Comatose Dreamer‐08 最終決戦の海へ
魔王教徒は、新しいモンスターを生み出し、アンデッドとして使役すると同時に、モンスターに賢さや従順さを与えるつもりだ。でも、現時点では操ることしか出来ていない。
そりゃあテリーが偵察代わりに操り、アンデッドが見ている景色を遠くで確認できていたってのは便利だ。
双剣である冥剣ケルベロスも、片方の剣でもう片方が見ているものを把握できる。それと同じ原理と言えば、まあ魔王教徒のやっている事が全くの見当違いとも言えないんだけど。
意思を持たせるという分野において、魔王教徒はアダム・マジックの研究や知識を1つも受け継いでいない。きっと、こうなる事を恐れて誰にも教えなかったんだ。
だって、方法を教えたのは聖剣バルドル達なんだ。
バルドル達が教えてもいいと思った相手だけが知る方法。その10人足らずと武器……と農具1本が黙ったまま死んだら、この世から消える秘法。
秘法を知る者の1人であるオレが材料にされて、万が一の事でも起きたら大惨事を招きかねない。少なくともそうなりそうにない段階である事は不幸中の幸いだ。
「副会長の地位にいる人が、この程度なんて。何でもやってみるだけじゃ無理ってわかんない? ハァ、私こんな奴の下で働いてたなんて」
ノーマさんが煽るようにため息をつく。
人の言葉を理解し、グレイプニールのように忠実な下僕。材料となるものに影響を受けると考えた彼らの愚行は、ここまで進んでいた。でも、これ以上はない。
オレ達は無謀、無理と分かってる。グレイプニールが意思を持ち喋る仕組みと全く異なるから。そもそもの術式が違うし、アダマンタイトの純度が高くないといけないという条件もある。
モンスターの純度というものがあるのかは分からないけど……モンスターを操る方法と、意思を持たせる事は掠りもしない。むしろ操る事とは正反対だ。
「アダム・マジックの研究を応用出来た信者達も、当時捕えられて全員いない。残された経典と独学で死霊術を維持はできても、根本を知らないで応用は出来ねえよ」
ほら、魔法を使えないオルターでも分かる事だよな。
「人を陥れようとする奴らだから、自業自得なんだけどさ。無意味な暴走は止めないとな」
「魔王教徒同士でやってるなら、正直もう好きにやればって思うけど。そのうち俺達バスターを使ったり、民間人を使ったりするだろうな」
「ギリングの前所長のような例もあるからね。可能性は十分あるわ」
「んで? どこに行きゃあいいんだ? そのモンスター作ってる場所ってどこなんだ」
ジャビの発言で、全員の視線がグレイプニールへと注がれる。
「おぉう……わからまい……ぷぁー、どこますか?」
あ、そうか。グレイプニールは心を読み取るけれど、固有名詞が出て来ないと場所までは分からないんだ。
「副会長、良い事1つくらいしてくれてもいいんじゃないの」
「それで帳消しにするとは言いませんけど、あなたの言う誇らしい息子さんは、同僚達を道連れにするような子でしたか」
「息子の足、引っ張るんじゃねえよ」
グレイプニールは副会長の心を読み取る。しかし、グレイプニールは困ったような声を出した。
「みえちゅ、かいじゅ、ぎにんぐ、おまなえ、あるます。あじと、おまなえ、ないます」
「地名が、ない場所って事?」
「エインダー島は違うのか?」
副会長がため息をつく。そしてポツリポツリと話し始めた。
* * * * * * * * *
「徹底されているわね。でもあなたがそれだけ内部に入り込んでいて、魔王教徒から信頼されているって事」
「……心を読まれたら全てを知られる。それは魔王教徒も承知の上。だからあえて拠点に地名をつけない、か」
「困ったな、グレイプニール対策をしているって事だ」
副会長は、最後の拠点の場所を知っていた。亡くなった息子さんの事を利用するのは憚られたけれど、父親が何一つとして良い事を行わないなんて、息子さんの死は無駄になってしまう。
そう懇々と説き伏せて、ようやく副会長は打ち明けてくれた。
オレ達を陥れ、魔王教徒に差し出そうとしていた極悪人。もちろん許せはしないし、裁きを受ける事に変わりもない。
だけど、思ったんだ。
オレは父親と母親が英雄だった事で悩んでいた。自分が出来損ないだと思われたくなくて、失望されたくなくて、1人で力を付けようとした。
でも、親の事は誇らしかったんだ。ジャビが言うような自慢の親だった。オレも自慢の息子になりたかった。
生きていればこそだけど、失望されるのも、誰かに失望するのも、どっちも辛い。
ほんの少しでも誇らしいと思われる事をしないのか。父親がこんな事をしていたなんて、息子は知らずに済んでよかったねなんて言われて、情けないと思わないのか。
それを再度伝えた事が決め手になった。
「……エインダー島の真西に、小さな島がある。エインダー島の西岸から望遠鏡でも見えないし、その島の周囲500キルテ以内には島も陸地もない」
「存在を知られていない島……そんなのあるの?」
「世界地図が出来て久しいけれど、50年前には人口200人の地図にない有人島が発見されたわ。可能性はある」
ノーマさん程世界に詳しくはないけど、各大陸や、大陸に近い島ならもう隅から隅までバスターが冒険し尽くしている。頻度の差はあれど、山も平野も砂漠も、湖だって誰かが訪れている。もう新発見なんて求める人もいない。
だけど、広い海にぽつんと存在する小さな島だったら?
船の航路から遠く離れて肉眼で見る事も出来ない。そんな島をわざわざ探し求めたら、もしかするとまだ発見できるのかもしれない。
「今ある地図は、分からない部分を海であると仮定して塗りつぶしているんだよな。小さ過ぎる島だと、地図に載せる事も出来ないし」
「海図は縮尺も大きくて詳しいけれど、島の存在を知らなければ記しようがないものね」
「その島に行けば、魔王教徒を全員捕まえられんのか? エインダー島のあのバケモンはどうすんだ?」
「それは状況次第だね。グレイプニール、言っている事は正しいんだね」
「ぴゅい。ちま、村あるます。なおうきょうと、いぱいます」
「……2度行った事がある。地図におおよその位置を描き込んでやろう。なに、名剣グレイプニールの前で嘘をついても無駄なのは分かっているさ」
「むら、おまなえ、ないます、何呼びますか?」
「わざと付けていないんだ。皆は本部と呼んでいる、それだけさ」
逃げないと判断して片手を自由にさせると、副会長はオルターが見せた地図に、ここだと言ってしるしを付けてくれた。
「因縁の戦い、最終決戦の地、だな」
父さん達が魔王教徒の存在に気づいてから、もう20年以上が経った。この本部の島以外に、もう魔王教徒が潜伏している場所はない。
「英雄の子が何をやったって、もう親を超えるようなきっかけなんて起こりえないと思っていたけど」
「あたしも。せめて小さな実績を積み重ねて、それで偉いと言ってもらえる程度にはなろうって思ってたくらい」
「お2人さん、魔王教徒の真実を暴き、本拠地を潰して魔王教そのものを消滅させた! ってなりゃ、そこそこの英雄なんじゃねえの?」
「そうだな。オルターは英雄の子供でもなく、喋る武器も持っていない。それでそこそこの英雄になるってわけだ。ジャビも犬人族の威光を放つ事になる」
「お? それいいな! キンパリに帰った日には、次の村長になれるかもしれねえ。ふん、村長の息子ってだけで威張ってる、いけすかねえ野郎の悔しがる姿が目に浮かぶぜ!」
「ぬし、ぬし!」
「ん?」
「ボク、でせちゅ、なりますか? ボク、まるどむよりでせちゅ、なりますか!?」
「ああ。どうやらグレイプニールの事を、伝説の武器にしてやれるかもしれないな!」