれの全力がこの程度かなんて、言わせない!
「剣……閃!」
グレイプニールを地面と水平に構え、ぐるりと一周回りながら振り切った。
犠牲を覚悟でトドメを刺すのが理想だ。でも、犠牲になるとすればそれはみんなじゃなくてオレだと思ったから。
オレの全力、いや全力以上の剣閃は、手を伸ばせば届く距離にあった蟲毒モンスターを斬り裂いた。
グレイプニールの刃と気力と魔力を凝縮した刃で、斬り裂きながらぐるりと一周回りきる。
「い、イース……」
「お、おい、かなり広範囲を……やっつけたんじゃねえか?」
「すげえ!」
「い、今のうちに!」
俺達を囲んでいたヘドロ状の蟲毒モンスターは、半径数百メルテほどに渡って消滅していた。良かった、みんなを、守れたんだ。
「お、おい?」
「イース!」
全てを出し切ったせいで、おれは立っている事も出来なくなっていた。硬い地面に手をついても、自分の体重を支える事すらできない。
「大変よ、気力切れと魔力切れを同時に起こすと命にも関わる!」
「え、エリクサーを!」
「駄目! 自然回復し始めてからじゃないと、本人の寿命を縮めるわ!」
「まずヒールで体力を完全に回復して! シークと旅をしていた時、シークも意識不明になるまで振り絞った事があるの! その時は治癒術士が交代しながらずっとヒールを掛け続けたわ!」
ノーマさんとレイラさんの声が遠い。叫んだのはビアンカさんか?
グレイプニールは、どうしているんだ?
アンデッドドラゴンの頭部は、どうなってる?
「イース! 少し何か食べなさい! あなた体力まで気力と魔力に変えちゃったんだから」
「お、俺がハムサンドを持ってます!」
「水もある、イース、噛んで、飲み込め」
この声は、アゼスとティートの2人か。良かった、2人もまだ無事だ。何もかも、感覚が遠い。
『キサマァ……』
「うるせえ喋んな頭野郎!」
『ムダダ! コノ島カラ生キテハ帰サナイ!』
「頭だけで何が出来んだバーカ! ひたすら再生した首切られ続けてくたばれ!」
ジャビが何かをしたんだろう。教祖の声が急にくぐもった。目を開けているはずなのに、何も見えない。
「グレイプニール?」
「ぬし……ボク、ここ、あるますよ」
「疲れすぎて、ごめん、手を伸ばせない」
グレイプニールを手放してしまったみたいだ。アゼスが慌ててオレの手にグレイプニールを握らせてくれた。
「ひとまずアンデッドドラゴンの頭は布で包みました。影移動は見える場所の陰にしか移動できないから、頭部を覆えばひとまずは」
「炎に強い素材だし、頭だけになった状態で炎を吐く事は出来ないはず」
「そうですか……あれ?」
なんだ? オレは多分、仰向けに倒れているはず。だけど左横の様子がはっきり見える。え? 目を動かすとこれはおれの……顔!?
「ぬし、共鳴やめしまた。ぬしボク持つしまた、ボク共鳴しまた。ぬし、ボクの気力、なりょく、持ていきまさい。起きまさい」
グレイプニールの声が頭の中で響いた瞬間、オレはその場に飛び起きた。口の中にはモソモソするハムサンド。今の、グレイプニールの視点?
「イース!」
「良かった、ひとまず回復したか」
周囲を見渡すと、だいぶ小さくなった蟲毒モンスターを相手に、とにかく全力で技や魔法を放ち続けるみんなの姿があった。オレにヒールをくれてるのは……
「もう少し休んでいなさい」
「かあ、さん?」
「血縁者の治癒術がいちばん効くそうだからね」
そう言ってヒールを唱えてくれながら、母さんはヒールを込めた矢の雨を放つ。
「もっと増やして撃ちまくれシャルナク! 俺様の弦が切れちまうくらい引いちまえ!」
「イースの初めての本気に感激する暇をおくれ、アルジュナ。ただ、賛成ではある。我が子に守られるより、幾つになっても親は子を守ってやりたいものだ」
『フフフ……オマエラガイズレ疲レ果テタ時、オレガ完全体ニモドッテ嬲ッテヤロウ……』
蟲毒モンスターがどんどん消えていく。教祖は蟲毒モンスターを操る事を諦めたのか。
「全員で攻撃を続けりゃ、お前だっていずれ疲れるだろうが」
『ソレハ、ドウカナ』
「ま、まずいですよイヴァンさん! 斬る速度より再生の方が速くなってきました!」
ああ、まずい。こいつ、自身の頭部の保護と再生に力を全て使うつもりか!
「も、アレスが重くて……腕がパンパンなんだけど、なっ! くっそ!」
「蟲毒モンスターが萎んで消えたわ!」
「急にどうした、何かやったのか!?」
「オルターが核を砕いてくれた……っておいおい、首が完全に戻ってるじゃないか! どういう事だ!」
「止めろ! 今の状態で戦闘が長引けば、全員エリクサーで中毒を起こす!」
まずい、攻撃が通らなくなっているんだ。アレスの刃が弾かれてるし、ファイアも通ってない。
唯一効いているのは治癒術、だけどヒールってそんな激しい魔法じゃない。再生に打ち勝てているとは言えない。
「こりゃお『柄』上げ……とは言いたくないんやけどね! まずいばい、あたしの矛先でも欠けそうばい!」
伝説の武器達でも刃が立たない。このまま完全復活されて、もし飛んで逃げられたら……!