LEGEND OF SWORD‐04
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「……見えてきた」
「おあ? 何いますか? もしゅた見えますか?」
「ううん、ちょっと霧がかかってるからね。確かに島が平たいから、そこにあると分からないと気付かないかもね」
最後にテレスト港に寄り、そこから南東に向かって5日。未知の海域だから、日が落ちると船は速度を極端に落とす。
アマナ島の北西の村で燃料と水を補給して、更に南へ1日進んだ辺りでようやく島が確認できた。元副会長の証言通りだ。
客船や貨物船はこの海域を通らない。地図を見れば、テレストを出た船は西か東の大陸沿岸を移動する。補給などの都合があるからだ。
海面下には、隠れた死火山やサンゴが堆積した岩礁などがある。調査が終わっていないせいで海底地形は分からない。それらに座礁してしまえば沈没は免れないと思う。
なんとか救命ボートを出せたとしても、水棲モンスターに襲われでもしたら全滅だ。だから他の船が通らない海域へは行きたがらないのも当たり前。
もし航路を大きく外れてしまえば、万が一の際に救難信号も見つけてもらえないし、船体にも気付いてもらえない。ウォータードラゴンなんかに遭遇したらと思うと、まあどんなベテランでも冒険なんて出来ないよね。
「グレイプニールは、潮風が嫌だとか言わないんだね」
「ぬし一緒、何嫌ますか? 一緒、どこでも一緒、ボクあびちくまいなす」
「……バルドル達がうるさいだけなんだね」
バルドル達は、潮風が嫌だ、金属部分が錆びる! ベタベタして嫌だ! と煩いんだけどなあ。船室からは絶対出ないって言い張ってるし。
「あれ? あれって、島だよな」
何か、うっすらと見えてる気がする。水面からの高さが30メルテにもなるマストの柱に登ってやっと見える程度。
まだ距離にして10キルテ以上離れているけど、島があるのはハッキリ分かった。
アマナ島の集落はミスラ町と北西の村1つのみ。南西の海域には漁船も来ないし、出たとしてもこんな瀬がある訳でもない外洋まで、片道1日かける理由がない。
だからそもそも島があると気付かなかったってのは納得だ。
俺だって海水面からの蒸発によるもやで水平線がぼやけて見えるのか、本当に何かあるのか、数分前まで返答を躊躇ってしまうくらいだった。
「見えましたー!」
マストを伝ってするすると下りて、船長さんに進行方向が合っている事を伝える。船長さんは海図を見ながら速度を落とした。
「本当にこんな海域に島があるのか。東に100キロメルテも進めばエインダー島があるくらいの場所だぞ」
船長は無線ってやつで他の船に知らせ、後ろの船も速度を落とした。その他のバスターと物資を乗せた補給船団は、2日遅れで到着予定だ。
「休憩できる島がねえから、サハギンなんかはいないはずだ。でも魚系やウォータードラゴンはいるかもしれねえ。アマナ島の沖は鮫も多い」
「上陸しても、船の上から様子を見るにしても、どっちも危険、ですね」
「島の近くに浅瀬があればそこで待機する。大きなモンスターは浅瀬に来ないからな」
「分かりました」
1時間程で近くまで寄る事が出来た。島は本当に平たくて、一番高い所でも30メルテないかもしれない。今いるのは島の西の沖。元副所長の話では、島の東側にアジトがある。
船の動力音は案外響く。おそらく、向こうはこっちに気付いてる。島までもう間もなく、飛び移れるかどうかの距離。
いよいよ上陸……と身構えた時、どこからか魔法が飛んできた。
「障壁を!」
「は、はい!」
オレ達の船ではレイラさん、もう1隻ではノーマさんの障壁が発動した。レイラさんの発動が若干遅れたものの、オレに届いた魔法はグレイプニールが瞬時に吸収してくれた。
グレイプニールには、魔石と呼ばれる鉱物が少量使われているんだ。
気力や魔力を留めるだけのバルドルやグングニルに対し、グレイプニール、ケルベロス、アレスの3本は魔石の成分が吸収し、こっちの魔力に変えてくれる。
その代わり、バルドルやグングニルは、留めた魔法や魔力をそのまま跳ね返す事も出来る。どっちがいいか、それは持ち主との相性次第かな。オレの場合は吸収がとても助かる。
「ごめんイース! 発動ちょっと遅かった!」
「ふひひ、ボクよごでぎしまた!」
「ああ、よくやった! 大丈夫です、間に合ってますよ! レイラさんだけでなく、みんなで補い合いましょう!」
「今のはヘルファイアだ。反応速度や警戒の強さを試すと同時に、こっちの気力を削れたら幸いって考えたんだと思う」
それが本当なら、実戦でもグレイプニールで対処できるって事だ。それに仮にアゼスの分析通りでなくても、島にいるのは魔王教徒。相手は魔王教徒で間違いない。
「見えたぞ! 丘の東側、太陽を背にしてうまく隠れてやがる。スコープで覗けば目を焼かれてしまう、狙えねえ」
「イース、どうする! おれとお前で一緒に乗り込むか?」
「……よし、やるか!」
オレとジャビが陽動すれば、船を警戒する人数も減る。オレとジャビが離れなければ、魔王教徒の死霊術はグレイプニールが吸収してくれるし、然程怖くない。
「船を北に回してくれ! オルターは太陽を背に出来る場所から狙撃を。背後はオルターとクレスタさんに任せるからな」
「ああ、任せろ。こんな状況で輝くために、俺は不遇職だ金食い虫だと言われながらも腕を磨いてきたんだからな」
「ちょっと!? あたし飛び移れない!」
「オルターと一緒に来て下さい! 遠くから掛ける治癒術が必要になります!」
回復薬や包帯などが入ったポーチだけを腰につけ、船の中で軽く助走をつけて島へと飛び移る。獣人族の身体能力を甘く見るな、という脅しの意味も兼ねてね。
足場は硬い岩場で、安定は悪いけど跳躍には好都合。これがぬかるみや砂だったら、近接攻撃職は出番がなく、魔法や飛び道具の撃ち合いになっていたと思う。
「僕達も行く! ビアンカ、僕達を打ち飛ばして!」
襲い掛かる死霊術を避けて突き進む背後で、イヴァンさんの声が響いた。ビアンカさんがグングニルで打ち上げるつもりなんだ。
「おーっ、すげえ! おれも後でやってもらいてえな!」
「ジャビもイヴァンさんに頼んだらいい! 炎剣アレスでも出来ると思う!」
「よっしゃあ! やる気が出てきたぜ!」
目の前に繰り出される毒沼、漆黒の炎ヘルファイア、他にも視界を歪ませる術などが襲い掛かって来る。魔王教徒が立っているのを目視出来た直後、背後から光の矢が追い越していった。
「うらあシャルナク! 自信持って撃ちやがれ! オレ様の性能を疑うんじゃねえぞ!」
「えっ? 母さんも来たのか!」
「今の声、誰のだ? イヴァンさんじゃねえよな」
「……アルジュナだよ。普段は気弱だけど、戦いの時は豹変するんだ」
「おもしれえ奴だな! よーし、イースはアンデッドに注意してくれ、おれは魔王教徒を殴り飛ばしてくる!」
ジャビはこの戦いを全く恐れていないらしい。打算や見栄など一切なく、自分の力を最大限発揮できる方法を考え、そして試そうとしている。うん、頼もしい。
「母さん! ジャビが殴り込む、治癒術とアルジュナで援護してくれ!」
「ああ、分かった! アンデッドが湧き始めているから、そっちを頼む!」
ジャビは強化した小手で相手を殴り飛ばす。獣人族のように身体能力が高くて気力の扱いも出来るのなら、武器の使い方を習うより手っ取り早い。
そんなバスターは他にいないんだけど、元々モンスター戦を想定しているからか、武器を使わない物理攻撃職は想定されていないんだよね。
「死にもも! いぱい!」
「よし、魔王教徒はいないな、技をみせつけてやる!」