Comatose Dreamer‐09 グレイプニールの買い物
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「ふひひっ、でせちゅ! ぼく、でせちゅ! お楽しみくまさいなすか?」
「え、何? 楽しみかって事? そうだな、グレイプニールも伝説として語り継がれるようになるし、去年の約束を果たせるね」
「ぼく、ぬしでせちゅのばすた、えいゆーしまた、よごでぎるね、えらいしまたね、言うさでます。ふひひ、お楽しみます」
伝説になる絶好の機会……と言ってしまっていいんだろか。若干不謹慎な気もするけれど、グレイプニールはご機嫌だ。
いつもの独特な間違い方の言葉遣いにも拍車がかかっている。オレですら注意深く聞かないと何を言っているのか理解できない。
「ぬし、ぶきまやーく、行きますか?」
「武器屋マーク、行きたいのか?」
「ぴゅい! ぼく、ほちいもの、あるます。買てくまさい!」
「オレとグレイプニールで稼いだんだから、欲しいものを言っていいんだよ。じゃあギリングに戻ったら行こうか」
大捕物の翌日、本部や警察での事情聴取も終わった。ノーマさんは副会長の立ち合いのため更に数日かかるようで、テリーは北の村に戻って作戦終了を告げて回るんだ。それが一番大変な役目だと言って、テリーは笑いながらため息をつく。
そりゃそうだよな、村人には他の村に避難してもらってるし、呼び戻したりでしばらくは大変だと思う。
「それでは、みなさん。預言者なんて言われましたけど、まあ実態はスパイ活動していただけというね。とにかくお役に立てて良かった」
「あなたがいてくれたおかげで、ようやく魔王教の解体が近づきました。有難うございます」
「テリー、あなたにはバスター協会から勲章が贈られると思う。その時にまた会いましょう」
「え、バスターじゃないのに勲章? 前代未聞ですね」
「バスターの活動を支え、ここまでやってくれたんだから、当然の事よ。じゃあ、私は副会長を連れて警察署に行くわ。また2週間後に」
ノーマさんとテリーと固い握手を交わし、魔王教徒との内通者を捕えるクエストは終わった。勿論、バスターの移動制限は解除となった。
副会長とその秘書、秘書の知人が経営する倉庫業者。それらは一斉摘発され、グレイプニールが全員を取り調べた。
その結果、なんだか変な性癖や隠し事も見つかったけれど、町の中や別の場所に仲間がいない事も確認できた。
末端の何の力もない信者はともかく、少なくとも魔王教団に影響を及ぼすような信者はアジトにいるだけだ。
2週間後には、オレ達もカインズの港からアジトの島を目指す。
エンリケ公国の南にある海峡を通り、テレストから南下して行くんだけど、この時期は暴風雨で船の欠航や大回りが当たり前らしい。
だから例年海が落ち着くという来月までを準備期間にするんだ。
「海が荒れる事までは想定してなかったな……」
「危険な海域だから、船が近寄りたがらなかったっつう事だよな。そんな所によく行こうと思ったもんだ」
「行こうとしたんじゃなくて、エインダー島に行こうとして迷った挙句漂着とか、そういう事かもね」
「なんで、人族っつうもんはこんな余計な事考えるんだ? アルカ山と自分の親以外に何を崇めてんだ」
ジャビが何の気なしに放った言葉に、オルターもレイラさんも考え込んでしまった。そういえば、2人とも何かを信仰しているようでもないな。
「全員じゃないんだけどね。神様が決めたとか、こうすれば幸せになれるとか、自分が生きていく支えとして、何か理由が欲しいんだと思う」
「まあ、そうだよね。何かのせいにできたらそりゃ楽だから」
「ろくなもんじゃねえな、神ってのは」
オレの父さんは人族。母さんは猫人族。オレはその間に生まれているから、ジャビのような生粋の獣人族とは違う。でも父さんもあまり信心深い人じゃないんだよね。
母さんはアルカの峰やムゲンの大地への感謝を口にするけれど、それはその地で先祖代々生かされてきたから。
大地を汚さない、悪い事はアルカの峰から見下ろされている、その程度の事であって、信じるものが違う相手を攻撃する、排除するなんて絶対にしない。
「まあ、あたしも自分を信じていない奴は救わない、敵だ! なんて争いを生む一部の宗教のバカバカしい神にはうんざりしてるけどね」
「分かる。結果、お前を信じた奴が傷ついて貧しさに苦しんで死んでるけどってね。何かあっても神なんて責任取っちゃくれないし、ほどほどにってところかな」
「おぉう、ぼく、かみ、分からまい。どこありますか?」
「会った事もないどっかの誰かの事より、仲間の事を信じようよ、グレイプニール」
「ぴゅい!」
何かに縋りたい時もある。だから宗教を否定はしない。でも自分が信じる事で誰かが傷ついちゃいけないと思う。
だから、魔王教は絶対に間違っていると断言する。アジトに乗り込んで、オレ達の代で完全に消滅させるんだ。
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「あでくまさい!」
「おーう、いらっしゃい。おやっさん呼ぼうか?」
「こんにちは、クルーニャさん。ビエルゴさんにはまた挨拶に来ますよ」
ギリングに戻って来て、事件屋の事務所で休憩する暇もなく武器屋マークへ。いいよな、グレイプニールは。揺られて走って、歩いて、オレは疲れてるんだけど。
どうしても欲しいものがあるというから、気持ち引っ張られるような感覚で店内に入ると、今日は弟子のクルーニャさんが店番をしていた。
「もう引退だとか言いながら、何だかんだ今も何か作っちゃあ店に並べるんだよ。ビエルゴさん、ありゃ仕事というより趣味、生きがいだな」
「クルーニャさんが跡継ぎになってくれたから、余計に好きな事が出来るのかも」
「腕に関しては認めてもらってるけどな。さ、グレイプニールくんよ。あで! とはどれの事だ?」
「あで! あであるボク、つもい見えるます!」
毎度の事なんだけど、グレイプニールには指がない。言葉だけで説明するから、どれなのか明確に言ってくれないと分からないんだよね。
「手入れ用品か?」
「ちまう! あで! ぬし、そちちまう! まえ歩きまさい!」
「え? 前? そっちは防具売り場だぞ」
「ぼぐちまう、あ、あっ、そでます! そで、くまさい!」
「それ……って」
目の前にあるのは、どこでも見かけるステッカーってやつだ。縫い付けるもの、熱をあてて貼り付けるもの、色々だ。
え、何でこんなものが欲しいんだ? どこに貼る?
「グレイプニール、ステッカーの事か? え、これ、貼りたいの?」
「ぬし、ボクのさや、作るしまた。れいら、まじゅちゅちょ、いぱい飾るしまた。とくめちゅ、うばまやち。ボク、さや飾るます」
「あー、鞘か。確かにコルクで仕上げたけど、飾り気ないよな」
黒く塗られたコルク製の鞘は、オレが時間をかけて削り、グレイプニール用に仕上げたもの。グレイプニールの宝物だ。
そのままでももちろんカッコいいと思うけど、グレイプニールは最近お洒落というものを認識し始めたんだよね。
人々は見た目に喜び、見た目を褒める。そう考えた時、ふと自分も何かしてみたくなったんだと思う。
「まあ、オレはちょっと恥ずかしいけど、グレイプニールが欲しいなら……どれ?」
「こで!」
「これ……え、いや、これはちょっと」
目の前にあったのは、「手元のお写真を転写! お気軽にご相談下さい」の文字と共に書かれた、オリジナル印刷の宣伝だ。
「一応聞くけど、どんな写真を……鞘に貼りたいんだ?」
「ぼくと、ぬし!」
「……自分の写真を貼って持ち歩くなんて、どんだけ自分大好きなのかよって思われそうで、ちょっと」
「ぷぇ、ぷえぇ……ぴぃーーー!」
「あーもう、分かった分かった!」
「あっはっは! こりゃいい、写真撮ってやるからこっちこい。3日もありゃ仕上がるぞ、楽しみだなあ」
「ぴゅい!」
手入れ用品か、それとも追加の天鳥の羽毛マットか。そう考えていたところに、まさかの自分の姿写真入りの剣鞘だったとは。
でも魔王教徒殲滅作戦の中、なんか久々にオレとグレイプニールらしい気の抜けたひと時を味わった気がする。
「これ、レイラさんに見せたら……飼い猫のえっと、なんだっけ? あの猫を魔術書の表紙にしそうだな」
うん、旅立ちまで内緒にしよう。