LEGEND OF SWORD‐01(2023/11/20表紙絵追加)
LEGEND OF SWORD
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ギリングに戻って1週間が経った。新人バスターが町を駆け回り、毎朝クエスト争奪戦が繰り広げられている。
北東から北西に広がる広大な平野は、ひよっこバスター達の練習場だ。
モンスターが数を最も増やすと言われる春。その時期に競うようにゴブリンやボアを倒してくれる存在はなんと有難いことか。まあ、南半球だと季節が逆なんだけど。
オレ達はいよいよアジトに出発だ。オレも走り込みや筋トレに励んだし、グレイプニールはご機嫌。オルターはどうしても銃の種類を絞り切れず、何十キロにもなる荷物を背負っている。
ジャビは高過ぎる身体能力を見せつけ、実戦経験は少ないけどブルー等級の武器防具を許された。
問題なのは……。
「何で! どうして言ってくれなかったの! 酷い! 悲しい!」
「まあまあ、帰って来てからでも」
「こんな大切な戦いに、イースだけずるいと思わない? 何で教えてくれなかったの!」
レイラさんは、たいそうお怒りだ。
その理由がオレの、いや、グレイプニールの鞘だった。案の定、ステッカーを見たレイラさんは、愛猫のデビッドの写真を魔術書に転写したかったと言い出したんだ。
「ヴィエスでもカインズでも同じ事してくれる店はありますって」
「つかレイラさん、そんだけ装飾してもらってんのにどこに転写して貰うんすか」
「おれもアルカの雄大な峰を鎧の背中に彫って貰いたかったな」
「アルカ山の写真持ってんの?」
「……あああ持ってねえ!」
見送ると言ってくれたベネスさんとシュベインの目が冷たい。絶対呆れてる。
これが今から大切な戦いに向かうパーティーの姿でいいんだろうか。
「レイラ。威力を上げる術式を足すならまだしも。あんた何のために治癒術士やってんの? そんな浮ついた魔術書で仲間を救えなかったら笑いものよ」
「うっ……だって」
「イースのはグレイプニールが欲しがったものですから。自分の顔写真が入ってるなんて、普通は恥ずかしいってのに」
「シュベイン、それ以上言わないでくれ、つらい」
「あ、ごめん」
ベネスさんとシュベインが宥めるうちに、レイラさんは肩を落として諦めてくれた。ジャビの荷物の殆どが食べ物だった事を除けば、これでやっと出発できる。
「ジャビ、パンツ入れたよな? せめて着替え2組は入れろって言ったよな」
「おう! シュベインに言われなくても」
「お前の着替えの概念どうなってんだ。半袖シャツ2枚とパンツ2枚だけしか入ってねえよ」
「え、ほかに何がいるんだ」
「ずぼん、下着! 靴下! タオルは!」
「おおー、それも着替えなのか。んじゃあ途中で買って行くからいいや」
ジャビの荷造りを手伝ってやればよかった。大丈夫だよな、オレ達。
「ほら、あんまり時間を掛けるとリベラに着いたって汽車出ちゃってるかもよ? 行った行った!」
「お土産は期待してるからなー! ったく、これから英雄になるって奴の旅立ちかよ」
「ふひひ! いてくます! おみあえ、何ますか?」
「いいから行くぞ」
いつだって旅立ちは締まりがない。でも今更かしこまってもね。これでいいんだと思う。
リベラまでは協会が手配してくれたユレイナス商会のキャラバンで。そこからは汽車で一気に首都ヴィエスまで。
首都ヴィエスを早朝に出て、その日の夜にはカインズ港へ。
汽車に乗る頃には気が引き締まるかと思ったけど、特にそんな事はなかった。
「いよいよか。とりあえず行く、って旅立ちじゃなくて、決戦のつもりで向か……」
「おいジャビ、もう飯食ってんのかよ」
「だって腹減ってんだよ、途中で美味そうなパンあったら食べてえな。それに肉焼きだろ? 肉出汁のスープだろ?」
「観光旅行じゃないんだから……ていうか、あたしが髪5セルテも切ったのに誰も気づかないわけ?」
「決戦の、つもり、で……」
うん、いつも通りだ。
そ、そうだよな、今更かしこまっても、だよな!
「よいももぉ~めまおみぃ~、あさみま~ましえぇ~」
「グレイプニール、歌は駄目だ」
「ぷぁー?」
「歌っちゃ駄目って決まりなんだ」
「おぉう、みえちゅからもどる汽車、こももお歌うしまた。よごでぎるね、じょずね言われしまた。ボク歌うダメはどしてますか?」
あー、そうだった、首都から次の駅まで、子供達が遠足で乗って来たんだよな。汽車がしゅぽぽーなんて歌をみんなで歌ってたんだ。
だけどグレイプニールの独特で、少なくとも上手ではない歌声が客車に響いたらどうなる事か。最悪脱線する。
「あ、あれは子供だからいいんだ。グレイプニールは子供じゃない、何でも斬れる立派な剣だからな」
「ふひひっ、ボクりっぱ、よごでぎる剣ます! ボクおとま!」
ハァ、疲れる。
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2週間ぶりのカインズ港は快晴の空の下、波も穏やかでまさに出航日和。なんだけど、実際の出航は明日だ。
アジトに向かうのはオレ達だけじゃない。ベテランを集め、5隻の船で向かうんだ。
使用するのは協会本部の警備艇3隻、エンリケ公国所有の鋼鉄船2隻。
鋼鉄船は護衛と補給のためなんだって。
危険な海域だから、念のため船を捨てて乗り換える事も覚悟する。
それと複数の船で向かえば、魔王教徒が数に圧倒されて諦めないかなと。
「協会本部の警備艇、大きいわね」
「アマナの船の倍くらいありそうっすね」
「1つの船に2パーティーくらい乗せる計算かもね。鋼鉄船にも乗れそうだし」
「ま、おれ達だけで何とかできるなんて、おれ達も他の奴らも思ってねえだろ。だから数で押しきりゃいいんだよ」
父さん達は大砲で援護してくれた人達を含めても十数人だった。それと比べても仕方ない。自分の手柄を気にして失敗したら何の意味もないし。
それどころか、英雄の子供のくせに魔王教徒に負けたとか言われるのは分かり切ってる。
勝つのが目的だ、オレが活躍する事が目的じゃない。
グレイプニールを伝説にしてやりたいから、この戦い自体が語り継がれたらそれでいいんだ。
石畳の道を中心部へと引き換えし、協会本部へと向かう。副会長は失職、もうすぐ裁判が始まるらしい。なんと後釜にはノーマさんが座る事に。
「すみませーん、明日出航の魔王教徒殲滅戦の参加者ですけど」
「お待ち下さい。ああ、レイラ・ユノーさん!」
「え、あたしを見ただけで分かるんですか?」
女性職員が笑みを零す。
レイラさんが驚き、オレとジャビの耳に視線を移した。そりゃパーティーに獣人族が2人いるなんて、目立って仕方ないもんな。
そのパーティーの治癒術士がレイラ・ユノーだと教えられていたらすぐ分かる。
「ええ。副会長から……ああ、新副会長さんです。今まで出会った中の誰よりも派手に飾った魔術書を持っているから絶対分かるって言われてましたから」
レイラさんが恥ずかしそうに俯く。おれ達の耳、関係ないじゃん。
「おぉう、うばまやち」
「見た目を競っても仕方ないだろ。飾りじゃなくて性能で勝負だ」
「コホン、あの、明日のメンバーで一回顔合わせ出来ればと。何組か会議室で談笑していますからよければ奥にお進み下さい」
職員に促され、オレ達は記帳後に会議室へと向かった。
両開きの木製扉を軽くノックして入室した時、目の前にいたのは……予想外ではないけれど、いると思っていなかった人達だった。
「え、父さんに、母さん?」
「え、お父さん! 何でいるの?」
そこにいたのは英雄達。つまりオレの両親、ゼスタさん、ビアンカさん、イヴァンさん。そしてあと2組のバスター達。
「やあイース。元気そうだね。レイラちゃんも」
「ああイース、心配していたんだ、まったく、便りも寄越さないんだから」
「母さん……いや、母さん達もここ最近は世界を飛び回ってたよね」
「あ、そうだね、そういえば」
見慣れた親なのに、装備を着込んで集まっていると、やっぱりサマになる。って、もしかして今回の戦いに参加するって事か?
「あのー、僕にも驚いて欲しいのだけれど」
「俺っちイースには去年会ったぜ! レイラちゃんやっぱりバスターになっちまったか」
「あたしらもじっとしちゃおられんけね! お嬢に振り回してもらわんと」
武器達も勢ぞろい。なんだろう、この安心感。
でも、つくづく思うんだ。1人で、1パーティーで抱え込まなくていいんだって。
「イース・イグニスタです! 先輩の皆さん、宜しくお願いします!」